Chapter.3 フレイヤはお嬢様 |
ぼく逹がタナの町を出ようとした頃、ちょうど朝市が立っていた。馬を連れた人達が、たくさん集まっている。 「そうだ、馬を買いましょうよ。歩くと疲れちゃうもの」 フレイヤはそういうと、止める間もなく馬の方に駆け出していってしまった。 「あっ、待てよ、フレイヤ!!」 「あ、この馬、きれい! 3500Ψですって、安いわよ」 げっ、どこが安いんだっ?! 「インディ、諦めなよ。お金は持ってるんだろ? 大丈夫、タナの馬は優秀だから、そんなにひどい馬はいないよ」 ミュアのフォローに慰められつつ――あー、ミュアに慰められんなんて世も末だっ――ぼくはしぶしぶお金を払った。どうせ、フレイヤのお母さんにもらったお金だ。……500Ψは先生からもらった分から出したけど。 「ところでフレイヤ、乗馬は得意なの?」 情けないけど、ぼくはほとんど馬に乗れない。二人乗りなんて芸当は出来やしないから、きっちり聞いておく必要がある。 「ううん、ゆっくりと歩く馬なら乗れるけど」 予想はしていたが……ちえっ、ぼくは手綱引きか。でも、昨日のことでフレイヤが歩くのが遅いのは嫌というほどよく分かったし、そろって歩くよりも帰って楽かもしれない。 そう自分に言い聞かせるぼくの腕を、フレイヤは軽く引っ張った。 「あ、見て見て、あれ、ここの名物よ。一つ、御土産に買ったら?」 ……あ、あのね。 「タナ特産、良質の岩塩! 一個、500Ψだよ、ここでしか売っていない! どこに持っていっても、引っ張り凧だよ、御土産にも最適!」 「冗談じゃない、ぼくは物見遊山でここに来たわけじゃ……」 そう言いかけて、ぼくはふと思い出した。 「じゃあ、行きましょう。乗せてくれる?」 ――一人で馬にも乗れないのに、馬を買うなよ。そうは思ったものの、ぼくは黙って手を貸してやった。 「ミュアもお乗りなさいよ」 「悪いね、インディ」 ぼくの肩に中継地点にして、ミュアは身軽に馬の背に飛び乗った。そして、残ったぼくは手綱を引っ張って――。 「いったんカイルにでて、そこからサンシャに行くのよ」 へいへい。
「ハミの王家と、あたしの家の先祖がね、クヴァにいた悪霊の王と戦って、ザブルガンの砂漠に封じ込めたんですって。とても勇敢な一族なのよ。あたしの婚約者の王子もその血を引いていて、勇敢な剣士なんですって」 ……知るか、そんなこと。 「そういえば、フレイヤ。結婚おめでとうね。それで、相手の人には会った?」 ミュアが話しかけると、フレイヤは笑いながら答えた。 「ううん、なんだかんだで機会がつぶれちゃって。まだ、一度も会った事ないの」 ぼくは危うくつんのめるところだった。 「会った事ないって……それなのに結婚するの?」 思わず口だしすると、フレイヤは当然のように答えた。 「そうよ。生まれた時から決まっていたもの」 り、理解できない……。 「あら、あたし子供でもないのよ。こう見えても、先週14才になったもの」 「14って じゃ、ぼくより1つ上なだけじゃないか」 というより、半年違いって事になる。 「王族の結婚なんて、そんなもんだよ。まっ、お子様には分からないかもしれないけど」
「それよりさ、さっきの悪霊を封印したって話。あれってやっぱ、魔力で封じたのかな?」
「多分ね。ハミの王家には剣士の素質が、フレイヤの一族には魔力が生まれつき備わっているからね。ほら、アザゼル先生みたいにさ」 知らないというフレイヤに代わって、ミュアが知ったかぶりで答える。悔しいけど、ホント、いろんな事をよく知ってるんだ。 「へえー。じゃ、フレイヤも?」 意外だな、とぼくは馬上を見上げた。が、フレイヤは屈託なく、首をふる。 「ううん、あたしにはまったく魔力はないの」 だろうね。 「あ、そうだ。肝心の物を渡すのを忘れていた」 ぼくは精霊の首飾りを取り出すと、フレイヤに渡した。2つ使ってしまったけど、事態が事態だったからしょうがない。幸いフレイヤは怒らずに、うれしそうにそれを受け取った。 「わあ、うれしい。早く使ってみたい」 「……あのさ、困るんだよ、それを使う時があるってのはさ」 ったく、分かってんのかな、状況が。 「カイルの町よ。ねえねえ、バザールを除いてみるでしょ? ここのはとっても賑やかなんですって!」 ちょ、ちょっと待ってくれいっ! 「急いでサンシャに行った方がいいんじゃ……」 「あんっ、どうせ通りすがりじゃない、ね、いいでしょ? あたし、一度カイルのバザールを見てみたかったの▽」 フレイヤにねだられると、なんか嫌というのが難しい。おまけに、ミュアまでそれに賛成した。 「ボクもいいと思うよ、インディ。どうせ、サンシャに行くまでには一泊しなきゃいけないし、ここで休んだら?」 「まだ、お昼をまわったばっかだぜ」 「でも、この先はもう町はないよ。無理して進むのは、キミはともかく、フレイヤには無理だよ。それに、キミだって見てみたいだろ?」 「……そりゃ、まあね」 と、いうわけで、ぼく逹はそろってカイルのバザールに行くことにしたんだ。
「わあ、すっげえ」 ぼくは思わず目を見張った。 「まさか、ぜーんぶ見て歩こうってわけじゃないだろうね?」 とても1日や2日で見て歩ける量じゃない。様々な格好をした人達が行き交い、いろんな物が山と積まれたばかりの通りが、まるで迷路みたいに入り組んでいる。 「もちろんよ、ちょっとだけ。いいでしょ?」 フレイヤは馬を降り(もちろん、ぼくが手を貸して!)ウキウキと歩き出した。ぼくも馬を引っ張って……。 「インディ、あんまりキョロキョロするなよ、フレイヤとはぐれちゃうぞ」 「あ? ああ、分かってるさ」 ぼくは馬を引いて、フレイヤの後をたどった。フレイヤは宝石を売る店の前で、立ちどまっている。 「ねえ、インディ」 げっ、まさか……! 「あれ、ほとんどハミの特産品よ」 フレイヤの声は、それを欲しがっているような感じじゃなかった。ホッとしたのと、何を言いたいんだろうって疑問と半々で、ぼくはフレイヤの話を聞いた。 「ハミには宝石の島があるの。だから、小さいけどとっても豊かな国なの。でも、その島を巡って、時々争いがあるんですって。……悲しいわよね」 そう言われても、ぼくにはハミの事なんて分からない。 「島は昔からハミ全体のものなのよ。だけど独り占めしようとする人が現れたりして……あら?!」 フレイヤの注意が他のものに移った。衣服を並べた店だ。 「あたし、いいこと思いついたわ!」 か、かんべんしてくれ……。 「あの衣装……あれ、この辺りの男の子が着ている服よ。あたし、あれ欲しい。だってそうでしょ? この格好じゃ、目立ってしょうがないもの」 確かにフレイヤのマントの下はいかにもお姫様染みた服で、目を引くことは確かだ。 「ねっ、変装した方がいいと思わない?」 かもしれないけど……。 「でも、お金がなあ。この先も、いろいろとかかるだろうし」 ちらっと値札を見ると、一着300Ψ。2着で500Ψ……絶対、ボッてるぞ、これ。
楽しげに店の主人に話しかけだしたフレイヤは、あれこれ迷ったげく、なんと2着買って1着をぼくに渡した。 「インディの分も買ってあげたから、着てみて。きっと、似合うと思うわ」 買ってあげたって、お金を払うのはぼくじゃないか! 「キミの負けだよ、インディ。まっ、キミも変装した方が、この先目立たなくなるから好都合かもね」 ミュアの気休めを聞きつつ、ぼくは馬の影で堂々と着替えた。 「なかなか似合いますよ、お客さん。本当はそれにターバンを巻くんですがね、どうです、このバンダナでも巻いておいたら。安くしときますよ」 人の気も知らんで、店の主人が気楽に言う。ふんっ、これで充分だいっ! 「似っあうー?」 フレイヤは膨らんだズボンの裾を摘み、くるりと一回りしてみせた。 「わっ、かっわいい!」 そう言ったのは、ぼくじゃない。ミュアだ。 「インディはどう思う?」 きれいな金髪をかくすため、幅のあるターバンで髪を隠したフレイヤが、それでも普段の癖なのか髪をかきあげるしぐさをしながら聞いてきた。 「わ、分かんないよ、どうか、なんてさ ま、変装としてはいいんじゃない? 男の子みたいで」 心にもないことが、口からついて出る。男の子みたいだなんて ぼくと同じ格好をしてても、フレイヤはちっとも男の子っぽく見えないのにさ。 「そう?」 どこか残念そうに、フレイヤが呟く。 「それより、もう行こうよ。いつまでも市場にいたら、余分な物ばっかり買っちゃう。このままじゃ、馬まで売るはめになっちゃうや」 「あら、どっちにしろ馬は売らなきゃ」 フレイヤは簡単に言ってくれる。……今朝買ったばっかだぞ。 「ぼくはいいけど、君が困るだろ、馬、ないと」 「いいの。サンシャはファフニ砂漠の中にあるのよ、馬よりラクダに決まっているじゃない」 なんだかよく分からないけど、ぼくは言われるままに馬の市に行った。驚いたことに、タナで買った馬だと言うと4000Ψの値がついたんだ。 隣で開かれているラクダの市では、ラクダは一頭2000Ψ、砂漠をぼく一人だけ歩くってのもやだから、2頭買えば4000Ψ。 残り所持金が500Ψ余りと心細くなったけど、まあ、こんだけあれば贅沢さえしなければ、なんとかなるだろう。――贅沢さえしなきゃ。
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