Chapter.11 再び、ドラボアの洞窟

  

 再び財宝の洞窟に戻ったぼく逹は、今度は足音を消すどころかずかずかと入り込んだ。……まだ、財宝を数えていやがんの。

「やいっ、ドラボアッ!!」

 ぼくの声に、めんどくさそうに振り返ったドラボアは、それだけでぼくの目的を悟ったらしい。

「むふうん、知られてしまったならしかたがない。そうよ、おまえの探しているものは、オレ様が持っているのよ。ほぅれ、ここにこうやって」

 ドラボアはニヤニヤ笑いながら、ぼてりとした尻尾を持ち上げた。
 その下に、青いタブレットがキラリと光る。  くそっ、3つ目の鍵を手に入れて引き上げようとした時に、左手が赤くなったのはこれだったんだ。
 偽りを見抜く力――働くには働いたわけだけど……。

「とれるのなら、とってみな。むふっ」

 尾を、ドサリと落とす。

「ほれ、ほれ、どうした? いらないのか、え?」

 赤茶けた鱗の下に、タブレットが見え隠れする。バッ、バカにしやがって!
 無意識のうちに、ぼくはロッドを握り締めていた。

「お、やる気だな?――だが、魔法はなしにしておこうじゃないか」

 え……?

「おまえが魔法を使うってんなら、オレはポイズンブレスを使うぜ」

 ドラゴン特有の息攻撃の一つ、ポイズンブレス……毒の息は、新前魔術師のぼくだって、その恐ろしさぐらい知っている。回復系魔法がまったく使えないぼくにとっちゃ、炎の息や氷の息よりはるかに厄介だ。

「どうだ、わざわざ望んでくたばることもあるまい。むふ、むふ、むふふううっ」

「イっ、インディっ、これ以上言わせておく気じゃないだろうねっ?! こんな奴、のしちゃえよっ!!」

 ぼく以上に腹を立てたミュアが、爪を出して地面をかきむしる。
 ――しかし、のしちゃえって言ってもね……くそおっ、なんとかあの尾の下からタブレットをかすめとれないか?
 必死に考え、閃いたことがあった。

 そうだ、氷のリュート!
 音痴は眠ってしまう――冬の老人はそう言っていた。ドラボアは、すっごい音痴だっ!
 左手が赤く光った時に鼻歌でごまかそうとした、あの歌の凄まじさ――あんなひどい歌は聞いたことがない!
 うん、もしかしたら……。ためす価値はあるな。

「……分かったよ。魔法は使わなきゃいいんだろ」

 ぼくはロッドから手を離して、氷のリュートを取り出した。

「おや? 演奏会でもしてくれるのかい?」

「ああ――子守歌をね!」

 氷の弦の上に指を滑らせると、不思議な音が流れ出した。
 ぼくが演奏しているわけじゃあない。弦に触れると、勝手にひとりでにリュートが歌う。今まで聞いたことのないほど澄んだ、綺麗な響きの音だ。
 ――けどっ、なんなんだっ、このメロディは……音程がめちゃくちゃだっ!

「…………インディ……」

 呆れた目で、ミュアがぼくを見上げる。
 ちっ、違うっ、ぼくはこんなに音痴じゃないぞっ!
 けど、思いっきりアンバランスで、悶絶もんのメロディなのに、それを聞いているドラボアはたえなる調べを聞いているかのように、うっとりとした目をしている。

「む、むふぁああああ……」

 ドラボアが、大きなあくびをした。1つ。また、1つ。
 とろんとした瞼が閉じられ、ドラボアはその場に横たわって軽く鼾をかきだした。

「いいぞ、今のうちだ……」

 ぼくはこっそりと、とぐろを巻いた尾の下をくぐった。

「むうん……」

 げ、起きたかな?

「むふう……銀の台に銀を乗せても良いが……オニキスを乗せても似合うじゃないか……となれば……オニキスの台には…………サファイアだ」

 寝言か――。しかし、なんか意味ありげだな。

「ミュア……頼む、今の言葉を覚えててくれ」

 小さな声で頼むと、ミュアは黙ってうなずいた。これで安心、なんせミュアの奴はぼくよりもずうっと記憶力がいいんだから。
 ぼくはそっとタブレットを取ろうとした。だが、尾が邪魔をして、どうしてもタブレットを引き抜けない。こうなったら、ちょっと危険だけど、尾を動かすっきゃない。

 手触りの悪い、重い尻尾を動かそうとしたが、とっても片手じゃ動かない。しょうがないので、ぼくはリュートをしまいこんで両手を使おうとした――。

「あっ?!」

 なんと、手が思いっきり滑って、氷のリュートはドラボアにぶち当たった!

   リィリリ――ンッ!!

 この上もなく澄んだ音を響かせ、リュートは砕け散ってしまった。

「ふわぁ、なんだ、なんだあ?」

「あーっ、インディのバカっ! 起きちゃったじゃないかあ〜」

 うっさい、自分でもつくづくそー思っとるわいっ!

「お? 危ないところだったなー、しかし小賢しい真似をしてくれる小僧だ。魔法が使えなきゃ、魔法じみた道具に頼んなきゃ、なんにもできなのか、むふっ」
 

 な、なんだって?

「じょおっだんじゃない!」

 言わせておけば――人が平和的に解決しようと思えば、つけあがりやがって!

「本気でやってやるさ――魔法なしで!」

 ぼくはブーメランを構えた。
 ふん、もともとぼくはブーメランの方が得意なんだからなっ。……魔術師の自慢することじゃないけど。

「むふっ、なんだ、こんなの」

 だけどドラボアの奴、ぼくの投げたブーメランを事も無げに角で払いのけた。同時に、大木のような尾が、ひとうねり。
 ぼくは大きく跳ね飛ばされた。……うっ、てんで歯が立たない!

「くそっ、まだまだ!」

 よろよろと立ち上がるぼくの肩を踏み台に、いきなりミュアがドラボアの顔目がけてジャンプしたっ!

「ミュアっ?!」

 威勢よく飛びかかったミュアだが、あっさりとドラボアは小さな体を摘み上げた。

「うみゃっ、はなせっ、はなせったら、このでぶドラゴンめっ!」

 うわっ……ミュアの奴、いい度胸と言うべきか、状況が分かっていないと言うべきか――しかし、ドラボアは怒りもせずに、うっとりとした目をミュアに向ける。

「むほほっ、おまえ、いい石を持っているじゃないか」

 ドラボアが見ているのは、ミュアの首輪らしい。小さな水晶球がついている、僧院でザミールに貰った奴だ……ミュアが叩きつけられなかったのも、あの首輪のおかげかも。

「この石をくれたら、鍵を渡してやってもいいぞ。むふん、実にいい石だ」

「ふん、誰がやるもんか、おまえみたいな欲張りに!」

 ミュアは息巻いているけど、見ているぼくの方は心臓がとまりそうだっ!

「分かった、分かったよっ! やるからっ、首輪でもなんでもやるから、ミュアを離せよっ!!」

「インディっ、勝手なこというなよっ、これはボクのだぞっ」

「そんなこと、言ってる場合かっ!!」
 
あーっ、なんで敵を目の前にしたこんな切迫した状況で、こんなくだらないケンカをせにゃならんのだっ?!
 ぼくはミュアを無視して、ドラボアに駆け寄った。

「首輪が欲しいなら、くれてやる。とにかく、ミュアを返せよっ!」

「むふふっ、小僧。じゃ、この猫から首輪を外してもらおうか」

 そうか――ドラボアの奴、首輪が小さすぎるから、自分じゃ外せないんだ。

「言っておくが、変な真似はするなよ。そうしたら、どうなるか……分かってるな?」
 
ドラボアがわざとらしく、口を大きくあけてミュアの頭を噛む真似をする。

「ミュアっ?!」

「ふごおぉぉおおおっ」

 物凄いうなり声をあげ、ミュアが大暴れする。けど、いっくらミュアが暴れても、たかだか猫のキックなんかドラゴンに通用するはずが――。

「むげっ……!」

 が、急にドラボアは顔をしかめてミュアを投げ出した。右の牙をしっかりと押さえているのを、ぼくははっきりと見た。
 宙に投げ出されたミュアは、くるりと一回転してぼくの側に降りてきた。

「1発お見舞いしてやったぞっ、効いただろ!」

 息を弾ませて、ミュアが言う。――ど、どうだか……。
 でも、なんだかしらないけど、あの右の牙は弱点みたいだ。よし、うなっているスキを狙わない手はないっ。

 今度は牙を狙って、ぼくはブーメランを投げつけたっ!
 堅い金属音を響かせて、見事に命中っ。

「むふううっ!」

 だが、逆効果だったかも……。今までどこかふざけていたドラボアが、初めて怒りをむき出しにした。

「くっ、痛む歯に……ゆっ、許さんぞ!」

 ドラボアは鱗の腹をゆすって、立ちあがる!
 かわす間もなくドラボアの尾が叩きつけられ、跳ね飛ばされたぼくの上に、洞窟の天井から岩のかけらがふってきたっ。

「ぐ…わっ……!」

 まずい――頭を打った。脳振盪を起こしたのか、ぐらりと意識がゆがむ。

「ぐうう……おまえなんか、こうしてやるわいっ」

 一杯に広げた両方の爪が、ぼくを壁際に追い詰める!

「インディ、魔法だっ! 魔法を使えよっ!!」

 どこからか聞こえるミュアの声が、失いかけた意識をつなぎ止めてくれた。

「むふっ、魔法を使いたければ、使ってもいいぞ」

 ぼくをバカにしたように、ドラボアが笑う。

「だ…れがっ…! ……ぼくは…、約束を破ったことがないのが…自慢なんだ……っ!」


 なんとか立ち上がった体では、ドラボアの手を辛うじてかわすのが手一杯だった。転がってよけたぼくの代わりに、奴の爪がたやすく岩を砕く。

「むふふうん、おまえなんかひとつかみだ」

 悔しいけど、その通りだ。とてもこんな奴と、まともに戦えやしない。魔法が使えたら  くそ、つまんない約束しちゃったな。
 でも、やると決めたら、絶対にやるんだ。

 ――こいつが暴れ出したのは、やっぱり弱点をつかれたからだ……なら、とことんそこを攻めるしか、ぼくに勝ち目がない。

「く……っ」

 だが、ブーメランは手の届かない遠くにある。魔法はなし、武器もなし――ふん、ここまで悪条件が重なれば、いっそ開きなおれるってもんだ。
 ぼくは洞窟の壁に手を突いて立ち上がった。

「むふっ、逃げさないぞ」

「逃げやしないさっ!!」

 ぼくは全身のバネをフルに使って、ドラボアの牙に飛びついた!

「ううっ、はなせっ、はなすんだ!」

 誰がはなすかっ!
 ぼくは力をふり絞って、引きずり回されながらも牙にしがみついた。
 この体当たりが、本当に最後のチャンスなんだ。痛みにドラボアが暴れれば暴れる程、ドラボアへのダメージは深くなる。

 だが、ぼくも振り回され、ドラボアの爪にかきむしられ、傷を負っていく。――どれだけ持つか?

「インディ、鍵は取ったぞ!」

 ミュアの叫び声に、ドラボアが気を取られる。

「うぉおおっ!!」

 ぼくは牙にぶら下がったまま、最後に一発、逆さ蹴りをお見舞いしてやった!

「むぎゃぉおおおおおおっっ!!」

 ドラボアの巨体が転がった。ぼくも、岩の上に投げ出される。でも、手には半ば折れたドラボアの牙が。
 体中がズキズキと痛むし、肩でぜいぜい息をしちゃう程めっちゃ疲れたけど、気分だけはスカッとしたぞっ。

「どうだっ、ぼく逹は堂々と奪い返してやったぞ!」

 口一杯にタブレットをくわえたミュアが、ぼくに顎をしゃくる。よろめく足を踏ん張って、ぼく逹は唸るドラボアの声を背に、洞窟を飛び出した――。

 

 

 

「ふぅーっ。ここまでくれば大丈夫、かな」

 ミュアが言ってタブレットをその場に落とすのと同時に、ぼくはその場に倒れ込んだ。も…、体力の限界……。

「インディ、インディっ、なにやってんだよ? しっかりしろよっ」
 

 ミュアの騒ぐ声も、遠く――なってきて……。なんか…妙に気持ちがいい……。

「…わ! ……ゆ…びわ……!」

 しつこく騒ぐ声に操られたように、ぼくはほとんど動かない手で胸にかけた指輪をつかんでいた。

「う…っ、くぅ……!」

 みるみる体が、体力が回復していく。あまりに急激すぎて、体がちょっと痛かったけど、すぐに体が軽くなった。同時に、意識もしっかりする。

「ぷはーっ……あー、危なかった。今、マジで意識がとんじゃったもんなー」

 起き上がると、ミュアがぷんすかと文句をつけてきた。

「危ないにも程があるよっ! まったく、どうして回復魔法を使えるくせに、忘却(レテ)川を渡る寸前まで我慢する必要があるのさっ?!」

 そこまで大袈裟な言い方はないだろうーがっ。

「なんだよ、元はといえばミュアが使うなっていったくせに」

「物には限度ってものがあるだろうっ?! 魔術師のくせして、そんなことも分からないのかよっ」

「バカにすんのも、いいかげんにしろよなっ! せっかく、ミュアが言うことだから信じて言う通りにしてやってんのにっ!!」

 腹立ちの余り、ミュアの尻尾もひっぱってやった。すぐに爪で報復してくるだろうと身構えたけど、ミュアはなんにもしなかった。
 思いがけない言葉を聞いたように、きょとんとした顔をしてぼくを見ている。

 ミュアらしくもなく、ストレートに驚いた顔をしてみせるから、ぼくはかえって気まずくなってそっぽをむいた。
 そっぽを向いたぼくの耳に、ミュアが体をなめる音が聞こえる。

 猫が良くやるしぐさだけど――これはミュアの気を静めたい時の癖なんだ。
 しばらく、そうやって体をなめてから、ミュアはいつもの小生意気な口調で言った。

「いくらそうでも、インディは融通ってもんがきかなすぎるよ。だいたい、魔物とか悪党なんかに、こっちが筋を通してみせたって、それで手加減してくれるわけないだろ」

 先輩ぶったお説教口調を聞くと、いつもはなんとなくムッとすんだけど、なんか今だけは素直に聞けた。

「……まーね。いちお、覚えておくよ」

 返事までは、素直になれなかったけど。
 体力もすっかり回復したので、立ち上がって伸びをしたついでに、ぼくはミュアが運んできたタブレットを拾い上げた。

 青い石――多分、サファイアだろう。
 4つ目の鍵には、『O』の字が刻まれていた。
                                    《続く》

 

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