Act.3 もう一人のオレ

 

「な、なんだぁ?」

 気がつくとオレは、ここに来る直前に見た薄闇の荒野に似た場所にいた。そして、オレの耳に――というよりは、頭の中に弾んだ声が響く。

『アドル?! アドルかい、ぼくを呼んだのは?!」  

 それは、紛れもなく――とはいっても顔は知らないが――さっき暗闇に佇んでいた奴の声だった。

「おまえは、誰なんだ?」

『ヒロユキ。セガワヒロユキだよ。君は、アドル……じゃないみたいだね?』

 ヒロユキと名乗った声は、少しがっかりしたように、そして当然のように疑問を込めて、オレに問う。

 それにしても、なんなんだ、みんなしてアドル、アドルって。成り済まそうとしたオレもオレだが、そんなにオレはアドルに似てるんだろうか?
 だがまあ、この際そんなんはどうでもいい!

「そんなの、どうでもいいだろ?! おまえ、異界からの勇者なんだろ、頼む、リリアを助けてくれ!」

『リリア? 誰、それ?』  

 トボけた返事に、オレはもう少しでがなりたてるとこだった。が、ここで異界の勇者とやらの機嫌をそこねちゃ、なんにもならない。オレはあえて怒りを押さえて、下手に出る。
 

「リリアってのは可愛くって勇敢な女の子なんだ。今、魔物に襲われていて、どうしても助けてあげたいんだよ、な?!
 おま……いや、あんたは勇者なんだろう?! だったら、女の子を助けてやってくれよ!」
 

『ぼくを異界からの勇者って呼ぶってことは……君、エステリアの人なのかい?』

「うんっ、うん、そうっ! そうなんだ、だから助けてくれよっ!!」

 実際にゃ、オレはエステリアの住人じゃないが、この際、嘘も方便!
 しばらくの沈黙の後、返事がかえってきた。

『いいよ。ぼくにできるんなら、助けても。……でも、そのためには君の身体を借りるしかないし、そうなるとちょっと厄介なことになるかもしれないんだけど……』

 グダグダとヒロユキは何かを説明しようとしたが、オレはそれどころじゃなかった。んな長話をしている間にリリアが死んじまったら悔やんでも悔やみ切れない。

「ああっ、身体でも金でもなんでも利息なしで貸す! だから、急いでくれっ!!」

 そう叫んだ瞬間、回りの空虚な世界が凝縮した。

「うわぁっ?!」

 見る間に縮んでいき、小さな小部屋みたいな場所へと変化する。ふと気がつくと、オレはその部屋で、椅子みたいなもんに座っていた。

「な……なんだぁ?」

 目の前には……大きな窓みたいな物が見える。そこに映っているのは、リリアとあのバケモノ……!?
 それに、オレの手足らしきものが、ちらちら見える――これって、ひょっとして、オレの視点に見える風景が、この窓みたいなもんに映っているのか?

 戸惑っていると、身体が動いているような感触がした。まるで、夢うつつで身体が寝返りを打っているのを感じるような、遠い感触――こんなの初めてだ。
 どうやら、オレの身体は剣を抜いたらしい。

『なーんだ、……この剣、使いにくいなぁ。日本刀が好きなのに』

 オレの声として、さっきの奴が呟く。
 オレは全くしゃべっていないし、身体も動かしちゃいないのに。こ、これが身体を貸すってことなのか?

『まあ、いいや。――やい、彼女を放せ!』

 叫ぶなり、ヒロユキはオレの身体を操ってバケモノに斬りかかった!
 その動きの早さ、オレとはまるで違う運動神経の良さに、オレは舌を巻いた。同時に、血飛沫らしいものが上がるのを見て、オレは慌てて顔を背けて耳を閉じる。

 オレ、血は苦手なんだよ〜。
 身体が動いているな、とか、ちょっとした痛みとかは感じるけど、それはやたらとぼんやりしたもので、目を閉じて耳をふさいでいるかぎり、何も感じないのも同然だった。
 そうやってしばらくして――オレの身体は剣をしまって、女の子を揺り起こそうとする。


『大丈夫、君? しっかりして』

 ――ま、まった、まったぁあっ!! それはオレの役目だぁあっ――  

 バケモノを退治してくれたのは嬉しいが、一番おいしい役目をもっていかれちゃシャレにならない!
 オレは身体を動かそうともがいたが、まるで身体が椅子の一部になったみたいで、全然動かせやしない。オレの焦りが分かるのか、ヒロユキは苦笑して言った。

『……なんか、勝手だけど――じゃあ、譲るよ。その代わり、後でちゃんと説明してくれよ』

 それと同時に、急に、扉が(んなもんは見えないんだど)開いたような気がした。
 そして、今までびくともしなかったはずの身体が、するりと椅子から離れた。オレと入れ違いに、誰かが部屋に入り、そこに座るのを感じる。

 ――今のが、ヒロユキか?
 だが、それを確認する前に、オレはあっけないほど簡単に、オレの身体を取り戻していた。

 まるで水から上がった時のように身体がズンと重くって、オレはその場にへたりこむ。でも地面に触れた感触や、身体の重みは、さっきの夢みてるような小部屋とは大違いに現実感があるっ!

 が、それはいいとして、オレは急激な眩暈を感じた。
 まるで、貧血みたいな気分――ううっ、どうやらヒロユキがオレの身体で限界以上の運動をしたツケが、今、回ってきたらしい。

「リ、リリア、らいじょうぶ……」

 かくして、カッコよく倒れているリリアを起こすはずだったオレは、情けなくも貧血でぶっ倒れたのだった――。

 

 

 

「あ、気がついた?」

 目覚めた時、オレの頭上のドキッとするほど近くに、リリアの顔が見えた。一瞬焦ったが、すぐにオレは自分がリリアに膝枕されているのに気づいた。
 こんなの、オレの生まれて初めてっ♪

「な、なははぁ、天国ぅ……」

 オレの軽口に、リリアはくすりと笑う。

「いやだわ、こんな時まで冗談なんか言って。……本当に不思議な方ね、アドル様って」


 そう言ってから、リリアは生真面目に頭を下げた。長い髪が、さらりとオレの顔に落ちる。

「ごめんなさい。そして、本当にありがとう。あなたはわたしの命の恩人だわ」

「オ、オレが恩人?」

「ええ。クレイスを倒して、わたしを助けてくれた。……わたし、一生忘れないわ」

 クレイス――今になってから、その魔物の名を思い出した。
 確か、元は美しい女性だったのに、悪魔の誘惑にだまされて魔物となったバケモノの名前だ。それゆえかクレイスは女性しか襲わないという。クレイスに襲われた女は、同じくクレイスにされてしまうという伝説を、いつか聞いた記憶がある。

「ホントに……オレが倒したのか?」

 ヒロユキが戦っていた間、オレは目を閉じていたもんな。膝枕はもったいなかったが、オレは起き上がってそれを確かめようとした。

 自慢じゃないが……つーか、ホントに自慢にならんが、オレは魔物なんかと戦ったためしがない。せいぜいが子犬の大きさほど魔物とやり合ったのが、最大記録だ。その時だって、逃げの一手だったし。

「ええ。クレイスはあそこ……あなたほど強い人は、わたし、今までみたことがないわ」


 目をきらきら輝かせて、リリアはクレイスの方を指差す。
 そっちを眺めて、オレはたちまち気分が悪くなった。なにしろオレは小さな頃から、自分の傷口を見ても気分が悪くなるというデリケートな神経の持ち主。

 そんな奴が、いくら魔物とはいえ、いきなりバラバラ死体なんか見た日にゃ……あ、ダメ、気が遠くなっていく。

「あっ、アドル様っ、どうしたのっ?!」

 リリアの悲鳴を聞いたのを最後に、オレはまたも気を失ってしまった――。

 

 


『なーんだ、せっかく入れ替わったのに、すぐ気絶しちゃうんだもんな。それにしても君、よく気絶するね』

 なんだか笑っているような、陽気な声。それに、ぼんやりとしか見えないけど、椅子に腰掛けている人影。これは、あのヒロユキって奴だな?
 まったく、気絶するたんびにこの薄闇色の空間でこいつと話すの、オレはもう飽きたぞ!


「余計なお世話だ! だいたい、おまえ、いつまでオレの身体にいるんだよ?! もう、用事は済んだんだ、出ていけよ」

『あ、冷たい言い方。ひどいなあ、さっきはあんなに助けてって言ったクセに』  

 フン、何を言っていやがる。
 ついさっきまでは確かに恩人だったが、魔物がいなくなった今、こんな奴に用があるかよ。

 そう思ってせせら笑っていたオレだが、ヒロユキが次に言ったセリフでぶっとんだのはオレの方だった。

『それに、ぼく、出ていく方法なんて知らないよ』

「なっ、なにぃいっ?!」

 オレはぎょっとしてわめいた。

「んっ、んなこたぁ早く言えぇええっ!」

『だから、さっきもそれを言おうとしたら、君が急かすから……。なんか緊急事態みたいだったしさ、説明は後でもいいかと思って』

 勝手に思うな、そんなことっ!!
 こいつを追い出す方法がないって最初から知っていたら、オレだってこいつを呼ぶのをためらったぞ!

「この卑怯者の、居直り強盗の詐欺師のペテン師〜〜っ!!」

 怒りに任せて、目茶苦茶に怒鳴ると、そいつは意外にもあっさりとに謝った。

『ごめん……。君には悪いと思ったけど、でも、ぼく、どうしてももう一度ここに……エステリアに来たかったんだ』

 本気ですまないと思っているような声音……こいつって、オレが思っているよりも、もっと、ずっと真面目で素直な奴らしい。

 つまりは――いいカモだ♪
 相手の弱気にすかさずつけこみ、優位に立つのがオレのやり方。素早く状況判断したオレは、尊大に言ってやった。

「悪いと思うなら、いずれ、それなりのカリを返してもらうぜ。ところでさ、おまえ、いったい何者なんだ?」

『ぼくはごく普通の高校生……なんて言っても、こっちじゃ通じんなかったんだっけ。まあ、普通の17才の男子だよ。ぼくは君達が異界と呼ぶ世界からやってきたんだ』

 異界ってどんな所かという興味もあったが、それよりもオレはこいつのさっきのセリフが気になった。

「もう一度ここにって言ってたけど、前にもここに来たのかよ?」

『うん、前にも来たことがあるよ。でも、事情があって急に元の世界に戻るはめになったから……色々、やり残しとか、言い残したこともあって……もう一度、ここにくるのが夢だったんだ』  

 しみじみとした口調で言ってから、今度はヒロユキが聞いてきた。

『で、ぼくからも聞きたいんだ。君は一体誰なの?』  

「オレか? オレはユーロ」

 深く考えもせずにオレは本名を名乗ったが、その途端、ヒロユキが疑わしそうな声になる。

『え? さっきの女の子には『アドル様』って呼ばれてなかった?』

 うっ、マズい! まさか、こいつもアレを聞いてたとは思わなかった!

「あっ、あれはだなー、その……アダ名と言うかー、ちょっとした成り行きっていうかー」


 しどろもどろに言い訳するオレに、ヒロユキはなおも質問してきた。

『ひょっとして……君、アドルを知っているの?
 アドル=クリスティンっていう名前で、ぼくと同じ17才で、黒い髪に青い目の男の子なんだけど』

「い……っ?!」

 あまりにも正確に『アドル』とやらの特徴を上げる異界人に、オレはギョッとした。そのオレの動揺をかぎつけたのか、ヒロユキの語調が強まる。

『知っているんだね? なら教えてくれよ、アドルの居場所を!! ねえ、ねえったら! なんで黙ってるのさ?!』

「し、知らねーよ、アドルの居場所なんて!! だいたい、おまえの言ってるアドルなんて奴、ぜんぜん心当たりがねえよ」

『嘘だ! 君は、君は嘘をついてる』
  
 どうして分かるのか、ヒロユキは確信を持ってそれを指摘する。

『頼むから教えてくれよ、ぼくはどうしてももう一回、アドルに会いたいんだ!』

 聞いてる方がたじろぐぐらい、まっすぐに自分の感情をぶつけてくるヒロユキに、オレは少なからず戸惑った。駆け引きも何もなく、こんな風に思いをストレートに出す奴なんて、初めて会ったから。

「そんなに……アドルとやらに会いたいのか?」

『うん!』

 迷いもない声で、ヒロユキは即座に答える。
 ……こんな奴をごまかし切れるほどオレは念のいった詐欺師じゃない。

 しょせん、オレって小心者のチンピラなんだよなー。ったく、我ながら情けないけど、ツメが甘いとゆーか、気が小さいと言うか……。
 なにはともあれ、オレはしぶしぶ白状した。

「……悪ィけど、ホントにオレ『アドル』にゃ会ったこともねえんだよ。そんかわり、ちょっとした成り行きっつーか、複雑な事情っつーか、とにかくそれでオレが『アドル』ってことになっちまってさ。
 まあ、最初からゆっくり説明してやるよ」                          《続く》

 

4に続く→ 
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