Act.19 最後の六神官

 

「よくも今まで人の心を乗っ取ろうと、好き勝手にやってくれたな……! 今度はこっちの番だぜ、ダルク=ファクト!」

 そう叫んで、アドルが大きく手を振り上げた。
 そのまま、よく通る声で高々と命じる。

「汝、ダルク=ファクトよ、六神官でありながら闇に墜ちた魔人よ……今こそ、アドル=クリスティンの名に置いて命じる。
 我が意思に応じ、己の使命を全うせよ!」

 さっき、ダルク=ファクトがオレに言ったのとよく似た呪文めいた言葉は、速やかにその効力を表した。
 オレの目にさえはっきりと映る揺らぎが、ダルク=ファクトを覆うのが見えた。同時に、魔人が大きくよろめく。

 さっき、オレが奴の呪文のせいで意識が朦朧とし、意思を奪われそうになったのと同じような効果に襲われているんだろうと、予想がつく。

「な、なぜ……っ?! なぜ、おまえにこれほどの力が……っ?!」

 ダルク=ファクトが初めて驚愕の表情を浮かべて、アドルを見返す。何か、抗おうとしているのか呪文らしきものを呟くが、それは一向に効果がないみたいだった。
 むしろ、アドルから生み出される魔法の余波のようなものに押されているようで、ダルク=ファクトは次第に脂汗を浮かべ、立っているのも辛そうに見える。

「抵抗は無駄だぜ、ダルク=ファクト。
 さっきまでとは違うんだ……、こっちには異界から来た勇者の協力がある。それに、六神官の加護もな」

 そう言いながら、アドルは自分で自分の左腕を擦って見せた。
 その仕草と同時に、ふいにそこに腕輪が浮かび上がった。

 さっきまではなかったはずなのに、いきなり降って湧いたように現れた腕輪には、見覚えがあった。
 忘れるはずもない、この心の中にくる直前に氷像のアドルの腕にはめた、あの腕輪だ。


「さっきまでとは違うぜ。今、現実のオレの腕には腕輪がはまっている。ラーバ老がくれた、六神官の血を引く者の協力を得ることの出来る腕輪がな!
 すでに五人の神官の末裔の協力が、オレにはあるんだよ!」

 左腕を突き付けるように、アドルはダルク=ファクトを指差す。たったそれだけの動きなのに、魔人は雷にで打たれたように身をのけ反らせ、苦痛の悲鳴を上げる。

「ダルク=ファクト、裏切ったとはいえおまえも六神官の末裔だ。おまけに今のおまえは死者……死を司るクリスティン家のオレに勝てると思うな!
 平伏するのは、おまえの方だ!」

「う…ぉおおぉおお――っ?!」

 せめてもの抵抗か。それとも、苦痛の余りに叫んだだけなのか。どちらにせよ、断末魔のような絶叫を上げたのを最後に、ダルク=ファクトはその場に崩れ込んだ。

 そしてそのまま、まさにアドルの前に平伏するような格好のまま、固まってしまう。さっきまでのアドルがそうだったように、周囲を氷の塊のようなもので覆われて動かなくなったダルク=ファクトを、オレは呆然と見つめていた。

 さっきまでの奴の恐ろしさや、ほとんど負けかけていたこっちの状態を考えればとても信じられない……が、アドルはものの見事に逆転したんだ。

 こんなすごいことをやってのけた癖に、平然とした顔で立っているアドルをオレはそっと、盗み見た。……いや、別にそこまでこっそりしなくてもいいような気がするけど、偽者としちゃなんとなく気後れしちまう。

 こうやって改めてみると、アドルはやっぱり勇者だとしみじみ思う。
 夢の中や氷付けになっている時は分からなかったけど、アドルの着ている防具の輝きは、紛れもなくクレリア製だ。見慣れない形の剣を腰に下げ、ただ立っている姿だけでも様になる。

 オレの着ている鎧なんかは、割にアドルの物と似ているものを選んだつもりだったが、比べてみるとその差は歴然だ。
 ダルク=ファクトに対して一目で危険を感じたように、方向性は正反対だが一目でただものじゃないと分かる雰囲気を放っているのがよく分かった。

(こいつが、本物のアドルかよ……?!)

 正直な話、オレは勇者なんて言っても本物のアドル=クリスティンもそんなに普通の奴と大差がないだろうと、高を括っていた。

 勇者の片割れというヒロユキが、戦う時だけはすごいものの普段はちょっと間抜けでどこにでもいそうなお人好しなように、アドルもそんな感じかと勝手に思っていたんだ。
 だが、本物の勇者ってのはやっぱり別格みたいだ。

 剣の腕はまだ見ていないけど、アドルのこの度胸や落ち着きっぷりは並じゃない。ヒロユキもただものじゃないと思ったが、アドルは紛れもなくそれ以上だ。
 これだけの度胸は、相当の修羅場をくぐらなきゃそうそう身につくものじゃない。

 もし、オレとアドルが一緒に並んでいたのなら、どんなに見る目のない一般人でもどちらが勇者でどちらか偽者か、一発で見抜くことは請け合いだ。

(……………………もう、偽勇者稼業はやめとこ……)

 心の底でこっそりと偽勇者廃業を決意した時、ちょうど振り返ったアドルと目が合ってオレはギクッとせずにはいられなかった。

「そういや、挨拶が遅れたな。あんたは……ユーロって言ったっけ?」

 割と気さくな、友達に対するような話しかけだったにも関わらず、いろいろと後ろめたいことでいっぱいなオレはうろたえずにはいられなかった。

「え……っ、あ、あの…っ、オレはそのっ、名乗る程のもんじゃありませんからっ、ええっ?!」

「……なに、いきなりうろたえてるんだよ、ユーロ?」

 ヒロユキはきょとんとした顔で聞くが――これが落ち着いていられるものかっ!
 魔王を倒す様な勇者の前にして、偽者として美味い汁を吸っていたオレが堂々と振る舞える訳がないだろっ?!

 ましてや、ついさっき命令する言葉だけでダルク=ファクトを氷付けにしてしまうのを見たばかりだ、自分がその第二号になるかもしれない危険は避けたい。それだけはマジで。 警備兵に呼び止められた時よりもよほどビクビクしながら、オレは愛想笑いを浮かべて後ろに下がろうとした。

 だが、アドルは別にオレを糾弾する様子もなく、それどころかかえって不思議そうな表情をする。

「名乗る程の者じゃないって……ユーロは六神官なんだろ」

 その言葉にびっくりしたのは、オレだけじゃなかった。

「「ええぇっ?!」」

 オレとヒロユキの驚きの声が、ぴったりと重なる。

「まさかっ、嘘だろっ、アドル?! ぼく、そんな話聞いてないよっ?! それにユーロって全然神官っぽくないし」

 ……どーでもいいけど、お人好しの癖に何気に失礼な奴だよな、ヒロユキって。
 まあ、オレ自身だって初耳の上にとても信じられない台詞だったから、ヒロユキが言わなきゃオレ自身が似たようなことを聞き返していただろうし、文句はないけどよ。

「なんだよ、知っていて連れてきてくれたんじゃないのかよ」

「ううん、全然っ」

 ヒロユキの答えを聞いて、アドルが苦笑じみた笑みを浮かべる。

「……相変わらずと言うか、おまえらしいな。
 でも、間違いないぜ。
 ユーロがいるからこそ、六神官の力の力がそろったんだ。この腕輪をつけていると、分かる……この腕輪は、六神官の力を一人に集めるための魔法道具なんだ」

 アドルの言葉に釣られて、オレはまじまじとその腕輪を見つめてしまった。そ、そんな御大層な腕輪だったとは……っ、やっぱり売っておけばよかったか、などとせこい考えが頭を過ぎる。

「六神官ってのは、それぞれが違う特殊な能力を持っているんだ。ヒロユキなら知っているだろう、サラが未来予知の力を持っていたのを。
 サラやゴーバンのトバ家は読心と予知の力を持ち、トマのジェンマ家は回復魔法に秀でている。ダーバ老は儀式魔法では右に出るものがないと言われた、タルテソ家出身だ」

「じゃあ、クリスティン家は……?」

 おそるおそるオレは聞いてみた。さっき、死を司るとか聞いただけに、いきなりの死の呪文が投げ付けられるんじゃないかとビクビクものだったが、アドルは事も無げに言う。


「うちは本来は、生と死に関わる魔法が専門なんだよ。
 一番得意なのは、死者の魂だけを呼び寄せて、自分自身の肉体に憑依させる憑座(よりまし)の技だ。まあ、本来はこれは巫女しか使えないはずの力だから、男のオレには関係なかったんだけどな。
 だけど、この腕輪は六神官の力を引き出すことができるんだ」

 アドルが腕を動かすのに合わせ、キラリと腕輪が輝いた。

「六神官の血を引く者なら、たとえ修行していなくてもこの腕輪をはめることで自分の中の潜在的な一族の力を使用できる。
 それに……この腕輪には、ラーバ老だけじゃなくてゴーバンやトマの力もこめられているな。
 この腕輪には、六神官の力を預けることもできるんだ。だからこそ、ここにはいないあいつらの力も借りることができる」

 その名に、アドルだけでなくヒロユキも一瞬だけとはいえ懐かしんでいるような表情を見せる。
 そう言えば、ヒロユキはそいつらとは前の冒険で知り合いだったとか言ってたっけ。

 それなら懐かしんで当然かもしれないと思いつつも、こんな風にアドルやヒロユキだけで通じる話を聞いているのは、なんとなく疎外感を感じちまう。
 まあ、疎外感も何も、実際にオレは部外者に過ぎないんだけど……なんてことを考えていた時、不意にアドルがオレに話しかけていた。

「ふぅん……ユーロがこの腕輪を持っていたのなら、自分の意思じゃない魔法が働かなかったか?」

「あ、ああ。それなら、何度かあったけどよ」

 ちょっとドキマギしつつも、オレは素直に頷く。
 いつか見た、リリアの村が滅ぶ白昼夢。あれが予知というのなら、頷ける。それに、自動的に体力が回復したこともあった。

 それが腕輪の力だというのなら、納得できる。
 だけど、未だにオレはオレが六神官の末裔だと言われたのが、ピンとこなかった。というか、全然信じられっこないぜ。

「なあ、ユーロ。
 おまえ、ひょっとして胸元に魔法陣の形をした痣があるんじゃないのか?」

「え……っ?! な、なんで、それをっ?」

 さっきの話以上に、今の質問の方がよっぽど不意打ちだった。
 一瞬、服でも破けているのかと胸元を見下ろしたがなんともなっていない。ならば、ヒロユキがばらしたのかと奴の方を見たが、あいつの方も驚きにきょとんとしているという意味じゃオレとどっこいだった。

「確かにあったけど……何でそれを知っているんだよ、アドル?」

 揚げ句、オレの許可もなく勝手に痣のことを話しちまってるし!

「やっぱりな。これでおまえが何者か、確信が持てたぜ」

 大きく頷くアドルに真正面から見つめられ、オレは心臓がドキリと跳ねるのを感じた。捨て子のオレ自身でさえ知らない、オレの出生――それを、アドル=クリスティンが知っているというのか?

 無意識に息を飲んで、オレはアドルの言葉を待った。
 それは、本当ならそう長い時間じゃないだろう。だが、オレにとってはアドルが再び口を開くまでの時間が、途方もなく長い時間のように感じられた。

「ダルク=ファクト……つまり、ファクト家は攻撃魔法に長けている。六神官で最強と言われた攻撃魔法に対抗できるのは、同じく最高の防御魔法の使い手しかいない。
 おまえは間違いなく、リィブ家の血を引く神官の末裔だよ。
 ランドルフ=リィブ。それが、おまえの真の名前だ」

 やけに自信ありげに、アドルはそう断定した――。
                               《続く》

 

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