Act.4 一つの目的 |
『……あ……っきれたぁ』 全部の説明が終わってから、ヒロユキが言った言葉がそれだった。 『よりによって、アドルのニセ者になりすますなんて! もし、本物のアドルがこれを知ったらなんて言うか! だいたいどんな事情にあったにしろ、人のフリをして他人を騙すなんて……』 やたらめったら憤慨した言葉は、そこで奇妙にふっつりととぎれた。 「なんだよ、急に黙って?」 『ん……。いや……人のフリをするってのは良くないっていやあ、良くないけど、まぁ、人にも事情ってもんもあるし、一概に悪いとも言い切れないような気もしてきて……』 「……なんなんだ、おまえは。さっきと180度言うことが違ってるぞ」 『いやぁ、はははー、あんま、気にしないで』 何かをごまかすように笑うヒロユキに、なんとなく疑問は残ったが、オレはそれを深く追及するのはやめといた。そんなのより、もっともっと重要なことがある! 「んー、まあ、オレもどうしても『アドル=クリスティン』になりたいってわけじゃないんだけどさ。成り行きでしかたなくっていうか、ノせられちゃってー。それに一度名乗った後、それを否定するのも相手を混乱させるしよ」 奴が弱気になったこの機会に、うやむやにごまかしてアドルの件を認めさせてしまえばこっちのもんだ! 『……うん。それにもしかすると、君がアドルって名乗っていた方が都合がいいのかもしれない』 「えっ、ホントにいいのかよっ?!」 『……あんまり良くはないだろうけど。 ふむ――とオレは頭の中を整理した。 でも、このヒロユキって奴、カモにしやすい性格な上にそこそこ強いみたいだし、上手く使えば魔物退治で金を稼げるかもしれない。 「そうだな――じゃ、ヒロユキ、ここは一つ取引をしないか? 実際の話、ヒロユキがいたっていなくったって、オレはアドルと名乗るだろうし、この奇妙な状態を解くためにはラーバ老を探し回ることになるんだが、オレはヒロユキに恩を着せてやることにした。 『ホント? そうしてもらえると助かるよ!』 ヒロユキはごく単純に、喜んでいやがる。しめしめ、やっぱこいつっていいカモだ♪ 「なぁに、礼を言われるほどのことじゃないさ! ただ、その代わりと言っちゃあなんだが、この世界って魔物とかがタマ〜にいるんだ。そーゆーのにでっくわした時は、おまえに任せるぜ」 オレにとってひたすら都合のいい取引に、ヒロユキは疑いもせずに素直にうなずいた。
自分からそう言い出したヒロユキに、オレは密かにほくそ笑んだ。 こいつは緊急事態以外は、こーやって狭い小部屋で椅子に座って、ボーッと見えるだけの世界を眺めてる生活を送るんだ。……ま、ちょっぴり気の毒な気もするが、利口な奴が得をするのが世の常ってもんだぜ。 『ところでさ、事情は聞いたけど、ほかにも色々聞きたいことがあるんだ。クリントに会ったって言ったけど、彼、元気だった? 人懐っこい性格まるだしに、あれこれ聞いてくるヒロユキに、どことなく後ろめたさを感じたオレは、そそくさと逃げをうつ。 「ん、まあ、その辺はいずれ――オレ、どうも目が覚めるみたいだし」 逃げるだけじゃなくて、ホントにオレは目が覚めかけていた。あたりの薄闇が、すうっと薄れていくのが分かる。 『ん、分かった。じゃ、がんばってね』 ヒロユキの無邪気な声に多少の罪悪感を感じつつ、オレは心の隅の小部屋に背を向けて、強まる覚醒感に身を任せた――。
と、声をかけてきた女を見て、オレはギョッと目を見張った。 デブデブと横に太って、おまけに『オバさん』と呼ぶに相応しい年齢になっとるこの女がっ?! 「え、えぇっ?! こ、ここはッ?」 オレはびっくりしてあげく、思わず飛び起きた。 「ここはあたしの家さ。ああ、あんたにはリリアの家と言った方が分かりがいいかねえ」
んなおとぎ話みたいなことが起きるはずが――ない、と自信を持って言いきれねえんだよな、これが。なんせ、オレに異界からきたっていうヒロユキがとっついてるぐらいだ、何がおきたって不思議じゃない。 それに、目の前にいるオバさんには、確かにリリアの面影がある。 「リ、リリア?」 恐る恐る呼びかけてみると……ドアがガチャッと開いて、正真正銘のリリアが入ってきた。 「あ、やっぱり、アドル様の声だったのね?よかった、目が覚めたのね」 「いぃっ?!」 入ってきたのは、さっきオレが会ったばかりの若いリリア……で、こっちがリリアだとすると、今、ここにいるこのリリア似のオバさんは誰っ?! 「今、目覚めたとこさ、リリア。しかし、この子が本当にあの魔物を倒したのかい? なんだか、さっきから落ち着きなく驚いてばっかりいるけどねえ」 おかしそうにオバさんが笑うと、リリアは大袈裟に首をふった。 「やだわ、お母さんったら! 言ったでしょ、アドル様はわたしの命の恩人だって。それなのに彼をからかうなんて、いけないわ」 「…お…かあ……さん? じゃ、この人は……リリアのお袋さんなのか?」 「そうよ、わたしの母。バノアって言うの」 リリアにそう言われ、オレは心の底からホッとする。 「いくら呼んでも目を覚まさなかったから、村の人に頼んで、アドル様を家に運んでもらったの。もう、大丈夫?」 ……うっ、ニセ勇者として華々しく村に凱旋するはずが、なんちゅーみっともない第一印象だっ。 「そ、そぉ……もう、大丈夫だよ」 なんとなく、答える声が虚ろになってしまうぞ。 「そうかい、それじゃあテーブルについて、ご飯を食べておくれ。他にお礼はできないけど、料理だけには自信があるからね」 そう言ってリリアのお袋さんが持ってきたのは、両手でやっと持ち上がる程のバカデカい大鍋だったりして。そして、そこから深々としたお椀に、なみなみと溢れんばかりのシチューをもってくれた。 「さあ、召し上がれ! 美味しいよ、あたしの自慢料理だからね」 「まあ、母さんったら。そんな風に言ったら、アドル様だって困るじゃない」 いかにも仲良さげにやりあう親子に、オレはなんとなく見とれてしまう。そんなやりとりさえ、ほんのちょっぴり、羨ましく見える。 「ただの田舎料理なんて、勇者様には珍しくないわよ、ねえ?」 「ん、そんなことないよ。これ、すっごく美味しいよ」 お世辞じゃなくて、そのシチューは本当にうまかった。 きっと、これが孤児のオレが一度も食べたことのない『お袋の味』って奴なんだろうな……。 「あ、お水なかったわね。わたし、水を汲んでくるわ」 細々とよく気の回るリリアが立ち上がると、お袋さんは優しく、気をつけるんだよ、と声をかける。 シチューもお代わりまで食べ終わると、もうすることがない。 でも、いくら見てもこの家には金目の物のかけらすら見えない。粗末な、でもこざっぱりとした部屋は、すみずみまでリリアのお袋さんの愛情が行き届いている感じだ。 どんな家でもそうだが、よく注意してみれば子供がいるとか、年寄りがいるとか、まぁ、家族構成がだいたい分かるものだ。 「どうしたんだい、あんた? さっきからキョロキョロして?」 オバさんに不意に声をかけられ、オレはどきっとした。別にやましいことをしてたんじゃないのに、物色中に声をかけられるのって心臓に悪いっ。 「あっ、いや、その……リリアって母親似だなぁって思ってただけですよ、あははっ。いやぁ、最初は姉妹かと思いましたね」 とっさに言ったお世辞に、オバさんはちょっと目を見開き、ぷっと吹き出した。 「いやだ、こんなオバちゃんをつかまえて何を言ってるのさ? まあ、わたしもリリアを産む前までは、あの娘そっくりでスラッと痩せてたもんだけどね」 「……ってことは、リリアもいつかは……?」 つい、オバさんのたっぷりと肉のついた腕や腰を見てしまうと、オバさんは深々とうなずいた。 「そうだねえ、あの子もあたしに似て甘い物が好きだから、そうなるかもね」 くらくらっ! 「――でも、あの子にはもしかすると、そんな心配はいらないかもしれないね……かわいそうな子だよ」 そう呟いたオバさんの目元に、涙が滲んでいるのをオレは見逃さなかった。 「……それ、どういう意味ですか?」 なんとなく嫌な予感がして、オレは急に口が重たくなったオバさんに対して、しゃんと背筋を伸ばしてみせた。 「良ければ話してくれませんか? オレ……いや、ぼくにも何か力になれるかもしれませんし。
アドルのふりをして宿屋に泊まり込んでいた時、相談を持ちかけに来たくせに、口の重い連中にこう言ってやると、十中八九、口を開いたもんだ。 「……実はね、あの子……リリアはもう、長くはないんだよ……」 聞いた話が意外すぎて、オレはとっさに何も言えなかった。 「生まれつきの病気でね……医者は長くて後半年、短かったら……いつ、逝くか分からないと言ったよ。あの子……父親に似たのかねえ……あの人も若い時に死んでしまったから……」 まさかこんなヘビィな話を聞かされるとは思いもしなかっただけに、オレはしばらく口も聞けなかった。 リリア――あのしっかりとした少女が、あんなに生き生きとした元気な娘が、後たった半年の命だって? 「何かの間違いじゃ……」 言いかけた、ありきたりの慰めや問い掛けの言葉は途中で立ち消えた。そんな軽い言葉を言ったところで、何の意味もない。 ……ということは、つまり、リリアの余命が残り少ないという話も、本当のこと、なのか……? か弱い女の子なのに、彼女は危険な場所に来るのなら私が相応しいと言っていたし、クレイスに殺されかけた時もすんなりと諦めようとしていた。 自分の残り寿命が少ないと知っているからこそ、自分の命に拘らない姿勢……そう考えれば彼女のあの潔さも頷ける。 「そんなのって……っ」 自分でも思いがけないぐらいのショックを受け、オレは驚いていた。 客として顔を合わせた相手が、いつの間にか亡くなったという噂を聞く……そんなのはそう珍しいことでもない。まあ、確かにいい気分がする話ではないが、オレはそんなものかといつだって割り切っていた。 人というのは死ぬものだし、他人の死なんて、自分には関係がない。そう思っていたはずなのに、リリアの死だけはとてもそんな風には思えなかった。 「な……っ、なにか、リリアを助ける方法はないんですか?!」 思わず聞き返した声は、自分で思っていたよりもずっと熱の籠ったものになっていた。
おばさんの話によると、リリアの病気には特効薬が存在するらしい。だが、その特効薬の作り方を知っているのはイースの国でもただ一人、フレア・ラルという男だけだそうだ。 しかも、その男ときたら、廃坑に薬の材料をとりに行ったっきり、行方不明になっていると言う。 (それじゃあ……もう、絶望じゃねえか!) リリアは結局助からないのか――そう諦め掛かったオレの胸の中で、強く響く声が聞こえた。 『何言ってるんだよ、まだ、諦めるには早いよ!』 それは、紛れもなくあの『ヒロユキ』と名乗った奴の声だった。 《続く》
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