Act.13 黒真珠の輝き |
「うひゃ、なんだよ、これー?」 いつの間にか充満しだした嫌な臭いに、オレは顔をしかめずにはいられなかった。 どうやら、岩の穴からガスが吹き出ているらしいや。しかも、どんどんガスが濃くなっているのか、周囲の景色まで霞んで見えてくる。 途端に爽やかな香りがして、息苦しさが軽減する。……よかった、この葉が効かなかったらどうしようかと思ったぜ。 それでもできるだけ急ぎ足でガス地帯を通り過ぎると、オレはロダの葉を外して大きく息を吸い込んだ。 『ルバさんの話だと、息子さんはここらにいるみたいに言ってたけど……どこだろうね?』
とりあえず、オレは目についた洞穴を指差してみた。 (いたいた!) 岩壁に無理やり鉄格子を打ち込んだ牢獄が、洞窟の奥の方にあった。その前にはおとなしそうな怪物が一匹、見張りをしているぜ。 やけに弱々しい感じの貧相な体格の怪物で、手にしている武器もただの竹槍ときている。あんなんじゃわざわざヒロユキと交替しなくっても、オレだって勝てそうなぐらいだ。 「やいっ、そこのおまえっ!」 オレが怪物の前に踊りでると、奴は大きく目を見開いて恐怖に顔を歪めた。あまりにも大袈裟な怯えっぷりに、オレの方が驚くぐらいだ。 「ヒッ、ヒェッ……?!」 鉄格子にへばり付くようにすがりつき、怯える怪物に対してオレは一世一代という見栄を切ってみせる。 「タルフをさらったのはおまえだな! 子供を人質にして脅し付けるなど言語道断、この勇者様が許さないぜ!」 『……いつからキミ、勇者になったんだよ〜?』 ヒロユキが呆れたように心の中で突っ込むが、それぐらいいいだろうが。勇者になんか逆立ちしたって慣れっこないからこそ、たまには見栄を張ってみたいんだよっ。 こちらが剣を振りかざしているというのに、怪物の奴は何一つ抵抗をしなかった。今まで遭遇したどの怪物でも見たことがない、哀しげな目をこちらに向けるだけだ。 「子供を返せ、覚悟ぉっ!」 そう叫んで剣を振り下ろそうとした途端、甲高い声が響き渡る。 「こらーっ、なんでそのバケモノをいじめるんだよっ?! そんなの、ボク、許さないぞっ」 呆気に取られてきょとんしまうオレにケチを付けてきたのは、檻の中に閉じ込められていた子供だった。 「このバケモノは、すっごい親切で、優しいんだっ! いじめるなんて、ひどいや!」 「ひ、ひどいって……あのな、オレは誘拐された子供を助けに、わざわざここまできたんだぜ?」 なのに、なんでそれを非難されにゃならんのだ? 「なあ、おまえ、タルフか?」 よくよく見ると、子供の顔立ちや髪の色合いはルバとどこか似通っている。果たして、その子は頷いた。 「うん、そうだよ」 「なら、オレはおまえの親父の頼まれて、おまえを助けに来たんだよ。おまえ、この怪物にさらわれたんだろ?」 「えー、違うよ」 と、子供は不服そうに頬を膨らませながら、檻から手を伸ばして庇うように怪物の手を握り締める。 「ボクをさらったのは、別の奴だよぉ。ここに入れられて、泣いても叫んでも誰も来てくれなくて、おかなかもペコペコになって、すごく困ってたんだ。 タルフの説明を補足するように、怪物も何回も何回も頷いて見せる。今になってから気がついたが、どうやらこの怪物はしゃべれないらしい。 「毛布もくれたし、ご飯もいつもどこかで見つけてきて、分けてくれるし、それにボクを守るためにいつもここにいてくれるんだよ」 タルフの話によると、ここら辺の怪物は質が悪くて、檻の中にいる子供を格好の餌と思い襲ってくる者も少なくはないらしい。 「へえー、そりゃたいした正義感だな。怪物にしちゃ立派なものだ」 本心から感心して、オレは改めて『バケモノ』を眺めた。 「……ッ、…ァ…ッ……ッ!!」 『バケモノ』は何かを言いたげな様子だが、不明瞭な音ははっきりとは聞き取れない。しかし、オレはその時になってようやく足下に広がる奇妙な跡に気がついた。 「え……おまえ、怪物の癖して字を書けるのか?!」 そう聞くと、『バケモノ』は嬉しそうに何度も頷いて、その場に屈み込んで地面に文字を書き始める。 《はい、書けます。というか、私は人間です》 「え、ええーーっ、うっそだろーっ?!」 オレとタルフ、ついでにヒロユキの絶叫は見事なぐらいぴったりと重なっていた――。
しばしの時間を掛けて筆談を重ねた結果、やっとオレにも事情が飲み込めた。 「ふーん、つまりあんたはキースって名前で、元は人間ってわけね。ダームの呪いで、怪物にされてしまったたぁ気の毒に」 何をやらかしたのか知らないが、ダームに逆らったという理由で怪物に去れたキースはここに捨てられ、しばらく途方に暮れていたらしい。 まあ、もしここから脱出できたとしても、こんな化け物に姿にされた上にしゃべることもできないのでは、最悪の場合、怪物と間違えられて殺されかねない。 (ふーん、こいつもヒロユキとどっこいの、お間抜けで底無しお人好しタイプかい) 自分の身の安全よりも、他人を案じてしまう奴ってのは、意外と結構いるものなのかもしれない。 「そうだったんだ……! ありがとうね、バケモノ……じゃなくて、キース!」 ついでに、ふてぶてしいガキってのもやっぱり不滅のようだ。オレが文句を付けるのもなんだが、命の恩人に対してやっぱり態度のでかいガキだ。 タルフってガキは、よっぽど勉強嫌いなのか、字を読むのはあまり得意ではないみたいだ。 「ね、おじちゃん、キースをなんとか治せないの? 勇者だって威張ってたじゃないか」
偽勇者兼成り立て魔法使いに、目茶苦茶を要求されても困る。 (おい、なんか心当たりはないか?) 『そんなの、ぼくに求められても?! ぼくは魔法はからっきしだし、それにぼくだって偽勇者なんだよ!』 うわああ、どいつもこいつも役に立たねえっ! 《あの……よろしければお願いが。 「す、全ての鍵を開ける、だってぇっ?!」 あまりにも耳よりな言葉に、オレは一気に引きつけられた。 一応、鍵開けツールという物が存在しているとはいえ、それはどんな鍵でも開けれるという程、便利な代物じゃない。 一般的な鍵ならば簡単だが、ちょっと特殊な鍵だと苦労を強いられる。現に、オレも鍵明けツールを持っているが、この牢屋の鍵は特殊過ぎてても足も出ない。 そんな地味な努力など御免だと思ってしまうオレから見れば、今の黒真珠の話はクレリアよりも魅力的だぜ! 「それで、その素晴らしいお宝はどこに?! 今教えろっすぐ教えろっというか隠し立てせず教えてくださいやがれこの野郎!」 オレの勢いに押されたようにちょっと引きながらも、それでもキースは教えてくれた。 《え、えっと、ここからさらに東にある宝箱にあるはずです。ただ……見張りの怪物が常にうろついていますので、注意してください》 「任せろ! 黒真珠はなにがなんでも、オレの手でゲットしてやるぜっ! わははっ、そんな凄いものを手に入れたら盗賊王だって夢じゃないぜっ」 『……あのね、ユーロ。一応言っておくけど、黒真珠はここの鍵を開けるために必要なんだからね』 ヒロユキのどことなく冷めた突っ込みをいれる。
いい加減うんざりしながら、オレは東へと進んでいた。さっきまでは割と安定していたのに、また猛烈に暑くなってきやがった。 「お、おい……?! ありゃあ、一体、なんだよォ?!」 いっそ、目の錯覚と思いたい。 子供が適当に作った泥人形のようにやや歪で、不細工な人形なのにもかかわらず、奴はのっしのっしと二本足でその辺を歩いて来やがる。 「あーっ、それにしてもどうしてこうも、魔法の効かない相手ばっかりでてくるんだよーっ?!」 『別に、魔法が効かないってわけでもないんじゃない? 氷の魔法とかだったら、すごく効きそうだよ』 「ふんっ、人を買いかぶるのもいい加減にしろよ! いいか、オレは応用問題とかはすっげー苦手なんだよっ。 『……それ、威張るポイントじゃないと思うけど。 願ったり叶ったりのヒロユキの提案に、もちろんオレが文句を言う筈もない。 奴の身体から発散される熱気で、まともに目を開けているのも辛いぐらいだ。しかし、ヒロユキは暑さも感じていないのか、別に困った様子も見せなかった。 たった一太刀で奴の腕を切り落とした時は、すでにヒロユキは奴から離れた場所にいた。どうやら、接近戦を嫌って遠くから攻撃を加えては離脱する、一撃離脱式の戦法を取る気みたいだ。 ヒロユキが剣を振るう度に切り刻まれる怪物の身体は地面に落ちてたちまち熱を失い、砕け散ってただの石ころへと変わっていく。 「やりいっ! さっ、宝箱を探そううぜ、宝箱っ!」 さっそくヒロユキと入れ替わり、オレはその辺を物色し始めた。なにせ、あれだけ図体が大きい上に溶岩でできていた怪物だ、奴が歩いていたルートを探すのは簡単だった。 やっと、宝箱を発見できた。 『見つかって、よかったね。じゃ、タルフを助けに戻ろうよ!』 「あ」 ……そーだった、うっかりと忘れるところだったぜ。 そうやら、全ての鍵を開けるっていう伝説は嘘じゃないみたいだ。 「わーいっ、助かったんだねっ。これで、おうちに帰れるんだねっ、よかった」 鍵がなくなった途端、タルフが中から飛び出してきてキースにしがみつく。 「あ、おじちゃんもありがとね」 と、いかにもおまけのように付け加えられ、オレは思わず文句を言い返してしまった。
そんな風に文句を言ったのは、本気じゃなかった。なんというか、あまり人に感謝されたことがないオレとしては、正面きってのお礼ってのはかえって居心地が悪いんだよな。 それぐらいだったら、軽口に紛らせてごまかした方が気楽だと思った。 「そっか! じゃ、ありがとう、おにいさん」 「……っ」 さっき以上にきちんと礼を言われ、オレは顔が熱くなるのを自覚した。多分、今、鏡を見たらオレの顔は真っ赤なんだろうなと想いながら、それをごまかすように早口で告げる。
頼まれもしないうちから、こんな貴重なアイテムを無償でくれてやろうとする自分に驚きながら、オレは二人を急き立てて村へと戻った――。
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