Chapter.4 砂漠の大学者ニッフルニーニョ

  

 幸いにもフレイヤはそれ以上何が欲しいとは言わず、カイルで一泊した後、ぼく逹はカイルの町をたって南へと進んだ。

「ボク、こっちがいいや」

 ミュアはちゃっかりとフレイヤのラクダに乗っている。
 ラクダに乗るのは初めてだけど、なんとか乗る事ができた。馬よりずっと揺れがひどいのにはまいったけど。

「ニッフルニーニョ大おじい様はね、とってもお年寄りなのよ。ずっとサンシャの寺院にこもりっぱなし。魔法の大学者で……」

「ニッフル……なんだって?」

 どーも、長い名前って覚えるの苦手だ。

「ニッフルニーニョよ」

「……ニッフルニーニョ?」

 ミュアがピンと耳をそばだてた。

「それ、アザゼル先生の先生だ」

 うっ……なんかやな予感。とりあえず、変な名前って言わなくってよかった。

「今度のことだって大おじい様なら、きっと一番良い考えを出してくれると思うの」

 ぼくも、切にそう願った。
 ……なんせ、先生に無断でこんな遠くまで来ちゃったもんな。こりゃあ、帰った時になんて言われるやら。

 それはともかく、ぼく逹のラクダは乾いた地方にさしかかった。
 砂の上を、ラクダは足を取られることもなく進んでいく。

「ファフニの砂漠がどこまで続いているのか、誰も知らないの。奥まで迷い込んだら、絶対に戻ってこれないわ」

 一面に続く砂漠  ゾッとするけど、ちょっと心惹かれる風景でもある。

「でも、大丈夫よ。サンシャの寺院を目指す限り、迷う心配はないの」

 右手の連なる白茶けた山脈から離れないように進んでいけば、平気だと言う。それが正しいことを祈りつつ、ぼくは先に立って進むフレイヤのラクダに従って進んだ。

「もうすぐよ、ほら、あれ」

 フレイヤが指差した先には、深くくびれた谷間の入り口。その奥に、小さな石窟寺院が見えていた。

 

 


「ふうむ、なるほどな。それはクヴァの黒魔術師のしわざかもしれんな。やつら、また息を吹き返してきおったのかな。それにしても、おまえの嫁入りを邪魔するとは、いったいどういうわけがあるのかのう……」

 フレイヤの大おじいさんで、アザゼル先生の先生、ニッフルニーニョ大先生ってのは、きれいさっぱりはげた頭と、それとは正反対に豊かな白い髭が顎を覆っているのが目についた。

 もう、大変な年寄りで、少々人間離れした感じ。前にぼくは冬の老人と言う一種の精霊に会ったけど、さしずめこの人は知恵の老人って感じ。
 そんな人がとても考え深そうにフレイヤの話を聞きながら、時々ぼくの方をぎょろりと睨むので、どーも居心地悪くって……アザゼル先生そっくりなんだもんな、その目が。

 だいたい先生の師匠なんていったら、ぼくなんかとても太刀打ちできない大先生ってわけで、どーも、……ね。
 もちろん、フレイヤは屈託がないけど。

「だから、あたし、このままこっそりとハミへ行ったらどうかと思うの。黒魔術師か何か知らないけど、その人の裏をかいて。そうすれば、悪巧みも分かるでしょ?」

 とんでもないことを、笑顔で言わんでほしいよな。

「ねえ、ニッフルニーニョ大おじい様、どう思われて?」

 いかん!
 なんという事を言い出すんじゃ!! ――そう言うに違いないと思ってた。どう考えたって、フレイヤの思いつきは無謀としか言いようがないもの。

 一族の長老とも言うべき人が許すはずがない。
 ところが、この精霊じみた立派な顔つきの大先生は――。

「うひょっうひょっひょっ……おお、フレイヤよ、さすがワシの曾孫じゃ、頭がよいぞっ。それに勇敢じゃ、そうせい、そうせい。
 なにもわざわざ行列を作り直して、ハミに行くこたあない。そうとも、こっそりと行って、相手の企みをひっくり返してやれ」

 ちょっ、ちょっと待てえぇええっ!!
 お、おっさん、いい年こいて、孫娘にそんな危険なことを進めるかあっ?!

「うわぁあ、やっぱり大おじい様もそう思う? これは王家に渦巻く陰謀よね、うん、あたし、ワクワクしちゃう!」

 祖父が祖父なら、孫も孫。いたずらを唆す悪ガキみたいな大先生と、はしゃぐフレイヤに、ぼくはもう言葉すらもでなかった。

「それでね、この人! インディにもついてきてもらおうと思うの。なにかと便利だし」


「ええっ?!」

 なっ、なんでぼくまでっ?!
 あきれちまうほど目茶苦茶な成り行きに、ぼくはどういっていいのかさえも分からない! それにしても、なにかと便利ってのはなんなんだ、便利ってのは?!

「ほう……これ、少年よ」

 ニッフルニーニョ大先生は両手を後ろに組み、ぼくの前を行ったり来りし始めた。

「アザゼルの弟子とな? ちゃんと修行しているのか?」

「え、ええ、まあ」

「――にしては、ロッドを持っておらんようだが」

 うっ、いらんトコをついてくるじいさんだっ!

「異界門招来の呪法はマスターしたかの? では、奇霊封印の法は? 変心法は? なんと、それもまだなのか。ふむ……まだまだ一人前にはほど遠いの」

 ううっ、情けないけどほとんどの呪法は聞いたことがないっ。

「やれやれ……フレイヤや、こんな奴は当てにはならんぞ。第一、こいつは怖がっておるわ、情けないの。半人前でおまけに意気地無しとは手のうちようがないわい。
 いやはや、あの出来のいいアザゼルにこんな弟子とはの。アザゼルもさぞかし苦労しておるじゃろうて」

「まあ、大おじい様ったら。それは少しいいすぎよ」

 すっ、少しどころじゃないぞっ!

「ぼ、ぼくだって、精霊のロッドさえあれば……」

「ロッドに頼っている内は、魔術師とは呼べん」

 ぼくの言葉を遮り、ニッフルニーニョ大先生は首をふりふり、いとも厳かに断言した。


「おまえには修行が必要じゃ」

 性格は全く違うのに、さすがはアザゼル先生の先生、言う事はおんなじだ。……と、感心したのは甘かった。

「――よし! これも修行だ、少年、フレイヤをハミまで送っていってくれ」

「えぇええっ、なんでそーなんですかあっ?!」

「ワシがそう決めたからじゃ!」

 反論できない厳しさでぴしゃっと言われ、ぼくは絶句した。

「こうなったらしょうがないよ、インディ。アザゼル先生だって、ニッフルニーニョ先生の言うことなら、従いなさいって言うよ」

 ミュアは気楽に顔を洗いながら、無責任に言うけどさ。

「だって、ぼくはなんにも持ってきてないんだぜ。ブーメランだって、精霊のロッドだって」

 ああ、こんなことになるんなら、変にカッコつけたりしないで完全武装してお使いに行けばよかった!
 ニッフルニーニョ大先生が、黙って奥にひっ込んだ。そして、すぐに細長い箱を抱えて出てくる。

「おまえ、剣は使えるかの?」

 箱の中には、見慣れない形の剣が入っていた。

「少し、おまえには大きすぎるかもしれんが……」

「え? でも、ぼくは魔術師ですよ?」

 戸惑うぼくを、大先生は一笑した。

「なに、おまえは剣だのブーメランだの、そんなのにうつつを抜かしていると、前にアザゼルから聞いたことがあるわい。どうやらおまえは魔術を究めるよりも、体を動かす事を好む性質のようだな」

 そんなことまで知っているのには、驚いた。
 確かにぼくはアザゼル先生に内緒で、こっそり木刀を振り回してみたり、ブーメランを使ったりしている。

 だって、部屋でじっと魔力の勉強をするより、そっちの方が楽しいから。
 でも、ぼくは本気で剣を扱ったことはない。
 そう正直に告白すると、ニッフルニーニョ大先生はちょっと笑った。

「そうか。しかし、これは並の剣ではないからの。そんじょそこらの剣では魔力のあるものを倒すことはできん。だが、この剣はそんな相手にこそ力を発揮する魔力の剣だ」

 すらりと長い剣は、ずしりと重かった。

「そのままでもそこそこ効き目はあるが……術者が使いこなせば、それは魔力のロッドの代わりともなろう。だが、ロッドと違ってそれはあくまで剣、それで魔法をかけれるようになるには、それ相当の訓練が必要じゃぞ」

「これが……ロッドの代わりにも?」

 しかし柄を握ってみても、ロッドを握った時のようにすぐにも魔法が使えるような、研ぎ澄まされた緊張感は感じられなかった。

「うひょひょひょひょっ、それを剣とするか、杖とするかはおまえ自身じゃ」

 大先生はぼくをじっと見て、迷うように首をふった。

「しかしの、いかにしてもワシやアザゼルから見ればおまえは半人前よ、心もとないわい。せめてもう一押ししてやるとするか。フレイヤ、そのアザゼルのよこした首飾りをお貸し」
 

「どうするの、大おじい様?」

「おまけじゃ、おまけ。精霊の力を移し変えるのじゃよ。ふむ、残っているのは……光と土と水か」

 ニッフルニーニョ大先生は首飾りから3つの石を外し、剣の上に置いた。その上に両手をかざし、目を閉じる。
 髭の中から、呪文が流れ出す――とても長い呪文だ。ぼくは胸をどきどきさせて、それを見つめていた。

 やがて、剣が一瞬輝いた。
 大先生が手をどけると、精霊の石は消えていた。

「これで3つの精霊の力が剣に宿った。使い方は分かっているな?」

「はい」

 ぼくは力を込めてうなずいた。

「これはあくまで、おまえが剣を使いこなせるようになるまでのほんの補助にすぎぬ。これに頼る事なく、また、みだりに使うでないぞ。
 真に使うべき時に呪文を使ってこそ、魔法は生きるというものじゃ」

 ぼくは魔力の剣を受け取った。
 ずっと、魔術師を目指してたつもりだけど、こうして剣を持つってのも――へへっ、まんざらでもないやっ♪

「もうっ、大おじい様ったら! あたしだって魔法を使ってみたかったのに」

 フレイヤが少しむくれた。……そりゃそうだよな、フレイヤのものだったんだし。

「よいよい、おまえにはワシが別の物をやろう」

 さすがにやれやれといった表情になった大先生は、それでも戸棚の奥からなにかを取り出した。掌に握り込めるほど小さな袋が3つだ。

「熱い熱いファフニの砂漠の奥の方から、取ってきた砂にワシが呪いをかけたものだ。どんな悪い魔力でも断ち切ってしまう力がある」

 なんだか、そっちの方がよさそう――ぼくがそう思ったのを見抜いたのかどうか、ニッフルニーニョ大先生は重々しくつけくわえた。

「ただし、いったん断ち切るだけじゃぞ。その場限りでな」

 じゃ、結局その後始末はぼくがやるってこと?
 だが、それでもフレイヤは大喜びだった。

「わあっ、ますますワクワクしてきたわ。ねっ、インディ?!」

 う……ううーん……。

「さてと」

 ニッフルニーニョ大先生は、改めてぼくとミュアとフレイヤとを眺めた。そして、はたと思いついたように、にんまり笑う。何を言い出すのかと期待したら  。

「では出発は明日と言うことにしてじゃな、今日はゆっくり休みなさい。いやいや少年よ、おまえは日暮れまで剣の稽古をせんといかんぞ」

 ニッフルニーニョ大先生は、ぼくをぎょろ目で睨んだ。

「剣の使い方を練習するには2日や3日じゃ足りんのじゃが、やらないよりはましじゃ」
 そう言って、大先生は外を指差した。ちえっ!

「分かりましたよ」

 外に出ようとするぼくの後を、自然にミュアがついてくる。

「ああ、待て待て」

 だが、大先生がミュアを引き止めた。

「久し振りにアザゼルの話も聞きたいでな。冷たいミルクでも一皿どうじゃ?」

 ミュアはぺろりと舌なめずりをしつつ、それでも一応ぼくに聞いてきた。

「インディ、いーい?」

 やだって言ったって、聞かないくせに。ぼくは苦笑しつつ、寛大なところを見せた。

「どうぞ、ごゆっくり」

 

 

 そんなわけでぼくは一人、剣の素振りをすることになった。
 とてもロッドとして使えそうもないので、まず剣として使えるようにならなきゃ、話になんない。

「ちえっ、なんで魔術師のぼくがんなことを……」

 剣は重く、扱うにも一苦労。初めのうちはよろけたぐらいだ。でも、ここでろくに剣も使えなかったら、ますますなめられるだけだっ。

「くそっ、くそっお!」

 ぼくはやけになって、熱中した。ホントに、こんなに熱心に稽古したなんて生まれて初めてだっていうくらい。
 …………魔法じゃなくて剣なのが、魔術師としては情けないけど。

 そのせいあって日が沈んでだいぶたった頃、どうにか剣にふりまわされずに剣を扱えるようになっていた。物は試しにと、側にあった岩に向かう。

「えいっ!」

 気合い一閃、ぼくの剣は見事に岩をまっぷたつに砕いた!

「……ひょっとして、こっちに才能があるのかも」

 魔法はいつまでたっても、上達した気がしないのに――我ながらあきれてしまう。うっ、やっぱり、ぼく、選ぶ道を間違えたのかも……。
 疲れ果てて、ぼくはその場に寝っころがった。

 昼の陽射しをすった砂は、まだ熱いぐらいに暖かい。その心地好さに、ぼくは思わずうとうとと眠りかけた。

「……ディ…インディ…」

 優しい声が、ぼくを呼ぶ。

「……ん…ミュアか?」

 目を開けたぼくの上に、はらりと金色の髪が落ちてきた。

「インディ、起きてよ。こんな所で寝ちゃ、風邪を引くわよ」

 ぼくのほぼ真上から、きれいな水色の瞳が除き込んでいる。落っこちてきてしまいそうなほど近くに、フレイヤの顔があって、ぼくはどっきりした。
 ターバンを外したフレイヤは、金色の髪がふわっと広がっていて、とっても  とっても、かわいかった……!

「わあ、すごい。これ、インディが?」

 砕けた岩を見て、フレイヤが手を叩く。

「すごいのね、インディって。……いいな、魔法も剣も両方ともつかえるなんて」

 普通ならこんな風に褒められたら舞い上がっちゃうけど、今日は疲れていたのと、フレイヤに――その。見とれちゃったりしていたせいで、ぼくはぼんやりと答えた。

「……そんなことないよ。どっちも、たいしたことないもん」

 訝しがるように、フレイヤがぼくを振り返る。少し、悲しそうな顔だ。

「そんな言い方、するものじゃないわ。だって、インディはこれからがあるじゃない。いくらでも伸びることができるわ」

 ――まるで、自分にはこれからがないとでも言うように、どこか悲しげな言い方が、なんとなくひっかかった。

「……フレイヤ?」

 呼びかけると、フレイヤはにっこり笑ってぼくの手を引っ張った。

「さっ、戻りましょ。明日、出発するんだから、もう休まなきゃ!」

「わっ、ちょっと、ちょっと!」

 強引にやるところはいつものフレイヤで、ホッとするやらがっかりするやら――とにかく、ぼくはニッフルニーニョ大先生の家に戻って、もう一度ぐっすりと眠ったんだ。
                                   《続く》

 

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