Act.13 黒真珠の輝き

 

「うひゃ、なんだよ、これー?」

 いつの間にか充満しだした嫌な臭いに、オレは顔をしかめずにはいられなかった。
 歩いているうちに、変な所に迷い込んできてしまったらしい。足に当たるのは軽石のように穴だらけの岩ばかりが続き、しかも妙に息苦しい。

 どうやら、岩の穴からガスが吹き出ているらしいや。しかも、どんどんガスが濃くなっているのか、周囲の景色まで霞んで見えてくる。
 オレは慌ててロダの葉を取り出して、口に当てた。

 途端に爽やかな香りがして、息苦しさが軽減する。……よかった、この葉が効かなかったらどうしようかと思ったぜ。

 それでもできるだけ急ぎ足でガス地帯を通り過ぎると、オレはロダの葉を外して大きく息を吸い込んだ。
 やっぱり、自由に深呼吸できるのって最高だぜ!

『ルバさんの話だと、息子さんはここらにいるみたいに言ってたけど……どこだろうね?』


「んー、あそこの洞穴とか怪しくねえか? いかにもって感じじゃん」

 とりあえず、オレは目についた洞穴を指差してみた。
 安直といえば安直だが、山などでは洞穴を拠点にする怪物は多い。自力で建物を建てるより、その方がよっぽど簡単だからだ。
 足音を殺して中に忍び込んですぐ、オレは自分の予想の正しさを悟った。

(いたいた!)

 岩壁に無理やり鉄格子を打ち込んだ牢獄が、洞窟の奥の方にあった。その前にはおとなしそうな怪物が一匹、見張りをしているぜ。

 やけに弱々しい感じの貧相な体格の怪物で、手にしている武器もただの竹槍ときている。あんなんじゃわざわざヒロユキと交替しなくっても、オレだって勝てそうなぐらいだ。
 オレは自信満々に、剣を抜いて檻へと近寄っていった。

「やいっ、そこのおまえっ!」

 オレが怪物の前に踊りでると、奴は大きく目を見開いて恐怖に顔を歪めた。あまりにも大袈裟な怯えっぷりに、オレの方が驚くぐらいだ。

「ヒッ、ヒェッ……?!」

 鉄格子にへばり付くようにすがりつき、怯える怪物に対してオレは一世一代という見栄を切ってみせる。

「タルフをさらったのはおまえだな! 子供を人質にして脅し付けるなど言語道断、この勇者様が許さないぜ!」

『……いつからキミ、勇者になったんだよ〜?』

 ヒロユキが呆れたように心の中で突っ込むが、それぐらいいいだろうが。勇者になんか逆立ちしたって慣れっこないからこそ、たまには見栄を張ってみたいんだよっ。
 ただ、惜しむらくは観客が全くいないことに、相手のノリもいまいちだってことだ。

 こちらが剣を振りかざしているというのに、怪物の奴は何一つ抵抗をしなかった。今まで遭遇したどの怪物でも見たことがない、哀しげな目をこちらに向けるだけだ。
 それに違和感を感じないでもなかったが、オレはとりあえず目的を実行しようとした。
 

「子供を返せ、覚悟ぉっ!」

 そう叫んで剣を振り下ろそうとした途端、甲高い声が響き渡る。

「こらーっ、なんでそのバケモノをいじめるんだよっ?! そんなの、ボク、許さないぞっ」
「へ?」

 呆気に取られてきょとんしまうオレにケチを付けてきたのは、檻の中に閉じ込められていた子供だった。
 元気のよい、きかんきそうな少年は、檻の中にいるにもかかわらず、檻の外にいる怪物よりもずっと態度が大きかった。

「このバケモノは、すっごい親切で、優しいんだっ! いじめるなんて、ひどいや!」

「ひ、ひどいって……あのな、オレは誘拐された子供を助けに、わざわざここまできたんだぜ?」

 なのに、なんでそれを非難されにゃならんのだ?
 それにこの檻の中の子供って、もしや――。

「なあ、おまえ、タルフか?」

 よくよく見ると、子供の顔立ちや髪の色合いはルバとどこか似通っている。果たして、その子は頷いた。

「うん、そうだよ」

「なら、オレはおまえの親父の頼まれて、おまえを助けに来たんだよ。おまえ、この怪物にさらわれたんだろ?」

「えー、違うよ」

 と、子供は不服そうに頬を膨らませながら、檻から手を伸ばして庇うように怪物の手を握り締める。

「ボクをさらったのは、別の奴だよぉ。ここに入れられて、泣いても叫んでも誰も来てくれなくて、おかなかもペコペコになって、すごく困ってたんだ。
 そしたらね、このバケモノが来てくれたんだ!」

 タルフの説明を補足するように、怪物も何回も何回も頷いて見せる。今になってから気がついたが、どうやらこの怪物はしゃべれないらしい。

「毛布もくれたし、ご飯もいつもどこかで見つけてきて、分けてくれるし、それにボクを守るためにいつもここにいてくれるんだよ」

 タルフの話によると、ここら辺の怪物は質が悪くて、檻の中にいる子供を格好の餌と思い襲ってくる者も少なくはないらしい。
 だが、その度にこの『バケモノ』は竹槍をふるって怪物を追い払ってくれるのだと、タルフは言った。

「へえー、そりゃたいした正義感だな。怪物にしちゃ立派なものだ」

 本心から感心して、オレは改めて『バケモノ』を眺めた。
 どうみてもたいして強いとも思えないのだが、それでいて自分よりもずっと弱くて無力な子供を助けるために頑張っているとは、見上げたものだ。

「……ッ、…ァ…ッ……ッ!!」

 『バケモノ』は何かを言いたげな様子だが、不明瞭な音ははっきりとは聞き取れない。しかし、オレはその時になってようやく足下に広がる奇妙な跡に気がついた。
 地面に彫り込まれた複雑な紋様。
 薄暗い上に不鮮明で読み取りにくいが、それは明らかに文字だった。

「え……おまえ、怪物の癖して字を書けるのか?!」

 そう聞くと、『バケモノ』は嬉しそうに何度も頷いて、その場に屈み込んで地面に文字を書き始める。

《はい、書けます。というか、私は人間です》

「え、ええーーっ、うっそだろーっ?!」

 オレとタルフ、ついでにヒロユキの絶叫は見事なぐらいぴったりと重なっていた――。

 

 

 しばしの時間を掛けて筆談を重ねた結果、やっとオレにも事情が飲み込めた。

「ふーん、つまりあんたはキースって名前で、元は人間ってわけね。ダームの呪いで、怪物にされてしまったたぁ気の毒に」

 何をやらかしたのか知らないが、ダームに逆らったという理由で怪物に去れたキースはここに捨てられ、しばらく途方に暮れていたらしい。
 キースの村はここからはかなり遠い上、ガス地帯があるせいでここから逃げ出すことも適わない。

 まあ、もしここから脱出できたとしても、こんな化け物に姿にされた上にしゃべることもできないのでは、最悪の場合、怪物と間違えられて殺されかねない。
 途方にくれていたキースだが、だからこそタルフが見捨てられなかったのだと、彼は言った。

(ふーん、こいつもヒロユキとどっこいの、お間抜けで底無しお人好しタイプかい)

 自分の身の安全よりも、他人を案じてしまう奴ってのは、意外と結構いるものなのかもしれない。

「そうだったんだ……! ありがとうね、バケモノ……じゃなくて、キース!」

 ついでに、ふてぶてしいガキってのもやっぱり不滅のようだ。オレが文句を付けるのもなんだが、命の恩人に対してやっぱり態度のでかいガキだ。
 しかも、度胸はいいとしても相当に頭が悪いぜ。

 タルフってガキは、よっぽど勉強嫌いなのか、字を読むのはあまり得意ではないみたいだ。
 今までキースが必死に地面に文字を書いてアピールしても全く気がつかず、今でさえ半分ぐらい読めずにオレに聞いてくるんだから。

「ね、おじちゃん、キースをなんとか治せないの? 勇者だって威張ってたじゃないか」


「あ、あのなーっ、おじちゃんって誰がだよ?! せめておにいさんと呼べ! それにだな、怪物にされた人間を元に戻すなんて方法、知らないって!」

 偽勇者兼成り立て魔法使いに、目茶苦茶を要求されても困る。
 だいたい、呪いなんてのは高度な魔法だと聞くし、よっぽど高位の魔法使いか僧侶でもなけりゃなんとかできないだろう。
 そう思ったものの、オレは念のためヒロユキにも聞いてみた。

(おい、なんか心当たりはないか?)

『そんなの、ぼくに求められても?! ぼくは魔法はからっきしだし、それにぼくだって偽勇者なんだよ!』

 うわああ、どいつもこいつも役に立たねえっ!
 ちょっと絶望しかけたオレに救いの手を差し伸べてくれたのは、この中でどん底に不幸な目に遭っている筈のキースだった。

《あの……よろしければお願いが。
 怪物を人間に戻す方法は知りませんが、私、全ての鍵を開けるという黒真珠の在処を知っているんです。それを取ってきて、いただけませんか?》

「す、全ての鍵を開ける、だってぇっ?!」

 あまりにも耳よりな言葉に、オレは一気に引きつけられた。
 全ての鍵を開けれる鍵――もし、そんなものがあるのならば、盗賊にとっては垂涎のお宝だ。

 一応、鍵開けツールという物が存在しているとはいえ、それはどんな鍵でも開けれるという程、便利な代物じゃない。
 素人が思う程、鍵明けは簡単じゃないのだ。

 一般的な鍵ならば簡単だが、ちょっと特殊な鍵だと苦労を強いられる。現に、オレも鍵明けツールを持っているが、この牢屋の鍵は特殊過ぎてても足も出ない。
 盗賊とはいえ、鍵開けをしたければ相当に地道な訓練や研究が必須なのである。

 そんな地味な努力など御免だと思ってしまうオレから見れば、今の黒真珠の話はクレリアよりも魅力的だぜ!

「それで、その素晴らしいお宝はどこに?! 今教えろっすぐ教えろっというか隠し立てせず教えてくださいやがれこの野郎!」

 オレの勢いに押されたようにちょっと引きながらも、それでもキースは教えてくれた。
 

《え、えっと、ここからさらに東にある宝箱にあるはずです。ただ……見張りの怪物が常にうろついていますので、注意してください》

「任せろ! 黒真珠はなにがなんでも、オレの手でゲットしてやるぜっ! わははっ、そんな凄いものを手に入れたら盗賊王だって夢じゃないぜっ」

『……あのね、ユーロ。一応言っておくけど、黒真珠はここの鍵を開けるために必要なんだからね』

 ヒロユキのどことなく冷めた突っ込みをいれる。
 あ、いかん、いかん。
 つい、地が出たというか、普段の商売に戻っちまったぜ。
 オレは咳払いを一つして、ちょっと引いているキースとタルフに向かって声をかけた。


「あ、あー、そういうことなら、ちょっとここで待っててくれよ。すぐ、黒真珠を手に入れてくるからさ」

 

 


「しかし、どーでもいいけど暑いなぁ〜」

 いい加減うんざりしながら、オレは東へと進んでいた。さっきまでは割と安定していたのに、また猛烈に暑くなってきやがった。
 まったく、かなわねえぜ。
 汗を一拭いして  オレはその姿勢のまま目を見開いて固まってしまった。

「お、おい……?! ありゃあ、一体、なんだよォ?!」

 いっそ、目の錯覚と思いたい。
 なんと、ドロドロとした溶岩の化け物が目の前にはいた。

 子供が適当に作った泥人形のようにやや歪で、不細工な人形なのにもかかわらず、奴はのっしのっしと二本足でその辺を歩いて来やがる。
 こ、こいつがこの熱気の原因か?!

「あーっ、それにしてもどうしてこうも、魔法の効かない相手ばっかりでてくるんだよーっ?!」

『別に、魔法が効かないってわけでもないんじゃない? 氷の魔法とかだったら、すごく効きそうだよ』

「ふんっ、人を買いかぶるのもいい加減にしろよ! いいか、オレは応用問題とかはすっげー苦手なんだよっ。
 少しばかり火の魔法が使えるようになったからと思って、氷の魔法も使えると思うなよっ!」

『……それ、威張るポイントじゃないと思うけど。
 ま、いいや、じゃボクが剣で戦うから交替してくれよ』

 願ったり叶ったりのヒロユキの提案に、もちろんオレが文句を言う筈もない。
 だいたい、オレはこんな化け物となんか戦いたくもないってえの。
 図体がでかいだけあって、化け物の動きはやけにスローモーで狙いやすそうだが、曲者なのはこの暑さだ。

 奴の身体から発散される熱気で、まともに目を開けているのも辛いぐらいだ。しかし、ヒロユキは暑さも感じていないのか、別に困った様子も見せなかった。
 入れ替わった途端、剣を片手に一気に相手の懐に飛び込んで切り付ける!

 たった一太刀で奴の腕を切り落とした時は、すでにヒロユキは奴から離れた場所にいた。どうやら、接近戦を嫌って遠くから攻撃を加えては離脱する、一撃離脱式の戦法を取る気みたいだ。

 ヒロユキが剣を振るう度に切り刻まれる怪物の身体は地面に落ちてたちまち熱を失い、砕け散ってただの石ころへと変わっていく。
 それを数度繰り返した後、怪物はついに身体のバランスを失って物凄い音を立ててその場に倒れた。

「やりいっ! さっ、宝箱を探そううぜ、宝箱っ!」

 さっそくヒロユキと入れ替わり、オレはその辺を物色し始めた。なにせ、あれだけ図体が大きい上に溶岩でできていた怪物だ、奴が歩いていたルートを探すのは簡単だった。
 ずっと一定のルートを歩き続けていたのか、黒い焦げの残った道を逆に辿って調べること、20分程。

 やっと、宝箱を発見できた。
 木の根元近くのウロに隠されていたその宝箱を開けてみると、親指ほどの大きさもある、黒くて艶のある真珠が一個。
 間違いなく、これが噂の黒真珠だろう。うーむ、なかなかのお宝だぜ。

『見つかって、よかったね。じゃ、タルフを助けに戻ろうよ!』

「あ」

 ……そーだった、うっかりと忘れるところだったぜ。
 仕方がなく牢屋に戻って檻に黒真珠を近付けると、真珠は眩い光を発しだした。不思議なことに、その光と共に鍵は機械的な音を立て自動的に外れてしまう。

 そうやら、全ての鍵を開けるっていう伝説は嘘じゃないみたいだ。
 ついでに、一度っきりの使い捨てアイテムというか、この檻を開けた代償に消滅したらどうしようかとドキドキものだったけど、どうやら問題はないらしい。
 安心して、オレは黒真珠を懐にしまいこんだ。

「わーいっ、助かったんだねっ。これで、おうちに帰れるんだねっ、よかった」

 鍵がなくなった途端、タルフが中から飛び出してきてキースにしがみつく。
 おいおい、助けたのはオレだっちゅーの!

「あ、おじちゃんもありがとね」

 と、いかにもおまけのように付け加えられ、オレは思わず文句を言い返してしまった。


「おいおい、ありがとはいいけど『おじちゃん』はないだろ、オレはまだ『おにいさん』だ!」

 そんな風に文句を言ったのは、本気じゃなかった。なんというか、あまり人に感謝されたことがないオレとしては、正面きってのお礼ってのはかえって居心地が悪いんだよな。 それぐらいだったら、軽口に紛らせてごまかした方が気楽だと思った。
 だが、いかにも小生意気そうなくそがきは、意外にもきっちりした仕付けを受けてきたらしい。

「そっか! じゃ、ありがとう、おにいさん」

「……っ」

 さっき以上にきちんと礼を言われ、オレは顔が熱くなるのを自覚した。多分、今、鏡を見たらオレの顔は真っ赤なんだろうなと想いながら、それをごまかすように早口で告げる。


「ま、いーけどよ。
 それじゃ、二人ともこのロダの葉を口に当てるんだ。それで、ガス地帯を安全に抜けられるからさ」

 頼まれもしないうちから、こんな貴重なアイテムを無償でくれてやろうとする自分に驚きながら、オレは二人を急き立てて村へと戻った――。
                                    《続く》

 

14に続く→ 
12に戻る
目次に戻る
小説道場に戻る

inserted by FC2 system