Chapter.10 炎の泉、失われたタブレット

  

「ヨギの聖櫃の鍵って、なんだか変わってるね。どうして、5つなんだろう」

 ミュアが突然そんなことを言い出したのは、ドルバの巣よりさらに岩山を上に登った所でだった。

「どうしてって?」

 体力が戻った今、山登りは大して苦にもならない。だから、ぼくにもミュアの話に応じるだけの余裕があった。

「封印を解く鍵……なら、一つだけでもいいと思わないかい。なぜ、5つあるんだろう?」
 

「そりゃ、1つじゃ危ないからなんじゃないの? ほら、誰か悪い奴が封印を解くこともあるかもしんないしさ」

 言いながら、ぼくは前にアザゼル先生が施した封印魔界を解放してしまったことを思い出した。……あの封印も、もっど厳重にしてあれば、あんなことにはなんなかったんだよな。
 ま、ぼくのいたずらが一番悪いって言えば、悪かったんだけど。

「簡単に開けられないように、複数の鍵にしてあるんじゃないの?」

 ぼくの言葉に一応頷きつつも、ミュアはまだ納得しきれないみたいだ。

「じゃあ、1つずつ刻んである文字は? 1つめはSで、2つめはD、3つめのはR……なにか意味があるのかな」

「知らないよ、そんなの。5つ揃えば分かるだろ」

「……インディ、キミってホント考えが軽いんだね。いい魔術師になりたかったら、小さな疑問でもとことん追及しなくっちゃ」

 ミュアの奴が、小生意気に説教をしてくれる。……ふんっ、言ってることがもっともなだけに、余計はらがたつぞっ。

「ぼくはそんなことより、聖櫃の中身のことで頭が一杯なの! いったい、何が封印されているのかな? 早く開けてみたいよ」

「けど、キミが開けるわけじゃないだろ」

 ミュアが分かり切ったことで水をかけてくれる。……気分ぐらい味わってたっていいじゃないかっ。
 まあ、そんなどーでもいい話なんかをしながら進んでいると、行く手に赤い光が見えてきた。

「火だ! 炎の泉……4つ目の鍵の在処だぞ!」

 ほとんど垂直にそびえ立つ断崖を登りきれば、そこがエクトロイの頂上だった。その足元がオレンジ色に染まり、霧のためにボウッとにじんでいた。
 近づいて見ると、洞穴があった。その中が、オレンジ色に輝いている。

「げっ……ホントに炎の泉だ!」

 ちょうど洞窟の中に沸きだす泉のように、輝く炎が浅い窪みに渦巻いている。

「ここに4つの鍵が?! ……どうやって――わっ!」

 突然、炎が弾けて飛び出した!
 シュッと耳を突き刺す音。危うくかわしたが、炎の固まりはぼくの側の岩の上に落ちた。これは――?!

「火とかげだ!」

 ぼくは輝く泉を振り返った。
 炎の泉、それは燃え立つ鱗を持った火とかげ逹の巣だったのだ。
 火とかげ逹はしゅうしゅうと乾いた音を立て、威嚇してきた。再び、一匹が飛び出してきた。とっさに投げたブーメランが命中すると、無数の炎の鱗が飛び散った。

「うっ?!」

 ぼく逹に細かい火の粉が降り懸かる。だが、火とかげはどさりと落ちて、しだいに黒ずみ、動かなくなった。
 戻ってきたブーメランを、再び構えるが、足元からミュアが騒ぎ立てる。

「インディ、そんなんじゃキリがないよっ、何百匹もいるんだ! 全部やっつける前に、ボク禿げちゃうじゃないかっ」

 ミュアの髭は、焦げてチリチリになっている。

「分かってるよ、ここは……」

 精霊の力を使うしかない!
 ぼくは咄嗟に、一番得意な火の精霊に呼びかけようとロッドを掲げ――氷のタルモと氷のリュートを持っていることを思い出したっ!
 うっ、やっぱせっかく貰ったものを溶かしちゃうのは、なんだよな〜。

「なにやってんだよ、インディ、早く!」

「分かったよ! ――ええい、こうなったら…」

 ぼくはロッドを握り直し、構えを変えた。

「カトゥラブーラ、善き水の精霊オンディーヌよ……聞け!」

 5大精霊のうち、ぼくが最も苦手とする精霊、オンディーヌ。冬の老人に言われる前から、それに気づいていただけに不安がある。
でも、こーなったらやるっきゃないっ!!

「魔術師インディ=ルルクが乞い願う  
 我に、炎の泉を静める力を!」

 ロッドが光る。
 水の精霊は、答えてはくれたらしい。でも、すぐには何も起こらない。失敗したのか、と不安になった時、突然ミュアが悲鳴を上げた。

「ふみゃっ?!」

 足を振り上げながら、ミュアが跳びずさる。それに、続くように水飛沫が――。

「水だ!」

 岩の亀裂から、水が染み出している!
 岩の裂け目から染み出した水は、ひとすじ、ふたすじと、火とかげ逹の群れる窪みに向かって流れ出した。

 炎の泉に波がうねる。
 だが、火とかげ逹がしゅうしゅうと息を吹きかけると水の流れは弱まる。

「やつら力の方が強いんだ!」

「分かってるから、黙ってろよ!」

 ぼくは雑念を一切拒絶し、魔法にだけに精神を集中させた。
 水が苦手だとか、火とかげに負けているなんて事実を頭から追い出して、ただ、ただ、オンディーヌへの想いだけを高める。

  ――一度呪文を唱え出したら、決して迷うな。

 アザゼル先生は、そう言った。
 何があろうと、自分の力だけを信じて、魔法使うことだけに専念しろ、と。

「水の……精霊、……オンディーヌよ……!」

 ぼくの呼び掛けに、水はそれまでにもまして勢い良く迸った!
 膨大な水の流れは、一気にオレンジ色の輝きをのみ尽くしてしまった。洞窟の窪みに、今度は普通の水を満面にたたえた泉ができる。
 炎の鱗を無くしたとかげ逹が、先を争って這い昇り、岩の隙間を探してひしめき合う。


「へっ……ざっと、こんなもんさ」

 ちょびっと疲れたけど、ちゃーんと魔法を成功させたもんね♪
 調子に乗って、ぼくはとかげどもを蹴っ飛ばした。ピクピク跳ねる幾つかの尻尾が、その場に残る。

「じゃあ、鍵をいただいちゃおうっと」

 ――は、いいけど、いったいどこにあるんだろ? 探してみても、ちっとも見つかりゃしない。

「おい、ミュア! 何してんだよ、おまえも鍵探しを手伝ってくれよ」

 ちっともぼくの側にこないミュアが、どうしているのかと振り向いて見ると――。
 ぼくが必死こいて探しているとゆーのに、ミュアときたらさっきぼくが蹴飛ばした、とかげどもの跳ね回る尻尾なんかに気を取られているっ!

「いいかげんにしろってば! そんなのが気になるなんて  ふん、やっぱり猫だよな」
 ミュアがピクッと耳を震わせた。……ちょっ、ちょっと言い過ぎたかな?

「インディ」

 ミュアはぼくの前できちんと座り直し、鮮やかな水色の目を釣り上げた。

「ボクはただの猫じゃないんだぞ」

 妙な迫力を漂わせたミュアに、ぼくはちょっとたじろいだ。

「あ、ああ。……ただの猫じゃああるもんか」

「そうだよ。ボクはただの猫じゃあない。それを証明することもできるよ……」

 ミュアは思わせぶりにいったん言葉を切り、ゆっくりと顔を洗い出した。

「ボク、鍵の在処を知っている」

「なんだって?」

 探してもいなかったくせに、どうして知っているんだろ?

「なんで、知ってるんだ?」

 けど、ミュアは答えずにペロペロと背の辺りなんかをなめている。

「おい、ミュア、どこだよ? どーして、黙ってるんだよ」

「――教えてあげてもいいけど、1つ約束してくれるかい」

 さんざん気を持たせてから、ミュアはようやく口を開いた。

「約束?」

「そう。鍵を5つ集めてヨギの僧院に戻った時、今度はボクも中に入りたい」

 また、何を言い出すのかと思ったら……。

「……ぼくはいいけどさ、セミヤザが何て言うか――相当な、猫嫌いなんじゃないの? 入れるのもやだって言うくらいなんだから」

「それが、気にいらないんだよ」

「ミュアだってセミヤザが嫌いなくせに、わざわざ僧院に入らなくてもいいじゃんか」

 説得してみようとしたけど、思った通り、まったく無駄だった。

「ボクは僧院に入って、直接セミヤザに話がしたいの! インディがあれこれ言うことじゃないだろ」

「話ってなんだよ?」

 ミュアは何か言いかけて、思い直したように首を振った。

「……今は、言わない。ボクの思い過ごしかもしれないから」

「なにを隠してるんだよ? だいたい、ミュアはいっつもそーなんだから。言えよ」

「――インディ、忘れたの? 鍵の在処を知っているボクの方が、強い立場なんだよ。
 とにかく、僧院に入れてくれなきゃ、ボクはなんにも言わないよ」

   ったく、もう!
 いつまで根に持ってるんだ? だから、猫ってのは…おっとっと。

「分かったよ、約束する。マントの下にでも隠して、連れて入ってやるよ」

 セミヤザに怒られるかもしれないけど、でも、ミュアにこう言わないと話が進まないのは分かりきってる。

「物分かりがよくなったね、インディ」

「で、鍵は?」

 ミュアは得意そうに耳を立てた。

「ドラボアの所さ」

「ドラボアの所だって?! だって、確かにあそこから鍵を取ってきたぜっ?!」

「2つ持っているんだよ」

 ミュアが、憎らしいぐらい冷静に答える。

「ドラボアは欲張りだから、ここにあるのをこっそりと持っていったんだ。だから、あの欲張りが1つはたやすくキミにくれたのさ」

 事情を飲み込むと、ムカムカと腹が立ってきたっ。

「くそおっ、あのドラゴンめっ。それならそうと――あ、おまえ知ってたんなら、なんであの時言わなかったんだよ?」

「今、知ったんだもの。こいつが言っていた」

 ミュアはもう動かなくなったとかげの尻尾を、前足でちょいと転がした。

「キミだって、その気になれば火とかげの言葉が聞けるはずなのに、キミときたら慌ててウロウロしてたから、聞きのがしたのさ。
 ボクはちゃあんと聞いたもん、猫だからね」

 皮肉たっぷりにミュアが言う。
 ――ふんっ、だからこいつ嫌いだっ!

「よ、よーし、じゃあ、もういっぺん、ドラボアの所に行こうぜ!」
                                   《続く》

 

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