Act.14 異界より来たる戦士 前編 |
尖塔までの道程は、やたらめったらと遠かった。 「ふぇ〜、冗談じゃないよ、こんなのっ」 なんせ、目的の場所にたどり着くまでに引っかかった罠が10と4つ、出会った魔物が3匹! 「……ま、やるっきゃないか」 気を取り直して、ぼくは尖塔のてっぺんへと向かった。クリントから聞いた通り、牢屋に一人の少女が閉じ込められている。 「フィー……!!」 呼びかけて、ぼくは微妙な違いに気づいた。牢屋の中にいるのが信じられないぐらいに落ち着き払って、粗末なベッドに腰かけている少女はフィーナじゃなかった。 「……君は」
「レア……なぜ、君がここに?」 「あなたに伝えたいことがあるからです。そのために、わざと掴まりました」 不思議なことに、レアは前にあった時とはどこか微妙に印象が違っていた。どこがどうって言われると説明に詰まるけど、でも…なんとなくどこかが違う。 「なんでそんな真似を……いや、話は後だ。とにかく、今、これをなんとかするから!」
「その必要はありません」 彼女は鉄格子の鍵に手を伸ばした。その手が、ふいに光を放ち始める。ちょっとピンク色がかった、優しい光。 「き、君はいったい……?!」 レアはぼくの質問には答えず、ただ悲しそうにぼくを見つめた。 「……ついに、恐れていたことが起こってしまったようですね。あなたは一人になってしまった……そうでしょう、アドルさん。 いえ、ヒロユキさん」 「え……?!」 ぼくは驚いて彼女を見つめた。だけど、驚くにはまだ早かった。 「ヒロユキさん、あなたは本当によくやってくれました。ですが……残念ながらあなたの力では、ダルク=ファクトに勝てはしないでしょう。 「……!!」 とんでもないことを言われて、ぼくは絶句してしまった。 「私が導きます。さあ、身体を楽にして――」 「ま……っ、ちょっと、待ってくれ!!」 すぐにも元の世界に戻されそうな雰囲気に、ぼくは焦ってレアの手を避けた。帰りたくないわけじゃないけど、こんな状況で帰りたくなんかない。 「なんだって突然、そんなことを言うんだよ?! ダルク=ファクトまで、後一息じゃないか! ぼくじゃ勝てないって、そんなのやってみなきゃ分からないだろ?!」 ぼくの反論に、レアは静かに目を伏せた。 「ダルク=ファクトには、通常の武器や防具は通じません。彼を倒すためにはクレリア――あなた達の言葉で、銀と呼ばれる物質でできた装備が不可欠なのです」 「銀? クレリアは、銀だったのか……」 ずっと前にジェバから聞いた話を思い出しながら、ぼくは自分の装備を見下ろした。……銀なのは、盾だけだ。 「そして、魔王を倒すためには『異界より来たる、二人にして一人の戦士』が必要です。ですが、それはついに果たせなかった。私達のかすかな希望は、一つの魂を見殺しにしたにすぎなかったのかもしれません……」 レアはひどく辛そうだった。その口調といい、言っている内容といい、なんか記憶に引っかかる。 「――サラだ。サラも、そう言っていた」 そうだ、思い出した。 「まさか……!! あんた達は知っていたのか?! アドルが消えることを、最初から知ってたのか?!」 サラも。 「そんな……っ」 激しい怒りが込み上げ、息が詰まりそうだった。女の子相手だっていうのに、レアに殴りかかりかねない衝動を、ぼくは手近な壁にぶつけた。 ――ガツッ!! 堅い石壁を、ぼくは何度となく叩いた。拳が割れ、血が伝う。 「ヒロユキさん、やめて!」 レアが強引にぼくの腕にしがみついた。 「フィーナ……」 別人だとは、分かっていた。 「……は……はは、バカな真似しちゃった。アドルに、悪いことしちゃったな」 冷静に考えてみりゃ、これってアドルの身体なんだよな。それに――アドルは恨んでなんかいないって言っていた。 知った上でアドルはサラを許し、ゴーバンに口止めして、ぼくになにも知らせなかった。 「……ごめん、レア。ぼくに、怒る資格なんてなかった……」 「いえ……ヒロユキさん……お怒りはごもっともです。あなたになにも知らせず、こんな戦いに巻き込んでしまったのですから。今こそ、すべてをお教えしましょう。 レアが、再び手からピンク色の光の塊を生み出した。ぼくはおっかなびっくり、手でそれを受け止める形を作る。
「…………?!」 目を開けると――そこは神殿みたいな所だった!! 「な、なんだ、ここ?!」 あまりに急な場面展開についていけずにあたふたしていると、向こうの方から一人の女性が歩いてくるのが見えた。どこか見たことがあるような、ないような――ま、この際誰でもいいやっ。 「すいません、ここってどこですか?」 尋ねたぼくの声などまるで耳に入ってないように、平然と歩いていた女の人は、なんとぼくの身体をすり抜けていった! 「なっ……?!」 こっ、こんなことって、ありなのか?! 『驚くことはありません、ヒロユキさん。ここは、あなたにとっては過去に当たる世界……ここでのあなたは意識だけの存在で、実体はありません。 どこからともなく聞こえるのは、レアの声だ。 「ゆ、幽霊……?」 『心配はいりません、ほんのしばらくの間だけのことです。過去のことを知っていただくために、あなたの意識を16年前に飛ばしました。 それっきり、レアの声は途絶える。……しかし、見定めろってったって、いったい何を見定めればいいんだか。とりあえずさっきの女性の行った方向へと歩いていくと、広いホールへとでた。 「私は反対です! この子に、生まれながらにそんな重荷を背負わせるなんて……。世界を救うべき戦士ならば、リィブ家かタルテソ家の子が相応しいでしょうに」 強い口調にびっくりして、反射的にその声の主に注目してしまう。あれは……さっきの女の人だ。けど、話している相手を見て、ぼくは仰天した。 「えっ、ジェバ?! それにラーバ老まで?! なんで、ここに……」 ぼくが知っているより幾分若いけど、間違いない。その場にいるのはジェバやラーバ老だった。彼らだけでなくって、もう一人、見たこともない老婆もいた。 「だが、占いにはっきりでておるのじゃ。魔王が……ダルク=ファクトが世界を席巻するまでに、後十数年しか時間がない。家系が途絶えてしまったリィブ家かタルテソ家の生き残りを探し、さらにその子孫を求めたのでは間に合わない。 老婆が、熱心に女の人を説得しようとしている。 「そうじゃ、おぬしも知っておるじゃろう? 魔王を倒せるのは、異界より来たる二人にして一人の戦士のみ……。 ラーバ老の説明を、ジェバが言葉を続ける。 「だが、唯一の例外がある。一つの身体に複数の魂が宿っていながら、平気でいられる状態が。胎児を身ごもった母親がそれじゃ――つまり、おぬしのようにな」 ……って、ことは、この女の人、妊娠中なんだろうか? 細身なせいか、あんまりそうは見えないけど。 「異界より呼び寄せた戦士を受け入れることができるのは、まだ魂の固まっていない胎児しかいない。これから生まれる魂なら、二つの魂を一つの身体に入れることができる。 目を輝かせてそう語る老婆に、女の人は激しく首をふった。 「嫌です!! いくらお母様の言葉でも、聞けません! 「えぇ……っ?!」 い……今、クリスティン家って言ったよな? 「う、うそっ……」 信じられない――でも、似てるっていや似てるな。 「だが、ダルク=ファクトがいる限り、それはかなわぬこと。その子だけでなく、この世界に住む多くの者の平和が脅かされるのじゃ」 「…………」 アドルの母親が、何か考えこむように黙り込む。 「占いによれば、おぬしの生む子は戦士の素質に恵まれた、強い男の子じゃ。伝説の戦士に相応しい子じゃないか?」 「無理を承知で頼む……! どうか、承服してくれ」 熱のこもった代わるがわるの説得に、ついにアドルの母親は頷いた。
泣きそうな母親の肩を、老婆が叩いた。 「――そうかもしれぬな。どのみち、失敗の確率が高い召喚じゃ。……だが、それでも、ワシらは一縷の望みにすがるより他に道はないのじゃ」 辛そうな老婆の言葉が、妙に胸にこたえる。……この人が、巫女だったっていうアドルのおばあさんなのか。 「……?!」 戸惑うぼくの耳に、レアの静かな声が聞こえた。 『この時、彼らは知りませんでした。異界より戦士を召喚するためにもっとも必要な、召喚の役割を追う女神が、すでにダルク=ファクトの陰謀により封じられていたことに。 かすれていく景色が、物凄い勢いで流れていく。まるで、画像のあってないテレビのチャンネルを次々と変えているみたいだ。過ぎていく景色の中で、さっきの女性が赤ん坊を抱きかかえているのが見えた。 『そうです。アドルは異界より来たる戦士としてではなく、アドルとしてこの世に生を受けました。誰もが、儀式が失敗したと思っていました。儀式を行った、ラーバ、ディアヌ、ジェバでさえも。 流れていく景色に、少しずつ成長していくアドルが見える。 そして、それは草原を歩いている16歳のアドルへと変わっていった。一休みしようと腰を下ろしかけたアドルに、雷のように光の玉が降り注ぐ。 『どうやら不完全な儀式が、16年の時をおいて作用してしまったようです。こんなことは前代未聞でした……しかし、二つの魂を一つの身体に持ちながら、あなた達はうまくいっていました。 二人の力を合わせることで、より強い力を生み出していました――だから、ジェバやサラ達は期待してしまったのです。長い間、二つの魂を一つの身体にとどめるのは危険と知りながらも、もしかしたらあなた達ならばダルク=ファクトを倒せるのではないか、と……』 再び目を開けた時、ぼくは元いた牢屋に、レアの目の前にいた。……まるで、不思議な夢でも見ていたみたいだ。 「……レア……今のことは、本当にあったことなのかい?」 「ええ、本当のことです。私は時の記憶を再現しただけ……」 レアにそんなことができるなんてのも驚きだったけど、ぼくの意識はレアの不思議さより、今、見たばかりのアドルの過去に引きつけられていた。 「ぼくとアドルは、一人の人間として生まれるはずだったのか……」 ぼんやりと、ぼくは呟いた。 「ダルク=ファクトからこの世界を守るためにとはいえ、一人の人間にその重責をすべて負わせるとは……けっして許されない罪を犯すところでした。 そりゃあ、誰だってこんなこと、説明したくないだろう。誰もが知っていながら、口を噤んでいた理由がやっと分かった。 「結局、私達の力はダルク=ファクトに及ばなかったのです。負けると分かっている戦いです、異界より呼んだあなたにこれ以上迷惑をかけるわけにはいきません。 「――待ってくれよ。それって……勝ち目がないから、せめて、ぼくだけ逃がしてくれるって意味なのかい?」 レアの言葉を遮っての質問に、彼女はしばらく間をおいて答えた。 「……一言で言えば、その通りです」 今までぼーっと話を聞いてた頭が、やっと正気に返った。 「そんなの……冗談じゃない! ぼく一人だけ安全なところに逃げて、はいそうですかって頷けないよ!」 ここは、ぼくの生まれ育った世界じゃない。それでも、ぼくはここに愛着がある。 「ですが、ヒロユキさん。あなた一人でダルク=ファクトに勝つことは……」 「レア!! それだったら、ぼくがいなくなったら、ダルク=ファクトに勝てるのかい?!」
「それなら、ぼくは帰らない!」 「ヒロユキさん……」 だだっ子に手を焼く母親のように、レアが困った顔をする。実際、ぼくの言ってることなんてだだっ子と大差ないかもしれない。だけど、それでも一人だけ安全に逃げるのなんて、絶対に嫌だった。 「ヒロユキさん、本当にいいんですか? これが最後のチャンスかもしれないんですよ? 元の世界に未練はないのですか?」 言われて、ぼくはちょっと元の世界を思い出した。
レアが鋭いところをついてくる。 「そうだな……そうかもしれない。ぼくは最初、自分の世界に帰るために、イースの本を集めようと思った。 ズキッと胸が痛んだ。 ――なんだか、アドルの声を聞きたい。実際よりもずっと長く、アドルの声を聞いていないような気がする。 「アドルは……あいつは、どうなっちゃたんだろう? レア、分かるかい」 レアは、怖いぐらい真剣にぼくの目を見つめ、それから言った。 「アドルは――彼は、今もあなたの中にいます」
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