Act.2 占い師サラの予言

 

 潮の香りが漂う港町、ミネア。
 アドルが取っておいたという宿屋で休みながら、ぼくとアドルはあれこれと相談した。
 あれこれ試して、アドルの声が他人には聞こえないこと、ぼくの耳にだけ聞こえる言葉であること、ぼくもアドルも強く念じれば言葉にしなくても相手に思念を届けることができると分かったものの、やっぱり言葉にして話した方が面倒がない。

 だけど、道端でそれをやると……ぼく  というか、アドルは傍から見て、一人で会話している危ない人になってしまう。
 と言うわけで、ぼくは宿屋のベッドに寝っころがって、ブツブツと独り言を言っているというわけ。

「ふぅん、じゃあアドルも16才なんだ。ぼくとおんなじだね」

 とはいっても、アドルはぼくとは違って毎日学校に行ってた、なんて退屈な日々を送ってきたわけじゃない。この年で一人で旅をして冒険しているっていうから、すっごく勇気があるよ。
 ぼくだったら、とてもできやしないな。

「でも……こんなことになっちゃってさ、どうしようか? アドルだって行く所とかあったんじゃないの。それに、アドルの知り合いに会ったら、ぼくとアドルの違いってすぐ分かるだろうし」

   『なぁに、オレは別に、アテがあったわけじゃないさ。それに、オレの身内はとっくにいないし、この町にきたのはつい昨日のことだ。少なくとも、ここにいる間はおまえがどうふるまったって、オレがオレじゃないって見破るヤツはいないよ』

「でも、元に戻らないと困るだろ」

   『そうだな……。一つ、占い師にでも相談してみるか』

「占い師?」

   『ああ。この町にはすごく力のある占い師がいると聞いたことがある。オレのばあちゃんってのが巫女だったんだが、よくそう言っていたよ。この町の占い師は、代々、素晴らしい力を伝えてきた、と』

 うむむ、現代人のぼくとしては、いまいち占いなんて非科学的なものを信じきれないけど、他に手掛かりも取っ掛かりもないのも事実だしなぁ……。

   『気が進まないのか?』

 どうやら、互いの考え自体は伝わっていないみたいだけど、感性っていうのか雰囲気っていうのか、とにかくだいたいの考えや相手の状態は伝わるみたいだ。

「いや、そーゆーわけじゃないよ。じゃあ、明日になったら、まずその占い師って人のとこに行ってようか……ふわぁ……」

 方針が決まった途端、安心したのかなんだか眠気が襲ってくる。

   『そうとう疲れているみたいだな。もう、寝たらどうだ?』

 アドルの声音に、気遣いが感じられる。

「うん……ところで、アドルも眠いのかい?」

   『まあな。じゃ、おやすみ、ヒロユキ』

「おやすみ、アドル……」

 

 


 占い師の店。
 予想よりもあっさりとした作りの店構えの前で、ぼくは大きく深呼吸した。

   『なにやってだよ、ヒロユキ。とっとと入れって。なにも、取って食われるわけじゃあるまいし』

 踏ん切りの悪いぼくを、アドルが冷やかす。

「わ、わかってるよっ、……ごめんくださーい」

 店の扉を開けた途端、ぼくは強烈な視線を感じた。正面にある広いテーブル。その向こうに、美しい女の人が座っていた。
 長い黒髪と、細面の白い顔。完璧な美を表現した造型。
 ぼくもアドルもその美しさに打たれて、一言も声を発することはできなかった。

「さあ、扉を閉めてテーブルの反対側についてください。わたくしは、あなた達が来るのを待っていたのです」

 美しき女占い師は言った。
 頭の中に小さなエコーを伴うような、とても印象的な声だった。

「待っていたって……」

   『それより、この人! 今、『あなた達』って言ったぜ?!』

 アドルも戸惑いを隠せないようだった。
 この女性には、アドルの身体を乗っ取ったのがぼくだと、分かっているのか?

「ええ、そうです。わたくしは前から知っておりました。異界から、二人にして一人の偉大な剣士が現れることを――」

 そんな、バカな! こうなることが、予言されていたっていうのかっ?!

「はい」

 ぼくの心を読んだかのようなタイミングで言い、彼女はゆっくりと両瞼を閉じてみせた。


「それなら……っ、それならば、教えてくれっ。いったいぼくは、なんのためにここにやってきたんだ?!」

 占い師サラは、その青い瞳でぼくを見つめた。
 部屋を明るくしている、奇妙な青色のロウソクの炎。サラの瞳に、いくつもの青い炎が映り、揺らめく。

 まるで心の奥底までも、見透かされているような気分だった。
 ほんの数秒を、これほど長く感じたことはなかった。

「……まさか……、二つの魂…………が」

 サラの目が、一瞬、驚きに見開かれる。だが、すぐに彼女は落ち着きを取り戻した。

「お話しましょう。この国――かつて、イースと呼ばれ、世界一の繁栄を誇っていたこの国、エステリアに、今、大きな災厄が降りかかろうとしています。
 イースが生み出した魔が復活したのです。あなたの使命は、その魔を退治すること。エステリアに、そしてイースに平和を取り戻すことです」

 そっ、そんなこと突然言われたって、いったいどうやりゃあいいんだ?
 戸惑うぼくを励ますように、サラは静かに言い添えた。

「あなたの道は分かっています。イースの本を集めなさい。そうすることにより、道は自然に開けるでしょう」

「イースの……本?」

「かつて、この地にあった国……イースの歴史を綴ったもので、6冊あります。わたくしの叔母が、その1冊を持っています。
 このクリスタルを持ってお行きなさい。そして、ゼピック村のジュバという者を訪ねるのです。次にどうすればよいかを、教えてくれることでしょう」

 そう言って、サラはそっと、ぼくにクリスタルを手渡してくれた。
 大人の握り拳よりも少々大きいくらいの透明な球……でも、それはずっしりと手に重く感じる。

「あなた……いえ、あなたではなく、あなたの中にいる、もう一人のあなた」

 サラの目が、ぼくの中のどこかにいるはずのアドルを探すように、ぼくの目をじっと除き込む。

「自分が誰だか見失うことのないよう、自分をしっかりと見つめることを忘れずにいてください。
 そして、異界より訪れたあなた。イースの本を集めることは、あなたが元の世界に帰れる一番の早道でもあります。
 ……クリスタルがあなたに祝福をもたらすように」

 彼女に見送られて、ぼく逹は店を出た。
 ……なんか、夢を見た後のようにぼうっとしてしまう。

「アドル、聞いてた?」

   『もちろん。とんでもないことに、なっちまったみたいだな』

 ぼくはアドルに、どう答えたらいいのか分からなかった。
 魔とは、あのダルク=ファクトのことだろう。……ぼくには奴を倒せるだけの自信はなかったし、アドルを巻き込んでしまった引け目もあった。

   『いいってことさ。どうせオレだって、冒険を求めてこの国にやってきたんだからな。目的を達成するまで、仲良く協力することにしようぜ、相棒!』

 アドルの励ましに、ぼくはようやく笑いをうかべることができた。
 そう――ぼくは一人じゃない。
 元の世界に帰るためにも、アドルにこの身体を返すためにも、どうすればいいのか分かったんだ、後はそれを実行するのみ!

   『まずは、この国に降りかかると言う災いのことを、調べてみようぜ。何も知らないままじゃ、どうすることもできないからな』

「うん!」

 どっちかといえば優柔不断気味のぼくだけど、アドルという強力なアドバイザーがついている以上、なにも怖くないぞ。
 さて、町の人に話を聞いてみようとは思ったけど、町には色々な人がいる。
 誰に話を聞いたものかと、ぼーっと考えていたら、逞しい体付きの男がぶつかってきた。


「おっと、ごめんよ。今、人を探してたもんで……片目の男を見なかったか? ドニスっていうんだが、あいつ、仕事をサボってどっかに遊びに行きやがったんだ」

 男はかなり慌てている様子で、詫びもそこそこにぼくに聞いてきた。

「さぁ、見てないけど」

「いや、すまねえな。見かけたら、すぐに仕事に戻れって伝えてくれ」

 男はそういうと、走っていってしまった。……せわしない人だなあ。

   『まっ、あんなヤツのことはほっといて、さっさと聞き込みに行こうぜ』

 でも、町の人々に聞いてもさほどの収穫はなかった。
 みんな、なんとなく漠然とした不安は感じているが、その原因も知らないし、この先になにが起こるかも知らないみたいだ。

   『やっぱり、情報を集めるなら酒場に行った方がいい。あそこにいるような連中なら、なにか知ってるかもしれないぜ』

 うん、ゲームなんかの基本だな。
 とはいえ、ぼくは悲しい未成年、酒場なんかにゃ行ったことはない。
 恐る恐る酒場を除きこむと、ムッと鼻をつく酒の臭い。まだ昼間だっていうのに、びっくりするぐらいたくさんの人がいる。

 完全に酔ってる人なんかに聞いても意味がない。とりあえず、バーテンやウェイターから話を聞いてみたけど、特におかしな事件はないらしい。最近、盗賊が町を荒らしているので盗賊退治を計画しているらしいというのが、最大の話題だった。
 地道な聞き込みを繰り返しているうち、なにか柔らかい物が後ろっから抱きついてきた!

「ねえ、うちに入って、なんにも飲まないの?」

 振り返ると、ウェイトレスがぼくの真後ろに。
 で、真っ先に目に入るのが、その胸っ!
 小振りの西瓜ほどもある巨大な胸に、ぼくは思わず引きつけられた。

 気持ち良く前に突き出した胸を強調するエプロンを着て、太腿まるだしで、その……その下まで見えちゃいそうな短いスカートをはいたウェイトレスのお姉さんに、ぼくは自然と赤くなった。

「あっ、いや、その……」

「あんた、かわいいのね、気にいったわ。お金は取らないわ、これ、あたしのおごりよ、飲んで」

 お姉さんは手にしたコップを、無理やりぼくに押しつけて飲ませた。
 うっ、ビールみたいな感じ。
 でも、元の世界のビールよりもずっと強いみたいで、一杯飲んだだけで頭がぐらんぐらんしてくる。

   『はははっ、だらしねーな、酒も飲んだことないのかよ! オレなんか、毎日のように飲んでるぜ。
 この世界にきちまったんだから、ちったあ修行して帰ったらどうだい?』

 ああっ、アドルの声が頭にガンガン響くぅ〜。

   『安心しな、あのおねーちゃんの飲ませてくれたのは、この世界でも一番軽い奴だから。そんなの、すぐに酔いが覚めるぜ』

 そう言われてから気が付いたが、確かにもうそんなにクラクラはしない。飲んだ瞬間は強いと感じた酔いがあっけなく去ったのは、酒が軽いせいなのか。それとも、アドルの体にいるせいなのか?

 悩みつつ店を出ようとした所で、ぼくはカウンターで飲んでいる男と目があった。
 片目に眼帯を着け、やけに細長い荷物を傍らに置いた男――そういえば、さっき道でぶつかった男は、片目の男を捜してたっけ。

「もしかして、君はドニスじゃないか?」

 話しかけると、その男は頷いた。

「ああ、そうだけど。なにか用か」

 めんどくさそうに答えるドニスに、ぼくはさっきの男の伝言を伝えた。すると、驚いたことに、ドニスはさめざめと泣き出したんだ。
 なっ、なんだってんだ、いったい?

「実はよぉ……昨日かーちゃんにやろうとおもって、サファイアのネックレスを買ったんだ。へそくりをはたいてな。だけど、それをなくしちまった。きっと、盗賊に盗まれたに違いない。……こんな時に働いてなんかいれっかよおっ」

 吠えるようにいい、ドニスはガブガブと酒を飲んでいる。……き、気持ちは分からんでもないけど、無意味なことを……。

「今日はかーちゃんの誕生日なのによぉっ。せっかく、この日のためにコツコツ貯金してたってえのに」

「だけど、仕事はサボらない方がいいと思うよ」

「ほっといてくれぇっ!
 せめて他の物を買おうと、代々伝わる家宝の剣を武器屋に売ろうとしたら、あの親父、なんて言ったと思う?!」

「さ、さあ?」

 ドニスは細長い布包みを、握りつぶさんばかりに強く掴んだ。

「『そんな変な形の見たこともない剣なんか』って、引取りさえ拒否しやがった! ちっくしょぉおお〜っ、オレン家の家宝だぞぉお!
 女房に、きっとサファイアを買ってやるって決めてたのによおっ」

 ……酔っとる。
 このオッさん、完璧に酔っぱらっているや。話になんの脈絡もなくなってる。

「もう、飲まない方がいいよ、体に触わるからさ。サファイアのネックレスか……もし見つけたら、ここに持ってきてあげるよ」

 なんか気の毒になって、ぼくはドニスにそう言った。けど、ドニスは泣き上戸なのか、今度は子供みたいにぐすぐす泣いていて、ぼくの言葉なんかちっとも耳に入っていないみたいだ。

「じゃあ、元気だしなよ、ホントにさ」

 あまり励ましになったとも思えないけど、ぼくはそう言って酒場を出た。
 うう〜、まだ、ちょっと、頭がクラクラ。
 そのせいで、ぼくは武器をそろえるために武器屋に入ったつもりが、違うところに入ってしまったらしい。

「いらっしゃいませ! この取引所『ピム』へようこそ、お客様っ。
 どんなご用ですか、何か道具を売りに? それとも、掘り出し物をお買いに?
 うちにはなんでもそろってますよーっ、買取り価格もどこよりも高く! が、うちのモットーです」

 扉を開けた途端、調子のよさそうな男の声が捲し立ててくる。
 あ、頭が痛くなりそ……。でも、せっかく入ったのにそんまま出るのも悪い気がして、ぼくはおざなりにその辺のものを見回した。
 宝石やら、きらびやかな飾りのついた武器、防具。

   『なんだよ、こりゃ。見栄えはするけど、役に立たないもんばっかじゃないか』

 アドルがあきれるのも無理はない。
 ぼくもざっと見流しておサラバしようと思ってたが、その中に一際きれいに輝くサファイアのネックレスを見つけた。

「あれっ、これ……もしかしたらドニスが無くしたって言った、ネックレスじゃないか?」


 そういった途端、主人の顔色がはっきりと変わった。

「……そっ、そんなっ、こ、これは別に、拾ったものではないですよ、いや、ホントに。正真正銘、うちで売っている品物なのですから」

 ……とってつけた感じが怪しいぞ、おっさん。

「これをお買いになるんですか? 今なら特別に、お安くしておきますよ」

 店主はあくまでも、これを売り物だと言い張るつもりらしい。こっちも証拠があるわけでなし、これ以上の追及はできないし。
 でもなぁ……。

   『おい、ヒロユキ、めったなことを考えるんじゃねえぜ。こっちの装備を整えるのだって、大事なんだから』

 アドルの言うことは、よく分かる。
 分かるんだけど――。頭の中で、ドニスの人の良さそうな顔がちらついて離れない。いくら酔っているとはいえ、大の男がわんわん泣いている姿なんて、初めて見たし。

「アドル、ごめん! ……おじさん、そのネックレス、いくらだい?」

 店主の言った金額は、ぼくの持っている(つまりはアドルの)全財産の半分以上だった。大変な出費だ。

   『おまえって、いいヤツかもしれないけど……どっちかってゆーと、ただのお人好しだな。残ったこれっぽっちの金で、装備もそろえなきゃけないのに。後で、大変なことになっても知らないぞ。
 ったく、オレもえらいヤツと相棒になっちゃったもんだ』

 アドルには悪いことをしちゃったと思うけど、でも、これがぼくの性格なんだからしょうがない。それに、文句を言ってても彼が本気で怒ってないのが分かる。
 どちらかというと、苦笑してるって感じだ。
 ぼくは店を出る前に他の品物ももう一度よく見てみたが、やっぱり役に立つものってのはない。

「いやぁ、さっきまでは頑丈なシルバーアーマーってのがあったんだけどねえ、売れちゃったんだよ」

「へえ。そんなの、本当にあったの?」

 疑わしい店主なだけに信用できずにそういうと、店主はやけにムキになって言い返してきた。

「本当ですよ! 買っていったのは、黒いマントを着た若い男で、見かけない人でしたけどね。黒いのになんとなく青白い光を放っているマントでした。ありゃあ、きっとすごい高級品ですね」

「え、黒マント? ……ひょっとして、長い金髪の男の人?」

「ええ、女かと思うほどきれいな金髪をしてましたよ。そりゃあもう、そら恐ろしいほどの美形で……お知り合いですか?」

 ダルク=ファクトか?
 しかし、なんで奴がシルバーアーマーを買っていったんだ? ぼくには、それが気になった。

「お客さん? どうかされましたか?」

「あ……いや、なんでもないよ。人違いだったみたいだ。じゃ」

 ぼくはそこをそそくさと出ると、酒場へと戻った。

   『おまえって、ホントにお人好しだな。そんなんじゃ、世間を渡ってけないぜ』

「自覚してますよーだ。このネックレスを渡したら、次はアドルの忠告に従うからさ、今度は見逃してくれよ」

 ぼくは酒場のドアを細く開け、そっと中を伺った。また、あのウェイトレスのお姉さんに会ったら、ちょっと厄介そうだ。

 彼女がいないのを確かめてそっと店の中に入ると、ドニスはまださっきと同じ場所にいた。酒じゃなくて、ジュースみたいな物を飲んでいる。
 だいぶ酔いも覚めたみたいだ。

「ねえ、君のなくしたネックレスって、ひょっとして、これ?」

「おおぅっ?!」

 ドニスは目を思いっきりひんむいて、そのネックレスを見つめた。

「ああ、そうだ、これだよ!」

 心底嬉しそうにそう言う顔は、さっきまでの酒で澱んだ感じは全くない。その顔を見て、ぼくは自分の選択が正しかったことを確信した。

「ありがとう! ありがとうっ!! 本当に、どうもありがとうよっっ! ホント、オレ、なんてお礼を言っていいやら……おっ、そうだ!!」

 ドニスは脇に置いてあった布包みを手にとり、ぼくに手渡した。

「これ、受け取ってくれ! どーせオレには使えないんだ。ただ同然のクズ刀だが、なーに鍛冶屋にでも売っとばせば、いくらかの金にはなると思うぜ」

「え……っ、いいよ、そんな。別に、お礼なんか目当てじゃないし」

「いいから、もらってくれよ。かえって迷惑かもしんないが、オレにゃこれしかやるもんがないんだ。
 あんたに、なんかお礼がしたいんだよ!」

 そこまで言われると、断るのも悪い気がしてぼくはそれを受け取った。ドニスはさっきよりも、もっと嬉しそうな顔で笑う。

「ありがとうよ! じゃ、さっそく母ちゃんにこれをプレゼントして……そうそう、仕事にも行かなきゃ!!」

 見違えるように元気になったドニスは、ドタドタと走って出ていった。

   『やれやれ。ところでヒロユキ、その剣ってどんなのだい?』

 アドルに促され、ぼくは布包みをほどいた。

「え……?!」

 その中に見えた剣は、ぼくにとっては見覚えのある物だった。
 アドルが使っていた――言い換えれば、この世界で平均的に使われている剣に比べたら、ひどく細く、刀身が軽くそった片刃の剣。

 だが、水に濡れたような輝きを見せる刃の美しさ、鋭さは銅の剣なんかの比ではない。 柄こそ洋風に作り変えられてはいたが、それは明らかに日本刀だった。
 驚くぼくの頭の中で、アドルもまた驚いた声を上げる。

   『驚いた……タルウォールじゃないか』

「た、たるうぉーる? アドル、この刀のこと知ってるの?」

   『まぁな。前にちょっと、使ったことがある。確か極東の国の作られる珍しい剣で、扱いが難しいが切れ味は天下一品だ。並の武器屋じゃこの剣の価値が分かるはずねえぜ、珍品中の珍品だからな』

「うん、ぼくの国の刀なんだ。ぼくの国では、日本刀って言うんだよ」

   『へえ。ヒロユキの国はタルウォールの作られる国なのか』

 アドルの感心したような声を聞きながら、ぼくはこの世界とぼくの世界の共通点に頭を悩ませていた。
 だいたい、この世界の日本があるにせよ、本当にぼくの知ってる日本なのかどうかは怪しい。
 そんなことをぼんやりと考えていると、不意に首に腕が巻きつけられたっ!

「な……っ?!」

 なぜ、アドルが気づかなかったんだ、と疑問に思うのと同時に、ぼくの口にビンが突っ込まれる。

「はぁい、ボウヤ! また来たのね。あたしに会いにきてくれたの? 嬉しいわ」

 この声…そして、背中に感じるこの柔らかさはっ?!
 ふんわりと柔らかく、そのくせ弾力のある二つの膨らみ――それに気をとられて抵抗もままならないっ!
 ああっ、なんて哀しい男の性っ!

「きゃははははっ、いい飲みっぷりよぉっ♪」

 やっと、手を降り払ったのはビンの酒を大半飲んでしまった後だったて。ふらふらしながら振り返ると、そこにいたのはやっぱりあのウェイトレスのお姉さんだった。
 さっき飲んだのと同じ弱い酒とはいえ、一気飲みをさせられたせいか頭が朦朧としてしまう。

「ぬ、ぬわにするんれすか?」

 あ、舌が回りきらない。

「あら、そんなに酔っちゃった? ごめんねー」

 ぺろっとかわゆい舌をみせるお姉さんは、お姉さんって呼ぶのがおかしいぐらいに可愛らしく見えた。

「でも、あんた、なんかかわいくって♪ ちょっと、からかってみたくなるタイプなのよねー」

 お、男が可愛いと言われて、何がうれしいんだっ?!

「しっ、失礼しますっ!! さよならっ」

 ふらつく足を押さえ、逃げるように酒場を去りかけたぼくにお姉さんは投げキッスを送ってよこした。

「これにこりず、また来てちょーだいね、待ってるわん♪」

   『アハハハッ、すごいじゃん、ヒロユキ! モテモテだなっ』

 アドルはアドルで大笑いしているし。

「アドル〜、あのお姉さんのこと、気づいてたろ?!」

   『もっちろん』

 悪びれもせず、アドルが答える。

   『別に危害を加えるよーな相手でもないし、ほっといたんだ。おっと、そう怒るなよ、あれぐらい自分で気づかないんじゃこの先やっていけないぜ』

 くっくと笑いつつ、アドルは言葉を続ける。

   『おい、せめておまえも手を振ってやれば? ほら、後ろ』

「え?」

 振り返ると、酒場の入口の所であのウェイトレスのお姉さんが手を振っている。
 ……女の人って、何考えてんだかさっぱり分かんないや。彼女に応えて手を振りながら、ぼくは溜め息を吐き出した。
                                  《続く》

 

3に続く→ 
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