Act.12 心の片隅の寂しさ |
一時はどうなるかと思ったけど、新しい仲間、ルタ=ジェンマと意気投合してめでたしめでたし――してる場合じゃないっ! 「まいったなあ、どーやってここから出よう?」 出入りできるのは鉄格子の扉だけみたいだが、当然のように鍵がかかっている。おまけにやたらと丈夫で、ちょっとやそっとじゃ開けられそうもない。 「抜け道もないみたいですねえ」 ルタ=ジェンマは律義に一個ずつ、コンコンと石を叩きながら、抜け道を探している。それをチャンスと見て、ぼくは口の中だけで呟いた。 (……アドル、聞こえるかい?) 待つほどもなく、アドルの思念が返ってきた。 『ああ、聞こえるよ』 (よかった、無事だったんだ。いつ、気がついたの?) 『ん? そうだな、おまえが起きるのと、ほとんど同じかな』 え、そんなに早く? (なんだよ、ちっともしゃべらないから、どうにかなったかと思ったじゃないか) 『そりゃあ悪かったな。他人がいる前でうかつに話しかけると、おまえが困るんじゃないかと思ってさ』 冷やかし半分の、アドルの軽口。いつもとまったく同じ口調なのに――なんだろう、なにか、違和感がある。でも、それを追及するには、ちょいと都合が悪かった。 「アドルさん、開きそうですか?」 その辺を調べ終えたルタ=ジェンマが、こっちにやって来る。 『ははっ、オレはしばらくおとなしくしててやるよ。ま、扉はがんばって体当たりでもしてみな』 それっきり、アドルの声はとぎれた。
ルタ=ジェンマにも手伝ってもらって、ぼくは体当たりを食らわせてみたが、結果は肩を痛くしただけだった。 「これは……開きそうもないですね」 数度のチャレンジを繰り返した後、ルタ=ジェンマが諦め半分の口調でそんなことを言う。……ま、ぼくも内心そう思わないでもなかったが、でも、それを口に出して言うわけにはいかなかった。 「でも、開けなきゃ始まらないんだ」 もう一度。もう一度と、ぼくは何度でも体当たりをくらわした。 たとえ客観的にはそうは思えなくても、少なくともやろうとする本人だけは、できると思っていなきゃダメなんだ。 「アドルさん、怪我してしまいすよ?!」 慌てたようにルタ=ジェンマが止めるが、ぼくは全く耳を貸さなかった。 「いいんだ。ぼくは怪我を恐れるより、もっと大切な目的を優先する!」 これは、アドルが教えてくれたことの一つだ。 ビクともしない鉄格子を睨みつけ、しつこく体当たりをかまそうとした その時だった。 「慌てんなよ、今、オレが助けてやらぁ」 「え?」 壁ごしに聞こえてきた、太い声。どっかで聞き覚えがあるような……? 「なっ、なんだっ?!」 「わぁっ、神様っ」 ぼくとルタ=ジェンマが同時に悲鳴を上げる中、アドルだけが冷静だった。 『誰かが、向こう側から壁をぶち壊しにかかったな。おい、ヒロユキ、ぼーっとしてないでルタを連れて反対側の壁にくっつけ! アドルの指示に、ぼくはほとんど反射的に従っていた。ルタ=ジェンマの腕を引っ張って、揺れる壁からできるだけ離れた所――すなわち、反対側の壁にぴたっとひっつく。 一回ごとに音が大きくなり、のっぺりとした石の壁に、ひびが入っていく。そして、四回目の音が鳴った時、凄まじい勢いで壁が炸裂した! 「うぷっ……」 もうもうと立ち込める土煙から、ぼくはできるだけ自分とルタ=ジェンマの身体を守る。息さえ詰まりそうな土煙の中、一人の男が牢の中に飛び込んできた。 ぼくより頭一つ分背が高い、胸板の厚い大男。 「……誰だ?!」 身構える態勢をとったぼくに、男は青い目をきらめかせてニヤッと笑った。 「おいおい『誰だ』はひでえな、『誰だ』は? もう、オレの顔を忘れたってのかよ?」 ん、この声? ――それに、その顔もよぉーく見ると見覚えが……。 「ゴッ、ゴーバン?!」 うっ、うっそだろーっ?! 「アドルさん、お知り合いですか?」 ルタ=ジェンマが不思議そうに聞いてくる。 「うん、知り合いっていうか、なんていうか……。ゴーバン、君、村に帰ったんじゃ?」
「ああ、戻ったさ。墓参りも済み、村の片付けも一段落した。だから、後はオレの好きにしてもいいと思って、ここに来たんだよ」 「墓参りはともかく、村の後片付けって……たった一日で?」 聞くと、ゴーバンはかえってあきれた顔をした。 「おいおい、大丈夫か? オレとおまえが会ったのは三日前のことだろーが」 「いっ?」 三日? ……いっ、いつの間にそんなに経ったんだ? 『……どうやら、あの像の罠のせいらしいな。オレ達や、おそらくはルタ=ジェンマも思ったより長く眠らされてたらしいぜ』 ……なるほど、納得。でも、不思議なことは他にもあった。 「でもさ、ゴーバン。君、どうしてここに来たんだい?」 イースの本にかかわるのは嫌だと――あんなに言ってたのに。それが、不思議でならなかった。 「んー、一言で説明すんのは難しいんだが……あえて言えば『ちょっとした心境の変化』ってとこかな。今更トバ家の宿命に従う気はねえが、アドル――おまえの手助けぐらいはしてやりたい気分になったのよ」 正直、ぼくにはゴーバンの考えが分からなかった。でも、気づいたこともある。 アドル――おまえの。 ゴーバンの言った、その言葉にこめられた微妙なアクセント。これって、アドルと、ぼくへの呼びかけだ。ぼくとアドルを区別してくれる人がいる……そんな些細なことが、涙が出そうなぐらいに嬉しかった。 「ゴーバン……ありがとう」 「よせやい、照れるぜ。それよりよ、話はこんぐらいにして、早くこの穴から出ようぜ。こんな埃っぽいとこに長居は無用だ」 それもそうだ。
三人になったぼく逹は、順調に上へと進んでいった。前にもこの塔に入ったことがあるっていうゴーバンは、大抵の罠なら回避できると自信満々にぼくらを案内していく。 「この塔にはよ、ラーバっていう老人が住み着いてるんだよ。この塔を攻略するんなら、彼の所へ行くべきだぜ」 「す、住んでいる?」 こんな、ダルク=ファクトの本拠地みたいな魔物の巣で? な、なんだってわざわざそんなとこで……。 「ここが危険な場所だからこそ、だよ。ラーバ老は強力な結界の力を司っている。攻撃の力こそないが、ラーバ老の力ならダルク=ファクトの配下を、この塔から出さないぐらいのことはできらぁ。 ラーバ老はダルク=ファクトを牽制しながら、ここでイースの本をそろえる勇者を待ち続けていたのさ」 「凄い人なんだね」 素直に感心するぼくの隣で、ルタ=ジェンマがハッとしたように聞いた。 「ゴーバンさん、ラーバ様と言えば……六神官のお一人、レイ家のラーバ様のことですか?」 「六神官?」 思わず聞き返すと、ルタ=ジェンマは呆れたような顔をした。 「あなただって六神官の一人でしょう、アドルさん」 「そ……そーだっけ?」 ぼくとしちゃ初耳だけど、ルタ=ジェンマの話によれば、ぼくやルタ=ジェンマ、それにゴーバンは、イースの女神に仕えたと言う六人の神官の末裔だそうだ。 「レイ家は結界の力を、ゴーバンさんのトバ家は読心の力を、ぼくのジェンマ家は癒しの力を、それぞれ司っておられたそうです」 「へぇー。で、残り三つは?」 「あなたの家……巫女であるクリスティン家と、剣の力を誇ったリィヴ家、攻撃の魔力を得手としたタルテソ家ですね。ただ、リィヴ家、タルテソ家は今はすっかり廃れて……家を継ぐ者もいないと聞きました。失礼ながら、あなたの家もそうだと思っていましたが」 「ぼくの家って……そーだったの?」 興味にかられて、つい聞いてみると、ゴーバンが苦笑しながら言った。 「クリスティン家の力は、女性にのみ受け継がれる力だ。今、クリスティン家の血を引く者は、アドル一人しかいないんだろ」 「……うん」 前に、ちらっと聞いたっけ。アドルにはもう身内はいないって。 それに、どうせ女性のみに受け継がれる力なら、アドルやぼくには関係ないだろう。 「ところでさ、ラーバ老のいる場所ってまだかな?」 「まだまだ。おっと、止まれよ」 先頭を歩いていたゴーバンが立ち止まる。 「実は、この先の通路には毒ガスが充満しているんだ。まっ、そんなに強い毒じゃないから、息を止めてつっきりゃなんとかなるんだが」 ……まーた、無謀なことを。 「他に道がないなら、ぼくはそれでもいいけどさ。でも……」 ぼくはちらっとルタ=ジェンマを見た。ぼくはまだいい。ゴーバンは……殺したって死なないぐらい頑丈な身体をしている。でも、見るからに優男のルタ=ジェンマは、この危険に耐えられるだろうか? 「ぼくなら平気ですよ、アドルさん。お忘れですか? ぼくは癒しの術が使えます。アドルさん、ゴーバンさん、ぼくの手をしっかりと握っていてください」 ルタ=ジェンマの細い手を握ると、ほわっと身体が暖かい膜に覆われたような感触があった。そのまま、彼に手を引かれるように、ぼく逹は毒ガスの充満した通路を進んでいった。 だけど、全然苦しくはない。 「ははっ、助かったぜ!! やるな、おまえ!」 豪快に笑って、ゴーバンがルタ=ジェンマの背を叩く。ばしって音が痛そうだけど、ルタ=ジェンマは照れくさそうに笑う。 こんな感覚は、久しぶりだ。 考えてみれば、ぼく達って、なかなかいいパーティじゃないかな? 三流のコンピューターゲームよりバランスが取れているかも。なんてことを考えている時、ふっと胸をなにかがよぎった。 「……?」 これは――寂しさ? ――アドル? 「どうかしましたか、アドルさん」 「ん……、なんでもないよ。それより、そろそろ行こう」 こんな込み入った話、とても人前じゃ話せやしない。それに、これって、ヘタに問いただせば、アドルに恥をかかせそうだ。そう思って、ぼくはアドルへ話しかけるのをやめたんだ。
それから、幾つの罠、幾つの通路を経たことだろう。 鏡を利用した隠し通路を抜け、ぼく逹は円形の広いホールへとでた。 「フィーナ!!」 鉄格子の中、粗末なベッドに横たえられているのは、紛れもなくフィーナだったんだ。気を失っているのか目を閉じ、身動きしない彼女に向かって走り出したぼくを、ゴーバンが止める。 「待てっ!」 「放してくれっ、フィーナが……っ!!」 掴まれた腕を降り払おうとするぼくをしっかりと押さえつけ、ゴーバンが険しい声で言った。 「敵がいる。無闇に動くと危ない」 束の間、ぼくはゴーバンが何を言っているのか分からなかった。フィーナしか目に入っていなかったんだ。 それを見て、やっとぼくはゴーバンの言葉を理解した。 「娘を助けにきたのか。驚いたものだ、人間でこの塔を、こんな高さまで登ってこようとはな!」 赤い顔で、額に一本の角を生やした鬼が、顔全体を振るわせていった。 「しかし、この娘は渡さぬぞ! このオムレガンの命に代えても、貴様らに渡すわけにはゆかぬ!!」 青い顔に二本の角を生やし、額には第三の目を持つ鬼、オムレガンは、怒りの色を露にしてそう言った。 「このヨグレスクも同じく、貴様らを生かしてダルク=ファクト様の元には行かせぬわ!」
「ゴーバン、ルタ=ジェンマ!! ぼくは赤いのをやる! もう一体は任せたよ!」 二人が頷くのもそこそこに、ぼくは剣を構えてヨグレスクに突っ込んでいった。 しかし、ぼくには奴の動きが手にとるように分かった。今までの戦いは無駄じゃなかったんだ。 攻撃してはすぐ離脱するヒット・アンド・アウェイ先方をぼくは取った。 「うわぁあっ!!」
「え……っ?!」 ゴーバンとルタ=ジェンマは苦戦していた。少し見て、ぼくはその原因を悟った。青鬼・オムレガンは、剣などの物理攻撃を全くよせつけないんだ! 「ゴーバン、ルタ=ジェンマ!」 二人を助けようと、オムレガンに向き直った時、アドルの思念が聞こえた。 『待て、ヒロユキ! 倒すのは、ヨグレスクが先だ!!』 「えっ?! でも……!!」 『オムレガンとヨグレスクの動きは、連動している。だとしたら、なんとしても倒せる方を先に倒すべきだ! それに、オムレガンのあの動き……気がつかないのか、ヒロユキ!!』 叱責され、ぼくはやっと気がついた。 「ゴーバン、ルタ=ジェンマ、こっちを先に倒す! 少しだけ待っててくれ!!」 ぼくは剣を持ち替え、力を込めてヨグレスクの眉間に切りかかった! そんな行動は、奴らにとっては不意を突くものだったらしい。 「させっかよ!」 攻撃のためではなく、ぼくへの援護のためにゴーバンとルタ=ジェンマがオムレガンに切りかかり、奴の気を逸らしてくれる。その間に、ぼくはヨグレスグに致命傷を与えることができた。 「グォオオオオ……」 奇怪な、声とも唸りともつかない声を上げ、ヨグレスクが粉々に崩れ落ちる。それと同時に、オグレスクにも変化がおきた。さっきまでゴーバン達が幾ら切ってもびくともしなかったのに、ヨグレスクが崩れた途端、それとまったく同じようにひび割れ、崩れてしまった。 「二体で一体だったんだ……」 アドルの考えは正しかった。 「すごいですね、アドルさん! よく分かりましたね」 興奮気味にルタ=ジェンマが言うけど、そう言われると面映ゆい。 「いや〜、まぁ、ぐーぜんだよ。それより、フィーナは……」 適当にごまかして、ぼくは鉄格子に近づいた。ゴーバンが鉄格子を開けるのももどかしく、ぼくはフィーナに駆けよった。 「フィーナ……!!」 胸がどきどきする。 「フィーナ……助けにきたよ」 「アドル……!」 嬉しそうな声、輝くような笑顔。ぼくは、多分、この時のフィーナの顔を一生忘れないだろう。 「……きっと、助けにきてくれるって、信じていたわ」 フィーナはベッドの上で身体を起こすと、身を乗り出して抱きついてきた。ふんわりと柔らかい腕が、ぼくに巻きつく。 「え……フィーナ?!」 向こうの方で、ゴーバンとルタ=ジェンマがニヤニヤしているのが見える。彼女のあまりの大胆さに、ぼくは頬が赤くなるのを感じた。 『なに、恥ずかしがってんだよ。彼女を抱き返してやったらどうだい?』 アドルまでもが、冷やかすようなことを言う。 アドルだってフィーナのことが好きなくせに! 言葉にせず、強く思う。――しかし、アドルは返事を返してこなかった。 なにか漠然とした不安――それを、どうしても消すことができなかったんだ。
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