Act.9 薄幸のリリア

 

 ヒロユキの力を借りて、オレは思ったよりも早く地上へと戻れた。
 入り口から零れてくる光が、やけに眩しく感じる。さすがにホッとして廃坑から出ると――そこには、あの見張りの爺さんが険しい顔をして待ち構えていた。

「やっと出てきおったか。貴様……いったい、どういうつもりなんじゃっ?! ワシの目を盗んで勝手に、しかも許可証もないのに入るとは、とんてもないことをしでかしてくれよったな!」

 いかにもカンカンに怒っていますよと言わんばかりに青筋を立て、詰め寄ってくる爺さんには異様な迫力がある。
 はっきり言っちゃえば、廃坑であった怪物なんかよりもこの爺さんの方がよっぽど怖えよっ。

 だが、こんな絶対的にピンチな状況だってえのに、いきなりオレの身体の自由が戻った。 ヒ、ヒロユキめっ。
 オレは舌打ちをしないように気をつけながら、こっそりと心の中だけに聞こえるように強く思う。

(こらっ、ヒロユキ、何勝手に入れ替わっているんだよっ?! ずるいぞっ、おまえが相手しろよっ)

『やだよ、そんなの! 怪物や運動なら引き受けるけど、こういうのは苦手だよ〜っ。
 それに、ぼくってこの世界の常識とかはあんまり知らないし、下手なことを言うとかえって怒らせちゃいそうだし……』

 まあ、それはそうだろうと、オレも認めざるを得ない。
 素直でお人好しのヒロユキは、どう考えても言い訳がうまいタイプとは思えない。おまけに異世界から来ただけに、言うことがちょっと変わっている。

 前に来たと言うだけあって物事によってオレよりも妙に詳しかったりもするんだが、少々常識外れな奴なのは間違いない。
 ただでさえオレってばにせ勇者だっていうのに、怪しまれるような真似をされちゃ困る。 仕方がない、ここはオレがなんとかして爺さんの機嫌を取るしかないだろう。

「え、えーと、なんか不都合でも?」

 とりあえず笑顔を浮かべて下手に出たつもりだったが、その態度はどうやら頑固爺さんには逆効果だったようだ。

「バカか、おまえはっ?! 扉を開けっ放しにしておいたら、モンスターが外に出ていっちまうだろうが! そんなことも分かんのか、嘆かわしい!
 まったく最近の若者と来たら、礼儀も知らない上に常識知らず、根性もなければ頭も悪いと来ている! ワシの若い頃は、こんなんじゃなかったというのに――!」

 言い訳もなにもする必要もなく、老人特有の愚痴と若い頃の自慢と説教の混ざり合った怒濤の連続コンボは、延々と1時間ばかりも続いた。
 その間、そこにしっかりと直れと言われて直立して聞いていたせいで、足がジンジンと痛む。

 だが、それでもなんとか気を納めてくれたのか、あるいは単に疲れただけなのか、説教が少なくなってきた頃を見計らって、オレは爺さんに聞いてみた。

「あ、あの、反省してますから、はい。
 ソレで一つお聞きしていんすけどね、フレア・ラルって男がここから出てきませんでしたか?」

「ん? おお、フレア・ラルならずいぶん前にここを通ったぞ。なんとか言う村の自分の店に戻るとか言っていたな」

 か、肝心なところで役に立っていない気もするが、とりあえず彼の無事を知りホッとした。
 なにせ、あの男が生きていなければリリアの薬を造れなくなっちまうんだからな。

「そうですか、ありがとさんです! じゃ、オレはその男に用があるからこの辺で!」

 そう挨拶しながら、オレはヒロユキをせっついた。

(おい、フルスピードで頼むぜ!)

『うん、任せて! 大丈夫、ぼく、部活で毎日5キロはランニングしてるから!』

 意識が反転したかと思うと、オレの身体は呆れるような早さで走り始める。来る時には苦労させられた山道をあっという間に走り抜け、オレは村に戻った。
 村に戻ると同時に意識を交換したが、その途端、ドッと疲れやら息切れやらが込み上げてくる。

 それには閉口したものの、村ののどかな様子にはなんだかとても心休まる感じがした。 あの白中夢で村の凄惨な光景を一度見たせいで、余計にそう思うのかもしれないが、なにも変わった様子のない村の平穏さを見て、まるで故郷に帰ってきたような感じさえする。――まったく、天涯孤独のユーロ様ともあろうものが、どうしたってんだろ?

 自分で自分の感傷的な気持ちに戸惑いながら、オレはフレア・ラルの店に向かった。村のかなり外れた場所に店があった。
 どうしてその店がそんな辺鄙な場所にあるのかは、すぐに分かった。

 だって……すっげー臭いなんだもんな。
 店に入るどころか、近付くだけでいろいろな薬草の混ざり合った臭いが強烈に鼻を刺激する。
 店内に足を踏み入れると、それはより一層ひどくなった。

「ひゃーッ、すげえ臭いだぜ……」

「あっ、先程はありがとう! おかげで命拾いしたよ」

 店に入った途端、フレア・ラルから声を掛けられた。フレア・ラルは着替えもしないで熱心に薬を調合していて、オレと話す間も手を休めないままだ。

「それはいいんだけどさ、ほら、セルセタの花は持ってきたぜ。リリアの薬はもうできるのかい?」

 鼻を摘みながらオレは、背負ってきた花をリュッックごと渡す。

「おやおや、鼻なんか摘んでどうしたんだい?」

「どーしたもこうしたも、この臭いじゃ……」

「まあ、すぐに慣れるって。それより、この花さえあればすぐに  ほらっ、できたぜ。お代はいらないよ、さあ、リリアに持っていってくれ」

「ホントかよっ?! ありがとよっ」

 タダと聞くと、余計にありがたく感じてしまう。
 出来上がった薬を握り締め、オレは早速リリアの家に駆けつけた。

「リリア! リリアはいるかい?! 薬を持ってきたんだよ!」

 扉を叩くのももどかしくそう言いながら飛び込んだら、中にいたのはリリアの母、パノアだった。
 前に食事をご馳走になったテーブルの前にぼんやりと座り込んでいたパノアは、オレの顔を見てもほとんど反応しなかった。

 だが、オレときたら手に入れた薬に夢中になっていたせいで、パノアの様子が変なのに気がつかなかった。

「フレア・ラルを見つけたんだ! 薬を作るためのセルセタの花も手に入れたし、ほら、もう薬もできた! リリアは、助かるんだ!」

 興奮したオレがそう話しかけると、パノアの表情が大きく変化した。だが、それはオレが期待していたような、喜びの表情じゃない。
 傷ついたかのようにサッと顔を歪め、今にも泣き出しそうにわなわなと震えだす。
 それを見て、オレはようやく不審を感じたんだ。

「……おばさん? リリアが、どうかしたのかい? まさか……っ」

 咄嗟に頭に浮かんだのは、オレが間に合わなかったのではないかという、最悪の想像だった。
 リリアの病気は、いつ、なにが起こってもおかしくはないものだと、そう言ったのは母親であるパノア自身だ。

 息を飲んで答えを待つオレの前で、パノアは幼い子供のように首を激しく横に振って泣きじゃくった。

「あの子は……っ。あの子は、怪物にさらわれちまったんだよ……! あんたがせっかく薬を取ってきてくれたって言うのに……あの子は、私のリリアは――」

「な、なんだって?!」

 あまりに予想の上を行くとんでもない事態を聞いた衝撃で、オレは呆然とするばかりだった――。

 

 

 

 嘆くパノアをなんとか宥め、ついでに集まってきてくれた近所の人からも聞いた話を総合すると、やっとなにが起こったのかが分かった。

 生け贄狩りのモンスター……リリアはそいつに誘拐されたのだと言う。元々、この近隣の村では若い娘を生け贄にするために、定期的にモンスターが現れては連れ去っていくという事件が起きていたらしい。 

 だから、みんな用心していたのだが、リリアはオレが出かけた後からずっと、村の外で一人で待っていた。
 冒険に出かけたオレがいつ帰ってきても、真っ先に迎えられるように  そう考えてくれたリリアの思いやりは、モンスターにとっては棚ぼたな幸運にしか思えなかったようだ。


 リリアが誘拐されたのは、昨日の夕方だという。
 村の入り口の方からリリアの悲鳴が聞こえ、村人が駆け付けた時にはすでに彼女の姿はなく、モンスターの足跡が残っているばかりだった、と――。

「くそ……っ、オレときたらそんなことも知らないで、呑気に廃坑で迷子になっていたのかよ……?!」

 どこにもやり場のない悔しさに、オレは拳をテーブルに叩きつけていた。

『落ち着いて、ユーロ。今、そんなことを言っても仕方がないよ。
 それより、リリアがどこに連れて行かれたのか、確かめないと! 生け贄ってことはまだチャンスはあるよ、きっと!』

(そ、そうだな、まだ……っ)

 ヒロユキの言葉で、オレは少しばかり気を取り直す。
 そうだ――生け贄は、文字通り生きたまま捧げるから意味がある。だからこそなんらかの儀式をするまでは、生かされる。

 そして、どんな儀式をやるにしても日取りってのは重要だ。魔法に関する儀式を行うとしたら、大抵は月を気にするものだ。
 満月か、もしくは新月か……どちらにせよ、まだ日はある。希望を発見して、オレは顔を上げた。

「それで、リリアはどこに連れていかれたか分かりますか?!」

「さ、さあ……なにぶん、誘拐された娘はみんな戻ってはこないし。ただ、サイモンの神殿ってとこに連れていかれるって話だぜ」

「じゃ、その神殿はどこに?!」

「ど、どこって言われても。……なぁ?」

 村人達は困ったように顔を見合わせあう。
 理屈で考えれば、そんなのを知っているなら彼らだって誘拐された娘をとっくに助けにいっているだろうし、知らなくても当然と言えば当然だ。

 だが、切羽詰まったオレはとてもそんな風に寛大に考えることもできず、地を出して叫んでいた。

「ええいっ、なんか他に知ってることはないのかよっ?! この際、何でもいいんだっ、どんなことでも構わないから、知っていることは洗いざらい吐きやがれっ!」

『ユ、ユーロ、ユーロ。それじゃ、悪人を尋問するケイサツカンみたいだよ』

 ケイサツカン、という言葉は意味不明だが、ヒロユキの突っ込みを聞いてオレはちょっとは冷静になれた。
 あー、確かに相手を責めるだけが脳じゃないな。

 尋問は、基本は飴と鞭! 一応、オレは『勇者』ってことになっているんだし、怒鳴った後は下手に出てみるか。

「あ……いや、失礼。リリアが心配で、つい」

 まんざらウソでもない言い訳を、村人は素直に受け入れてくれたらしい。突然、オレに怒鳴られてびっくりしていたはずなのに、気を悪くした様子もなくその謝罪を受け入れてくれる。
 となれば、その寛大さに付け込むまで!

「ですが、お願いです、なにか……本当になんでもいいから、思い当たることがありませんか?!
 どんな些細なことだっていいんです、村に伝わる伝承とか、単なる噂だって構いません! 少しでも手掛かりが欲しいんです!!」

 もはや藁にも縋る想いで訴えるオレを見て、村人達はしまい込んでいた噂話を引っ張りだしてきた。

「そんなのでもいいなら……村長さんの家に伝わる、杖の話でもいいのかね?」

「ええ、もちろん!」

 力強く、オレは頷いた。
 情報ってのは、とにかく集めることに意味がある。信憑性があるかどうかを見定めるのは後回しにして、とにかく情報集中をするのが先決だ。

 そして、人から話を聞きたいのなら、決して否定的な態度を見せてはいけないってのは、セオリーだぜ。

「そうか、それでもいいなら。ウソか本当かも分からない話なんだけどよ――」

 村人達の話を繋ぎ合わせ、実際に村長が持ってきてくれたその杖は、転送の杖と呼ばれるものらしい。
 古くからある魔法の杖で、転送の魔法……心に思い浮かべた場所に行けるという便利な代物らしい。

 …………………もっとも、そんな大層な品とは、とても思えないほどボロい杖だった。 正直な話、廃坑で神像にもらった杖よりもまだ一段とボロい。しかも、妙に曲がりくねった変な形をしていて、これが杖を聞かなかったらオレは到底そうとは思わなかっただろう。

 薪にするのにも苦労する、根性曲がりな枯れ枝だと思ったに違いない。
 ……うーむ、そりゃあ、なんでもいいとは言ったのはオレだけど、まさかここまでなんでもいい話を聞かされるとは思わなかったぜ。

 神妙な顔をした村長に恭しく進呈されたものの、オレはそれをどう扱っていいのか分からないまま受け取った。

「あ、ありがとう。で、この転送の杖って、使えるのかな?」

「いえ、使用方法は残念ながら伝わっておりませんから。ですが、アドル様ならきっと使えるでしょう」

 なんて言われて、キラキラと期待に満ちた目で見つめられたって、困る!
 使うもなにも、オレはこの杖のどこを持てばいいかも分からねえよっ!!

(ヒ、ヒロユキ、おまえ、なんか知らないか? この使い方とか、聞いたことないのか?!)


 心の中でこっそりとヒロユキに話を持ち掛けてみたものの、あまり期待していなかった予想通りの答えが返ってきた。

『ううん、これについてはさっぱり。言わなかったかな、ぼくの世界って魔法がない世界なんだよ。そのせいか、ぼくって魔法と相性が悪いんだよね。
 魔法があんまり利かないんだ。敵から攻撃を受ける時には便利なんだけど、自分で使う点では絶望的に不利なんだよ』

 うっ、聞かなきゃよかった!
 激しく後悔するオレだが、ヒロユキは極めて楽観的だった。

『でも、ユーロは魔法を使えるようになったんだろ。なら、試してみたらどうかな。火の魔法だって使えるんだし、その杖も使えるんじゃない?』

 とことんお気楽なその意見に、オレは決して賛成したわけじゃなかった。
 だが、周囲から一心に注がれる期待の目を前にして、『ごめんなさい、オレには無理です』なんて白状するぐらいなら、もっともらしい演技をしてごまかした方がまだマシだ!


「転送の杖、ですか。……試す価値はありますね」

 もっともらしいことを言いながら、オレは杖を手にして精神を集中させてみた。
 火の魔法を使った時と同じように、手からその先に何かを出すような感じで気合いを高める。

 それほど期待はしていなかったから、実際に杖の先が光り始めたのを見て、オレ自身が一番驚いた。

「おおっ?!」

 驚きの声を上げる村人の手前、驚いた素振りは見せられなかったけど、オレはより一層、杖に力を込める。
 すると、手の中で杖はどんどん光り輝いていき、何かが膨れ上がるような感覚が込み上げてきた。

 足下が心許無くなり、浮き上がるような感覚には覚えがあった。
 ちょうど、このイースにやってくる時、ラーバ老の腕輪の力で飛ばされた時と同じ感覚だっ。

 じょ、冗談じゃない、リリアの家の天井を壊す羽目になったら堪らない。慌ててドアの外へ駆け出すのと、身体が浮き上がるタイミングは完全に一緒だった。
 物凄い浮遊間と、強烈な目眩を感じておれは目を閉じる。
 そして……次に目を開けた瞬間には、オレは、嵐吹き荒ぶ氷の世界にいた――。
                                    《続く》

 

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