Chapter.11 再び、ドラボアの洞窟 |
再び財宝の洞窟に戻ったぼく逹は、今度は足音を消すどころかずかずかと入り込んだ。……まだ、財宝を数えていやがんの。 「やいっ、ドラボアッ!!」 ぼくの声に、めんどくさそうに振り返ったドラボアは、それだけでぼくの目的を悟ったらしい。 「むふうん、知られてしまったならしかたがない。そうよ、おまえの探しているものは、オレ様が持っているのよ。ほぅれ、ここにこうやって」 ドラボアはニヤニヤ笑いながら、ぼてりとした尻尾を持ち上げた。 「とれるのなら、とってみな。むふっ」 尾を、ドサリと落とす。 「ほれ、ほれ、どうした? いらないのか、え?」 赤茶けた鱗の下に、タブレットが見え隠れする。バッ、バカにしやがって! 「お、やる気だな?――だが、魔法はなしにしておこうじゃないか」 え……? 「おまえが魔法を使うってんなら、オレはポイズンブレスを使うぜ」 ドラゴン特有の息攻撃の一つ、ポイズンブレス……毒の息は、新前魔術師のぼくだって、その恐ろしさぐらい知っている。回復系魔法がまったく使えないぼくにとっちゃ、炎の息や氷の息よりはるかに厄介だ。 「どうだ、わざわざ望んでくたばることもあるまい。むふ、むふ、むふふううっ」 「イっ、インディっ、これ以上言わせておく気じゃないだろうねっ?! こんな奴、のしちゃえよっ!!」 ぼく以上に腹を立てたミュアが、爪を出して地面をかきむしる。 そうだ、氷のリュート! 「……分かったよ。魔法は使わなきゃいいんだろ」 ぼくはロッドから手を離して、氷のリュートを取り出した。 「おや? 演奏会でもしてくれるのかい?」 「ああ――子守歌をね!」 氷の弦の上に指を滑らせると、不思議な音が流れ出した。 「…………インディ……」 呆れた目で、ミュアがぼくを見上げる。 「む、むふぁああああ……」 ドラボアが、大きなあくびをした。1つ。また、1つ。 「いいぞ、今のうちだ……」 ぼくはこっそりと、とぐろを巻いた尾の下をくぐった。 「むうん……」 げ、起きたかな? 「むふう……銀の台に銀を乗せても良いが……オニキスを乗せても似合うじゃないか……となれば……オニキスの台には…………サファイアだ」 寝言か――。しかし、なんか意味ありげだな。 「ミュア……頼む、今の言葉を覚えててくれ」 小さな声で頼むと、ミュアは黙ってうなずいた。これで安心、なんせミュアの奴はぼくよりもずうっと記憶力がいいんだから。 手触りの悪い、重い尻尾を動かそうとしたが、とっても片手じゃ動かない。しょうがないので、ぼくはリュートをしまいこんで両手を使おうとした――。 「あっ?!」 なんと、手が思いっきり滑って、氷のリュートはドラボアにぶち当たった! リィリリ――ンッ!! この上もなく澄んだ音を響かせ、リュートは砕け散ってしまった。 「ふわぁ、なんだ、なんだあ?」 「あーっ、インディのバカっ! 起きちゃったじゃないかあ〜」 うっさい、自分でもつくづくそー思っとるわいっ! 「お? 危ないところだったなー、しかし小賢しい真似をしてくれる小僧だ。魔法が使えなきゃ、魔法じみた道具に頼んなきゃ、なんにもできなのか、むふっ」 な、なんだって? 「じょおっだんじゃない!」 言わせておけば――人が平和的に解決しようと思えば、つけあがりやがって! 「本気でやってやるさ――魔法なしで!」 ぼくはブーメランを構えた。 「むふっ、なんだ、こんなの」 だけどドラボアの奴、ぼくの投げたブーメランを事も無げに角で払いのけた。同時に、大木のような尾が、ひとうねり。 「くそっ、まだまだ!」 よろよろと立ち上がるぼくの肩を踏み台に、いきなりミュアがドラボアの顔目がけてジャンプしたっ! 「ミュアっ?!」 威勢よく飛びかかったミュアだが、あっさりとドラボアは小さな体を摘み上げた。 「うみゃっ、はなせっ、はなせったら、このでぶドラゴンめっ!」 うわっ……ミュアの奴、いい度胸と言うべきか、状況が分かっていないと言うべきか――しかし、ドラボアは怒りもせずに、うっとりとした目をミュアに向ける。 「むほほっ、おまえ、いい石を持っているじゃないか」 ドラボアが見ているのは、ミュアの首輪らしい。小さな水晶球がついている、僧院でザミールに貰った奴だ……ミュアが叩きつけられなかったのも、あの首輪のおかげかも。 「この石をくれたら、鍵を渡してやってもいいぞ。むふん、実にいい石だ」 「ふん、誰がやるもんか、おまえみたいな欲張りに!」 ミュアは息巻いているけど、見ているぼくの方は心臓がとまりそうだっ! 「分かった、分かったよっ! やるからっ、首輪でもなんでもやるから、ミュアを離せよっ!!」 「インディっ、勝手なこというなよっ、これはボクのだぞっ」 「そんなこと、言ってる場合かっ!!」 「首輪が欲しいなら、くれてやる。とにかく、ミュアを返せよっ!」 「むふふっ、小僧。じゃ、この猫から首輪を外してもらおうか」 そうか――ドラボアの奴、首輪が小さすぎるから、自分じゃ外せないんだ。 「言っておくが、変な真似はするなよ。そうしたら、どうなるか……分かってるな?」 「ミュアっ?!」 「ふごおぉぉおおおっ」 物凄いうなり声をあげ、ミュアが大暴れする。けど、いっくらミュアが暴れても、たかだか猫のキックなんかドラゴンに通用するはずが――。 「むげっ……!」 が、急にドラボアは顔をしかめてミュアを投げ出した。右の牙をしっかりと押さえているのを、ぼくははっきりと見た。 「1発お見舞いしてやったぞっ、効いただろ!」 息を弾ませて、ミュアが言う。――ど、どうだか……。 今度は牙を狙って、ぼくはブーメランを投げつけたっ! 「むふううっ!」 だが、逆効果だったかも……。今までどこかふざけていたドラボアが、初めて怒りをむき出しにした。 「くっ、痛む歯に……ゆっ、許さんぞ!」 ドラボアは鱗の腹をゆすって、立ちあがる! 「ぐ…わっ……!」 まずい――頭を打った。脳振盪を起こしたのか、ぐらりと意識がゆがむ。 「ぐうう……おまえなんか、こうしてやるわいっ」 一杯に広げた両方の爪が、ぼくを壁際に追い詰める! 「インディ、魔法だっ! 魔法を使えよっ!!」 どこからか聞こえるミュアの声が、失いかけた意識をつなぎ止めてくれた。 「むふっ、魔法を使いたければ、使ってもいいぞ」 ぼくをバカにしたように、ドラボアが笑う。 「だ…れがっ…! ……ぼくは…、約束を破ったことがないのが…自慢なんだ……っ!」
「むふふうん、おまえなんかひとつかみだ」 悔しいけど、その通りだ。とてもこんな奴と、まともに戦えやしない。魔法が使えたら くそ、つまんない約束しちゃったな。 ――こいつが暴れ出したのは、やっぱり弱点をつかれたからだ……なら、とことんそこを攻めるしか、ぼくに勝ち目がない。 「く……っ」 だが、ブーメランは手の届かない遠くにある。魔法はなし、武器もなし――ふん、ここまで悪条件が重なれば、いっそ開きなおれるってもんだ。 「むふっ、逃げさないぞ」 「逃げやしないさっ!!」 ぼくは全身のバネをフルに使って、ドラボアの牙に飛びついた! 「ううっ、はなせっ、はなすんだ!」 誰がはなすかっ! だが、ぼくも振り回され、ドラボアの爪にかきむしられ、傷を負っていく。――どれだけ持つか? 「インディ、鍵は取ったぞ!」 ミュアの叫び声に、ドラボアが気を取られる。 「うぉおおっ!!」 ぼくは牙にぶら下がったまま、最後に一発、逆さ蹴りをお見舞いしてやった! 「むぎゃぉおおおおおおっっ!!」 ドラボアの巨体が転がった。ぼくも、岩の上に投げ出される。でも、手には半ば折れたドラボアの牙が。 「どうだっ、ぼく逹は堂々と奪い返してやったぞ!」 口一杯にタブレットをくわえたミュアが、ぼくに顎をしゃくる。よろめく足を踏ん張って、ぼく逹は唸るドラボアの声を背に、洞窟を飛び出した――。
「ふぅーっ。ここまでくれば大丈夫、かな」 ミュアが言ってタブレットをその場に落とすのと同時に、ぼくはその場に倒れ込んだ。も…、体力の限界……。 「インディ、インディっ、なにやってんだよ? しっかりしろよっ」 ミュアの騒ぐ声も、遠く――なってきて……。なんか…妙に気持ちがいい……。 「…わ! ……ゆ…びわ……!」 しつこく騒ぐ声に操られたように、ぼくはほとんど動かない手で胸にかけた指輪をつかんでいた。 「う…っ、くぅ……!」 みるみる体が、体力が回復していく。あまりに急激すぎて、体がちょっと痛かったけど、すぐに体が軽くなった。同時に、意識もしっかりする。 「ぷはーっ……あー、危なかった。今、マジで意識がとんじゃったもんなー」 起き上がると、ミュアがぷんすかと文句をつけてきた。 「危ないにも程があるよっ! まったく、どうして回復魔法を使えるくせに、忘却(レテ)川を渡る寸前まで我慢する必要があるのさっ?!」 そこまで大袈裟な言い方はないだろうーがっ。 「なんだよ、元はといえばミュアが使うなっていったくせに」 「物には限度ってものがあるだろうっ?! 魔術師のくせして、そんなことも分からないのかよっ」 「バカにすんのも、いいかげんにしろよなっ! せっかく、ミュアが言うことだから信じて言う通りにしてやってんのにっ!!」 腹立ちの余り、ミュアの尻尾もひっぱってやった。すぐに爪で報復してくるだろうと身構えたけど、ミュアはなんにもしなかった。 ミュアらしくもなく、ストレートに驚いた顔をしてみせるから、ぼくはかえって気まずくなってそっぽをむいた。 猫が良くやるしぐさだけど――これはミュアの気を静めたい時の癖なんだ。 「いくらそうでも、インディは融通ってもんがきかなすぎるよ。だいたい、魔物とか悪党なんかに、こっちが筋を通してみせたって、それで手加減してくれるわけないだろ」 先輩ぶったお説教口調を聞くと、いつもはなんとなくムッとすんだけど、なんか今だけは素直に聞けた。 「……まーね。いちお、覚えておくよ」 返事までは、素直になれなかったけど。 青い石――多分、サファイアだろう。
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