Chapter.8 唐突ながら、大逃亡

 

 やっとこさイドゥンの森を抜けると、海岸線が目の前だった。ゆるやかな崖の下に、小さな港が見える。
 モイだ。
 ぼくはさっそく港に行ってみたけど、ミュアとフレイヤの姿は見えなかった。

「バクシからの船? 前のは2日も前に行ったし、次のはまだ来ねえよ。
 ああ、予定じゃもう来るはずだが、遅れてるんだ。なあに、潮の関係だろうさ。良くあることだよ」

 どうやら、ぼくの方が先についてしまったらしい。おかげで、じりじりしながら待つ羽目になった。

「ちえっ、こんなことなら、次の船で来ればよかったかなー」

 海の向こうに目を凝らしながら、ぼくはなんとなく自分の左手を見ていた。ギンヌンガに会うまでほとんど忘れてたけど  ぼくの左手には偽りに出会うと赤く光る力がある。
 1年近く前にひょんなことから手に入れた力だけど、実生活じゃ役に立たないことこの上ない力なんで、ほとんど忘れてたもんね。


 なんせ、相手の話していることが嘘かどうか、と疑ってかからなきゃ反応しないし、第一、これは相手が言っていることが『嘘』かどうか見抜くだけで、それ以上の力がない。
 本当のことを探り当てるには、それ相応の努力と勘が必要なんだよなー。
 それに、これは軽いお世辞とか、冗談みたいな『嘘』にも反応するから、かえってやっかいなんだ。

 そんなのを一々気にしてたってはじまらないから、ぼくはこの力を積極的に使おうと思ったことはない。
 でもっ、今回は別だっ!!

 どーも、ミュアの奴――解せないぞ。フレイヤとこそこそと……あいつ、絶対、ぼくになんか隠し事しているっ! 事と次第によっちゃ、この左手にかけても本当のことを問い詰めてやっからな!!

「ミュア――っ、早く来やがれ  !!」

 などと海に向かって絶叫しつつ、待つことたっぷり2時間半。
 腹が立つやら、フレイヤになんかあったんじゃないと心配するやらで、とんでもなく長く感じた。

 ずっと海に向かって目を凝らしていたぼくは、港にいる誰よりも早く、船を真っ先に見つけた。それを目にした途端、ぼくは船着き場の一番端まで走っていった。
 船縁でフレイヤが手を振っている。

 フレイヤの腕の中で、さかんに尻尾を振っているのはミュアだ。潮風に流されて声が消されるにもかかわらず、何かを叫びながら、しきりに手を振っている。

「くそおっ、うれしそーにっ!」

 気が付くと、ぼくも両手を振っていた。
 船が着くなり、ぼくは降りる人の迷惑も顧みず、船の上へと乗り込んだ。

 

 


「さあ、説明してもらおうじゃないか。ぼくを海に突き落としてまで、この首輪を取り返さなければいけない理由ってのを」

 ホントのこと言えば、もうそれほど頭にきてもいなかったんだけど、ぼくはわざと怒った顔を作りながら、できるだけ険しい声でそう聞いた。
 甘い顔ばっか見せてると、癖になるからな、癖に。

「ミュア! 何を、ぼくに隠しているんだ?」

 ぼくはわざとらしく左手をひらひらさせながら、ミュアを睨みつける。勘のいいミュアなら、それだけで十分な脅しとなるはずだ。

「どうしよう、言っちゃおうか……」

 おろおろと、ミュアがフレイヤを見上げた。

「え……ああ……う〜ん」

 なぜかぼくの左手をじっと見ていたフレイヤは、悩むように首を傾げる。

「……でも、やっぱりだめ。ニッフルニーニョ大先生との約束だもん、ハミに無事につくまで秘密にしておくって。ハミについたら……何もかも終わったら、必ず説明するから」


 フレイヤがすまなそうに言うけど  ぼくとしちゃおもしろくない。
 かと言って、女の子に対して左手で嘘か本当か調べるのは乱暴すぎる気がして、気が進まなかった。

「じゃ、いいよ。……ミュア、話があるんだ。ちょっと来いよ」

 フレイヤの前でミュアとケンカすんのもやだし、とりあえず離れて奴をといつめようと思ったのに、ミュアは返事もせずにフレイヤの影に隠れてしまう。……なんなんだ、いったいっ?!

「ふんっ、じゃあいいよ! どーせぼくは護衛しか脳がない、理由さえ知らされない雑用係ですよーだっ」

 そりゃ、ロッドも持っていないぼくよりも、あれこれと策を授けたあのじいさ……いや、ニッフルニーニョ大先生との約束を優先するのは当然かもしれないけど、こんなのって腹が立つ。

 たっぷり反省するまで、口もきいてやるもんか! そう思ってそっぽを向いたぼくを、ミュアとフレイヤが困ったように見ている。
 と、ミュアがフレイヤの肩に乗り、何やらこそこそと囁いた。
 フレイヤが大きな目を、さらに丸くさせる。

「ええっ?! だって……」

 もじもじしながら、ぼくを見、またミュアを見る。

「いいから! ね?!」

 また、何やらミュアが耳打ち。――ちえっ、そういう態度、余計に嫌いだな。
 ぼくは聞き耳を立てるのも、横目で二人(正確には一人と一匹)の様子を窺うのもやめて、船縁に手をかけて海を眺めた。

「インディ……」

 フレイヤがつっと寄ってきた。顔をかすかに赤くさせたフレイヤは、腹立ちを忘れてしまいそうなぐらい可愛く見えた。

「――ごめんね。これ、お詫びの印……」

 柔らかなものがぼくの頬に触れて、すぐにまた離れた。

「……?!」

 びっくりして、思わずフレイヤの方を見た時は、彼女はもう、ミュアを抱えて走りさった後だった。ぼくは  ぼくはずいぶんかかって、ようやく何があったか、理解した。
 フレイヤが、ぼくのほっぺにキスしたんだ……!

 

 


 エチナに着くまで、ぼくはずっとぼんやりしっぱなしだった。
 時々ほっぺたを押さえて、にやつきそうな口元を慌ててひき締めてみたり、記憶をプレイバックさせてみたり……なはっ、なはははは……っ♪

 フレイヤは、何もなかったみたいに振る舞った。ミュアは時々ぼくの方を見て、なにか言いたそうにしてたけど、ぼくはわざと知らん顔してた。
 だって、こーゆー時ミュアなら、『へへっ、インディ照れてんの』なーんて、一番言われたくないことをツッコんでくるに決まってるもの。

 でも、不思議とミュアは何も言わなかった。
 三者三様、なんとなく時間が過ぎて――なにはともあれ、船の旅は無事にすみそうだった。

「わあ、あれすごい!」

「海の中から立っているのよ!」

 エチナの港にある、海から突き出た大きな門が見えてきた頃には、ぼく逹はようやく元通りの雰囲気を取り戻していた。

「これからだぞ、問題は。だってやつらがもうあきらめるなんて事、考えられないからね」
 ぼくの言葉に、ミュアもフレイヤも頷いた。

 

 

 それからすぐ、船はエチナの港に着いた。
 今までと違い、船に乗っていた人はここで全員降りるので少し時間がかかる。ぼく逹は船縁にできた列の中で、船着き場の雑踏を眺めていた。

 旅人や港の商人や、荷物運びの人々がごった返している。その中に、特別目立つ集団があった。きらびやかな衣装を着け、威儀を正している。

「あれはなんだろう?」

 誰かが、そんな事を言う。
 それに答えたのも、どこの誰かも分らない誰かだった。

「あのマントの紋章はハミ王国の近衛兵のものだよ。おや、この船を見ているな。へええ、王様の家来の出迎えを受けるような大物がこの船に乗っていたなんて気づかなかった」

「ハミの近衛兵か……」

 ぼく逹はそっと顔を見合わせた。
 なんか、くさいぞ。
 そもそもヴァーニールをたったフレイヤの一行があっさりとしてやられたのが、あのゾンビ供。

 あれだって大臣アマフトの使いと名乗ったから、お供の人達が信用したんだ。
 でも、ぼくは  ぼくは騙されないぞ。

「でも、ここに来ている人逹は本物みたい。ほら、ほかの人達が敬意を払っているもの…」


 フレイヤの言う事はもっともだが……なんか素直に頷きたくない。

「そうだ! だいたい、なんだって、この船に乗っているって知っているんだ?」

 この船に乗ることになったのは、元はと言えばフレイヤの気紛れだった。フレイヤが単独で旅しているなんて、どーしてハミ王家の人達が知っているんだろう?
 しかし、のん気に考えている暇はなかった。

 人はドンドン降りていくし、渡し板の下には偉そうな騎士が立っていて、降りてくる人に一々目を注いでいるんだ。
 あれが本当のお迎えなら、フレイヤを安全なところへ連れていってくれるわけで、願ってもないラッキーだ。でも、その逆で敵の手先だったら……後悔してもしきれない。

「……どうしよう?」

 いつまでも、船を降りないわけにはいかないんだ。

「ええい、こうなりゃ出たとこまかせだ。行こう!」

 ぼくが言うと、ミュアとフレイヤが目を丸くした。

「いったい、どうするつもり?」

 フレイヤが不安そうに言う。

「変装しているフレイヤに気づかない奴らなら、関わりあうだけ無駄だ。たとえ、本物だろうとなかろうと」

「気づいたら?」

 ミュアも不安を隠せない顔をしている。

「まず、嘘をついてないかどうか、ぼくが確かめる。それから、黒魔術がかかっていないかどうか……フレイヤ、できるね? それで、なんともなければ、とりあえずついていってみる  それで、いいな?」

「……ええ」

 まず、フレイヤが頷き、少し遅れてミュアが続く。

「ようし、行こう」

 ぼく逹は素知らぬ顔で、渡し板を降りた。

「フレイヤ姫? ヴァーニールのフレイヤ様でございますな」

 渡し板の下で待ち受けていた一人が、すっとフレイヤに歩み寄る。ぼくは、フレイヤの前に立ちはだかった。

「人に話しかける時は、まず、自分の名前から名乗れば?」

 わざと生意気に言ったぼくに、中年の騎士は怒る事なく礼儀正しく応じた。

「これは失礼を……私はハミ王家に使える騎士で、近衛兵隊長のクレストと申します。フレイヤ様をハミ城までお送りするために参上したまで、決して怪しい者ではございません」


 ぼくは用心深く、目立たないように左手をかざした。――反応、なしか。

「よく、彼女が分かったね」

 それには本気で感心する。
 今のフレイヤは、男の子……っぽくは見えないとはいえ、ずいぶんと印象は違うもの。
 

「フレイヤ様のご尊顔は肖像画にて、兼々より存じておりましたから。して、そなたは?」


 丁寧な態度ながらも、ぼくが何者か疑っている目付きだ。ま、無理もないけど。

「ぼくは魔術師アザゼルの弟子、インディ=ルルク。
 これでも、魔術師だ。フレイヤの祖父ニッフルニーニョ大先生に頼まれて、彼女の護衛をしているんだ、怪しい者じゃない」

 自己紹介と同時に、ぼくはざっとフレイヤをここまで送ってきた経緯を説明した。

「なんと! それはそれは……ご苦労様です。なにやらフレイヤ様が災難にあわれたとはお聞きしていますが、まさかそのようなご事情とは。しかし、もうそなたのお手をわずわらせるには及びません。我々が責任持って、ハミ城までお送りしますゆえ」

 言外に、ぼくにどっか行けと言わんばかりの言い方だな……。腹が立つが、今はいちいち怒っている場合じゃない。

「それより、どうしてフレイヤがここにいるって分かったんだい? ニッフルニーニョ大先生から、連絡でもあったの?」

「いいえ。
 フレイヤ様がお忍びでハミに向かったと聞き、王の命によって国境沿いの町すべてに近衛兵が張り込んでおります。女連れの旅ならば陸路よりも楽な海路と思い、ここで見張っていた次第であります」

 ふむ……筋は通っているし、ぼくの左手にもなんの反応もない。
 ハミ王家の使者だってことだけは、とりあえず本物らしい。

「エチナには大臣アマフト様ゆかりの館があります。とりあえず、そちらの方へおいでいただきたいのですが? 王家に嫁ぐお方ですから、威儀を整えてハミ入りするようにとのご命令ですので」

 口調は物柔らかながら、このまま強引にフレイヤを連れていきそうな雰囲気だ。――なんか、こーゆーのって逆らいたくなるよなー。
 でも回りに野次馬はたくさんいて、兵士がどっちゃりといるここで騒ぎを起こすのは得策とも思えないぞ。

「あの、インディは?」

 フレイヤが戸惑いつつ、足元にいるミュアをなでる。

「こちらの魔術師殿は……そうですね、とりあえずは一緒に来てはいただきます」

 うっ、やな言い方。おとなしくついて行く気をなくすなあ……。

「うにゃあ……」

 猫のような泣き声を上げ、ミュアはフレイヤの持っている砂袋をちらちら見ている。解呪の魔法の砂。――こいつらが黒魔法に操られているとは思えないけど、でも、念には念を入れよう。

 ぼくはそっとフレイヤをつついた。
 フレイヤは堂々と砂袋を手にした。事情を知っているぼくでさえ、身嗜みを整えるとしか思えないしぐさで。
 それから――。

「えいっ!」

 うっ、ぼくはそこまで派手にぶちまけろと指示した覚えはないぞ!

「わっ?!」

「うぷっ!」

 ぼくに対しては警戒していた兵士達も、まさかフレイヤがこんな真似をするとは思ってみなかったらしい。――そりゃ、フツーは思わんよな。
 まともに砂を吸い込んで咳き込んではいるものの、近衛兵逹の様子は代わらない。ふむ、とりあえず黒魔術の力は働いていないと見える。

「な、なにをなさるので?!」

 相手は本気で驚き、呆れているみたいだ。

「ごめんあそばせ。もしかして、あたし達を騙そうとしているのかと思って」

 悪びれもなく堂々とあやまるフレイヤに、兵士達は顔をしかめつつも文句は言わなかった。

「もうご安心してくださいと、申し上げたでしょう」

 砂を払いつつ、兵士達はぼくこそが悪いと言わんばかりにこっちを睨む。……どーせ、恨みはこっちにくると思ってたよ。

「とにかく、お急ぎ下さい」

「ええ、分かりました」

 フレイヤが歩き出す後を、ぼくは追った。そのぼくの足元に、ミュアがまとわりつく。こいつ、今までずっとフレイヤの側を離れなかったのに……?
 とにかく、緊張しつつもぼく逹は歩き始めたわけだが――。

「愚か者どもよ! 神の声を聞くがよい!」

 突如聞こえた突拍子もない声に、ぼく逹はあわてふためいてあたりを見回した。

「上だっ……!」

 一際高い建物の上に、黒ずくめの仮面の魔道士が立っているのが見えた。あいつは――前にフレイヤに矢を射かけようとした奴だ!
 不気味な仮面をかぶった人物は、男とも女ともつかぬ奇妙な声で高笑う。そして、ぼくをまっすぐに指差した。

「そやつはヴァーニールの姫を、かどわかした張本人ぞ!」

「な……っ?!」

 な、なんつーことを言い出すんだっ!

「ニッフルニーニョの命による護衛とは真っ赤な偽り、その魔術剣士が姫にかけた暗示に過ぎぬ! その魔術師の少年こそ、ハミ王家に災いをもたらすものぞ!」

「でたらめを言うなっ!」

 フレイヤを殺そうとしたのは、そっちじゃないか!!
 カッとなって、ぼくは思わず剣を抜いていた。剣をロッドのように高く掲げ、無意識に呪文を唱えていた。

「カトゥラブーラ、善き風の精霊シルフェよ!」

 その途端、剣の先からもの凄い風が吹き抜けた!
 その風に押され、黒仮面がよろめくのが見えた。が、奴はすぐに体勢を立て直し、パッと身を翻してどこかに消えてしまった。


「待てっ!!」

 とっさに追おうとしたぼくを、兵士の一人ががっちりと押さえる。

「何すんだよ、早く追わないとあいつが逃げちゃうっ!」

 だが、兵士はぼくの手を離そうとはしない。

「待てっ、勝手なことをされては困る……!」

 困惑したような口調に、なにかに怯えているような表情――ちょっと、間をおいて、ぼくはその場にいる兵士逹全員が、ぼくをそんな目で見ているのに気づいた。

「まさか……あんな奴の言った事を信じてるんじゃ……っ?! インディは、本当にアザゼル先生の弟子ですっ。ニッフルニーニョ大先生のご指示で、ここまで来たんです!」

 フレイヤの弁護も、さして効果があるようには見えなかった。

「いや……決してそんなわけでは……」

 しどろもどろながら兵士達は頷きあった末、いきなりぼくの腕をつかんだ。

「インディ!!」

 駆け寄ろうとするフレイヤも、丁重に腕を押さえられる。

「ご無礼かも知れませんが、こうなった以上ご確認がすむまであなた様をフレイヤ様とご一緒にお連れすることはできません。どうか、ご容赦を」

 ……って、冗談じゃないっ!

「離してってば! ぼくは本当に、怪しい者じゃないよっ! ニッフルニーニョ先生に聞いてもらえば分かるって!!」

「ええ、分かります、ですからお静かに」

 ええいっ、ちっとも分かっていないっ。

「何も危害を加えるわけではありません、その剣をお預かりしてフレイヤ様と別の場所でおやすみいただくだけですから」

「そんなの困るよっ! あいつはフレイヤを狙ってるんだ、あいつをほうっておいたら、またフレイヤが危険になるんだよ!!」

 剣を奪われ、軟禁状態にされたら  ぼくなんかなんにもできないじゃないか!
 こんな所で、こんな容疑をかけられている場合じゃないんだっ。あいつを  どうしたって、あいつを追わなきゃ!!
 一瞬迷ってからぼくは思いっきり、つかまれていた腕を降り払った。

「うわっ?!」

 おっかなびっくりぼくを押さえていた兵士が、弾みでひっくり返る。

「――ごめん!」

 その勢いのまま、ぼくはフレイヤを押さえていた人に体当たりしたっ。自由になったフレイヤの腕を引っ張って、ぼくは走り出した!

「ごめん、フレイヤは連れていくよ! 悪く思わないでね」

 この人達が敵かどうかはともかく、敵がぼく逹を引き離しにかかっているなら、絶対に離れるわけにはいかない!

「あっ、待て! お待ち下さい、フレイヤ様っ!!」

「ごめんなさい、インディを信じて!」

「あいつはフレイヤの敵なんだ、どうしても捕まえなきゃ! 後で必ず、身の証しを立てにくるから!」

 一団となって駆けだしたぼく逹を――ハミの近衛兵達はしつこく追ってくるっ! ……まっ、そりゃそうだわな。
 ああっ、それにしても、なんだって夢にまで見たハミの使いの人々から、こんなに必死になって逃げださなきゃいけないんだか……人生って皮肉。

 でも、そんな無常を嘆く間もなく、ぼく達はせっせと路地裏へと逃げこんだっ。思いのほか入り組んだ路地裏では、追っ手の足音とぼく達の足音とが入り乱れている。
 もはや仮面の人物を追いかけるどころではなく、ぼく逹はハミの追っ手から逃れるだけで手一杯で、めちゃくちゃに走り回った。

「ああっ……?!」

 どこをどう走り回ってきたのか、行く手の角から追っ手が飛び出す。
 後ろからも足音が近づいて来る  しまった、挟まれた!
 しかも、いつの間にか追っ手がぐんと増えているぞ、ぐんと!

「皆のもの、その魔術師の少年を捕らえよ! 殺してもかまわぬぞっ」

 そんな過激なことを言っている奴までいる!

「冗談じゃ……うわっ?!」

 ぼくを狙って、投げナイフまでとんできた! それを避けるために剣を使ったことで、また事態は悪くなったりして。

「見よっ、剣を抜いたぞっ!」

「姫に何をするつもりだ、この悪党っ!!」

 うえーんっ、誤解だっ!!

「誤解です、インディはそんな人じゃありません!」

 フレイヤの説得も、頭に血が昇った兵士達を静めはしない。

「姫は魔法でたぶらかされているのですっ、さあ、こちらへ!」

 ……誰が、誰をたぶらかせたっていうんだっ?! あーっ、もうめっちゃくちゃだっ!!
 ここまでこじれると、ちょっと収拾がつかないって感じ。変に追い詰められちゃって、ぼくは剣を構えたまんま意味もなく一歩後ろに下がった。
 いったい――どーやってこのピンチを乗り切ったらいいんだ……?!
                                   《続く》 

 

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