Chapter.7 イドゥンの妖術師、ギンヌンガ |
なんだってゆーんだいったい……。 「あ、ちょっと、忘れ物を」
「イドゥンの森を抜けていけば、船とほとんど同じ位にモイにつけるがね」 船着き場の側の切符売りのおじさんは、間違って船から落ちたというぼくの言葉をそのまま信じてくれて、モイに行く方法を教えてくれた。 「しかし、あんまりすすめられないな。あそこは大昔、イドゥンという国があったんだ。今じゃ埋もれてしまったが、ところどころに遺跡は残っているよ。そこにおかしな奴らが住み着いてるんだ」 「おかしな奴ら?」 「イドゥンの後裔だと称しているが、どうだかな。妖術を使って、人から金や物を巻き上げるんだ。土地の者はわざわざ出かけやしないが、時々物好きな旅人が散々な目に合わされる。 意外と親切な切符売りは、ぼくの服を乾かしてくれながらそう言った。 「だいたい、船から落ちるようなドジをするんじゃ、とってもイドゥンの連中とは渡り合えないだろ」 うっ、ホントは違うのに〜! この際、次の船を待って、モイで少し待たせてやろうと思った。 「でも……なあ」 ミュアの奴、なーんか変なんだよな、ここんとこ。あいつらしくもなく、オタオタしちゃって。 「おじさん、ぼくやっぱり、陸路で行きます。いろいろありがと、さよならっ!」 「あっ、ちょっと待てよ、ぼうずっ」 ぼくは素早く服を着て、とめられない内に外に飛び出した。
ふと気がつけば、まわりは奇妙な草と木で一杯だったりして。 ぷよぷよの実がいくつもぶらさがった木。実の大きさは、人間の頭ぐらい。……なんか、昆虫の幼虫のような色合いだ。 ずんぐりした、サボテンに似たものは全体的にぶよぶよしていて、どっちかというと、植物よりも棘の生えた巨大なめくじか大ナマコを連想させた。 一見普通に見えるけど、よく見るとまんまるで、表面に乾き切った地面にできるひび割れのようなものが無数に刻まれている。触ったら、ぼろりと崩れそう。 「うーん、普通じゃないよな、こーゆーのは」 ぼくはちょっと足を止めて、迷った。急がなきゃいけないのは分かってるけど――やっぱ、ちょっとだけ調べてみよう。 「うひゃっ?」 そいつは――どー見たって、ミミズだ。それにしても、こんなにでっかいミミズだなんて……いや、ミミズの木があるなんて。 これ以上近づかなきゃ、平気かな。 「げっ、根っこもミミズだったか!」 ロッドを つかもうとして、手が空振る。……ええいっ、しかたないから、魔力の剣! 「ふうっ……気の毒な気もするけど、この方がいいか」 こんなのがあったら、通りすがりの旅人が迷惑するだけだ。ぼくはふと思いついて、剣をかざして念を凝らしてみた。ロッドでこうすると、魔力のこもった生き物かどうかを区別することができるんだ。 最初はなんにも感じなかったが、しばらくするとぼんやりと、ロッドを握っているように魔力の波動がかんじられた。 まるで、ロッドで探ったように感じ取れる。ここにある物は、みーんな魔法で合成された魔道生物だ。 「そうと分かれば、ほっとくわけにはいかないな」 魔術師や妖術師がどんな意図で作り上げたにしろ、危険な魔道生物だと分かっていて、見逃すことはできない。 「気持ちわりいー」 枝から、ねばねばしたものが滴っている。長さはいろいろだが、どれもその半透明の実が垂れ下がっている。近づいて見ると、実はますます昆虫そっくりだ。 「えっ?」 地面に着いた実が、パッと脚を広げた! 「わぁあっ」 ぶよぶよのひだになった腹がむにょっとゆがみ、ねばねばの糸が飛び出したっ! 「くっそお!」 剣を振り回すが焦っているせいもあって、当たらない。なのに、そいつは勝手に破裂したっ。 「うぷっ!」 中身はほとんど液体。ねばねばの元だ。 ぼくは剣を構えて、親木に突っ込んでいった。 木の幹は、あっけなく切れた。ねばねばの糸を引き、蜘蛛の実もどきがぼたぼたと地べたに落ちる。だが、それはアッという間に干からびた。 ニッフルニーニョ大先生直伝の、魔力の剣の使い始めにしてはちょいと情けないが、こんな植物キマイラをほっとくわけにもいかないんだ。 「へへん、これはなんとなく分かるな」 わざとらしい、真っ赤な花。これって食中植物もどきだろうな。 ……なら、この触覚みたいなのを切り取っちゃえば、なんにもできなくなるかもな。 「え?」 花だと思ったのは、こいつの口! 「うわっ」 とっさに、剣でなぎ払う。あっさりと、真っぷたつにしてやった。 「わっ? こ、こいつが本物か?」 真っ赤な花びら、ちろちろ動く舌。最初花だと思った蛇の口と、そっくり同じ物がまた現れた。ただし、前とは比べ物にならない大きさで。 さっきの蛇は食中植物の触手だったんだ。今度出てきた本体は、ぼくを捕らえ損ねた腹いせか、事もあろうに自分の触手の残骸に食らいついた! 「た、たまんない奴だな……」 泡はすぐに消え、蛇もきれいさっぱり。 「へんっ、おまえなんかに食べられてやーんないっ!」 魔力の剣を横に一振り! 「どーせ、ただのサボテンじゃないだろーけど」 ぼくはそろそろと、サボテンもどきに近づいた。 近づいたぼくに反応して、それをてんで勝手に飛ばしているんだ。 「へへ、飛距離が足りないね」 どうやらサボテンもそう思ったに違いない。ぶるぶる震えたかと思うと……奴はいきなり伸び上がった! 「おわっ?!」 ぶよぶよサボテンは伸縮自在だった。初めはせいぜいぼくの腰ほどの高さだったのが、アッという間に頭を越した。 「てっ、いてえっ!」 大きくなった分飛距離が伸びて、何本かの棘がぼくにつき刺さった。 棘の5、6本がなんだ 魔力の剣を構え、ぼくは素早く一突きをくらわした。薄緑色の液を流しながら、お化けサボテンはへなへなと縮んでしまう。 「え……」 思わず立ち止まった。でっかい岩が、ぐらりと揺れたように見えたんだ。 「な……な?」 ぼくは叫ぶより早く逃げ出していた。 「わわっ、わーっ!」 アッという間に、後ろに迫られた。慌てて横っ飛びにかわした はずだったが、ぼくの脇を通り過ぎていくはずの大岩はきれいに消えていた。 「うわぁっ?!」 そいつが空中で弾み、ぼくは不自然な格好でのけ反った。あお向けに転がり、どうにか魔力の剣を構えるのが精一杯だった。そんなぼくの上で、大岩はゆっくりと回転し始めた。
今になって気づいたが、そいつには目があった。ひび割れの形そのままの、でっかい一つ目。 「くぅっ……!」 起き上がろうにも、体が動かない! 蛇眼の魔力につかまってしまったんだ。 「大変お困りのようですねえ、キミ」 金縛りにあったまま焦っているぼくに、気が抜けるような、妙に甲高い声が降ってきた。
ニヤニヤと、無遠慮にぼくを除き込んだ男は、いかにも気取った奴だった。髪の毛を細い三つ編みにし、細長い髭はカールさせている。 ぼくはすぐに気づいた。 「ご心配なく、今お助けしましょう」 妖術師がロッドを大袈裟なしぐさで降ると、目玉岩はふらふらとどこかへ消えてしまった。それと同時に、ぼくの体も自由を取り戻す。 「ここは栄光あるイドゥンの地。不幸にして滅び去ったイドゥン族の魂が眠っているのですよ。そりゃキミ、そんな所に勝手に踏み込んできたキミの方が悪い。 大袈裟に頭をふると、男は芝居がかった態度で手を高く掲げた。 「誇り高きイドゥンの魂が汚されたことを、お許し下さい……! おお」 そこでなにやら呪文を呟き、妖術師は改めてぼくをジロジロ観察した。 「ま、そのことはこのわたくし、イドゥンの後裔ギンヌンガが特別に執り成しておくとして……」 妖術師は断りもなく、ぼくの剣に触れようとした。ぼくがサッと隠すと、気障な髭をひねりながらニイッと笑った。 「珍しい剣ですねえ、それは。ねえ、キミ、その剣を譲ってはくれませんか?いえいえ、助けた謝礼を求めているわけじゃありませんよ。 そんなつもりもどんなつもりも、現に求めているじゃないか、きっちり。 だが、性格はともかくとして妖術の腕は確かなようだ。剣をやるわけにはいかないが、適当にすませるってことは……。 「ほう、それはチェンジリングの魔法アイテムではないですか。おや、1つしかお持ちでない?」 ミュアの首輪を見て、妖術師は目を輝かせた。……でも、チェンジリングってなんだ?
「し、知ってるよ、これは魔除け……」 ミュアとフレイヤは、そう言ってたっけ。だが、妖術師はぼくがとんでもないバカを言ったようにケタケタ笑った。 「魔除け、ね。んふふふっ。ま、そう思うのはあなたのご勝手、それはそれでよろしいでしょう。どちらにせよ、1つしかないのであれば意味はない。わたくしはけっこうです」
「よく言うよね、ほんの気持ちって」 はっきり言って、今のぼくには気持ち以上はやれないぞ。 「ええ、気持ちと言うのは充分に有り難いものですとも」 にこやかにいう妖術師は、露骨に手を差し出してくる。 「でも、キミ、そんな嫌な顔をしてはいけませんよ。これはイドゥンの地を通る者の義務なんですからね。あなただって、無事な旅の方がいいでしょう? んふふふっ」 「そりゃ、あんたが無事に通してくれんなら、いくらかの路銀を払っったっていいけどさー」 「おやおや、そうはっきりと口に出して言う人も珍しいですね。まあ、わたくしは正直な人は好きですが」 あ、言葉になってたか。でも、こんな怪しげな奴に遠慮なんかしてらんないぞ。 「で、あんたはちゃんと、約束を守ってくれんだろうな?」 「ええ、もちろんですとも」 真顔でうなずく妖術師に、ぼくは自分の左手をかざして念じた。 「……この嘘つきっ!」 ぼくの左手には、相手の偽りを見抜く力がある。前にヨギの僧院絡みの事件で、手にいれた力なんだ。
ふんっと背を向けて、ぼくはそいつを無視して歩き出した。 「キミ。それは礼儀知らずと言うものですよ」 妖術師の不気味な声に、ぼくは足を止めて振り返った。もともと、こいつが素直にぼくを行かせてくれるなんざ、思っちゃいない。 「礼儀知らずには礼儀を教えてさしあげる、それがわたくしの主義でして」 奴はおもむろに、マントの前をかき合わせた。 「ええ、こういう風にしてね……」 ――ドン!! 「うわははははっ。このギンヌンガ様を怒らせて、イドゥンの森を抜けられると思ったら、大間違いだあっ」 たか笑う妖術師――いや、もう、妖術師と言うよりは化け物だ。広げたマントは極彩色の翼へと変化していたっ。 「うわあ……」 ぼくは思わずひっくり返るトコだった。恐ろしかったんじゃない、驚いただけ! 妖術師ギンヌンガは巨鳥に変身――それも、まだ全部そっくり変化してしまったんなら、まだ我慢できる。が、上半身は人間のまま、翼と下半身だけが鳥なんだ。 「どうした、どうした? 今から礼儀をわきまえると言うなら、このギンヌンガ様は寛大だ、事を荒立てないでおいてやるぞ」 必要以上に大きな鍵爪が土を蹴る。ばたばた飛び回りながら、威嚇のポーズ……くそっ、完全にぼくをバカにしてやがるな。 「ジョーダンじゃないや。こんっぐらいで腰を抜かすと思われちゃ、いい迷惑だいっ」 こう見えても、ぼくは魔王サタンとやり合ったことも、ドラゴンを従えたこともある魔術師なんだぞっ。 「おーや、あくまでも逆らうと言うのだな? では仕方がない、思い知らせてやろう」 ギンヌンガは翼を広げたまま宙に浮かび、ますますふん反り返ってぼくを見下ろした。そして、思いきり格好をつけて、ロッドをクルクルと振り回す。 どう来るんだ?! 「んふふっ」 ロッドの先が、ぴたりとぼくに狙いをつけて止まった。同時に、翼がはためく。 「うわっ?!」 両側の翼から、何かが矢のように飛んできた。かわす間もない。剣でなぎ払うような動作――それで、目一杯だった。 矢の勢いで飛んできたそれは、ぼくの目の前で急に力を失った。へなへなっと舞い落ちたのは……風切り羽だ。 「ふふん、やっぱりそれは魔法の剣だな」 怪鳥姿の妖術師は、髭をひねりながらにんまり笑う。 「ではなおのこと、いただかねば。んふふふふっ」 ぼくは素早く剣を握り直して、身構える。が、ギンヌンガはさっと距離を開けた。 「さぁて、と」 大きな鍵爪が、ぼくの方を向いている。ギンヌンガはそれを握ったり開いたりして見せた。 「げっ?!」 な、なんなんだ、こいつの卑怯な魔法はっ?! ギンヌンガがたっぷりと距離を置いて、ニヤニヤと笑う中、ぼくはしっかりと剣をつかんで話さない鍵爪と格闘していた。剣をわしづかみにした爪は、どうあがいても離れようとしない。 「ええいっ、こいつめっ!」 ぼくは剣をぶんぶん振り回した。が、ちっとも外れずに逆に振り回される始末。だめだ、引きずられる! 逃げるわけにはいかない、剣は鍵爪につかまれたままなんだから! 「くっそお、魔法さえ使えたら……!」 そううめいた時、一瞬だけ剣の回りを小さな輝きが踊った。 いったい何をしてたんだよ、インディ=ルルク! この剣には精霊の力が込められていたんじゃないか。 ぼくは足を踏ん張り、なんとか体制を立て直した。ようし、こっからが疾風怒濤の反撃だぜっ! 「光の精霊よ、ここに力を!」 剣を、眩しい輝きが包んだ。 「ぐぇきいいいいっ?!」 ギンヌンガの悲鳴は、その怪鳥の姿に相応しいものだった。光の編みの中でもがき、そのままドサリと落下してくる。ぼくはすかさず光の剣を振り上げ、跳びかかった。 ――と、翼は見る間にマントへと変わった。精霊の力の下に、妖術師の力はあっさりと敗れたんだ。 「おおおお……」 元の姿に戻ったギンヌンガは、慌てふためいた。 「待って……待ってください、ちょっと、待ってくださいよ、キミ。ね、ここは一つなかったとに……」 大袈裟に手を振り、のけ反り、あまりにも情けない格好だ。こんな奴、いまさらやっつける気もしないや。 「おおっ、そうですか、なかったことにして頂ける? それはそれは……そうですとも、おなじ魔術師のよしみですからな、んふふふっ」 ……なーにが同じ魔術師だ。一緒にすんなっ! 「ああ、もうお行きになる? そうですか? それは残念。いえ、実はわたし、祈祷師でもありまして、ええ、どっちかというとその方が本職でね。もしよろしければ、旅の安全などをイドゥンの森の精霊にお願いしておきますが? ……腕で負けたものの、どうにかしてぼくから何か巻き上げようって魂胆らしい。懲りない奴!
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