Act.12 カカシとロダの葉

 

「な……っ?! な、なんだ、これ……っ!!」
『うわぁー……嘘みたいだ』

 口に出すのと、心の中で響く声と言う違いはあったものの、オレとヒロユキの感想はぴったりと一致した。
 オレ達は唖然として、目の前の光景に見入ってしまう。
 扉の向こうは――なんてこった、熱帯だったのだ!

 いや、熱帯なんて呼び方は甘いぐらいだ。
 なにしろ今までは氷が張り巡らされていた大地が、今や熱気がムンムンと立ち昇っている。

 さっきまでは谷底には氷河が見えていたというのに、今は溶岩がドロドロに流れる地獄のような風景に変わっていた。
 扉一枚挟んで、季節が思いっきり逆転しまくっている。

 さっきまで一生懸命に寒さに適応しようとしていたオレの健気な身体が、このとんでもない環境の変化についていけずおかしくなりそうだった。

『だ、大丈夫……? なんだか、すごく暑そうだけど』

「あ、あちいなんて生易しいものじゃねええよ、これって……っ」

 犬のように口からダラーと舌を出しながらしばらくヒーコラ歩いていくと、家が数件しかない小さな村にたどり着いた。
 だが、この先の道は溶岩の川に途切れて、渡れなくなっている。

 どうしようかとぐるっと周囲を見回したら、川の前に撥ね橋の小屋があるのを見つけた。小屋の前に突っ立っている男が、多分、橋の見張り番なんだろう。
 目が合った途端、見張り番が声をかけてきた。

「おい、おまえ、この辺りじゃ見掛けないな。なんてェ名前だい?」

「アドルって言うんだが、それが何か?」

 名乗った途端、見張り番の男の目が険しくなる。それに気がつかない振りをして、オレは話を持ち掛けた。

「ところで、オレはあっちに行きたいんだけど、橋を下ろしてくれないか?」

 橋ってのは、村にとって守りの要になる分、通す時に人を選ぶのは良くある話だ。いい加減な見張りなら多少の金を取られたり、あるいはくそ真面目に身分証の提示を求められたりすることもある。

 さて、この見張り番はどっちのタイプだろうと出方を窺ってみたら、返事は予想外のものだった。

「そうか……残念だな、せっかくこんなところまで来たのに……。実は、魔物に橋を架ける機械を壊されて、川の向こう岸には渡れなくなっちまったんだよ」

『えー、運が悪いかったね。どうする、ユーロ?』

(バカッ、こんなあからさまな嘘に引っ掛かってるんじゃねーよっ!)

 すかさず心の中で突っ込みながら、オレは頭を抱えたくなった。
 のほほんとしたヒロユキは、どうも警戒心とか猜疑心と言うものが決定的に掛けている。 あの傷一つ見えない橋のどこが壊れているっていうんだっ。なにより『嘘つき』に関してはオレは超ベテランだ。

 いいかげんなことを言っても、オレには分かるんだぜ。
 さて、この嘘つきをどうしてやろうか……。 オレはいきなり剣を抜き放って、それを奴の顔をにつきつけた。

「ひっ?!」

「あのなー、オレをその辺のボンクラ勇者だと思って、ナメとるんとちゃうんかい……?!」
 

 青ざめた頬を剣の腹でペタペタと叩きながら、思いっきりドスのきいた声で奴を脅し付ける。
 自慢じゃないが、こういうのは結構オレは得意なんだ。伊達に今まで、ハッタリと嘘八百を武器に生き抜いてきたわけじゃないぜ!

「や、やめてくだ……さい……っ、そ、そんな物騒なもの……っ」

 真っ青になってガタガタを震えているこの男、どうやら荒っぽいことにはとんと縁がないらしい。

「あ〜ん? オレをおとなしく通しさえすれば、オレだって物騒なことなんかしなくて済むんだぜ……?」

「だ……っ、だめ、ですっ……あなたを、通すわけには……っ、それだけは……っ。そんなことをしたら、息子が……っ」

 もはや立っているのも不思議なぐらい震えまくっているのに、それでも男は妙にオレを通さないと踏ん張ろうとする。
 だが、それも時間の問題というものだろう。
 これは強引に押せば押し切れると踏んだ時、心の中から大声が響き渡った。

『ス、ストップ、ストップ! いくらなんでも、そりゃあやり過ぎだよっ?! こんな力押し、あんまりじゃないかっ』

(やり過ぎって、まだ、オレ、何にもしてないって! ちょっと脅しているだけだろ?)
 オレ的にはこれぐらいは日常茶飯事だし、別に問題もないと思うのだが、ヒロユキのモラルは妙に高かった。

『その脅しがやり過ぎだっていうんだよ! それにこの人、なにか事情がありそうな感じだよ、息子だどうこうって言っているし。脅しの前に、少しぐらい話を聞いたっていいんじゃないのかな?』

(……甘いよな、おまえって)

『自覚しているよ。アドルにもよくそう言われたし。
 でも……頼むよ、ユーロ。この人の話だけでも、聞いてあげてくれないかな?』

 ひどく熱心に、見も知らぬ男の為に頼み込むヒロユキに、オレは内心溜め息を付かずにはいられなかった。
 こいつって、やっぱりどうかしている。

 通りすがりの男が困ろうとどうしようと、旅人であるオレには一切関係がないことだっていうのに、なんだってこんなにお節介なんだか。
 しかも、ヒロユキにとってはここは異世界なのに、どうしてこんなに親身になれるのやら。

 そして、何よりも最大に疑問なのは――こんな風に甘いことを言うヒロユキに、どうして絆されてしまいたくなるかってことだ。
 今まで半分詐欺師として生きてきたオレは、他人に軽蔑されるのも馬鹿にされるのも、慣れている。

 その場限りで相手に合わせ、気まずくなったら切り捨ててしまえばいい……今まではそう思ってきたし、ずっとそうやってきた。それが利口な生き方だと、ずっと思っていた。 だが、ヒロユキを相手にしていると、あいつの純粋さに引きずられちまう。

 あいつの期待や信頼を裏切りたくないだなんて、らしくもない考えが浮かんでくるんだから、末期的だ。
 この分じゃ、本物のアドル=クリスティンもさぞや苦労しただろうなと苦笑しつつ、オレは手にした剣を腰に納めた。

「……息子のことって?」

「え……?」

 突然態度を変えたオレに驚いたのか、見張り番の男はきょとんとした顔をする。そんな男に向かって、オレは今まで偽アドルとして培ってきたとっておきの勇者っぷりを発揮して、真面目っぽく話しかけた。

「失礼な態度を取ってしまいましたが、どうやらあなたには事情があるようですね。それに、息子さんに関することで……」

 わざと息子という単語に力を込めると、見張り番はへなへなとその場に座り込んだ。ビンゴだったようだ。

「よかったら、話だけまで聞かせていただけませんか。
 なにか、お力になるかもしれません」

 その言葉が、決定的だったらしい。
 地面に座り込んでいた男は、途端にカエルの人形のように跳ね上がり、ぺこぺこと土下座し始めた。

「な、なにを?! いや、別にそこまでやれなんてオレは言ってねーって!」

 焦って止めたせいで地がでまくったが、男はそれさえも気が付いてない様子で土下座をエンドレスに続けながら一方的に話し始めた。

「も、申し訳ありませんっ! 私はルバといいまして、ご覧の通りしがない橋番なんです。 実はここだけの話なんですが、私の息子タルフが魔物に囚われて人質になってしまいまして……っ」

 話に口を挟む間もない勢いで、ルバは息子を人質に取られ、『アドル』の侵入を防ぐようにと命じられたと切々と語り続ける。
 その度に申し訳ないと、こちらの方が恐縮するような勢いで謝り続けてくれるから、かえって落ち着かなくなっちまう。

「わ、分かった、分かった。そういうことなら、許すからっ」

 そう言った途端、ルバはすっかりと土塗れになった顔をバッとあげた。

「え?! タルフを助けてくださると?! そ、そこまでいていただけるとは……っ!」

 あ、あのな、おっさん、おれ、まだ助けるともなんとも言ってないんだけど――その言葉がすぐ喉元まで込み上げたが、オレは辛うじてそれは飲み込んだ。
 ここまで来てタルフを助けないなんて言ったら、ルバだけでなくヒロユキまで口を揃えて助けて欲しいと懇願しまくるのは目に見えている。

 ま、いいか。
 これも勇者のつとめって奴なんだろ。

「気にするなって、これも何かの縁ってヤツだよ」

「あ、ありがとうございます、なんとお礼を言っていいのか……!
 そうだ、あなたの旅の守りとしてこれを差し上げましょう!」

 ルバは懐をゴソゴソと探り、中から小さなイヤリングを取り出した。ごついおっさんには似つかわしくないが、シンプルなデザインの代物だ。これなら、男が身に付けても辛うじてセーフと言った品だった。

「これはささやきの耳飾りです。耳の力を何倍にもアップさせて、どんな小さなささやき声でも聞き取ってしまうというものです、そして、もう一つ……」

 おっさんが掌の上にちょこんと乗せた木の実には、見覚えがあった。

「あ、これ知ってる! ロダの実だな」

 不思議な力を持つロダの木は、部位によって様々な効果を発揮すると聞いたことがある。確か、ロダの実は回復の効果を持つ特効薬になるはずだ。

「その通りです。なんでもタルフのいる辺りには、ロダの葉を口にくわえなければ通れないガス地帯があるそうで……」

「それでなんで、実なんてくれるんだよっ?!」

 思わず突っ込んでしまったオレに、ルバは身を縮めながら頭を下げる。

「す、すみません、いや……葉がないもので……代わりと思って……」

 ま、いいか。なにもないよりはマシってもんだろ。
 とりあえずその二品を受け取りながら、オレは一番肝心なことを聞いた。

「で、タルフのいる場所ってのはどこなんだ?」

「東の山岳地帯です」

 そうと分かったら、早速出発だ。
 川沿いに東に向かって、オレはテクテクと歩き始めた。
 だが、その道程はえらく険しかった。

「ひぃーッ、暑いよォ……」

 暑いもなにも、道の両側が煮えたぎる溶岩の川になっているんだから、話にならない。 熱気が両側から包み込むように襲ってくるのだが、息をするのさえ苦しかった。さっさとこんな所から抜け出したいと行く先を見やると、揺らめくような陽炎が見える。

『……違う。あれ、陽炎じゃないよ!』

「え?」

 ヒロユキの忠告に、オレは目を見張った。
 揺らめく炎の塊……そう見えた者は、なんと炎の鎧を着た戦士だった!

「だいぶまいっているようだな! だが、このバーンドブレスに足を踏み入れた者は、こんな苦しみでは済まないぞ!」

 高らかにそういってのけた戦士は、ズカズカとこちらに近寄ってくる。
 うう、暑いから近寄らない欲しいぜ……。

「オレはジーン。人は『炎の魔人』と呼ぶがな」

 魔人だかひまじんだか知らないけど、嫌な奴だぜ。
 おまけに、一目で分かる……こいつには絶対、ファイアーの魔法なんて効きっこないだろう。
 だとすれば、剣で戦うしかないか。

(ヒロユキ、オレが合図したら交替頼むぜ)

 そう心の中で強く思うと、ヒロユキから反応が返ってきた。

『いいけど、なんで今じゃないの?』

 ヒロユキの疑問に、オレは答えなかった。剣を抜いて身構え、魔人に向かって叫ぶ。

「いくぜッ、ひまじんっ!!」

「ひまじんではない! 魔人だッ!!」

 血相を変えてこっちに襲いかかってくる魔人を見ながら、オレはヒロユキに今だと合図を送る。

『交替するのはいいけど、わざわざ挑発しなくても』

 ヒロユキのぼやきと同時にスッと意識が入れ替わった途端、オレの身体は神速の動きを得た。
 燃え上がる炎の鎧をものともせず、思い切って相手の懐に飛び込み、勢い良く剣を振り下ろす。

 ビシュッ!!

 迷いのない動きで奴の肩から斜めに切り付けた剣は、さらに返す形で首をはね飛ばす。 うっ、な、なんか、すごいことをしているぞっ?!
 思わず目を閉じようとしたオレだが、ヒロユキの声が聞こえてきた。

『大丈夫、最初に切った時に分かったよ。こいつは生き物じゃない、ただの作り物の人形だよ』

 その声を入れ違いに、入れ替わりが完了する。
 ヒロユキのいう通り、切られたはずの魔人の身体からは一滴の血も出なかった。というか切られた部分から見えるのは、藁の束だった。さっきまでこいつが着ていたはずの炎の鎧など、どこにも見えない。

「えー? いったい、これ、なんなんだよ?」

「それ、オラのカカシだよ。あーあ、ハデにぶっ壊してくれたもんだな。弁償しろ!」

 思いがけずにそう言ってきたのは、えらく小柄な怪物だった。手長猿の身体にしゃれこうべを乗っけたような珍妙な怪物は、手にクワを持ってひょこひょこと近付いてくる。

「せっかく、オラの畑の見張りをさせてたのによ」

「畑ぇ? こんなところで?」

 オレは思わず、周囲を見回していた。
 作物なんぞ一つも植えられてない上、荒れているから気が付かなかったが、よく見えれば確かにこの辺の畔は畑っぽい。

「だけど、なんにも植えられてないけど?」

「これから植えるところだったんだよ! この畑はだなぁ、オラの自慢の畑でよ、種さを撒くとアッと言う間に育っちまうんだ!」

 そう言って胸を張る手長猿に、オレはふと思い付いてポケットからさっきもらったばかりのロダの実を差し出してみた。

「じゃあさ、カカシの弁償にこのロダの実をやるから、植えてみないかい?」

「おっ、おまえいい奴だなー。よし、さっそく植えるべ!」

 現金なぐらい機嫌を良くした手長猿はひょこひょことクワを奮って畑の中央に実を植える。
 するとたちまち芽が出て、その芽はあれよあれよと言う間に成長し、1分とかからないうちに大木になってしまった。

「おんやー、実がなってねぇだな。やっぱ、実は季節が来ないとダメかなぁ」

 手長猿はがっかりしているようだが、オレの目的は取りあえずはロダの葉だ。
 奴の目を盗んでこっそりと葉を2、3枚取り、懐にしまう。

「残念だったね、じゃ、オレはこれで」

「おー、また来いよ〜。なぁに、33年後の秋になったらロダも実を付けるべ」

 なにやらひどく呑気なことを言っているが、冗談じゃない。そんな頃まで待ってなんかいられないって。
 再び藁を寄り合わせてカカシを作り直し始めた手長猿の怪物を置き去りにして、オレは再び歩き始めた――。
                                 《続く》

 

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