Act.5 ヒロユキと言う奴

 

『ユーロ、君、なんでいきなり諦めるんだよ?! そんなのってあんまりだよ、あのリリアって女の子を、助けたくはないのかい?!』

 いきなり、頭の中にガンガンと響く声にオレは軽い目眩を感じた。や、やかましいな、これって。
 どこができるだけオレの邪魔をしないようにするだ、いきなり邪魔をしまくりじゃねえか!


(う、うるさいな、おまえ、ちょっと黙ってろよ!)


 そう強く思った途端、もっとうるさい声が中から響き渡る。

『だって、黙ってなんかいられないよ! 助ける方法があるんだし、それができる人もいるんだろ、なら探せばいいだけじゃないか!』

 などと、奴は気楽に言ってのけるが、オレから見ればそんなの論外だ。
 大体、行方不明でどこにいるかも分からない相手をどうやって探せばいいんだよ?
 そう思っただけなのに、ヒロユキは強く言い返してきた。

『見つからないなら、探せばいいよ。だって、廃坑っていう手掛かりはあるんだろ? なら、行けばなんとかなるって』

(ええいっ、気楽なこと言うなよっ?! 廃坑なんて場所はなー、化け物だの盗賊だのが出るって相場が決まっているんだよ、そんな物騒な場所にノコノコと行けるわけがあるかぁーっ?!)

 自慢じゃないがこのユーロ、危険は避けて歩く主義だ。わざわざ自分から危険な場所に、しかもなんの報酬もないのに行くだなんて馬鹿な真似なんて、する気もない。
 だが、ヒロユキは意外と頑固な上に強引だった。

『大丈夫だって、化け物退治ならぼくが引き受けるよ。
 さっき助けた女の子が、みすみす死んでいくのなんか見過ごせないよ。それに、アドルだってここにいれば同じことを言うに決まっている』

 強い確信を持って堂々と言い切るヒロユキに、ふと苛立ちを感じたのはその時だった。苛立ちというより、先を越された悔しさと言った方が正しいのかもしれない。
 

 リリアにはオレの方が先に出会ったし、いいなと思って目をつけたのもオレの方だ。なのに、ごく当たり前の様に彼女を助けようとしているのはヒロユキだなんて、癪に障る。
 目をつけていたとびっきりのご馳走を横取りされるのを指をくわえて見ているほど、このユーロ様はお人好しじゃないぜ!
 そうさ、大体よく考えてみれば、今のオレはオレだけじゃない。

 ヒロユキっていう、化け物退治専門オプションつきの偽勇者様だ。ヒロユキやアドルの名前を上手く利用すれば、女の子の一人や二人、助けるのなんて軽いものだ!

(お、おーし、そこまで言うのなら、おまえ、絶対協力しろよ?! いいな、必ずだからな!)

 と、心の中で念を押していると、バノアが心配そうに声を掛けてきた。

「ちょっと、あんた、大丈夫かい、急に黙り込んで百面相なんかしちゃって……。あの娘のことをそこまで気にやまなくっても、いいんだよ?」

 ……どうやら、声には出さなかったオレとヒロユキの会話は聞こえなかったらしいが、会話に合わせて表情が変化するのはバッチリと見られていたらしい。
 心の中のあいつと会話をする時には、それなりに気をつけなきゃいけないなと思いつつも、オレはできるだけ利口そうな顔を取り繕った。

「い、いいえっ、おばさん、任せてください! オレが絶対にフレア・ラルを探して見せますから!」

「え……、だって、どこにいるかも分からないし、第一危険だよ?!」

「大丈夫ですよ、こう見えてもオレは勇者なんですから!」

 はっきり言って探す当てもなければ自信もないんだが、困った時にはとりあえずハッタリをかましておくのがオレの主義。
 その言葉だけならまだしも、アドル=クリスティンの名が効いたのか、バノアはまるで拝む様にオレを見つめる。

「……ありがとうよ。じゃあ、お願いさせてもらってもいいのかねえ。フレア・ラルさんを見つけたら、この手紙を渡しておくれ」

 そう言いながらバノアが渡したのは、しっかりと封をした一通の手紙だった。上質で、なおかつ防水機能のついた封筒に入れられた手紙は、おそらくずっと前から用意してあったもんだろう。

 諦めている様なことを言いつつ、それでも娘のための手紙を用意し、常に身近に持っている……そんなところが親心ってものなのだろうか。孤児のオレにはよく分からないけど。 実際以上に重く感じる手紙を受け取りながら、オレはしっかりと頷いた。

「はい、アドル=クリスティンの名にかけてお約束します」

 ま、オレだけならお手上げだけどヒロユキにも手伝わせるんだし、なんとかなるだろう。そう思いながらオレは懐に手紙をしまい込んだ。

 

 


 その夜は、ちょっとしたパーティが開かれた。
 村人達が総出で開いてくれたパーティは、はっきりいって細やかなものではあったし、エストリアの宿屋で受けた歓迎とは比べ物にならないしょぼさだったけど、悪い気はしなかった。

 オレを歓迎してか、リリアが走り回る様にいろいろと食事を運んでくれるのが嬉しかったから。
 いつものオレなら、ここぞとばかりにタダ酒を飲みまくり食い溜めしておくところだが、今回ばかりはそればかりに気を取られるわけにはいかないぜ。

 とにかく、今はリリアの薬を手に入れるのを優先しときたいもんな。一番近くにある廃坑の情報とかも仕入れつつ、オレは控え目に飲んで、適当に食って、そして翌朝はその疲れのせいで遅い朝を迎えた。

 しかし、村人ってのはタフというか、暇人というか、勇者が旅立つと聞いてほぼ村人全員総出で見送りにきていやがった!
 まあ、田舎の村ってのは暇人が多いから分からないでもないが、ほとんどお祭り並の盛り上がりだっつーの。

「頑張ってください、アドル様!」

「お気をつけて、ご武運を祈っております!」

 罵倒されながら追われるように旅だったり、こっそり旅立つのは珍しくもないが、声援に見送られながら旅立つのなんて、初めてだ。
 悪い気はしないもんだなぁ……なんて思いながらテクテクと歩いていたオレは、村から少し外れた所まで来て、思わず顔をしかめてしまった。

 こちらをじっと見つめている、道からちょっと外れた所に並んで立ってる三人組の男。 一見、オレを見送ってくれた善良な村人と大差がない様に見えるが、残念なことに彼らの醸し出している雰囲気はオレにとっては馴染みのものだった。
 どう見ても、その三人と来たら善良な村人とは程遠い。

 見るからに厳つい防具やらこれみよがしな武器を腰に下げ、ハッタリの効いたヘアスタイルは、いきがっているチンピラにしか見えない。
 そして、オレに注目している視線も見慣れたものだ。

 脅しているとも、あるいは友好的に見せかけているともつかないニヤニヤと嫌な笑いを浮かべ、値踏むように人を見る目……自分の縄張りに入ってきたよそ者に対して、チンピラが常に向ける視線だ。

 イースってのは楽園かと思っていたが、結局この手の出来損ないや落ち零れはどこにでもいるみたいだ。
 こんな奴等に関わったら、ややこしいことになるのは目に見えている。オレはなるべく目を合わせない様にして、連中の前を通り過ぎようとした。

 だが、長髪を不自然な金髪に染めたヒョロッとした男が、ゆっくりとオレの前に立ちふさがった。

「おいおい、兄ちゃんよォ、挨拶も無しに通っていく気かよォ」

「生憎だが、ボクはキミ達に用などない。急いでいるので失敬ッ……いててっ?!」

 ううっ、勇者っぽく聞こえる様にとちょっとばかり気取った言葉を使おうとしたら、慣れてないせいか舌を噛んじまった。うわっ、我ながらドン臭っ。

「おやおや、正義の味方とやらもお里が知れる様だな」

 ブクブクと太った巨漢の男が、嘲笑う。

「別に無理に『勇者』しなくても、ネタは割れているんだぜ。勇者がこんなモン、胸に彫り込んでてもいいのかよ?」

 最後にやってきた筋肉質の男は、そう言いながらオレの襟首を掴み、胸元を広げさせる。 そこに現れたのは、手の平ぐらいのサイズの魔法陣だ。

「へ、やっぱりな。チラッと見た時から変だと思っていたけどよ、入れ墨を彫り込んだ勇者なんて聞いたことがないぜ」

「そうだよなぁ、だいたい天から降ってきた勇者だなんて、調子の良すぎる話だと思ったぜ」

 ここぞとばかりに男達が調子を合わせてくるのを聞いて、オレは内心歯がみをしたい気分だった。
 こいつは入れ墨なんかじゃない。……と、思う、多分。

 だいたい、オレみたいに血が苦手でデリケートな神経の持ち主が、針をぶっさされる入れ墨なんて自分からやるわけがない! ……いや、全く自慢にならないから言わないけどよ。

 どっちにしろ、これはオレの意思で身に付けた物じゃない。少なくとも、オレが物心ついた時からずっとあるんだから。
 この魔法陣が生まれつきのものなのか、それともオレが覚えていないだけで、赤ん坊かそこらの頃に誰かに彫られたのかは分からない。

 だが、複雑な幾何学的な模様を描くこの魔法陣を偶然の痣だと主張したところで、ムダだとは分かっている。

 実際、オレ自身の目で見てでさえこの魔法陣ときたら入れ墨にしか見えないし、今まで何度も誤解された。だから、見られたくない時は服に気をつけているものの、今日は襟元をうっかり広げ過ぎたらしい。

 まあ、チンピラ連中に対しては箔が付くし、時には積極的にチラつかせることもあるが、今回ばっかりは裏目に出たようだ。

「まあ、そんな恐い面すんなよ、兄ちゃんよォ。別に、オレ達はあんたの正体をバラそうってわけじゃないんだ。
 ただよぉ……ちょっとばかり、あんたのラッキーのお裾分けしてほしいって思ってるだけだって」

「そうそう、別にあんたに損をさせようってわけじゃないぜ? ただよぉ、あの村人達に対してちょっぴりあんたから口添えしてほしいだけだって」

「簡単さ、オレ達があんたの仲間だって保証してくれりゃいいんだ。ここからだったら村にも近いし、ちょっと戻るのも楽なもんだろ? あんたが冒険する間、オレ達は村を守って留守を引き受ける……その方が、あんただって安心できるってもんだ」

 ニヤニヤしながらも妙に下手にそんなことを言ってくるチンピラ達を見て、オレはちょっと考えた。
 このまま、連中の言い分を聞いてやってもいいかもしれないな、と。

 どうせオレは元々勇者でもなんでもない、ただのインチキ武器商人にすぎない。そして、この手のチンピラはせいぜいおだててやれば、いい気になるものだ。
 連中の顔さえつぶさなければ、無用なケンカもしないですむだろう――そんな風に計算するオレに対して、思いもかけず待ったの声が掛かった。

『待った! ちょっと待ってくれよ、ユーロ、まさか君、こんな話を受けるつもりなのかい?!』

 頭の中に響く声は、またもヒロユキのものだった。

(また、おまえかよ! ちょっとは黙ってらんないのかよっ?!)

『あ、ごめん。でもさ、こいつらの言うこと聞いちゃって……本当にいいのかな?』

(いいも悪いもないだろ、だいたいこんなチンピラ相手に意地を張って、ムダなケンカなんかオレはしたくねーぞっ。
 儲けにもなんないような騒ぎなんか、オレは後免なんだよっ)

『そりゃあ、ぼくだってあんまりケンカとかは好きじゃないけどさ。でも、うかつにこんな話に乗ったせいで村に何かあったら、どうする気だよ?』

 ヒロユキのその意見を、オレは鼻で笑い飛ばそうとした。そんなのは、取り越し苦労にしか思えない。
 後先なんか考えていちゃ、チンピラ詐欺師なんてやっていられるものじゃない。

 だいたい、オレが何か言ったりやったりぐらいで村のこの先が変わったりするものか  そう言おうとした時、腕がずきんと痛んだ。
 クリントに無理やりはめられた腕輪が、一瞬熱くなる。
 そして、オレの視界は真っ白になった――。

 

 


「え……?」

 ふと気がつくと、オレはいつの間にか村の前まで戻っていた。村人全員が、総出でオレを見送ってくれた場所だ。
 真っ先に感じたのは、きな臭い匂いだった。

 やばい時に感じる空気って意味じゃなく、本物のきな臭さ……まるで、火事場にいるかのようないがらっぽい空気が辺りに漂っていた。

 そればかりではなく、派手に上がる煙も見える。嫌な予感を感じて、オレはその煙の方へと走った。
 そして――炎は、リリアの家から上がっていた。

「お母さん……っ、お母さん、返事をして!」

 耳を打つ、悲痛な叫び。
 燃え盛る家に見向きもせず、母親の死体に取り縋って泣いているのは、リリアだ。

「リリア……」

 どうしていいか分からなかったが、オレは無意識にリリアに向かって歩きだしていた。多分、彼女を慰めようと思って  だが、乱暴な手がそれを阻む。

「この野郎! こんなひどい目に遭わせておいて、今更のこのこ現れるとは!」

「なんて太い奴なんだ!」

 口々に怒鳴る村人に羽交い締めにされ、オレは身動きできなくなった。オレを抑えている男達の顔も、また、周囲で非難する目でオレを睨みつける女達の顔も、見覚えがある。 勇者アドルを手放しで歓迎してくれた村人達が、今は真っ向からオレに敵意をぶつけていた。

「ま、待ってくれっ、これは何かの誤解……」

 慌てて言い訳しようとしたオレの声を聞き付けたのか、リリアが顔を上げる。それを見て、オレはホッとした。
 彼女ならこの誤解を解いてくれる……そう思ったんだ。だが、次の瞬間、リリアの口から信じられないセリフが飛び出した。

「この人殺し! あなたがやらせたのね! あんな仲間に村を襲わせるなんて……っ。あなたなんか、信じるんじゃなかった――!!」

 それを聞いた時の衝撃を、どう表現すればいいのか、オレには分からなかった。
 罵られる。
 誤解される。

 そんなのは、慣れていると思った。そうされたって傷つくこともなく、騙される方が悪いのさと嘯き、笑い飛ばすことができると思っていた。いや、実際にそうしてきたつもりだった。

 なのに今、オレはリリアの言葉にこんなにも傷ついている。
 取り返しのつかない喪失感に、オレは抵抗の気力どころか立つ力さえも失った。村人に手を抑えられていなかったら、地べたに崩れ込んでいただろう。

 オレはただ、自分自身の手で招いてしまった災害を悔いる。あの時、あのチンピラ達の言葉にうかうかと乗らなければ、こんな結果にはならなかった……胸を締めつけるような後悔を感じたのは、生まれて初めてだった――。

 

 


『ユーロ?! ユーロ、しっかり! どうしたんだよっ?!』

 強くそう呼び掛けられて、オレはハッと正気に返った。

「え? ……あ?」

 慌てて周囲を見回すと、そこには焼け落ちた家も泣いているリリアもいない。目の前にいるのはチンピラ三人組だし、オレはさっきまでいた街道にいた。
 今のは  夢、だったのか? とてもただの夢とは思えないリアルさだったけど……。
 

「おう、どうしたんだよ、アドルさんよ。
 ぼうっとしてないで、いい加減返事を聞かせてくれよ」

「そうそう、色良い返事をさ〜」

 ニヤニヤと笑うチンピラ達……いつもオレなら、いや、ほんの一瞬前までのオレなら、奴等に合わせて調子良く頷いて見せただろう。
 だが、あの夢を見た後ではとてもそうはできなかった。

「……断る!」

 考えるより早く、オレはそう叫んでいた。
 途端にチンピラ達が気色ばむ。

「……へえ、同業者の癖に、いい子ちゃんぶるってわけかい? 入れ墨なんか彫り込んでいる、はぐれ者のくせによ」

「入れ墨なんかじゃねえよ、これは生まれつきなんだ!」

 カッとなった瞬間に、つい本音を言い返してしまう。だが、チンピラ達は最初っから信じようともしなかった。

「ふーん、こいつがねえ? ずいぶんと都合のいい形の痣だな」

「そ、そうだ、これが勇者の証しだ! 聖痣って奴だ!!」

 口から出任せもいいところだが、オレはハッタリをかましてみる。だが、今までもそうだった様に、オレの言葉なんかを信じる奴はいなかった。

「ま、いいさ。そうおっしゃるなら、そういうことにしといてもよ。
 だが、同業者同士の挨拶もできねえ奴がどんな目に遭うか……覚悟はできているんだろうな?」

 一番体格のいい男が、指を鳴らしながら一歩踏み出してくる。
 やばいと思った瞬間、オレの身体が勝手に動き、口が思ってもみない言葉を吐く。

「ふぅん。なら、実力で示すってのは、どうかな?
 寸止めの模擬試合でも試してみるかい?」

 まったく無駄のない動きですらりと剣を抜き身構える仕草は、自分で言うのも何だが様になっていた。
 ずっと前に、訓練を受けた兵士とチンピラの戦いってのを見たことがあるけど、それと同じ感覚だ。

 きちんと訓練を受けた兵士ってのは、やっぱり違うらしい。兵士が剣を振る動きには無駄がなく、ただ剣をぶんまわすしかできないチンピラを簡単に圧倒した。
 オレと同じ感想を、チンピラ達が抱いたのは間違いない。そして、やばいと感じたら即逃げに転じるのはチンピラ特有の本能だ。

「おっ、覚えてろよっ」

 などと工夫も芸もない捨て台詞と共に、彼らはそそくさと去っていく。
 そのチンピラの姿が見えなくなった頃、さっき身体をいきなり乗っ取っられたと同じ早さで、急に身体の自由が戻ってきた。

『勝手なことして、ごめん。邪魔しないはずだったのに……でも、黙ってみてられなかったからさ』

 脳裏に響くしょんぼりとした声は、ヒロユキの物だ。
 その律義さに、オレは内心苦笑してしまう。
 なんて言うか、段々とこいつのことが分かってきた気がする。

 いいカモだとばかり思っていたけど、ヒロユキって奴はお節介でお人好しで、ついでに他人のピンチには手も口も出さずにはいられない性質の奴らしい。

「ま、契約違反もいいとこだったな。でも、邪魔されたおかげで助かったぜ」

 オレは手にした剣をおっかなびっくり鞘に収め直しながら、聞いてみた。

「なあ、ヒロユキ。さっきの白昼夢……おまえも見たのか?」

『え? なんのこと?』

 きょとんとした声が戻ってくる。演技でもなく、全く心当たりがなさそうな感じだ。オレはてっきり、あの夢を見たのはヒロユキのせいかと思っていたのだが。

 一応説明をしてみたが、ヒロユキはそんな夢自体見ていないと言い切った。
 ヒロユキもオレと一緒にあの夢を見たか、それとも奴がオレにあの夢を見させたのか……そう思っていたのに、違うらしい。

「ふーん。おまえじゃないんだとしたら、この腕輪のせいか?」

 首を捻りながら、オレはぴったりとはまって抜けない腕輪に触れる。
 これは、ヒロユキを呼び寄せるための腕輪かと思っていたのだが、他にもまだ不思議な力があるのかもしれない。
 ……まあ、残念なことに儲けに繋がりそうもない力だけど。

『さあ? ぼくには分からないけど、ユーロの力ってことはないの?』

「オレぇ? まさか、オレなんかにそんなご大層な力があるわけねえだろ」

 そこは自信を持って言い切れる。だが、ヒロユキは大真面目に返してきた。

『だって、生まれつきそんな不思議な痣があるなら、そんな力があったっておかしくないじゃないか』

「………………………」

 オレは思わず、絶句してしまった。
 今まで、この魔法陣を見た奴は、十人中十人が入れ墨だと思い込んだ。オレが生まれつきの物だと言っても、それを信じてくれた奴なんていなかった。

 こんな風に、無条件にオレの言葉を信じてくれる奴なんて  初めてだった。
 なんか……なんか、悪くないものだな、これって。

『ユーロ? どうかしたの?』

「あ、いや、なんでもないぜ。それより、そろそろ行こうか」

 照れくさい気分をごまかすため、オレはわざと勢いをつけて廃坑に向かって歩きだした――。

                                                        《続く》

 

6に続く→ 
4に戻る
目次に戻る
小説道場に戻る

inserted by FC2 system