Chapter.12 全ての鍵、タスクの剣

 

「後1つ……残るはドラゴン岩か」

 ドラボアの洞窟を出たぼく逹は再び同じ道を登り進み、最後の鍵の在処を捜した。
 そして再び、火とかげ逹のいた洞穴のある断崖にたどり着く。

「ここしかないな」

 ミュアを見ると、奴も黙って頷く。
 ここが頂上かと思ったけど、さらにきつい傾斜の崖が上に向かって伸びている。濃い霧に覆われた断崖を、ぼくはこれまで以上に慎重に登り進んだ。
 やがて、霧の層を抜け出す。

「あれか」

 ぼく逹は息を飲んだ。
 ドラゴン岩山の頂上にそびえ立つ岩は、翼を広げ、首を伸ばしたドラゴンの姿。

「ドラゴンが霧を吐いている……!」

 信じられないとばかりに、ミュアが呟く。
 そう、岩でできたドラゴンのちょうど口に当たる所から、白いもやもやしたものが沸き出している。
 それは、決して空へと立ち上ぼらない。


 長い首をゆっくりと伝い、地面に音もなく渦巻きながら、下界へと広がる霧へ溶け込む。
 ぼくの膝から下は、この白いもやもやに埋もれて、見えない。ミュアが、当然のようにぼくの肩に飛び乗った。
 岩のドラゴンの側に石碑がある。
 近づいていくと、ドラゴンの口から吐きだされるもやの色が変わった。

「わっ、なんだ?」

 毒か  いや、ぼくもミュアも別になにも感じない。
 薄紫色を帯びている。
 それ以外は、別に変化は見られないけど――。

「……なんっか気持ち悪いよなー」

 精霊の力で、なんとかなるかもしれない。ぼくはロッドを取り出して、なんの精霊に呼びかけようか、ちょっと迷った。

「よし……カトゥラブーラ、善き土の精霊グノーメよ、聞け。
 魔術師インディ=ルルクの名において、命じる。
 怪しき霧を打ち払わんことを!」

 ロッドの輝きがともる。土の精霊は答えてくれた。
 地面が、ぐらりと揺れた。
 2度、3度  どこかで岩の崩れる音が聞こえる。もやの表面が波打って、やがて大きな渦巻き状に流れ始める。

 膝まで覆い尽くすもやの海はしだいに退き、やがて地面があらわになった。亀裂が生じ、もやはそこに流れ込んで、消えた。

「へへっ、どうだい、さっぱりしたろ、ミュア?」

 肩にいるミュアに話しかけると  いつの間にか、ミュアは下に降りていた。……あのな、これじゃあぼくがバカみたいじゃないかっ。

「…………なぜ……分かるのだ?」

「へ?」

 今の声は――ミュアか?
 いつも女の子みたいに高い声でしゃべるミュアなのに、今の声は男の人のように低かった。

「ミュア、おまえ、今なんつったの?」

 おどろいで聞き返すと、ミュアはきょとんとぼくを見上げた。

「なに言ってんのさ、ボクは何も言ってないよ」

「? だって、今、誰かの声が」

「聞き間違いじゃないの? ボクには何も聞こえなかったよ」

 ミュアの真顔を見ると、ぼくをからかおうとしているわけじゃないらしい。
 じゃ、いったいなんなんだ、今の声は……? ぼくより耳のいいはずのミュアに聞こえず、ぼくにだけ聞こえたなんて――。

「まあ、いっか」

 気にはなるけど、とりあえずはそれよりも5つ目の鍵が優先!
 ぼく逹はドラゴン岩の傍らに立つ石碑に近づいた。黒い、よく光る艶のある石で出来ている。書いてあるのは、たった一行――。

『汝が力を示せ』

「どう示せってえの?」


 肝心なことが書いてないっ。
 やむなく、ぼくがその辺をぺたぺた触っていると、勝手にロッドが光った。
 ゴゴゴゴ――。
 石碑が、ゆっくりと二つに割れていく。

「わっ、えっ? ぼっ、ぼく、何もしてないよっ?!」

 焦って、思わず飛ぶずさると、割れかけた石碑がまた戻っていく。

「バカっ、何やってんだよ?! インディ、もう一度石碑に触れるんだよ」

 ミュアがぼくの足をひっかく!

「痛っ! 何すんだよっ、ミュアっ?」

「キミがあまりにもおバカなこと、するからだよ! いいかい、この石碑は……多分、手を触れた者の魔力をはかる働きがあるんだよ。キミはなんとか認められたのに、自分から手をはなしちゃったりしてさ! これをバカと呼ばずに、何をバカと呼べってえの?」

 皮肉たっぷりに、ミュアがポンポンわめく。

「しょっ、しょーがないだろっ、知らなかったんだからっ!」

 ミュアにこれ以上なにか言われる前に、ぼくはもう一度石碑に手を置いた。再び、岩が割れる。
 今度は、完全に割れるまで手を離さなかった。

 中の空洞部分に、3つの物が浮かんでいた。
 1つめは……タブレット。
 黒っぽい石でできていて『W』の字が刻まれている。

「これは……オニキスだ」

 ミュアがちょいと触って断言する。正直、オニキスだのダイヤモンドだの、宝石っぽい名前はぼくにはまるで区別がつかないけど、ミュアがそう言うんなら、そうなんだろう。 2つ目は、剣。

「なんだか……牙みたいな形だな」

 思わず、ドラゴン岩を見上げてしまう。
 3つ目は――やはり、タブレット。
 鍵よりも一回り大きい。

 細かな模様が浮かび上がっている。透かしてみると……それは、模様じゃなくって字だった。
 細かな字が、びっしりと並んでいた。

「ヨギの碑文だ!」


『――汝が前に 竜は眠れり
 竜はタスクの剣を持つ者に従い 求めによりて蘇らん


 すなわち 汝、竜を操るのは 意のままなり
 されど 剣の力は封じられたり
               
         我が聖櫃を開け

 聖櫃に宿りしは 力の精霊なり
 汝が求めによりて 

 5つの鍵にて求むるものを示せ
 順を違えることなかれ
           』

「すごい……すごいよ、インディ!」

 ミュアは興奮のあまり、ぼくの肩をかきむしる。でも、ぼくも同じぐらい舞い上がってるせいか、そんなのちっとも痛くない。

「この剣には、ドラゴンを操る力があるんだ。今はその力は封印されているけど、ヨギの聖櫃を開ければ剣に力が宿る。
 インディ、力の精霊ってのを知ってるかい?」

 興奮しているミュアは、ぼくの返事も待たずに言葉を続けた。

「この世で最も力在りし生き物――すなわち、ドラゴンのことさ。つまり、これはドラゴンを自由に操る力なんだ!」

 知らず知らずのうちに、ぼくは生唾を飲み込んでいた。

「こいつが……蘇るんだって?」

 手にしたタスクの剣と、ドラゴン岩を見比べずにはいられない。

「大魔術師ギィの力は、それだったんだ。確かに、これ程の力を封印できるなら、大魔術師と呼ばれるに値する……」

 ミュアが恭しいと言ってもいい態度と口調で、ドラゴンに一礼する。

「だから、異端の魔術師ギィが狙い、守護僧セミヤザが先手を打った……」

 そして、ぼく逹は期待に応えたってわけだ。
 ギィに奪われる前に、その偉大なヨギの力を秘めた聖櫃の鍵をそろえ、守護僧セミヤザに渡すことができる。
 うん、とびっきりうまくやったじゃないか、魔術師インディ=ルルク!
 ぼくは5つの鍵と、タスクの剣、そしてヨギの碑文を握り締めた。

「じゃあ、早いとこ僧院に戻ろう」

「だけど  」

 ミュアが、なにか気にかかることがあるように、口ごもる。

「ん? なんだよ、ミュア」

 ミュアは今度も何かを言いかけ――やはり思い直した。

「……ん、いいんだ」

「いいんだってこともないだろ。なんなんだよ?」

「じゃあ……インディ、帰り道は行き以上に気をつけると約束してくれる? 魔術師ギィが襲ってくるかもしれないだろ」

 そういえば、すっかり忘れていたけど、魔術師ギィもこの鍵を探しているんだっけ。ぼくは浮かれていた気分をひき締めた。

「分かったよ、約束する。気をつけるよ」

 ぼく逹は何度も振り返りながら、ドラゴン岩を後にした。


 断崖を苦労しながら降りていくと、途中に見覚えのある紫色のもやがよどんでいるのが見えた。魔法で一度は追い払ったはずなのに、また吹き出されたらしい。

 ――リィン!

 突然、氷のタルモが鳴った。

「? なんだあ?」

 紫の霧の層にすっぽりと入り込むと、その理由が良く分かった。

「くそっ、やっぱり毒だったんだ……!」

 足だけの時はなんともなかったのに、吸い込むと体の力が抜ける。
 ここは、息を止めて一気に突っ切るっきゃない!

「……!」

 ミュアを掴み、ぼくは比較的なだらかな斜面に体を滑らせた。あっと思うまもなく転がり落ち、ぼく逹は霧の層を抜けて岩棚の上へとすっころんだ。

「いてて……」 

「インディっ、いきなり無茶しないでくれよっ」

 いーじゃんか、毒の霧から早く抜け出せたんだし。
 とにかく、目立った障害はそのぐらいだった。登りはあれ程苦労したけど、降りるのはけっこう楽だ。
 やがて、ふもとにたどり着く。
 谷間に渡された城壁と、閉ざされた扉が、なんか懐かしい。

『汝 大いなる力の鍵を手にしたり』

 そう刻まれた扉は、ひとりでに開いた。
 こうして、ぼく逹はエクトロイの岩山を後にしたんだ。
                                   《続く》

 

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