Act.6 廃坑のオルハロス |
山道をたっぷりと半日程は歩いた頃だろうか。やっと、目的地であるムーンドリアの廃坑についた。 廃墟と言うだけあって、まあ呆れる程殺風景だ。崩れたレンガ造りの建物以外、めぼしい物なんてな〜んにもありゃしねえ。 「やあ、おじさん。ラスティーニの廃坑ってえのはココかい?」 「なんだ、お前は? ここは立ち入り禁止だぞ」 皺だらけの顔をますますしかめ、ギロリと眼光の鋭い目でオレを睨みつけてくる。刺々しいその態度にムッときたものの、オレはできるだけ愛想良く声を掛ける。 「オレはこの中に入って、フレア・ラルってぇ人を探さなきゃなんないんだ。急いでんだからすぐ開けて欲しいんだけどな」 「ダメだ! 中に入りたかったら、村の長老に許可証をもらってこい!」 そう言う頑固ジジイのあげた村は、ちょうど今朝、オレが出発したリリアのあの村だった。 「なんだよ、オレ、その村から来たんだって。長老さんだって、オレを歓迎して送りだしてくれたんだぜ?」 正直に言うのなら、オレは長老には会った覚えがないんだが、あの村中総出での宴会での宴会を、長老が全く知らないわけもないだろう。なのに邪魔を一切しなかったということは、賛成していたってことだろう、うん。 『……それって、ちょっと都合よすぎる理屈じゃないかな?』 頭の奥でヒロユキがボソッと突っ込むのに、オレもこっそりと頭の中でだけで言い返す。
だが、頑固ジジイはどこまでも頑固だった。 「ワシはそんな話は聞いておらんぞ! どうしても中に入りたいのなら、許可証をもらってこい!」 怒鳴るなり、頑固ジジイは手にした竹竿を負って身構える。 (なぁ、おまえちょっとこのジジイをぶっ飛ばして、通すように脅せないか?) ヒロユキの剣の腕ならそんなの楽勝だと思ったんだが、猛烈な勢いで反対された。 『できるわけないだろっ、そんなの! だいたい、いくらなんでもお年寄りに乱暴なことはダメだってば?!』 (なんだよ、さっきチンピラにはやったくせに) 『そりゃ、あれぐらい頑丈そうな人ならいいけど、もしお年寄りに怪我とかさせたら寝覚めが悪いじゃないか。 ヒロユキはそう言うが、オレは乗り気にはならなかった。だって、そんなの二度手間で面倒くさい上に、すっげえ格好悪いじゃないか。 そんなわけでオレは引き下がるふりをして、物陰でこっそりを頑固ジジイがいなくなるのを待つことにした。 ……しかし、あの頑固ジジイときたらずいぶん待っているというのに、一行に動く気配を見せやしない。 『そんなに、うまくいくのかなぁ』 (いくって! あのジジイが、5分ぐらいどこかに行ってくれりゃ、なんとかできるんだけどよ) 『5分、ねえ。じゃ、試してみるかい? ちょっと身体を貸してくれよ、ユーロ』 (いいけど、何する気だよ?) オレが了承した途端、意識が一瞬で入れ替わる。その辺に落ちていた石ころを数個拾ったヒロユキは、それを続け様に高く放り投げた。 ジジイの死角をつく角度で投げられた石は、遠くの茂みに立て続けに落ちる。ガサガサッと連続して茂みが揺れる音は、まるでそこの茂みに誰かが潜んでいるように聞こえた。 途端に頑固ジジイは物音の正体を確かめようと、その茂みに向かう。それを確認してから、ヒロユキは廃坑の入り口へと走り寄った。 (いいぞっ、ヒロユキッ! その調子だっ) 『って、入り口に鍵がかかっているんじゃ、どうしようもないよ!』 (あ、それなら問題ないって。身体、返してくれよ) 今度はオレが、ヒロユキから身体の操縦権を取り戻す番だった。心の奥の小部屋から現実に戻るのは少しばかりの目まいを伴うが、オレは首を振ってそれをふり払い、腰につけている小袋に手をやった。 いつ逃げ出してもおかしくない生活を送っている関係上、オレは貴重品やら生活必需品はいつもこの袋に入れている。そのおかげで、今回みたいな突発的に移動して来た時も、オレは大事な商売道具をなくさずにすんだ。 中に入っていた針金を取り出し、オレは鍵穴に当てて探りをかける。 幸いにも、大きさの割にはたいして難しくもない鍵はあっさりと開いた。 『ドロボーみたいなこと、できるんだね』 呆れているとも、本気で感心しているともつかない口調で言うヒロユキに、オレは今度は口を使って言い返した。 「そりゃ、時々は副業でやるし……って、何言わせるんだよ?! それより、この先、どこに進めばいいんだよ?」
もしかしてヒロユキなら、何か分かるんじゃないだろうか そんなオレの淡い期待はあっさりと崩された。 『そんなの、ぼくに分かるわけないよ』 「あー、そうですかい。じゃ、適当に行ってみるか」 当てなんて、全くありはしないんだ。オレは適当な道を選んで進みだした。しかし、廃坑っていうのはどうしてこう、似たり寄ったりの感じがするのかね。 下から地熱が伝わってくるのか、やけに暑く感じだすようになってきた。 「誰かにかっぱらわれたのかねえ。……ん?」 足下を見てみると、何か字の書いてある石盤が落ちていた。半ば薄れかけていたが、妙に風変わりな見慣れぬ形の文体は、明らかに古代のものだ。 しかし、古すぎてさっぱりと読めやしない。なんせ学校も行かなかったオレは、普通の字を読むのだってつっかかるんだもんな。 「ヒロユキ、これが何だか分かるか?」 ものは試しと聞いてみると、心の奥から脳天気な声が戻ってくる。 『ぼく、この世界の文字は読めないよ』 「あー、そうかよ。おまえって、戦い以外はホントにフツーなんだな〜」 ちょっと文句を言いたい気分になったが、オレはとりあえずそれ以上突っ込むのはやめた。 とりあえず背中のナップに入れて、オレは再び歩きだした。 あるのは岩壁ばかりで、鼠一匹出てこなかった。挙げ句、行き止まりに辿り着いてしまったとあっては、舌打ちせずにはいられない。 「『この取っ手を引け』?」 岩壁に白のペイントで乱暴に書かれた落書きを見て、ヒロユキが呟く。 『これって、罠? ……すっげー、あからさまだけど って、ユーロっ、君、なにやってんだよっ?!』 焦るヒロユキをよそに、オレは目の前の取っ手をキュッと引いた。いい加減、狭苦しくって刺激のない坑道にうんざりしていたオレは、ちょっとやけくそになっていたんだ。 「よーく来たなァ! オルハロス様の相手をしようという命知らずは、どこだァ! これでオレの退屈の虫もおさまるぞォ……!」 響き渡る声の重々しさや尊大さとは裏腹に、現れたのはオレの半分ぐらいの背丈しかないチンチクリンな鎧武者だった。 ただし普通とちょっと違うところは、なぜか盾に醜い顔がへばりついていて、そいつがペラペラ喋っていることだ。 「なんだ、久しぶりの客人かと思ったら、こんなチンケ小僧か。……がっかりだのォ」 「あっそ。そんなにがっかりしたんなら、帰っていいね。じゃ」 こんなチビに小僧とバカにされ、ムッとしたオレはそのまま踵を返して引き返そうとした。 「待て待て待て待てッ?! そりゃないぞっ、戦っていかんかい――っ!!」 慌ててオレに詰め寄ってきたオルハロスは、急に目を輝かせた。 「お?! おまえ、神界の石盤を持ちし者か! ならば、話は早い、おまえに力を授けてやるぞ!」 「へ? なんか、くれるのかよ?」 思わず、オレはその話に飛びついていた。目茶苦茶怪しい話とはいえ、何かをもらえるチャンスを逃す程オレは無欲じゃない。 『えーっ、ちょ、ちょっと待った方がいいんじゃないのっ?! なんか変だよ!!』 心の奥でヒロユキが騒ぐが、そんなのは無視だ! 「なんだ、おまえ、石盤を読まなかったのか? 『石盤を手にし者よ、試練を超えよ。 「あー、はいはい、そういやそうだったっけ」 などと、オレは適当に頷きながら、改めてオルハロスとやらを見返した。 大きさも、あの神像が安置されるべき場所にちょうどいいぐらいの大きさ……この石像に触れれば、『力』とか手に入るんだろうか? 「おまえは運がいいぞ! 普通なら、試練を超えぬ者に力などはやらぬのだが、今回は特別だ! さあ、神像に触れよ――」 喋る盾をスッと脇に避け、鎧の石像が自分からも手を差し伸べる。その手に軽く触れた途端、身体がカッと熱くなった。 「うっ、うわっ?!」 『大丈夫、ユーロ?!』 「あ、ああ、へーき……だと、思うけどよ」 熱さは一瞬であり、後に引くものではなかった。だが、力が手に入ったかどうか分からず、オレは首を捻る。 ひょっとして騙されたのかと疑った時、盾についた変な顔は満足そうに大声で笑いだした。 「ほう、ほう、これはこれは! 見掛けによらないとはこのことだな、そんな剣士の格好をしておきながらおまえの本質は魔法使いか! 面白い、ならば魔法を見せてみろ!」 「ま、魔法?」 「おうともよ! その手を延ばし、念じればいい。今のお前ならば、魔法が使える!!」 自信満々に言い切るオルハロスに釣られる様に、オレは片手を伸ばしてみた。すると その手から、わずかだけど炎が踊りだす。 「え、ええーーっ?!」 まさか、自分に魔法が使えるだなんて思ってもみなかっただけに驚くオレを、オルハロスは声を立てて笑った。 「ふははっ、なにを驚いている? 神像に触れたものは、本来なら修行なくしては引き出せぬ自分の中の資質を開放する事が出来る。 怒鳴りながら飛び掛かってくるオルハロスに対して、オレは必死に両手をかざした。その途端、さっきとは比べ物にならない炎が渦を撒いて彼を襲う。 「うー、なかなかいい火加減だな! だが、それで全力か?」 火に炙られた盾の顔が、ニヤリと笑う。 「さあ、どうした、どうしたァ? それで終わりか? オレに勝てないとあれば、その力、与える訳にはいかないな。 「な、なんだってーっ?! そんなの、詐欺もいいとこだーっ!!」 思わず、オレは叫んでいた。 大体、力と試練がセットの抱き合わせ商品んだなんて、聞いてないぞっ。危険を冒してまで無理をするぐらいなら、オレってば最初から諦めるタイプだと言うのにっ! ついさっきまでは炎の魔法が使えるなんて『オレ、すげーっ』って気分だったが、今となっては焦りの方が強い。だいたい良く考えたら、石像や盾が火に弱いわけないじゃないかよーっ!! 「う、うわぁっ、ヒロユキ、なんとかしてくれーっ!」 思わず助けを求めた瞬間、意識が入れ替わる。その途端、手の炎がフッと消え、オレの身体は達人の動きを手に入れる。 ヒロユキは剣を抜き放って跳躍し、奴の頭に一撃を食らわせたんだ。兜をかぶった頭が首から折れ、いともあっさりと頭部が吹き飛ばされる。 「馬鹿め、オレの頭はそんな所にはないぞォ! ほれ、盾を攻撃せんか!」 じ、自分から弱点を教えるなんて、変な奴! ……というか、罠なんだろうかと一瞬考えたものの、ヒロユキはオレが考えていた以上に素直な奴だった。 「ウォッ、こいつめ! いいぞ、もっと攻撃しろ、そしてオレを倒せっ!!」 むしろ、ヒロユキの攻撃を喜んでいるかの様に喜々とした声を上げている。そして、ついに何度目かの攻撃が奴の盾を叩き割った。 「見事だ。よくやったぞ……」 石像の手から、カランと盾が落ちる。それと同時に、石像は動かなくなってしまった。だが、割れた盾に刻まれた顔は、まだ口を動かすだけの力はあった。 「オレは……いつまでもこの坑道にいるのに飽きてしまったのだ。これで……ようやく、安心して眠ることができるわい……」 その呟きと共に閉じられた目は、もう二度と開くことはなかった――。
『うん。でも、ちょっとかわいそうだったね。なんか、憎めない感じだったし』 「……そうだよな」 ヒロユキとそんな会話を交わしながら、オレはとりあえず石像の首を簡単にだが直してやる。そして、そのすぐ側に壊れた盾を置いた。 最初からこの姿であの祭壇の上に会ったのなら、オレだってこの神像に敬意や恐れを感じ、触れようとしなかっただろう。 そうしたらこの魔法の力も手に入らなかった訳だし、考えてみればオルハロスには感謝してもいいのかもしれない。
|