Act.18 勇者の復活

 

 それは、さながら空を舞う蛇の様だった。
 鮮やかな光の線を描きながら、複数の魔法が一斉にオレとヒロユキに目掛けて飛んで来る。

 正直な話、オレにはその光をしっかりとは見えてなかった。
 多分、目のいいヒロユキの方がずっとその動きを見えていただろうが、足をやられて動けないんじゃ避けることも出来ない。

 オレに分かったのは、その魔法がとんでもない威力だってことぐらいのものだ。見た目は綺麗でもぶち当たれば只では済まない光は、目まぐるしい早さで飛び交う。
 幾つもの素早い動きが同時に起こっているとは分かったけれど、その動きの一つ一つをきっちりと目で追えるような動体視力なんかオレにはありゃしないぜ。

 見えないものなど、避けようもない。
 そういう意味で、オレは開き直っていた。
 だから、オレは一つ一つの光は意識しなかった。ただ、ヒロユキの前へと移動し、両手を前に突き出して念を凝らす。

「跳ね返れッ!」

 そう叫んだオレの意思に応じてか、無数の光はまさにオレ達にぶち当たる寸前に軌道を変えて跳ね返った。

 まるで、壁に当たったボールの様に飛んで来た方向へと跳ね返る。正直、その勢いでダルク=ファクトにぶち当たってくれればと思わないでもなかったが、残念ながらそこまでうまくはいかなかった。

 強烈な一撃であるはずの光を、ダルク=ファクトはキャッチボールの玉でも受け止めるようにあっさりと受け止めてしまう。……まあ、そもそも本人の魔法なんだから、本人に効くわけないとは薄々思っていたけどよ。

「ほほう、なかなかの魔法防御力だな。これほどの防御魔法には、そうそうお目にかかれるわけではない……これは本気で驚いたぞ」

 少しも驚いた様子もなく、スカした顔でそう言ってのけるダルク=ファクトにムッとしたものの、オレもそれは表情にはださなかった。
 ケンカにおいて、ハッタリは重要だ。

 こちらがすごい奴だと相手が勝手に思って、攻撃を躊躇してくれりゃこっちとしては大助かりだ。
 だからこそ、オレは余裕かまして尊大に言ってのけた。

「そりゃ、お褒め預かって光栄だね。
 こいつはオレの得意技なんだよ。今ぐらいの魔法なら、いくらでも防いでやるぜ」

 得意技も何も、こんなの生まれて始めてやったことなんだが、相手に分かる訳がない。攻撃なんか無駄だと、あいつが思ってくれたらラッキーなんだが――。

「……ずいぶんと大口を叩くものだな。その度胸だけは褒めてやろう」

 静かな口調だが、わずかに顔を強張らせたダルク=ファクトは、指を持ち上げて指揮でもするように複雑な形を空に描く。その動きに併せ、奴の指先に光が生まれ、それが見るまに強まっていった。

「では、『今以上』の魔法を与えてみるとしようか。どこまで防げるか、試してみるのも面白い」

「げ……っ」

 ま、まずい、ハッタリ、裏目にでまくりかよっ?!
 挑発されたと受け取ったのか、ダルク=ファクトの奴、静かに、だが根深く怒っていやがるよ〜っ。なんちゅう、プライドの高い奴だ!

 奴が指を弾いた途端、さっき以上の痛烈な光がオレを襲う。何が何だか分からないまま、それでも跳ね返したいと望むオレの意思に応じてその光も何とか弾き返すことができた。 あ、あぶね〜、今なんかビビッて完全に目を閉じちゃってたのに、よく返すことができたよな。自分でも冷や汗ものだったが、とりあえずオレはハッタリを続行した。

 ただし、今度は相手を萎縮させるのが目的じゃなく、挑発するために。

「へえ? まさか、今のがあんたの全力かい? だとしたら、ちょっと期待外れだな」

 少し話しただけでも、このダルク=ファクトがプライドが高いのは分かる。ならば、挑発しまくってその高いプライドを刺激し、相手の平常心を崩すのも手だ。
 運がよければ、魔法制御かなにかに失敗して自滅する可能性がある。

 ――それ以上に、挑発で怒りまくってオレを目茶苦茶にたたきつぶしにくる可能性の方が高いとは思うけど、この際、リスクを気にしていられる場合じゃない!
 危険だとしても、相手をこちらのペースに引き込んで時間を稼ぐ必要があった。

「それこそ、まさかだな。では、リクエストにお答えしてもっと強い魔法を披露させてもらおうか」

 案の定、挑発に乗ってきたダルク=ファクトが呪文を唱えだしたのを聞きながら、オレはすぐ後ろにいるヒロユキにだけ聞こえる様、こっそりと囁いた。

「ヒロユキ、何をボウッとしてんだ、おまえはさっさとアドルを呼べよ!」

「え? で、でも……」

 戸惑う様にヒロユキが、オレと氷付けになったアドルを見比べる。このお人好しときたら、この期に及んで何を迷っているやら。

「時間稼ぎはしてやる! いいから、さっさと勇者を起こせっつーのっ!」

 正直な話、オレにはこんな化け物をどうにかする方法なんて思い付きもしない。やっぱり、ここは勇者様が必要だ。
 それに  オレには、奇妙な確信があった。 確信というよりは、懐かしい記憶といった方がいいかもしれない。

 さっき、必死にアドルを呼ぶヒロユキの声に思い出したことがあった。
 エストリアやイースに来る前、一年ぐらい前から繰り返して見る様になった不思議な夢を。

 今なら、分かる。あれは、ただの夢なんかじゃない。何の関係もないオレがどうしてあんな夢を見たかはさておくとして、あれは実際に起こった出来事だったんだ。
 あの夢に出てきた相手の男は、紛れもなくダルク=ファクトだった。そして、戦っていたのはこの氷づけの少年……アドルだ。

 どこかの塔で、絶体絶命に追い詰められながら戦っていた劣勢の『アドル』は、必死に『アドル』を呼んでいた。
 その直後の少年の嬉しそうな顔を、一瞬にして逆転した戦いも覚えている。

 ……本当に、今なら分かることがある。
 あの夢に出てきた『アドル』は、多分ヒロユキだったんだ。
 『アドル』の身体を乗っ取ったヒロユキが戦っていたけど、ダルク=ファクトの力の方が上だった。

 ヒロユキの話では、アドルは前にも心の奥底で氷付けになっていたっていうから、彼の助けは得られない状態だったんだろう。
 追い詰められた絶望的な状況で、助けになってくれる人の名を叫び気持ちは、なんとなく分かる気がする。

 この心の奥底に迷い込んだオレも、思わずヒロユキの名を呼んじまったもんな。多分、ヒロユキもそうだったんだ。
 あの必死な、心からの叫び――ヒロユキの呼び掛けが本物のアドルを呼び起こしたに違いない。

 その後が何がどうなったかまでは分からないが、とにかく本物のアドルの目覚めこそがダルク=ファクトへの勝利に繋がったんだ。 切り札は、すぐ側にある。
 なら、多少無理をしてでもそれを使わない手はない!

「こっちは任せな。急げよ、ヒロユキ!」

 さっきよりも強い輝きで飛んで来る魔法の光を跳ね返しながら、オレは叫ぶ。

「う、うんっ」

 頷いたヒロユキは大胆にもダルク=ファクトに完全に背を向け、氷付けのアドルの方へと向き直る。
 ……いくら任せろと言ったからって、少しは他人の言うことを疑わないのかね、あいつは。

 などと少々呆れはしたものの、今はそんなことをいちいち突っ込んでいる場合じゃない。ダルク=ファクトの魔法を跳ね返すことだけに専念して、オレもまたヒロユキ達に背を向けて真正面だけを睨みつけた。

「アドル、聞こえてるかい?! 頼む、起きてくれよ!」

 呼び掛けるヒロユキの声を嘲笑ったのは、ダルク=ファクトだった。

「無駄なことを。
 アドル=クリスティンは全ての言葉から耳を閉ざすために凍り付いた。いくら呼び掛けようと、目覚めようはずもない」

「それは……どうかなっ?!」

 ダルク=ファクトの魔法を跳ね返しながら、オレもまた、声を張り上げた。魔法を跳ね返すのって結構体力がいるせいか、息が弾んできたもののオレは極力それを抑えて強気にいってのける。

「あんたは無駄と、本気で思っているのかい? だって、あんた自身が言ったんだぜ……ヒロユキなら、アドルを目覚めさせることができるかもしれないってな」

 それは、もはやダルク=ファクトへ対する挑発ではなかった。一応、形式的には奴に向かって喋っていたものの、オレが本当にそれを聞かせたい相手はダルク=ファクトじゃない。

 アドルに呼び掛けている、ヒロユキに向かっての言葉だ。諦めず、しっかりとアドルへ呼び掛け続けてもらうために。

「ヒロユキの悲鳴なら、アドルも反応するかもしれないって、あんたも思ったんだろう? なら、ヒロユキの呼び掛けでアドルが目覚めるのは有り得ない話じゃないさ!」

 強気に叫んだ言葉は、ダルク=ファクトにとっては図星だったらしい。少しばかり気が緩んだのか魔法が止まったスキを突いて、オレはここがチャンスとばかりに自分から炎を打ち出した。

「燃えちまえっ!!」

 数える程しか使ったことがないが、今まで打ち出した中で最大級の魔法の炎がダルク=ファクトに襲いかかる。オレ的には、会心の一撃。
 だが、奴はそれを避けさえしなかった。

 炎の塊をまるで涼風であるかのように、そのまま受け止めやがる。しかも、軽くマントを払って、鼻で笑ってみせるというおまけ付だ。

「もしや、これが炎のつもりかね? ふむ、魔法防御には目を見張るものがあるが、攻撃の術はお粗末なようだな」

 いちいち腹が立つことを言いながら、ダルク=ファクトはフワリとマントを翻した。

「……ふぅむ、変わっているな、面白い。
 少しばかり、おまえにも興味が湧いてきたぞ。
 異界より来たる勇者と共に来た点と言い、只者ではなさそうだ。
 名乗ってもらおうか」

 奴がそう言った時、オレは内心バカバカしいと思っていた。
 只者じゃないもなにも、オレときたらただのニセ勇者様だぜ? そんなチンピラを掴まえて、こうも仰々しい台詞をえらそうに吐くなんて、魔王ってのも案外見る目がないとせせら笑ってさえいた。

 だが――オレの方こそ、見る目がなかったみたいだ。
 ここは一発ヒーローっぽく、おまえに名乗る名前なんてない、とか言ってやろうかなと思った時のことだった。ぐらりと、目まいじみた感覚が襲ってきたのは。

「ぃっ?!」

 今まで体験したことのない感覚に戸惑うオレの口が、別人みたいに勝手に動く。

「ユーロ……オレの名前は、ユーロ……」

 するりとそう答えた自分にオレが一番驚いたが、ダルク=ファクトはそれが当たり前であるかの様に余裕たっぷりに笑った。

「ほう、ユーロか。エウロペ地方の子とは、なかなか良い名だな。出身地を聞き出す手間が省けたというもの。
 では汝ユーロよ、エウロペの地に生まれた者よ、ダルク=ファクトの名において我の前に平伏すがよい」

 ダルク=ファクトがそう言った途端、圧倒的な何かがオレを襲ってきた。

「……っ」

 別に痛い訳でもないし、苦しい訳ではない。というより、どちらかというとこれは……むしろ気持ちがいいのかもしれない。
 なんだか頭がぼうっとして、ダルク=ファクトの言葉だけが妙にくっきりと耳に飛び込んでくる。

 奴の……いや、あの方の言うことを聞けばいいんだと半ば本気で思い込みかけたが――オレは寸前でハッとした。

「な……っ、なにをしやがった?! そ、そんな手にはのらねーぞっ」

 そう叫んだ瞬間、ぼやけていた意識が急に明確になる。そうなってみて、オレはついさっきの状態がいかにやばい状態だったかを実感した。

 や、やばかった。
 今更ながら思い出したが、魔法の力を持つ相手に本当の名前を知られるのはあまりよくないと聞いたことがあるのを思い出した。

 強い魔力を持つ者なら、その名前を手掛かりに魔法をかけてくることができるとか、なんとか……。
 そういや魔法の中には、精神を操る魔法もあるってのも聞いたことがある。

 魔法の光だの炎だのは跳ね返せても、そういう魔法のことまで考えてもいなかっただけに、うっかりと引っ掛かるところだったぜ!

「おや、効かぬとは、そこまで魔法抵抗力が高いのか?」

 さも意外だとばかりに軽く目を見張ったダルク=ファクトは、オレに向かってスッと軽く手を伸ばしてから呟いた。

「……いや、違うな。
 おまえの名は、真名ではないな。私の術に掛かっているのに、真の名を隠すとは小賢しい。
 父母より与えられた名を名乗れ」

 その命令にも、圧倒的な魔力が込められていたに違いない。さっき感じた目まいの十倍ぐらい強烈な目まいに加え、目の前にいるダルク=ファクトがやたらと魅力的に見えて参ったが、それでもこの質問はオレには幸運だった。

「へ……っ、そんなの……知るかよ!」

「知らぬ? そんなはずはなかろう、魔法を操る者が真名を持たぬなど有り得ぬ。
 全ての魔法は、そのものの真名にかけることで威力が倍増する。その威力、魔法使いなら分からぬはずがあるまい」

 とことんえらそうに言ってのけるダルク=ファクトの言葉は、理解出来ない訳じゃなかった。
 昔から、名前には特別な意味があるといわれている。それこそ神話やおとぎ話級の昔からだ。

 たった今、ダルク=ファクト自身が自分の名においてオレを支配下に納めようとした様に、名前を他人に知られることで相手に自分を支配される、なんて話も神話じゃ割合よくある話だ。

 逆に、名を名乗ることによって魔法の効き目を強めることができるのなら、名前ってのは使いようによっては良くも悪くも働くカギなのかもしれない。
 だが、どっちにしろオレには両方無理だ。

「どう言われたって……知らないものは知らねえんだよっ!」

 たとえ答えたいという衝動に耐えられないとしても、知りもしない答えなど答えようがない。
 父母から与えられた名なんて、オレの方が知りたいぐらいだ。

 オレの名をつけたのは、孤児院の院長だ。名の分からない子には拾われた場所にちなんだ名をつけるという慣習に従ってつけられた名だが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
 正直、手抜きもいいところだといつも思っていたが、今だけは感謝したい気分だ。

 とは言え、今の状態じゃオレが圧倒的に不利なのは変わらない。なんとも言えない重圧感に耐えながらどうにも出来ず、ただ立ちすくんでいるだけのオレだったが、真後ろの方向から不敵な印象の声が聞こえてきた。

「へえ、いいことを聞いたぜ」

 その声は、始めて聞く声だった。
 多分、若い男  だいたいオレと同年代ぐらいの少年の声。だが、その声は明らかにヒロユキの声じゃなかった。

「貴様は……っ」

 ダルク=ファクトが血相を変えるのが分かる。凝視しているその目は、オレを飛び越してその後ろを睨みつけている。

 そっちに気を取られているせいか、オレの身体を呪縛していた力が緩んだのか、少しは身体の自由が戻ってきた。最も長い間圧迫され続けていたせいか、オレは自由になると同時にへなへなとその場に座り込む。

 それでも辛うじて振り返ったオレは、さっきまであった氷の塊が消えているのに気付いた。
 代わりに、そこにいるのは二人の少年。

 異国風の風変わりな衣装を着ているのは、ヒロユキに間違いない。その隣にいる少年に会うのは初めてだが、すごく見覚えのある顔だった。
 ずっと前、夢で繰り返して見た顔。
 戦士風の格好がすごく様になっているそいつが誰なのか、聞かなくても分かる。

 ……さすがは勇者というべきか、おいしいところで登場するものだ。
 それは紛れもなく、アドル=クリスティンの復活だった――。
                                    《続く》

 

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