Act.7 ヴァジュリオンとの戦い |
「……なんで、入ってるのが腕輪なワケ?」 ぼくは少々――いや、本音を言えばとてつもない脱力感を感じていた。 なんとなく割り切れないものを感じるぞ、ぼくは。 『そうボヤくなよ、ヒロユキ。それより、そこの紙を広げて見せろよ』 「あ、これ?」 羊皮紙にかかれた、ごちゃごちゃの線の固まり――ぼくの目には落書きにしか見えないけど、この世界の住人であるアドルに言わせればこれはこの腕輪の説明書……言うなればマニュアルらしい。 『これは、タイマー・ブレスだ。これをつけて戦うと、敵の動きが遅くなるんだとさ』 「へえ? そうなの?」 とてもそんな大層な代物には見えないけど。 『この青い石は刻操石って言って、魔法の力がこめられた石だ。 「つけろって……こんなにブカブカなのにさー」 だけど、手首をくぐらせたとたん腕輪は生き物のように痙攣して、ぴたっとぼくの(正確には、アドルの)手首を軽くしめつける大きさに変化した。 「ふえっ?! な、なんだよ、これっ?」 『さわぐなよ。とろうと思えば、いつでもとれるから。 「へえ、すごいんだね」 と、心から感心したけど――。 『副作用として、その分老化も早くなるらしいけど』 「わっ、バカっ、なんでそれを早く言わないんだよっ?!」 アドルの身体を乗っ取った上、怪我をさせて、しかも老衰で死なせたりしたら、ぼくって極悪人じゃないかっ。 『なにも、そう慌てるほど早く老化しやしないって。戦いの時に備えて、身につけておけばいいじゃんか。普段は普通の腕輪なんだしさ。いざって時の切り札ぐらいに考えておけば?』 ふむむ……多少の不安は残るが、確かに『いざと言う時』には役に立ちそうなアイテムだ。 「分かったよ、一応、身につけておくよ。それでアドル、足は大丈夫?」 『平気だよ。だいたい、もう手当てしただろーが。 確かに手当てはしたし、少なくともぼくはたいして痛くない。……だけど、アドルがどの程度痛みを感じているのやら。 困ったことに、ぼくにはアドルの言葉が強がりなのかそれともホントのことなのか、さっぱり分かんない。 「……そうだね、行こう。アドル、足が痛んだら、すぐに言ってくれよ」 ぼくは腕輪をしまい込んで、再び廃坑の中を歩き出した。
『ヒロユキ、どうした?』 「うん……すごく、嫌な臭いがするんだ。生臭いような、物が腐っているような」 また、怪物がいるんだろうか? 「うっ……?!」 ぼくは目を疑った。 一目で、すでに死んでいるのが分かる無残な姿で……。血をまき散らし、壊れたマネキン人形のようになった人達から、ぼくは目が離せなかった。 『ひでえ……。こりゃあ、人間がやったんじゃないな』 アドルの思念も、まるで他人事のように遠く聞こえる。 『ヒロユキっ!! 魔物だ!』 「えっ?!」 死体に気をとられてて気づかなかったけど、確かに広間の隅の方に奇怪な物が蠢いていた。 牛の頭を鳥の骨盤の上に乗せたような、不気味なフォルム。蛇のように長い尾を持つおぞましい姿。 ぼくの知っている生き物とはまったく違った魔物は、尻尾の骨で何か、丸い物を抱えていた。 『気をつけろ、そいつはウノスという化け物だ! 邪悪な魔法で生命を与えられた疑似生物で、そいつの尻尾は剣を自在に操ると聞いたぞ!』 アドルの忠告とほぼ同時に化け物は尻尾を光の球から外し、横に置いてあった剣に巻きつけた。 牛の頭蓋骨にも似た頭が、ゆっくりとこっちを振り向いた。目玉のない空洞が、ぼくを睨みつける。 『ヒロユキ、戦うつもりなのか?! 地に転がっている死体を見なかったら、ぼくはアドルの忠告にしたがって引き下がったかもしれない。だけど、何人もの人間を殺した魔物を見過ごすなんて、ぼくにはとてもできなかった。 「アドル、手を貸してくれ! ぼくは、こいつをどうしてもやっつけたいんだ!!」 そう叫んだのは、直観的にこいつはグリエルよりも強いって感じ取ったからだ。多分、ぼく一人だけじゃ勝てないまでも大苦戦してしまうだろう。 『……分かった、指示してやる。うまくやれば、こんな雑魚はちょろいぜ!』 強気な声が、頼もしい。 『ヤツの攻撃は、下からくる! 盾を下向きに構えて、その攻撃をよけることに専念しろ! オレが合図したら足を引っかけてヤツのバランスを崩し、ヤツの頭に剣を思いっきり打ち下ろせ!』 早口のアドバイスを聞きながら、ぼくはすでに下から突き上げる攻撃を避けるのに必死だった。 ウノスは頭を突き上げるようにして、低い姿勢から何度もかちあげてくる。その上、時折尻尾の剣を攻撃に織り混ぜるのが厄介だった。 『防御に専念しろ、ヒロユキ!! 返事をする余裕もなかったけど、ぼくはそれに従った。どっちにしろ、二か所以外に目をやるのはぼくには無理だ。 『今だっ、蹴れ!』 アドルの思念が叫ぶ。 失敗したと自分でも思った瞬間、降って湧いたように『そこ』にウノスの足が踏み込んできた! ボキィッ!! 鈍い音と同時に、ウノスがバランスを失って崩れ込む。 「ぅわぁぁああああ――――っ!」 自分でも分からない叫び声を上げ、ぼくは手にした剣を叩きつけていた。剣自体の重さが、ウノスの頭蓋骨を砕く! 『……もういい、やめろ、ヒロユキ。もう、そいつは活動を停止している』 「あ……」 いつの間にか、ぼくの剣はウノスの頭を完全に砕き割っていた。頭のなくなった化け物は、もう動いてさえいない。 『やったな、ヒロユキ。ところで……倒れている人達やウノスの方を見てくれないか? 気になることがあるんだ』 「……うん」 正直、不気味な怪物や人間の死体なんてぼくは見たくもないけど、アドルがそう言うんじゃしょうがない。できるだけ見ているものの意味を考えないようにしながら、ぼくはアドルの冷静さに舌を巻いていた。 落ち着いて考えてみると、アドルってホントに凄い。 戦いの最中に、あんなに冷静に動きを見切ることができるだなんて……アドルの代わりを勤めるのって、思ったよりも大変なことらしい。 『……やっぱり、ここにいる連中は坑夫じゃないな。こいつらは、どうやら盗賊団だ。人がこないこの廃坑をねぐらにしていたようだな』 言われてみれば、多少の生活用品が整えられたこの広間には、物騒な武器がゴロゴロしている。その辺に散らばっているなんの脈絡もない金目の物も、盗品だと考えれば質の不揃いさも納得できた。 「じゃ、彼らは最近町を荒らしていたって言う盗賊団?」 『多分、な。状況から見て、盗賊団がここに住み着いていて、ウノスがここに迷いこんできたんじゃないかな。 多分、盗賊の盗んだ物を見て、ウノスはそれを自分の宝と決めたんだろう。 アドルはその先は言わなかったけど、ここまで言われればぼくにも見当はつく。 「……宝にこだわらず、逃げていれば命は助かったのかもしれないのにね」 それほどまでにこだわった『宝』って、いったいなんだったんだろ? 「え? ……これは」 それは、ハーモニカだった。 「これって、ほら、あの女の子が言っていたのじゃないかな」 ゼピック村に向かう道を教えてくれた、親切な女の子。 『ああ、レア……って言ってたな。あの娘のハーモニカかもしれないな』 「うん、多分そうだよ。この廃坑を出たら、町によって返してあげようよ」 思いがけない宝物を見つけて、ぼくは気持ちが少しだけ和むのを感じていた。戦いで荒んだ気持ちが、元に戻っていくみたいだ。 魔物やら怪物やら人間の死体やら――そんな日常生活からかけ離れたものばかり見た後で、そんな風に思えるのがすごく不思議で……でも、それでもそう思えることが嬉しかった。 『そうだな。後は……ヒロユキ、あの壁にはってある地図をとってくれよ』 「これ?」 ぐねぐねと線を書き連ねたそれは、どうやらこの坑道の地図のようだ。 相変わらずぼくにはこの世界の言葉は読めないから、アドルに読んでもらったんだけどさ。 「ふうん、そうなのか。じゃ、行ってみようよ、アドル」 ぼくは倒れている人やウノスにちょっとだけ黙祷を捧げ、それから地図を頼りに歩き出した。
「だね」 なんせ、目の前にあるのは、でっかい木の扉。 「ま、だいたい予想はつくけど……アドル、耳をすませてみてくんない?」 木の扉に耳を当てると――おいおい、ぼくの耳にさえ聞こえてくるよ。 『で、どうする? 余裕たっぷりのアドルの言葉に、思わず吹き出しそうになった。 「分かっているくせに。アドル、バカなこと言ってないで、役に立つアドバイスをしてくれよ。たとえば――音を立てないように、これを取り除く方法とかさ」 できれば会いたくはない相手だが、先に進まなきゃしょうがないもんね。手を伸ばしたぼくに合わせるように、アドルが笑いの混じった声で話しかけてくる。 『その石を取ったって、扉を開けられるわけないって。どかすのは、おまえの左足の前の石! 3、4個もどかせば身体を通す隙間は開くから、それでいい。 ずっと用意していたかのようにアドルがスラスラと答えるのを聞きながら、ぼくはできるだけ音のしないように扉の前の邪魔物を取り除いていく。 戦いに対する恐怖。 ――だけど、ぼくは強くなると決めた。 「うっ?!」 いきなり、何かが鼻先をかすめた。 「コッ、コウモリかっ?!」 それも一羽や二羽じゃない。何十羽、いや、何百羽ものコウモリが群れを成して飛び、空中に大きな渦を描く。 二本の足で立つ、巨大なコウモリの怪物に! 「ケケケ……引キ返セ……引キ返サネバ、命ハナイゾ……」 「しゃ、しゃべった?!」 「シャベルサ。オレ様ハコノ廃坑ノ支配者、ヴァジュリオン……ダルク=ファクト様ヨリ力ヲ頂イタ者ダ……!」 ダルク=ファクト! 「キキィイッ!」 ヴァジュリオンの胴体に、切っ先が沈む。だが、一瞬の手応えは、すぐに消えてしまった。 「なにいっ?!」 小さなコウモリの死体が、地に落ちる。 小さなコウモリは瞬く間に宙に舞い上がって剣先を交わし、空中で一つの塊へと変化する。 「死ネ、小僧。頭ヲカチ割ッテクレルワ!!」 巨大なコウモリが、物凄いスピードで襲いかかってきた。 『ヒロユキ!! もっと身を低くするんだっ!』 とっさにその声に従ったぼくの首筋を、何かがかすっていく。それは、コウモリの爪だった。 「ケケッ、ソノ程度カ」 ヴァジュリオンは嘲笑いながら、ひらりひらりと攻撃を交わす。巨体に似合わない、身軽な動きだ。 『何をやってるんだ、今のタイミングならやっつけられたはずだぞ!』 焦れったそうなアドルの声。 「ケケケッ、鈍イ、鈍イ」 ヴァジュリオンは、攻撃を体当たりに切り替えてきた。3メートルの巨体が激突してくる! 「うわぁあっ」 こらえようもなく、ぼくは吹っ飛ばされた。堅い岩盤に、背中から叩きつけられる。 『ぐ……ぁっ!』 押し殺そうとするアドルの悲鳴が、はっきりと聞こえた。 「アドルッ?!」 『……平気だっ! その時だった。左手にはめた腕輪が光り出したのは。 「見える……!」 あれほど素早く動いていたヴァジュリオンの動きが、今でははっきりと見える。だが、それでも、勝つためにはある決意が必要だった。 「……アドル、我慢してくれよ」 ぼくは剣を強く構え直し、突きの態勢を取った。 ぶつかる瞬間の凄まじい衝撃で、再びぼくの身体は岩壁の反対側まで吹っ飛ばされた。ぶつけた拍子に額を切ったのか、額にぬるりとした物がつたう感触がした。 「ケケケッ、ケケッ、剣ヲナクシタヨウダナッ。今度コソガトドメヲ 」 笑いながらこっちへ飛ぼうとした怪物は、その場でぐしゃっと不様に倒れふす。 「グ、グェエエエッ、オ、オレ様ニナゼ剣ガッ?! 剣ガ刺サッテイルノダッ?!」 慌てふためき、騒ぎ立てながらヴァジュリオンは身体をコウモリに戻そうとした。だが、小さな身体に変わった途端、次々と即死していくコウモリ達に、慌ててヴァジュリオンは巨体に戻る。 だが、それも時間稼ぎしかならないだろう。 『ヒロユキ、とどめを刺すんだ。敵に致命傷を与えても、油断するな! 逃げられることも、死に物狂いで反撃されることもあるんだぞ!』 死にかけたものに、とどめを刺す――嫌な役だ。 「――分かったよ、アドル」 ぼくは用心深くヴァジュリオンに近づき、自分の剣を取り戻した。 「グェゥエエッ?! ナ、ナニヲ……ッ!」 ヴァジュリオンはぼくが何をしようとしたか、悟ったらしい。コウモリの表情に、はっきりと死への怯えが浮かんだ。 「ヤメテクレッ、何ヲスル、悪魔メッ!」 それが、ヤツの最後の言葉だった。 ゴボゴボ血を流し、巨大なコウモリから無数の小さなコウモリに戻って、ヴァジュリオンは息絶えた。 『よくやったぞ、ヒロユキ。だいぶ戦い慣れてきたじゃないか』 「まあね。でも、また怪我しちゃったや……」 背中が鈍く痛むし、頭も切っちゃったし。 『たいした怪我じゃないだろ、もう血も止まっているし。それより少し休めよ、ヒロユキ』 「いや、平気だよ。まだイースの本も見つけてないし、休んでなんかいらんないよ」 歩き出そうとしたら、足がふらついた。 『ほら、見ろ! 確かに、そうかもしんない。 暗闇にいるので、どうも時間の見当がつかない。まあ、おなかのすき具合から見て、昼をとっくに回っているのは間違いなさそうだ。 「じゃ、少し休もーか」 さすがに化け物の見える範囲は嫌なので、ぼくはコウモリ達の死体が見えないところに座り、フィーナの作ってくれたお弁当を平らげた。 本来なら、女の子の手作り弁当に感激しつつ食べるとこだけど、今日ばかりはそんな気力もない(なんせ、状況が状況だし) 『眠りたいなら、ちょっと眠ってろよ。その方が、早く疲れが取れるだろ』 「そうは……ふわぁ、いかないよ。こんな、いつ化け物がでてくるか、分かんないよーな場所でさ」 『心配するな、オレが見張っててやる。何かあったら、叩き起こすって』 「叩き起こすって……ぼくが寝たら、アドルも寝ちゃうんじゃないの?」 『オレは眠くないよ。痛みは感じるけど、疲れは感じないからな』 「ふぅん……そうだったんだ……」 眠くて、ぼくはアドルの言葉の意味を、深く考えられなかった。ただ、アドルが疲れてはいないんだと分かって、よかったな、と思っていた。 「じゃ……アドル、悪いけど眠らせてもらうよ。ちょっとでいいから……」 『ああ、後でちゃんと起こしてやるよ。おやすみ、ヒロユキ』 アドルのその思念を最後に、ぼくは引き込まれるように眠りについていた――。
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