Act.15 アドルを呼ぶ者 |
「アドル、だって?! こいつが本物のアドルだって言うのかよ、ヒロユキ?」
『アドルッ、フィーナッ! 聞こえる?! ぼくだよ、ヒロユキだよっ!!』 オレの意思を無視して身体の主導権が奪われ、ヒロユキが氷像にすがりつく。その途端、冷たい痛みが手に伝わってきた。 「痛っ?!」 まるで、真冬の厳寒季にキンキンに冷えた鉄に触れた時の様な冷たさと、不快感を感じる。 『アドルッ、アドルッ! どうしてこんなところに……っ!! それに、フィーナも……やっと会えたのに!!』 悲痛に叫ぶヒロユキは、諦め悪く何度も叫び、二人の像を揺さぶろうとする。オレでさえ気の毒になるぐらいの嘆きっぷりに、つい口を出さずにはいられなかった。 「おい、ヒロユキ。少しは落ち着いてくれよ、頼むから」 間違っても、オレは自分が善人だと主張する気なんてない。よくも騙してくれたなと罵られたり、文句を言われるのには慣れている。だが、こんな風にひたすら嘆きまくられるのは、どうにも落ち着かない。 たとえ原因がオレじゃなかったとしても、身近にいる奴がこんな風に落ち込むところなんざ見たくもない。 『……う、うん、ごめん。身体……勝手に、乗っ取っちゃって。それに、この手も……』
「まずは事実の確認としようぜ。 アドル=クリスティン。 なんせ、多少外見や年頃が似ている程度のオレが偽者をやっててもバレないぐらいだもんな。 ましてやここにあるのは氷像なんだ、確かに精密には出来ているが色がない分、見分けがつきにくい。 『間違いないよ。これはどう見てもアドルだ。ぼくがアドルを見間違えるわけがないよ』
これがただの氷の像だと言うのなら、別にいい。いくらほんものそっくりだろうと、それを彫った奴の腕を褒めればいいだけの話だ。 『ぼくには……これがただの彫像とはとても思えないよ。だって、こんなに細かいところまでよく出来ているし、それに氷にしてはこの気温で全然溶けないし』 「……だよな、やっぱり」 溜め息混じりに、オレはヒロユキの言葉を肯定する。認めたくはなかったが、その確率の方が高そうだとは思っていたんだ。 有り得ないと思っていても、信じられない様な魔法ってのも存在するものなのだ、と。 人間を怪物に変えてしまう呪いなんてものあるんだ、人間をそのまま凍りつかせる魔法なんてのがあっても何の不思議もない。 偽勇者であるオレがうろついているというのに、なぜ本物が沈黙したまま動こうとしないのか……氷像にされて敵の本拠地に囚われていたのなら、動けなくて当然だ。 だが、生憎と言うべきかオレには魔法の知識なんかほとんどない。どうすれば凍りついた人間を元に戻せるのかなんて、思いつかない。 「じゃあ、アドルはガチだとして、こっちの女の子の像は? フィーナって呼んでいたが、間違いないのか?」 オレにしてみれば、それは何の気なしにした質問だった。当然、ヒロユキが即答するだろうと思っていたのだが、意外にも奴は口ごもった。 『あー……。えっと、改めてそう聞かれると……ちょっと自信、ないかも』 「おいっ、なんだよ、そりゃあっ?!」 アドルへの問いにはあれだけ自信たっぷりに宣言した癖に、フィーナに関してはどうしてこんなにも頼りなげなんだか。 『いや、だって咄嗟にフィーナかと思っちゃったけど、よく見たら髪の色が分からないから……もしかしたら、違うかもしれないと不安になっちゃってさ』 「髪の色ぐらいで彼女を見間違うのかよ、おまえは!!」 『か、彼女ってわけじゃないよっ?! それに、フィーナとレアって双子で髪の色以外はそっくりなんだよ、普段だって見間違えてたのに氷像じゃよけいに分からないよ!!』 「双子だぁ? なんだよ、それ、古めかしい名前といい、髪の色の違う双子といい、それじゃまるで伝説の女神みたいじゃ 」 そう言いかけてから、オレはふと気がついた。 そして、ヒロユキは確かに前にこう言っていた……六神官の子孫達と知り合いだ、と。女神の力で助けられたとも言っていたが、それってもしや、女神様と直接の知り合いってことなのか?! 「おい、ヒロユキ! もしかして、おまえ女神と知り合いだったりするのか?!」 『う、うん、まあ。レアとフィーナ、どちらとも知り合いだよ』 「それを早く言えよっ?! つーか、女神様を彼女感覚で呼び捨てしてんじゃねえよっ、うっかりオレまで呼び捨てにしちまっただろっ」 『だ、だって、初めて会った時に二人ともそう呼んでくれって言ったから、つい。まさか、二人が実は女神だったなんて夢にも思わなかったし!!』 必死に言い訳するヒロユキの言葉を聞いて、オレはなんだか頭痛めいた痛みを感じる。まったく、前のヒロユキとアドルときたらいったいどういう冒険をしていたのやら。 「……まあ、女神呼び捨ての件はさておくとして、これって本気でまずくね? 六神官は、ここにはいない。 そう言えば、廃坑で六神官の神像が言っていたっけ。クレリアの武器を集め、神官ファクトの祝福を受けろ、とか。 かろうじて有利といえるのは、前回アドルと共に戦ったヒロユキの存在だが……正直、奴に過大な期待を寄せるのは間違っているとオレでさえ思う。 それに、ヒロユキは決して万能の勇者様ってわけでもない。確かに剣の腕は凄いが、それだけだ。 どんな怪物にも勝て、魔王なんか一撃で倒せる無敵の勇者じゃない。良くも悪くも、普通の人間だ。 「……なんかさ。世界、終わったって感じだよな、これ」 リリアを助けたい一心でここまできたけど、もうこうなっちまったらどうしようもない気がしてきた。 もし、彼女を助けられたとしても、魔王ダームには手も足も出ない。結局は世界は滅びて、それでお終いになっちまうだけなんじゃ……。 『――そんなこと、ない! まだ、終わってなんかないよ!』 不思議なぐらいの強さで、ヒロユキの声がオレの胸を打つ。 『切り札なんかなくったって、戦えるよ! 無茶な話だ――と、オレは声に出さずに思う。だが、それでいて嘘には聞こえないのは、ヒロユキならやりかねないと思えるせいだろう。 なにせ、そう長い付き合いとは言えないオレでさえ分かる。 『前回、ぼくとアドルも必死に探したけど、クレリアの装備を揃えきれなかったんだ。それに六神官だって力を貸してくれたけど、全員は揃っていなかった。 オレを説得しようとするヒロユキの言葉を、オレは最後まで言わせなかった。 「なあ、ヒロユキ。――アドルは、おまえを呼んでいると思うか?」 『え?』 突然、脈絡のない質問をされたせいか、ヒロユキが戸惑った声をあげる。だが、オレは奴の戸惑いに構わず、一方的に話を進めた。 「前は説明しなかったけど、クリントって小鬼からこの腕輪を受け取った時、こう言われたんだ。『困った時には、もう一人のおまえを呼べ』って」 あの後、苦し紛れのオレの叫びがなぜかヒロユキを呼び寄せたみたいだけど、本来ならそれはアドルがすべき役目だった。 いまだにこの腕輪の役割は分からないが、それでも一つだけ確かなことがある。この腕輪は、アドルとヒロユキ……この世界を救った勇者をもう一度、引き合わせるために作られた道具なんだ。 「もし、この氷像がアドルでまだ生きているんだとしたら……この腕輪をアドルが身につけることで、コンタクトが取れるかもしれない」 そう言いながら、オレは腕輪に手をかけた。一度はめて以来、ぴったりとはまってどうしても抜けもしなかった腕輪なのに、今は何の抵抗もなく緩められる。 「……まあ、いろいろと危険もあるかもしれねえけどよ。 尋ねながら、オレはこれが博打なのをはっきりと自覚していた。 そうなったらヒロユキだって元の世界に戻れるかどうか分からないし、もちろんアドルも助かるまい。 『……試しても……いいの、ユーロ』 むしろ、オレを心配するように尋ね返すヒロユキに、思わず笑ってしまう。ったく、どこまでもお人好しな奴だよ。 「少なくとも、試さないまま終わるよりは可能性があるだろ? 『……それは分からないけど、とにかく思いっきり叫んでみるよ』 どこまでもまじめにそう答えるヒロユキに苦笑しながら、オレは腕輪をゆっくりと外した。
呼び掛けたその声に、答えは戻らなかった。腕輪が完全に腕から抜けた途端、ぷっつりと断たれた様にヒロユキの気配がなくなった。 ……変なものだ、ヒロユキがオレの心の居候になったのはそんなに前のことじゃないっていうのに。 「だけど……本来は、あんたの相棒だったんだよな、あいつは。 氷像に向かって、オレは声を掛けてみた。もちろん、返事なんかはない。 アドルの腕に腕輪が完全にはまった瞬間、爆発的な輝きが広がる。目も眩む様な白い閃光に包まれ、オレは思わず目を閉じていた――。 《続く》
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