Chapter.9 ドルバの卵、翡翠のタブレット |
「ふえぇ、もう岩山はいいよ〜」 はっきりいって、もう、ぼく、バテバテ。身の軽いミュアは楽々と岩山を登っていくけど、ぼくは登るスピードがどんどん落ちていく。 だいたい、ぼくはまだ半人前とはいえ魔術師。肉体労働よりも、頭脳労働向きのひ弱な商売なんだよなー。 「ミュアー、その辺になんかないかー?」 自分で見回す余裕がないので、ミュアに聞いてみると、ややあって思ったより上から返事が降ってきた。 「うん、ここに岩棚があるよー」 見上げれば、確かに大きな岩棚が重たげに、ぐっと頭上にのしかかっている。まるで、洞窟を縦割りにしたみたいだ。 「インディ、早く、早く。ほら、あそこ」 やっとの思いでミュアの所まで登ると、ミュアはさらに上へと登っていく。
大きな掌を上に向けたように、一際張り出した場所を発見。――は、いいけど、あそこまで登るのかっ?! 「よおし、3つ目の鍵だ。ドルバの巣より選び出せ……って、鳥かなんかかな? 行ってみようせ」 オーバーハングした岩棚を登っていくのも、ミュアにとってはお茶のこさいだ。羨ましいぐらい身軽に登っていくミュアを見ながら、ぼくは慎重に、一歩一歩、しっかりと岩を掴みながら進んでいった。 ――いろいろあったのに体力を回復してないから、腕は痛いし、体がやけに重い。……胸に軽く揺れている指輪がその度に誘惑するけど、ぼくはなんとかそれを我慢した。 「インディー、気をつけてね」 一番危ない部分に差しかかった。 ひやりとした恐怖が、足元から這い登ってくる。高い所を恐れる、人間の基本的な防御本能だ。それを押さえて、ぼくは手を少しずつ動かして岩棚へと移動した。 『ドルバの卵は緑色……黄色の卵はユウムの蜜……ユウムの蜜は光を当てても孵らない………』 「えっ?!」 それに気を取られた途端、ぼくの手が滑った! 「インディっ!!」 ミュアの悲鳴。 「ぐっ……」 辛うじて、片手だけは残った。だけど、指先だけがひっかかっている状態で――こっからどうやって這い上がれ、っつうんだっ?! 「インディ、手を離しちゃだめだよっ、その下は――」 「わーっ、言うなっ、ミュア!」 聞いたら、余計怖くなるじゃないかっ。 「インディ、早く登って! 登るんだよ」 「の……、登れって言われても…体力が……」 う、腕が痺れてきた……。 「体力なんか回復させりゃいいだろっ、バカっ、なんのためにセミヤザの指輪を持ってるんだいっ?!」 興奮したミュアは、めちゃくちゃを言う。あんなにセミヤザを嫌っていたくせして、つくづく勝手だ。――でも、この際、そんな事を問題にしている場合じゃないっ。 「あ…、くそぉ……」 ここまで体勢が崩れてしまうと、たとえ体力が戻ってしまうと、這い上がれる可能性は少ない。切羽詰まったぼくは、祈るように呪文を唱え出した。 「カ、カトゥラブーラ……、善き風の…精霊、シルフェ…聞け! ぼく程度の未熟な魔術師は、ロッドを手に持っていなければ魔術を使えない。いくらロッドが腰の後ろに差してあるとはいえ――成功率は5分もなかっただろう。 ふわり、と体が下からの風に舞い上げられる。まるで、体重がなくなったかのように、ぼくは風に吹き上げられてミュアのいる岩棚の上へと登った。 「は…あ…。寿命が縮んだだよ……」 大きく息をついたぼくに、ミュアがくってかかってきた。 「それはこっちのセリフだよ、インディ!! ……まったく、本当に…っ」 言葉に詰まったのか、ミュアが強く、ぼくの体に顔を押しつけてくる。猫が良くやるしぐさだけど、ミュアがこんなことするなんて、めったにないんだ。 「なんだい、大袈裟だよ。ちょっと、手が滑っただけだろ」 「キミが究めつけのドジだから、心配なんだよ」 ムッとしたのか、ミュアもいつもの小生意気な口調で言い返してくる。 「別にぼくはドジったわけじゃないよ。ただ、あの時、変な声がしたからさ……あっ、知恵の実だ!」 慌ててポケットに手を入れて見ると、実は後2個しかない。 「ボクには聞こえなかったけど、なんて言ってたんだい?」 「えーと……ドルバの卵は黄色…いや、緑だったかな? それにユウムの蜜が……蜜は孵らないとかなんとか」 しどろもどろに言うぼくを、ミュアは冷たくねめつけた。 「――つまりは、インディ。キミってドジなんじゃなくて、ただひたすらおバカなんだね」
ぼくは改めて、岩棚を見回した。 「ふん……生き物の気配はないよ」 ミュアが先にチェックしてから、ぼくはゆっくりと穴を探ってみた。
「これがドルバの卵かな? ……って、ことはここが巣だろうけど、鍵はどこだ?」 『ドルバ』らしいものも見当たらないし。……ま、居ない方がいいか。 「鍵は……この中じゃないかな? ドルバの巣より選び出せってことは、つまり……」 前足で卵をちょいちょいとつつきながら、ミュアがもっともらしく言う。つまり、この卵のどれか一つに入ってるって? 「――けど、どれに?」 見た目や重さでは、まったく分からない。……割ってみりゃ、一発なんだけど。でも、やたらとへばって体力がないせいか、ぼくはすぐにそれを実行に移さなかった。 「インディ。卵を割ったりしたら、親鳥が怒るんじゃないの?」 「でも……他になんか方法があるか? まさか、雛が孵るのを待つわけにゃあいかないもん」 コロコロと卵を転がしながらそういうと、ミュアが突然大声を出した。 「あ、そうか、雛を孵せばいいだ! インディ、精霊の力が使えるかもしれないよ」 なるほど! 「ま、やんないよりましだよな」 ぼくはロッドを取り出しながら、どの精霊を呼び出そうか考え出した。知恵の実が言っていたような気がするけど、思い出せそうで思い出せない。 それがひっかかっていたせいか、疲れていたせいか、ぼくはロッドを取ろうとして、ポケットから何かを落としてしまった。 「あ、いけね」 落としたのは、氷のタルモだった。堅い岩の上に落としたから心配したけど、タルモはちっとも壊れていない。中で相変わらず光が乱反射していて、綺麗だ。 「……光だ…………!」 「どうしたんだよ、インディ?」 「光、だ。知恵の実はそう言ったんだ」 そう、確かにこう言った。 「カトゥラブーラ、善き光の精霊ケレットよ、聞け。 7つの卵を、金色の光が包んだ! 「わあ!」 ミュアが嬉しそうな声を上げる。 「あ、出てきたぞ」 殻に小さな穴が開き、そこからまだかすかに透き通った嘴が突き出した。 「ってことは、これがユウムの実とかいう奴か」 どっかで聞き覚えがあるような名の気がするけど、今はそれよりもタブレット! 「よし、これを割ってみよう」 勢いをつけて岩にたたきつけると、卵のカケラの中の薄緑色のタブレットが入ってた。
「ふーん。……これは翡翠だよ」 「へえ、そーなのか。やっぱり文字が彫ってあるぞ……『R』か」 見事に鍵を入手したのは良いとして、気になるのは2つ残った卵のこと。なぜか、4羽の雛が群がっている。 「ピュイピュイピュイ……」 喧しく鳴きながら、雛達は力を合わせて黄色い卵の一つをつつき始めた。殻を割り、争って嘴をつっこむ。なにか、とろりとした液体が詰まっているみたいだ。 不思議なことに、さっき生まれたばかりでまだ足元もおぼつかない雛なのに、その翼だけはもう充分に飛べるほどになっていた。 「飛んでっちゃった……」 呆気にとられて見ていると、雛達が消えた霧の中から、かわりにたっぷりとぼくの3倍はある影が現れた。 「親鳥だ!」 やっ、やば……! 「ちょっと、あんた逹! 勝手にこのドルバ様の巣をかき回して、なにしてんのさっ」 怪鳥ドルバ――頭の上に岩を一つのっけたような瘤がある。緑色の派手な羽が顔の回りにあるのが、とっても派手。大きな嘴を振り立てて、きいきい叫ぶ。 「ははん、鍵を探しにきた人間だね。おや、すっかりうまくやったようじゃないの」 ドルバはその辺を飛び回っている雛達と、一つだけ残った黄色い卵を見て頷いた。それからぼくに視線を戻すと、左目をゆっくりと2回瞬かせた。 「う……っ?!」
「あ……ありがとう、助かったよ」 「何、お礼をいうのはこっちさね。あたしの可愛い子供達を孵してくれたんだ、これぐらいは当然さね」 見た目は怖いけど、ドルバはけっこう話が分かるいい奴らしい。あー、ホントに攻撃しなくってよかった! 「このユウムの蜜はね、空を飛ぶものの子供達にとって、大事な食べ物なんだよ。卵から孵った後、ユウムの蜜を食べて初めて飛べるようになるんだからね」 ドルバは器用に足のかぎ爪でそれを拾い、ぼくに手渡した。 「あたしの雛達には、もう必要がない。これはあげるよ」 役に立つかどうかは分からないけど、くれるものはもらっとくのがぼくの主義。
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