Chapter.14 タスクの剣、ウィングの呪文

  

 ぼく逹をヨギの僧院の麓まで送ってくれたカゲロウを、今度はぼくとミュアの方が、見えなくなるまでずっと見送った。彼の姿が完全に見えなくなってから、ぼくはようやく僧院に向き直った。
 岩がむき出しになった山頂に、荘重な建物は埋め込まれているように見える。

「これで、使命は終了か」

 ここまできたらもう大丈夫。肩から、すうっと力が抜けていくみたいだ。でも、ミュアが難しい顔をして、気分に水をかけてくれる。

「――簡単すぎるよ」

「ミュア〜、何言ってんだよ? あれが簡単だっていうのかよ」

 ぼくにはえらく大変だったぞっ、どっかで見学ばかりしてた猫さんと違って!

「そういう意味じゃないよ。試練の難関はともかく――ギィとやらの妨害がなかったって言っているんだよ」

 言われれば、そうだ。

「でも、そんなのないに越したこと、ないだろ」

 そういうと、ミュアは深〜く溜め息をついた。

「――キミはつくづく気楽でいいね」

 どーゆー意味だっ?!

「わぁるかったですね! 気楽でさっ。とにかく、今更ぐちゃぐちゃ悩んだってしようがないだろ、とっとと僧院に行こうぜ」

 ぼく逹は再び、ヨギの総員に続く急な山道を登っていった。

 

 


「インディ、約束を守ってよ」

 僧院の門が見える位置まで登ると、ミュアが念を押して言った。

「分かってるって」

 ミュアを僧院にいれるっていう約束  ちえっ、我ながらつまんない約束しちゃったな。
 セミヤザがなんて言うか心配だったけど、ぼくはミュアをマントの中へ隠して、門の呼び鈴を鳴らした。
 誰もいないのに、扉がきしんで開く。そして、セミヤザの声が響いた。

「見事に重責を果たしたな、インディ=ルルク」

 いったん褒めておいてから、声は訝しがる響きを帯びる。

「……懐になにか、隠しているのか?」

 あちゃ、バレバレか。
 ぼくは開き直って、ミュアをマントから出した。

「ぼくの猫です。これでも、鍵の探索に色々と役に立ってくれたんです。一緒に入ることを、お許し下さい」

 ぼくに蹴りをいれつつ  後で、おぼえてろよなっ  ミュアはサッと扉の中に飛び込んだ。
 ややあって、また声が響く。

「そうだな……『鍵を揃えし者』のたっての願いとあれば断れぬな。
 よかろう、その代わりおとなしくさせてもらおう」

 ま、そのぐらいの妥協は必要だろう。

「分かりました。……ミュア、こいよ」

 返事も待たずに、ぼくはミュアを抱き上げた。嫌がるミュアの耳に、「追い出されたくなかったら、じっとしてろ」
 と、脅しつける。

 ミュアは不機嫌に鼻を鳴らしつつも、ぼくの腕の中でぬいぐるみのようにじっとしている。よしよし♪

「では、塔へ来てくれ」


 セミヤザの声に促され、北側の断崖に面して立つ五角形の塔を登り詰めた。
 ミュアはいつものおしゃべりが信じられないくらい、ずっと黙り込んで何かを考えこんでいる。あんまりおとなしいから心配になって、ぼくはそっとミュアに聞いた。

「ミュア、どうしたんだよ。気分でも悪いのか?」

 それには答えず、ミュアはぼくの顔を真っ直ぐに見上げ、その水色の目を瞬かせた。何か、言いたげに  でも、結局何も言わずに目を伏せた。
 ……なんなんだろ?

 最上階。
 黒い長衣を翻し、喜びに目を輝かせて振り向く守護僧セミヤザ。

「よくやったぞ、インディ=ルルク」

 傍らの箱――あれがヨギの聖櫃か?!
 ぼくの視線に合わせたように、セミヤザの視線はすぐにぼくから聖櫃に移った。

「さあ、鍵を――ヨギの力の鍵を」

 息を弾ませ、手を伸ばすセミヤザ。
 だが、その場に尻餅を突くほど強くぼくの胸を蹴って、ミュアがセミヤザの前へと飛び出した!

「待ってよ、セミヤザ。鍵を渡す前に、どうしても聞きたいことがあるよ!」

「ね、猫がしゃべった?」

 ミュアがしゃべったことに、セミヤザは明らかに驚いていた。

「そう――ボクはしゃべれるよ、ただの猫じゃないもん。ボクはアザゼル先生の特別の弟子で、インディよりも長く先生のとこにいるんだよ。……アザゼル先生の友達なら、ボクのことも知ってて当然と思ったけど?」

 皮肉たっぷりに、ミュアは小生意気に言ってのける。セミヤザがムッとした顔になったにもかかわらず、ミュアは続けた。

「なんで、インディにヨギの鍵を集めさせたのさ」

「それは……彼に理由を話しただろう」

 やっと猫がしゃべったという驚きから立ち直ったのか、セミヤザの声に尊大な調子が戻る。

「ナメてもらっちゃ困るよ。ボクはインディとは違うんだからね」

 ミュアの言い方には腹が立つけど、でも今のミュアには妙な迫力があった。小さな猫の体が、数倍に大きくなったような気がするぐらいだ。

「――あの片目のお爺さんはどこにいるの?」

 セミヤザが、ジロリとミュアを睨んだ。だが、何も言わない。それに調子づいたのか、ミュアは激しく言いつのった。

「お爺さんはどこって、聞いてるんだよ!! ザミールさんと話してからじゃなきゃ、絶対に――にゃお……うにゃ、にゃおおっ?!」

「ミュアッ?!」

 突如、猫語になったミュアに、ぼくは慌てて駆け寄った。

「ミュア、ミュア、どうしたんだよ?!」

「にゃっ、にゃあっ!!」

 ミュアはやたらと興奮して、駆け寄ったぼくをところかまわず噛みつき、ひっかきまくる。

「いててっ、何すんだよ、ミュアっ?!」

 戸惑うぼくに、セミヤザは何事もなかったように、落ち着いた声で話しかけてきた。

「取り込み中のようだが、とりあえず鍵を渡してもらいたいのだが」

「あ……でも……」

 ちらっとミュアに目をやる。ミュアは、セミヤザがぼくに近寄った途端、はじかれたように部屋の隅に飛んでいって、毛を逆立てている。
 セミヤザに向けた目は怒りに燃えていて――とても普段のミュアからは考えられない。それだけに、余計に心配だった。

「猫のことなら、後ででも診てあげよう。早く……魔術師ギィは、今にもここに現れるやもしれんのだぞ」

 回復魔法の指輪をくれたセミヤザなら、突然変になっちゃったミュアを直せるかもしれない。そう思って、ぼくは5つの鍵とタスクの剣をセミヤザの前に置いた。

「おお……!」


 セミヤザは歓喜に震える手で、タスクの剣を手にとった。それを目の前に掲げ、ひどく熱心に見入る。
 それから5つの鍵に目を移し、一つ一つ確かめる。

「ヨギの碑文のタブレットもあると聞いていたが……?」

「ああ、それなら――」

 そのタブレットは、ヨギの墓で床と一体化したことを告げようとした時だ。
 ものすごい唸り声が、ぼくの頭上を跳び越えた!
 ミュアが爪をいっぱいに広げて、セミヤザに襲いかかったんだ!

「ミュアッ?!」

 あっという間の出来事で、ぼくには止める間もなかった。
 跳びかかったミュアを、セミヤザは事も無げに降り払う。ミュアは壁にたたきつけられて、どさりと床に落ちた。

「ミュア――!」

 慌てて駆け寄り――ぼくは息を飲んだ。
 強く体を打ったのか、ミュアは気絶したようにぐったりとしている。
 小さな体を抱き上げ、ぼくはセミヤザを振り返った。

「ひどいや! なにも、ここまですることはないだろっ?!」

 だが、セミヤザはぼくに見向きもしなかった。
 目に異様なまでの輝きを浮かべ、ヨギの聖櫃を前にしている。
 ――聖櫃を開こうとしているんだ…!

 束の間、ぼくは怒りも忘れ、固唾を飲んでそれに見入ってしまった。封印されし大いなる力、ヨギの聖櫃――。
 聖櫃の蓋には、5つの四角い窪みがある。そう、ちょうど鍵のタブレットと同じ大きさだ。
 そして、それぞれ色が違う。

 銀、黒、青、緑、赤――そうか、鍵のタブレットと同じなんだ!
 つまり、5つの鍵には、それぞれ決まった鍵穴があるんだ。
 セミヤザは、1つずつ、その通りに置いていく。

 銀の窪みに、銀の『S』を。
 黒の窪みに、オニキスの『W』を。
 青の窪みに、サファイアの『O』を。
 緑の窪みに、翡翠の『R』を。
 赤の窪みに、ルビーの『D』を。

 ――聖櫃が、光った!
 セミヤザの手が、蓋にかかる……!
 金色の輝き――きらめく光……聖櫃の中で、金色の光が渦巻いている!
 タスクの剣を掲げたセミヤザが叫ぶ。

「我が剣に大いなる力を!」

 金色の光がセミヤザの剣に降り注ぐのを、ぼくは呆然と見つめていた。
 閉じられた聖櫃の蓋に並ぶ文字――SWORD 剣! 

「そうか……こういうことだったのか!」

 5つの鍵で、求むるものを示せ――精霊は求めに応じて、剣に力をもたらしたんだ。

「……ハハハハハハッ」

 セミヤザの笑い声で、我に返る。セミヤザは勝ち誇って笑い、出窓の下に向かって叫んでいた。

「セミヤザよ、力は手に入れたぞ! ヨギの力を受け継ぐのは、このわたしだ! 老いぼれのおまえになぞ、もう用はないわっ!!」

 ――な、なんだって?!
 全身が、一瞬で凍りつく。
 ぼくはとっさに、腕の中のミュアを見下ろしていた。……ずっと、なにか言いたげにしていたミュア。

「まさか…あんたは……」

 声が震える。

「インディ=ルルクよ、おまえには心から礼を言うぞ」

 少しも誠意の感じられない声で、セミヤザ――いや、セミヤザのふりをしていた者はせせら笑った。

「異端のわたしには、ヨギの魔力の支配下にあるエクトロイには入れない。だが、おまえはヨギの魔術の流れをくむアザゼルの弟子……」

「じゃあ……じゃあ、おまえは…おまえがギィか?!」

 否定してほしかったのに、そいつはあっさり肯定した。

「そうだ。わたしこそ、魔術師ギィだ」

 息詰まるような悔しさが、真っ先にはい上がってきた。ぼくは……騙されていたのか?!

「5つの鍵を集める程度の力はあり、それでいてわたしの正体に気づくほどの力はなし――おまえがわたしの元に来てくれたのは、まさに僥倖だった。半人前のところがちょうど役に立ってくれたよ」

 う……うそだ!!
 こんなことって――こんなのってあんまりだ!!

「おまえが命を懸けて手にいれてきた力が、どれ程のものか、せめてその目で見届けるがいい」

 怒りと悔しさにぶるぶる震えるぼくの前に、魔道士ギィは水晶球を置いた。
 中に、エクトロイの頂上が浮かび上がる。
 ドラゴン岩……いや、もうそれは岩ではない。

 翼がはためき、首がうねっているものは、明らかに命の息吹が感じられる。
 封印を解かれたドラゴンは、今、まさに飛び立とうとしていた…!

「おまえのおかげだよ」

 ギィは再びせせら笑う。
 ぼくは無意識のうちに飛びかかり、そしてはね返された。壁に強く背中をぶつけ、息が詰まった。

「これは失礼。では、さらばだ  我が恩人よ」

 黒い長衣が翻る。悠然とした足取りでギィが去っていくのを、ぼくは追いかけることができなかった。
 体が痛かったせい――それもある。だけど、もっと強く、もっと激しく、胸に込み上げる想いが、ぼくをすっかり打ちのめしてしまっていた……。

 おまえのおかげだ――ギィはそう言った。
 そう、ぼくは自分から進んで、ギィにヨギの力を譲り渡してしまったんだ……!

「イ……ン…ディ」

 小さな、聞き逃してしまいそうな呼び声。それが聞こえなかったら、ぼくはいつまでもそうやって座り込んでいたかもしれない。

「……ミュア……ッ!」

 さっき、ギィにはね返されたショックで、ぼくはミュアを手放してしまってたらしい。少し離れた所に倒れているミュアに、ぼくは慌てて駆け寄った。

「……何…やってんだよ…インディ…あいつに、言わせっぱなしに…しとく気かい? ……そんなの…キミらしくないよ……」

 息も絶え絶えなのに、ミュアはよろめきながら立上がり、それでも憎まれ口をたたく。
 そんなミュアのしぶとさに、ぼくはふと泣きだしたいような安心感を感じた。

「――ああ。このままでなんか、終わらないよ……!」

 そう……ギィはぼくの手助けで、ドラゴンを操る力を手に入れた。それはもう、起こってしまったこと。
 今更変えようがない。

 考えなきゃいけないのは、それを取り戻す方法だ!
 ギィを許せないと思うなら、ギィの力を封じなきゃ――考えろ、インディ=ルルク!
 知恵を絞るんだ、いいように騙されたままでいいのか?!

 ぼくは自分で自分を怒鳴りつけ、床を蹴り、混乱する頭をかきむしった。
 ――ふと、嫌な予感がした。
 ハッとして窓の外を見ると、北の空に黒い点が見えた。それが、ぐんぐんと大きくなっていく。

 ……ドラゴンか!!
 やがて、強靭な翼の巻き起こす風が、僧院を襲った。

「ミュア……ッ!」

 とっさに、ぼくはミュアをかばって伏せた。
 部屋の中まで風が巻きおこり、大きな影が窓の光を奪う。ドラゴンは、この塔の上をかすめて飛んでいるんだ!

 翼を叩きつけたのか、それとも巨大なかぎ爪を延ばしたのか、塔にずしんと衝撃があった。天井の一部から、細かい石がふってきた。
 ――なんて奴なんだ……!
 力の精霊、ドラゴンの凄まじさに圧倒されながらも、ぼくは立ち上がった。

 ドラゴンは僧院に執拗な攻撃を仕掛けている。
 まるで、積年の恨みを晴らそうとするように。塔は奴の攻撃目標じゃない。ただ、かすっただけなのに、力がすごすぎるからこれほどの被害が及んだんだ。

「……絶対、なんとかしてやる!」

 ぼくはようやく混乱から立ち直った。なにか――なにか、方法があるはずだ…!
 頭の中に、ヨギの碑文が蘇る。

「そうか――力は2つあるんだ……!!」

 ドラゴンを蘇らせるにはタスクの剣、そしてドラゴンを封じるにはウィングの呪文!
 再び、衝撃が塔に及んだ。
 でも、そんなのにかまっちゃいられない!

 ウィングの呪文を唱えかけて、ぼくはそれがまったく効力のない言葉の羅列にすぎないことに気づいた。なんの魔力も感じない……そうか、タスクの剣と同じく、呪文の力も封じられていると言っていたっけ。
 タスクの剣と同じように、精霊から力をもらってからじゃないと。

「でも……どうやって…?」

 迷うぼくの目が、すがりつくように聖櫃にたどり着く。
 ――もちろん、聖櫃からだ!
 もう一度、聖櫃を開けなければ……だが、鍵は?
 聖櫃の蓋を調べると、鍵は簡単に外れた。

「……分かったぞ!」

 碑文にはこうあった――精霊は求めによりて2つの力をもたらさん、5つの鍵にて求るものを示せ、と。
 鍵の組み合わせで、求めるんだ!

 ぼくは5つの鍵と、聖櫃の窪みを見比べた。つまり、これは一種の合い言葉なんだ。
 タスクの剣に力を求める時の合い言葉が、SWORD――なら、ウィングの呪文に力を求める時には別の合い言葉が必要なんだ。
 それを、5つの文字の鍵で示す……!

「気…をつけて、インディ…。間違えたりしたら……」

 ミュアが、力なく注意する。

「分かってるよ、ミュア」

 碑文は、こう終わっていた。
 順を違えることなかれ、汝の身、滅びん、と……。
 間違えた時は、ぼくが死ぬ時だ。

 しかも、今回はミュアの助けは期待できない。歩くだけでもやっとのミュアは、とても謎解きをやれる体調なんかじゃない。
 苦手な分野だけど――やるっきゃない!
 ぼくは5つの鍵を握り締めた。

『変えてみろよ、ルビーの右隣には銀が似合うじゃないか』

 知恵の実が弾けた!
 続けて、最後の実も弾ける。

『それなら、ルビーの左隣には、翡翠が似合う』

 小さな光が飛び去った。……でも、これだけじゃ、なにがなにやら。しかし、続けてミュアの声がヒントを補う。

「…銀の台に銀を乗せても良いが……オニキスを乗せても似合う…となれば…オニキスの台には…サファイアだ……」

「ミュア」

「……ドラボア…の寝言だよ……キミ、どうせ覚えてないだろ…?」

 弱々しいながらも、ミュアは皮肉っぽく笑う。
 ――ミュアの奴め!

「ケガ人は黙って見てろよ、ぼくがウィングの呪文を手に入れるのをさ」

 ぼくは聖櫃に向き直った。ミュアと知恵の実のくれたヒント……絶対に、無駄にしないぞ。
 まずは……銀の窪みに、オニキスの『W』を。

 なにか起きるかと思ったが、何も起きない。正解か……それとも…?
 どちらともつかないのが不安を掻き立てるけど、ぼくはあえてそれを無視してタブレットを並べた。

 黒の窪みに、サファイアの『O』を。
 そして、少し考え込む。ルビーの右隣が銀で、左隣が翡翠だっけ? ……なら、ルビーはその真ん中に。
 ぼくは続け様に、一気に残り3つを並べた。

 青の窪みに、翡翠の『R』を。
 緑の窪みに、ルビーの『D』を。
 赤の窪みに、銀の『S』を。

「そうだ……、これだ!」

 鍵の文字は、WORDSと並んでいる。そう、ぼくの求めたのは呪文の力だ。
 呪文  つまり、それは言葉、WORDSだ!
 ぼくが正解を確信した時、聖櫃が光り輝いた――!!
                                    《続く》
 

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