Act.7 イースの本に導かれし者

 

「くそーっ、全くここの坑道ときたらどうなってるんだよ?! あー、もうムカつくぜっ」


 坑道の道はやたらと単調で、その癖ひたすらややこしかった。似た様な十字路が何度となく繰り返されるせいで、現在地さえ分からなくなってしまう。
 同じ場所を何度も繰り返してくるくる回っていたり、あるいは逆戻りしてしまったりと、ちっとも進みはしない。

 おまけに、ヒロユキの奴もマッピングという分野に関してはオレとどっこいっらしい。……ほんっと、肝心なところで頼りにならない奴め。
 しかたがなく延々と歩いているものの、いい加減にくたびれてきた。

『平気? あんまり辛いようなら、ぼくが代わりに歩こうか』

 ヒロユキの申し出に正直ものすごく心動かされたが、オレはぐっと我慢した。

「いや、いいよ。もう少し粘ってみらぁ」

 身体を貸した後になってから初めて分かったが、どうやら意識を譲り渡すってことはオレが最初に思っていた程便利なわけじゃないらしい。
 確かに、ヒロユキはオレよりもずっと運動神経がいいらしく、戦いもうまい。

 だが、動かしているのはあくまでオレの身体だ。それをヒロユキが無理に動かすともなると、やっぱり無理が生じる。最初の時に気絶したのもそうだけど、後になってから筋肉痛が発生したりもするんだ、これが。

 確かにヒロユキに代わってもらえれば今は楽出来るが、その代償として、自分で歩いた疲労感以上の筋肉痛を後で背負い込むことになりかねない。
 そう考えれば、多少疲れても自分のペースで歩いた方がまだマシだ。
 そう思ってテクテクと歩いていたら、何か変な音が聞こえだした。

「……なんか、聞こえないか?」

『ん? あ、ホントだ。なんだろ、あんまり聞いたことない音だね』

 ぶよん……ぶよん……。
 進むにつれ、妙な音が大きくなっていく。それにつれて、オレの不安も膨らむ一方だった。

「やだなァ、まさかモンスターじゃねえだろうな?」

『んー、ぼくにはよく分からないけど、そうかもね。変な音だし』

「冗談じゃねえ、引き返すぞ!」

 いくらヒロユキというボディーガードがいたとしても、わざわざ好きこのんで戦いたくなんかない!
 だが、オレの決意はちょっとばかり遅かった。道を戻ろうとした瞬間、暗がりの向こうからヒルの様なナメクジの巨大な化け物が現れた。

 いや、ヒルとか生易しいモンじゃねえ!
 背中の辺りに刺を背びれの様にいっぱいはやし、腹の方から出ている数十本の足をワサワサ動かして這ってくる姿は、グロテスクで見られたものじゃない。
 あまりの不気味さに、オレはそのまま硬直してしまった。

『ユーロ、何してるんだよっ、逃げるか戦うかしなきゃ!』

 ヒロユキに叱咤されなかったら、オレはそのまま化け物が襲ってくるまで動かないままだったかもしれない。
 だが、急かされてハッとなり、オレは慌てて逃げ出そうとした。幸いなことに、ヒルの化け物は足が多いのが災いしてか足は意外と遅い。

 全力疾走すれば十分振り切れる!
 だが、それに待ったをかけたのはヒロユキだった。

『待った、ユーロ! あっち、えっと左手の方向に扉がある!』

 ちらっとそっちに目をやったら、確かにそこには扉っぽいものが見えた。厳重に鍵がかかった扉は坑道には不釣り合いで気になったが、しかし今はそれどころじゃないっ!
 だが、ヒロユキは食い下がった。

『でも、あの扉っていかにもなにかありそうじゃないか。それにぼく、前に教わったんだ。 この世界では坑道で宝が見つかった場合、坑夫達は隠し坑道を作ってそれを収め直す風習があるんだって。
 なら、あの扉の奥には何かがあるんじゃないのかな?』

 めったに聞くこともない古い習慣は、言われてからやっとうっすらと思い出せる代物だった。
 だが、きちんと記憶を振り替えると、確かにそうだ。なんでそれを異界から来たヒロユキが知っているのか疑問が沸くが、それは今差し置くにして『宝』の存在は見過ごせない。
 

 だが、あの扉を開けようと思うのなら、あの化け物をなんとかしなければとても無理だ。一度やり過ごしてからあの扉を開けてもいいが、あの先がどうなっているか分からない以上そんな危険は冒せない。

 あそこが行き止まりだとしたら、自由に闊歩出来る化け物を放置しておいて中に入るなんて、自殺行為もいいところだ。
 やっぱりここは先にあの化け物をなんとかしてから、中に入るのが得策だろう。
 素早く計算してから、オレは声を張り上げた。

「おーしっ、じゃあヒロユキ、頼む! あいつをなんとかしてくれっ」

『ぼくが? ユーロだって魔法を使えるじゃないか』

「ばっかやろう、あんなキモい化け物を前にして、オレが魔法を使えるわけないだろっ?! 今だって、心臓バクバクものなんだぞっ!」

 正直な話、逃げないでいるだけでオレには結構いっぱいいっぱいなんだ、なのにさっき覚えたばかりの魔法で化け物退治なんて、無理、無理、無理!

『仕方ないなあ、じゃあ、身体を借りるよ』

 スッと意識が交換する感覚がしたかと思うと、オレの身体が勝手に腰にさした剣を抜く。そして、ヒロユキが化け物に向かっていくのを感じて、オレは慌てて目を閉じた――。

 

 

『もうすんだよ、ユーロ』

 ヒロユキがそう言ったのは、文字通り全てが終わってからだった。
 意識が戻ると同時に、真っ先に感じるのは身体の重さだ。まるで水から上がった時の様に、今までの軽さが嘘の様に身体の重さやだるさを実感してしまう。

 できるだけ直視しないように気をつけて化け物を見やると、頭の固い部分を真っ二つに割られてピクリとも動かない化け物が見えた。


 どうやったのかは知らないけど、ヒロユキはものの見事に化け物をぶっ倒したらしい。
 他のことはともかくとして、モンスターとの戦いに関してはヒロユキはマジで凄い奴だと思う。
 この剣技だけを見るなら、こいつこそが勇者って言われても納得出来るぐらいだ。

「さて、と。まずは鍵を開けないとな」

 オレは化け物の死骸に背を向け、扉に向き直った。どこかで見たような紋章の刻まれた、大きな扉だ。
 見たところ、頑丈な鍵が掛かっているが、この手の鍵なら解除可能だ。

 だが、長い間放置されていたせいで多少錆が浮いていて、なかなかカギ穴のポイントを探れない。

 仕方がなく、鍵開けツールを擦る様に動かしながら錆を落としつつ、作業を進める。難しくはないけど、時間は掛かる作業だ。
 黙って手を動かすのも退屈なので、オレはヒロユキに話しかけてみた。

「しっかし、おまえってホント、こーゆーの手際いいよな。おまえの故郷じゃ、こういうのはフツーなのか?」

 ヒロユキは自分はアドルと同じ17歳だと、名乗った。だが、その年齢で一流の剣士の腕を身に付けるなんて、普通なら有り得ない。

 それを楽々と成し遂げるなんて、ヒロユキの来た異界はよほど殺伐とした世界なのだろうと、オレは思った。
 だが、オレの疑問は思いっきり外れていたらしい。

『はあ?
 フツーもなにも、言っとくけど、ぼくの世界には怪物なんて一匹もいないよ』

 きょとんとした声を返してくるヒロユキに、オレの方がびっくりした。

「一匹も?! えーっ、嘘だろーっ?!」

『嘘じゃないよ。ぼくの暮らしている世界は……なんて言うのかな、すごく平和なところだよ。平和過ぎて退屈なぐらいにさ。化け物も怪物もいないし、戦う必要なんてないし。 剣だってこの世界にくるまで手にしたことなかったし、魔法なんかもないよ』

 ヒロユキの語る異界は、ある意味では夢のような話だった。
 怪物がまったくいない世界なんて、オレには想像もつかない。怪物に殺される危険を全く考えもしないですむ、戦いのない平和な世界……想像しようとしてもそれは難しかった。


「へー、じゃあ、初めてこっちに来た時は驚いたんじゃねえのか? いきなり冒険に巻き込まれたんだろ」

 いきなりアドルの身代わりとしてイースに飛ばされた経験を思い出しながら、オレはほんのちょっぴりヒロユキに同情を感じる。

 チンピラをやっていて、それなりに荒っぽいことにも慣れているつもりのオレでも、化け物との対決はきつい。
 なら、生まれて初めて化け物を見たような異界の奴にはもっときついんじゃないかと思った。

『まあね。最初はすごく驚いたし、なんて物騒な世界かと思ったっけ。まさか、あんな冒険に巻き込まれるなんて、夢にも思わなかったし』

 ちょっと苦笑する様な気配が、なんとなく伝わってくる。

「ふーん。じゃ、お気の毒様だな、せっかく元の平和な世界に戻ったっていうのに、またこんな物騒な所へ呼び出されてさ」

 召喚魔法  魔法に疎いオレでさえ、その名は知っている。違う世界や場所に居る者を無理やり呼び出し、従わせる魔法のことだ。

 お膳立てをしたのは別の奴とはいえ、オレにも召喚の一端には責任があるだけにちょっとだけ気が咎める。
 だが、ヒロユキはあっけらかんとしたものだった。

『ううん、ぼくはこの世界にもう一度、来たいと思ってたからちょうど良かったよ。もう一度でいいから、会いたい人がいるしさ』

「……あっそ」

 一瞬同情したのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい脳天気で逞しい返事に、拍子抜けした気分になる。まるで、定価で楽々商品を買える相手に、値切られる前から二割引してやったような気分だ。
 なんか気抜けしたその瞬間、鍵がカチリと音を立てて開いた。

 それに気を取られたオレは、ヒロユキとの話など一気に忘れた。
 扉の先に広がっていたのは、眩い光に包まれた広い祭壇だった。5体の神像が、侵入者を睨みつけるように並んでいる。……こーゆーのって、説教でもされる様な雰囲気で、嫌な感じだ。

 だが、これほどの出来の神像は、ちょっと見たことがない。この大きさじゃとても無理だが、売り飛ばせばさぞや儲かるだろうな、などと考えながら像に近付いた時  その声は響いてきた。

『よく来た、イースの本に導かれし者よ。私は神官のジェンマ。そなたの来訪を待っておった  』

 それは、ヒロユキの声の響き方とちょっと似ていた。だが、圧倒的な威力を感じる、ジーンと身体はしびれる様な感じがする。
 オレは思わずその像から跳びずさった。

「な、なんだっ、なんだっ?!」

『……やれやれ、ずいぶんと落ち着きのない勇者候補だな。それに、どうも品がない』

 な、なんなんだよ、いきなり失礼な奴め! 一方的にそう言われて向かっ腹が立ったが、元々オレは勇者でもなんでもない。なにより、ここに来たのは偶然だ。
 だが、そう思うオレの心を読んだ様に、別の声が聞こえてきた。

『そんなことはない。私達の声が聞こえるのが何よりの証拠だ』

 そう話しかけてきたのは、別の石像だった。

『申し遅れた。私は神官のトバ』

『トバ……?! それに、ジェンマって……』

 脳裏で、驚いたようにヒロユキが呟く。何か心辺りがあるらしいが、詳しく聞こうにも神官達は勝手に話を続けてくる。どうやら、こいつらにはオレの心は読めてもヒロユキの呟きは分からないらしい。

『私達の声を聞ける者は六神官の血を引く者か、あるいはイースの本に導かれし勇者に限られている。
 勇者よ、おまえがこのイースの国にきた理由はすでに六神官の末裔から聞いておろうが……』

「いや、なーんにも」

 自慢じゃないが、そんなのさっぱりだ。思えば六神官のラーバ老からもらった腕輪が全ての元凶だけど、あのクリントとか言う小鬼は何も説明しなかったしな〜。

『まさか、忘れたと言うのではないだろうな。 まあいい、もう一度話そう』

『私は、神官タルテソ。
 700年前、魔物から逃れるために天空に飛翔したイースの国にも、地上と同じように魔物が復活した』

『私は、神官リィブ。
 奴等の首領はダーム。
 サルモン神殿を占領したこの魔王に、このままではいずれ、イースの国全体が支配されるだろう』

『私は、神官クリスティン。
 魔物は、マジックによって作られた。
 だから魔物を倒すには、マジックの力と、魔力を持つ金属クレリアの武具が必要なのだ』


 いちいちもったいぶって一人ずつ名乗りながら話す神像の言葉をぼーっと聞き流していたオレだが、聞き覚えのある名前に思わず口を出していた。

「クレリア! あの、金よりも高い上物の最高級貴金属かよ?!」

 ようやく、オレの好みの話になってきたっぽい。

『そうだ。おまえはこの坑道で試練を乗り越え、魔力の素養を開かせた。
 これからおまえは、国中に散らばったクレリアの武具を見つけ、ダームの手からこのイースの国を開放するのだ』

 ふむふむ、イースの国はともかくとしてクレリアの武具は大いに魅力的だ。なにせ、うまく手に入れたのなら大金持ちになれること、疑いなしだ。
 それだけでも、冒険に挑戦する価値がある。

「ふーん、分かったぜ、おっさん!」

『お、おっさんだと……?! ま、まあいい、私は神官のジェンマだ。全ての運命はサルモン神殿に囚われた、二人の女神によって開かれよう』

『女神だって?!』

 途端に、ヒロユキが大声で叫ぶ。うっ、不意打ちで叫ばれると、ダメージが大きいんだけど。

(静かにしろって! 今、大事な話してんだしよ!) 

 心の中でヒロユキに呼び掛けてみたが、いっこうにそれが聞こえていないのか、ヒロユキは返事もしなかった。
 その代わり、胸がざわざわするような、なんとも落ち着かない気分が込み上げてくる。不安とも、期待ともつかないこの感情は……ヒロユキのものなのか?

『どうした? 今になってから怖けづいたのか?』

「あ、いや、そんなんじゃないよ。それよりさ、聞いていいかい? あんたら、六神官のはずなのになんで5人しかいないの?」

 オレの素朴な疑問に、神像達は一斉に静まり返った。それこそ、聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかと気まずくなる程の沈黙が、しばし、落ちる。

『……いかにも、我らは六神官。死した時に記憶と魂をこの石像に封じ、未来永劫イースを見守る役目を請け負う者。
 だが、最後の神官、ファクトはここにはいない』

「いない?」

『ああ、彼に何があったか、自分の意志でここを離れたのか、それとも拠無い事情があったのかも分からない。
 だが、ファクトの魂は神像ごとここより消えた……おまえは彼を探し出し、彼からの祝福を受けなければならない』

「ええっ、なんでそんな面倒なことをっ?!」

『六神官の祝福を受けねば、おまえに勝ち目はないだろう。
 では、イースの本に導かれし勇者よ、我ら五神官の祝福を受けよ  』

 その途端、神像から発せられた強い光がオレに浴びせられる。なんだか、力が漲るような感じだ。
 その上、その光の効果はそれだけじゃなかった。
 オレの目の前で光は一点に集まり、何もない空間にいきなり木の杖が出現した。

『その杖は、魔法の使い手の力をわずかだが増幅させてくれる。おまえの使い方次第では、頼れる杖となるだろう』

「へーえ、こんな古ぼけた杖がねえ」

 なにせ、見たところこの杖ときたら相当に古い。おまけに木でできているから、値打ちもありそうに見えない。

 使い込んだホウキの柄だと言われたら、そうかもしれないと思ってしまう様なシンプルさだ。
 だが、オレがそう言った途端、神像達は一斉に怒りだした。

『『『『『愚かなことを言うなッ!』』』』』

 あちゃー、どうやら怒らせちゃったらしい。オレは慌てて杖を手に取ると、扉へと後ずさる。

「悪い、悪い、これ、ありがとなっ!
 もう、話は終わりかい? じゃあ、そろそろいくぜ、バイバイ!」

 この挨拶がまた勇者らしくないとか、無礼だとか怒られる前に、オレは手を振って神像のいる部屋からさっさと飛び出した。
                                    《続く》

 

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