Act.14 宝物庫の宝

 

「おおっ、タルフ……っ! タルフ、無事だったのか!!」

「おとうさんっ!」

 はね橋に戻ってきてからしばらくは、ずっとそんな調子だった。
 さっさと橋を下ろして欲しいのは山々だが涙を零して再会を喜び合う親子を邪魔する程、オレも野暮じゃない。
 それにそんな姿を見ていると、人助けってのも悪くないな、なんて気分になってくる。


《本当にありがとうございます、なんとお礼を言っていいのか……》

「本当にありがとうございます! タルフが戻ってきて、本当によかった……!」

「おじちゃん、ありがとうね!!」

 …だから、オレはおじさんじゃねえっつーの。
 とにかく小一時間ほど待たされたものの、橋はやっと下ろされることになった。

 橋番のルバにタルフ、おまけにキースまでもが三人そろって並んで見送ってくれる。最初はキースの姿を見て驚いたルバだが、奴が元人間で息子の恩人と知った途端、拝まんばかりの態度になった。

 今までのお礼として、キースが元の姿に戻るまで面倒を見るとまで言い出したから、人がいい。

『ダームって奴がかけた呪いなら、そいつを倒したらなんとかなるんじゃないのかな?』
 希望的な意見だが、オレも全く同感だった。

「サルモンの神殿はもうすぐですよ。どうか、お気をつけて」

 三人に見送られて、オレは橋を渡っていった。
 すぐと言われたから少なからず期待していたのだが、実際には結構うんざりするほど歩いてから、オレはようやく巨大な門まで辿り着いた。

 まるで関所の様に巨大な門だが、全く使われていないらしく古びている。おまけに門番はおろか、化け物一匹いやしない。

「まあ、この方が楽でいっか」

 オレはたいして気にも止めず、門をくぐった。
 と――!!

 ぐにゃり、と視界が不自然に歪み目眩じみた感覚に襲われる。いきなり、空間が歪むような変な感じは移送魔法にどこか似ていた。
 やられたと思った瞬間には、どこかに投げ出された衝撃があった。

「うっ、ううっ……!」

 したたか身体を打ち付けた痛みに呻きながら、オレは周囲を見回す。
 周囲の光景は、一変していた。
 さっきまで確かに外にいたはずなのに、ここは室内だ。薄暗くて分かりにくいが、がらんとした大きなホール……か、ここは?

『ユーロッ、大丈夫?!』

「へ、平気なわけ、ねえってっ、こ、腰打ったっ!!」

『それだけ元気なら、大丈夫そうだね。なら、さっさと立った方がいいよ』

「おぉいっ?! てめえ、見知らぬ相手には親切なくせに、オレにはずいぶんと冷たいじゃねえかよっ?! 差別だっ、差別っ!」

『いや、差別する気はないんだけど、近くに敵がいるんだってば。いつまでもそうしていると、危ないよ』

「何いってやがる、ここ、誰もいないだろうが」

『いるってば。えっとね、君から見て左斜め後方、上の方を見て』

「へ?」

 ヒロユキに言われた方向に目をやり――オレは思わず自分の目を疑った! 高い天井の近くに、巨大なタコ坊主のような生首が浮かんでいた。

 ギョロリと目を剥き、不気味な面相をした生首はふよふよと空中を飛んでいる。そのあまりの不気味さに、オレは思わず逃げ場を探して周囲を見回した。
 だが、それを見て生首は高らかに笑う。

「フワッフワッフワッフワッ!! よくぞ、この宝物庫まで来たものだなと褒めてやりたいところだが、ここに逃げ道などないわ!」

「えっ?! 宝物庫だって?!」

 あまりに魅惑的な響きに、自分で自分の目が輝くのを自覚する。思わずお宝を探して、さっきとは違う意味で周囲を見渡さずにはいられなかった。

『ユーロ、そこは気にしている場合じゃないって!! 前見て、前っ!!』

 ヒロユキに強く注意されて、オレはようちやく生首に意識を戻す。だが、今一歩危機感を感じないのは、やっぱり『切り札』があるからだろう。
 なにせ、いざとなればヒロユキに変わってもらえばいいんだからさ。

「フワッフワッフワッ、もはや逃げることなどかなわないと知れ。盗人はここでくたばるがいいわ!!」

 偉そうにそう言い放ったかと思うと、奴は口の中からドロリと細長いものを吐きだした。ぬめりを帯びて生まれてきたそれは、バカでかいムカデのような化け物だった。
 うげげっ、気持ち悪っ!!
 正直、オレはあの手の昆虫類だけは駄目だ、生理的に受け付けないっ。

「ヒロユキーっ、あのムカデなんとかしてくれっ」

 たまらずに叫ぶと、身体の主導権がヒロユキにと変わる。

『うーん? あの生首を先にやった方がいいと思うけど。
 まあ、いいや』

 スラッと剣を抜くと、ヒロユキは迷いのない動きでムカデの化け物に挑みかかった。
 ブスッだのグシャッだの、ちょっと耳をふさぎたくなる音と共に、ムカデはアッという間にバラバラになる。

 だが……。
 なんと、生首の口からまたドロリンとムカデが現れた!!

「くっそぉ〜っ、今まで頑張ったのはなんだったんだよォーっ?!」

『だから、先に生首にした方がいいっていっただろ。
 それに頑張ったって、実際に戦ったのはぼくだけじゃないか』

「ええいっ、こっちだってすっげえ気持ち悪いのを我慢するの、頑張っていたんだよっ。いいから、こうなったら生首を攻撃だっ!!」

『はいはい』

 どこか気の抜けた返事とは裏腹に、ヒロユキの動きは凄かった。空中から落とされてくるムカデを、踏み台にしてジャンプ!

 よりによってムカデなんかを踏んずけたのが気に食わないが、信じられないぐらいの跳躍力で奴の顔付近まで飛び上がって、剣を突き立てる。
 ズブリと吸い込まれる様に根元まで入り込む剣……だが、生首は怯みさえしなかった。


『あ、まずいや』

 逆にヒロユキの方が焦った声をあげて、慌てて生首を蹴って奴から離れる。結構高い位置にいたはずなのに、降り方が上手いのか見事に衝撃を殺して着地した。

「ど、どうしたんだよ?!」

『あいつ、手応えがないんだ。おまけに、剣が抜けなくなっちゃったし』

「な、なにぃいいっ  !!」

 つ、つまり、今の攻撃でダメージを与えられなかったのに、武器がなくなったってことか?!
 オレの動揺を裏付けるように、生首は高らかに笑い続ける。

「フワッフワッ! オレ様の目は飾り物よ! 地下に長く住むうちに、目など必要なくなったのよ!!」

 得意げに豪語する内容には今一歩賛成できないが、実際に剣が効かない以上文句を言ったって始まらない。

「く、くっそぉ〜っ」

 全くなんてこった!
 すでに、剣は奴の目にはまり込んで抜けなくなっている。いかなヒロユキでも、あの剣を引き抜いて再攻撃ってのは無理すぎるだろう。
 と、なると――。

『こうなったら魔法を使うしかないね。ユーロ、頼むよ』

「や、やっぱり、オレがやるのかよ……っ」

 うう、オレは戦いなんて野蛮なことは極力したくないのによ〜。
 おまけに、生首の奴はまたもムカデを吐きだそうとしているし、さっき新しく吐きだされたムカデだってまだいるのに。

『だって、このままじゃやられるだけだよ!! そうなったら、リリアちゃんだって助からないんだよ、分かっているのかい?!』

 そう言われて、オレはハッとなった。
 そうだ、リリア……!
 彼女を助けるためにも、なんとしてもここを切り抜けないと!!

 だが、いったいどこから手を付けていいか分からずおたつくオレに、アドバイスをくれたのはヒロユキだった。

『落ち着いて! ムカデは無視していいよ、あいつらの動きは鈍いしいつでも倒せる。
 先に生首に火の魔法を打ち込むんだ。奴の口からムカデが出終わった瞬間を狙えばいい』


 言われてみれば、ムカデを吐きだすために生首は中身が見えてしまいそうな程口を大きく開ける。
 そこを狙うのは、そんなに難しくはなさそうだ。

「い……っけえ、ファイアーッ!!」

 念を込めて叩き付けた魔法は、自分でもちょっと驚くぐらい大きな炎になって生首の口に見事に命中した。
 ノドチンコの奥深くへ、吸い込まれる様に消えていく。

「グギャォオーッ、グエッ、グエッ!!」

 途端に苦しみだした生首は、文字通り地面に落ちてのたうち回りだす。

「うっ、うわっ?!」

 うっかりとそれに巻き込まれかけて、オレは慌てて逃げ出した。と、言ってもこのホールからは出られないから、広間の中を駆け回るだけで精一杯だ。
 しかも、逃げなきゃいけない相手は生首だけじゃない。ムカデ2匹も一緒なんだから、質が悪いにもほどがある!

 いくら広いとはいえ、図体のでかい化け物が三匹も大暴れしているんだから、巻き添えを食らっても何の不思議もない。
 だが、運のいいことにオレには強力なアドバイザーがいた。

『ユーロ、そこでいったんストップして逆に! 次はムカデが来るから、左だ!』

 ほとんどパニック状態で周囲の様子を見る余裕もないオレに比べて、ヒロユキは遥かに余裕があった。

 断末魔の苦しみに暴れる生首や、火を恐れて無闇に暴れまくるムカデの動きを先読みして予測し、オレを常に安全圏へと誘導してくれる。
 そのおかげで、オレはなんとか生首が完全に生き絶えるまで逃げ切ることができた。

「……フワ……ァ……」

 なにやら聞き取れない声を末期に、生首は完全に動きを止めて消滅してしまう。不思議なことに、生首が消えると同時にムカデもまた消え去った。
 そして、さっき生首に突き刺さったはずの剣だけがカランと音を立てて床に落ちる。

「ふうーっ、助かったぜ〜。あー、今度こそ死ぬかと思った……っ」

 しみじみと呟いてから、オレは周囲を見渡す。
 しかし、よく考えたら化け物がいなくなったからって安心していられないんだよな。

「それにしても、ここ……どこなんだよ? あの生首、宝物庫だなんて言っていたけど、ここには何にもないじゃんか」

『……いや、気にするのはそこじゃないと思うけど。どっちかというと、扉がない方が気になるんだけどな、ぼくは』

 ちょっと呆れた様なヒロユキの声が耳に痛いが、宝と聞いては見過ごせないぜ!

「そ、そりゃあ、オレだって外への出口を探しているサッ! だけどついでに、金目のもの……じゃなくて、お宝とか、お宝とか、冒険の役に立つものを探してみたりしたって、悪いことじゃないダロ?」

『…………なんで、変にカタコトなんだよ? でもさぁ、この部屋、何にもないように見えるよ』

 それはオレも、さっきから思っていることだった。
 非常に残念なことではあるが、どうもここは何もないだだっ広いだけの部屋みたいだ。しかも、この部屋に出入りするための扉が全然見つからない。

 ここに来る時は魔法みたいな変な力で飛ばされたから、今となってはどうやってここからでたらいいかも分からないぞ。

 それでも諦め悪く探した結果、オレはホールの中央に変な文様が描かれた魔法陣があるのを発見した。
 そこの前に立った途端、突然、それは出現した。

「え?!」

 それは、目を見張る程に美しい氷の像だった。
 両手を組み合わせ、目を閉じて祈る姿をした女神像。そして、その女神に手を伸ばした姿勢の凛々しい剣士の彫像だった。

 ほぼ等身大の彫像は驚くぐらい精密で、今にも動きだしそうなほどリアルな物だ。
 芸術に疎いオレでも一目でお値打ちものだと実感できる素晴らしい出来の氷の彫像に、無意識に幾らぐらいで売れるかを皮算用してしまう。
 だが、それが終わる前にとてつもない大声がオレの心の中に響き渡った。

『ア、アドルッ?! それに……フィーナ!!』
                                                                                   《続く》

 

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