Act.20 偽の勇者と本物の勇者

 

「……ちょ……っ、ちょっと、待てよっ?! 待ってくれよ、そんな話、突然聞かされたって……?!
 嘘だろ、そんなの……っ」

 突然過ぎて、なにがなんだか分からなかった。
 だいたいオレは自分をずっと捨て子だと思っていたって言うのに、いきなり本名やら身元を聞かされてもピンとこない。

 と言うより、その身元ってのがそんな有名かつ立派な家系だってのが、まず信じられない元だ。
 そりゃあ、オレだって自分の身元が実は大金持ちのおぼっちゃんだったんじゃないかだなんて、夢のように都合のいい話を一度も夢想しなかったとは言えない。

 誰にも言ったことなんかないが、自分にとって都合のいいシンデレラストーリーを考えたことがないって言ったら、嘘になる。
 捨て子だの、身元不明の子供なら一度は考えてしまうそんな夢は、ある意味で麻疹みたいなものだ。

 実は、どこかに自分の両親はちゃんといて、迎えに来てくれるんじゃないかとか、その家が立派で金持ちだといいな、とか。
 現実を知れば、そんなことなんかあるわけがないと甘い夢想など捨てるようになる。オレだって、とうの昔にそんな夢なんか捨て去った。

 それに、一番夢に縋っていた幼い子供だった頃だって、いくらなんでもここまで都合がいいというか、すごい設定での空想なんか考えたことなんてない。
 六神官と言えば、オレでさえ名前を知っているような、超有名な名家……言ってしまえばセレブな一族だ。

 なのに、よりによってこのオレが、その一員だって? 正直な話、悪い冗談としか思えない。

 今回のにせ勇者騒動の一連では、何かと驚かされることが続いたが、その中で一番衝撃的で信じられない話だった。
 なのに、アドルはどこまでも真顔でオレに告げる。

「嘘なんかじゃないさ、ランドルフ=リィブ。 おまえの両親のことも、おまえがなぜ捨てられることになった事情も、オレは知っているよ。
 おまえが望むなら、それを話してやってもいいんだが……」

 そこまで言って、アドルはわずかに上の方を見上げるような仕草をして、小さく舌打ちした。

「……来やがったな。思ったよりも、早い」

「来たって、なにが?」

 きょとんとした様子で尋ねたのはヒロユキだったが、それはオレも聞きたい疑問だった。
 

「敵だよ。オレの本体がおいてあった場所に、敵が近付いてきている。今、扉をガンガン叩いているな……早めに戻らないとやばいぜ」

「えぇえっ?!」

 それには、オレもギョッとせずにはいられない。
 なんたって、アドルの氷像のすぐ近くにはオレの肉体もあるんだっ! アドルの予測が正しいのなら、魂が抜けてひっくり返っている身体……それが知らない内に怪物にかじられでもしたらと思うと、いても立ってもいられない。

「今は時間がないんだ、悪いな。この際だから、頼む。
 オレは、魔王を倒したい。
 二人ともオレに協力してくれ、おまえ達の力が必要なんだ」

「うん」

 その言葉が終わるか終わらないかの内に力強く頷いたヒロユキを見て、アドルが苦笑した。

「おいおい。まだ、何も説明してないぞ」

「いいよ、話は後でも。
 何も聞かなくても、アドルの頼みならぼくはなんでも引き受けるよ」

 そう答えるヒロユキには、迷いなんて全くなさそうだった。羨ましいぐらい単純に、アドルに全信頼を預けている。

「――ありがとうな、ヒロユキ。で、おまえはどうする?」

 アドルに視線を向けられ、オレはギクリとせずにはいられなかった。
 落ち着いていて、堂々とした態度。
 一般的に見れば褒めるべき長所のはずだが、こんな非常時にここまで落ち着いた態度を取れる奴ってのは、ただものじゃない。

 で、常人以上にすごい奴っていうのは、時として他人にも無茶を要求するところがある。 すごんで相手を言いなりにさせようとするチンピラの持ち掛ける取引なんかより、妙に物腰が落ち着き払った幹部クラスの取引の方が色々な意味で危なかったりするものだ。

 今までヤバめの商売にかかわってきた経験で培った勘が、これは危険の高い取引だと警報を鳴らす。
 そして、その勘は外れなかった。

「悪いが、乗りかかった船だ。嫌だって言っても、協力してもらうぜ。ダームとの戦いに、六神官の力は不可欠なんだ。
 おまえの『力だけ』をオレに預けるか、それともおまえ自身が最後まで戦いに協力するか――二つに一つだ」

 いきなり突き付けられた究極の二択に、オレは目を剥いた。しかも、嫌だという余地なんか最初っからなさそうだし!
 強気な取引条件を押しつけながら、悠然とした態度で答えを待っているアドルを見て、オレは『勇者』への認識を改めて思い直してしまう。

 途方もないお人好しで、しかもちょっと抜けていて物事を深く考えないヒロユキの相棒だったっていうから、アドルも似たようなものかと思ったこともあったが、それはとんでもない勘違いだったみたいだ。

 良くも悪くも、アドルの方がヒロユキよりもずっと度胸が据わっていて、押しが強い。駆け引きだって、巧そうだ。

 ……そういえばアドルの腕にはめた腕輪って、六神官の力を一つに集める効果があるとか言ってたっけ。この取引って、最初から相手が切り札を握っているようなものじゃん! たじたじになりながら、オレは少しでもましと思える方を聞いてみた。

「あ、あの……『力だけ』貸したら、オレはどーなるんでしょうか?」

 うっ、ビビッているせいか、このオレとしたことが敬語なんか使っちゃったぜ。

「オレが戦っている間、おまえの魂はずっと眠ることになる。戦いが終わったら、ちゃんとおまえの魂を肉体に戻してやるよ」

「戦いが終わったらって……勝ったらいいけど、負けたらどうなるんだよっ?!」

 驚きのあまり、素のまま突っ込んでしまったが、オレの敬語にビクともしなかったように、この質問にもアドルは動じなかった。

「もし、万が一オレが負けたら、当然の話だが預かった力は消滅することになるな。でも心配するな、戦う前におまえの肉体は安全な場所に隠しておいてやる。
 オレが勝とうが負けようが、おまえが死ぬことはない」

 さすがは勇者というべきか、自分自身の死について、ここまでさらりと言える度胸がアドルにはあるらしい。
 そして、アドルは気休めなど言わなかった。

「おまえに協力の意思があるなら、今すぐにおまえの肉体に身体を返してやるよ。その後は、一緒に戦ってもらうことになる。
 だが、この場合のリスクは……言うまでもないだろう?」

「あー……そりゃ、そうっすよね〜」

 オレは意味もなく、愛想笑いを浮かべつつ頷いた。
 戦いに参戦する以上、危険度は格段にアップする。アドルの勝率や死亡率がそのまま、オレの死亡率に繋がるって寸法だ。

「選べよ、ランドルフ……いや、ユーロの方が、馴染みがあるか?
 おまえが協力してくれるのなら、オレもおまえの望みに協力してやる」

 そう言って、オレの決意を待つように沈黙したアドルに――感心しないでもなかった。 腕輪を持っている以上、すでにアドルは切り札を手にしているし、腕力だって度胸だって明らかにオレ以上だ。言うことを聞かなければと、脅し付ける方がよっぽど簡単なはずだ。 

 だが、それをしないで取り引きを持ち掛けてくる態度は、誠実と言っていい。……まあ、オレみたいなチンピラに六神官として協力しろだなんて、言っていることは無茶だけど考えてみればそう悪い条件でもない。

 考えてみれば、ヒロユキに危ないことはお任せしつつ、今までオレはなんとか偽アドルをやってきたんだし、今後はそれに本物が加わるんだ。

 敵地でどこかの物置に肉体だけどこかにしまってもらうよりも、ヒロユキとアドルつきで前線にいた方がまだ安心できる。
 そうセコく計算してから、オレはやっと結論を口にした。

「じゃ……じゃあ、協力するから、リリアって娘を助けるために、力を貸してくれ。
 どうしても、あの娘だけは助けたいんだ」

「いいぜ、分かった。
 約束しよう」

 オレの目を見たまま、アドルはしっかりと頷く。

「じゃあ、これからおまえ達を身体へ戻す。
 宝物庫に戻ったら、おまえの真名にかけてどこそこに行きたいと黒真珠に命じればいい。 黒真珠には、ダームの支配する領域では絶対の効力がある。
 特にこのサルモンの神殿ではな」

 説明もしなかったのにオレが黒真珠を持っていると見抜いたのも驚きだったが、それ以上に、いつの間にかサルモンの神殿にいるという事実の方が、衝撃的だった。

「えっ?! ここが、サルモンの神殿だったのかっ?!」

 見えているのに全然辿り着かなくて、あれほど苦労してうろついていたっていうのに、知らない間に到着していたというお間抜け感。
 驚くオレをみて、アドルは少しばかりからかうような表情を見せる。

「気が付いてなかったのか?
 黒真珠を持っているからこそ、おまえは門を潜ると同時に無意識に一番行きたい部屋に移動したんだよ」

 そう言われれば、思い当たることはある。
 門を入って、すぐ宝物庫って造りはいくらなんでも変じゃないかって思ってはいたんだ、オレでも。

 ……ってことは、オレって無意識にリリアよりも財宝の方を重視してたってことか?
 到底彼女には言えない真実を知ってしまい、ちょっとばかりへこみそうなオレに、アドルは淡々と続ける。

「黒真珠の鍵を持っているおまえに、開けられない扉はないさ。
 望むままに、好きな部屋に移動できるはずだ。
 そして、覚えておけよ、ユーロ。
 おまえの一族の力は、守りの力だ。何かを守りたいと思った時、おまえは最大の力を発揮できる」

 予言のようにそう言ってから、アドルはもう一度上を見上げた。

「……そろそろ、本気でやばいみたいだな。じゃあ、健闘を祈るぜ」

「え?」

 その言葉の意味を、問う暇はなかった。
 ここに来た時と同じように、目も眩むような眩い光が周囲を包む。とても目を開けていられなくて、オレは固く目を閉じた――。

 

 


「う……?」

 目が覚めたのは、耳障りなドンドンという音と、頬にあたる冷たさのせいだった。
 それが、自分が床に突っ伏して倒れているせいだと悟るまでに10秒、ドンドンと言う音がなにやら壁を強く叩いている音だと気が付くまでさらに10秒、ついでに音のする壁辺りが微妙に歪んで壊れかけているのに気が付くまで、さらに15秒はかかった。

 そして、やっと状況を判断したオレは跳ね起きた。
 の、呑気に寝ている場合なんかじゃねえっ! 慌てて周囲を見回すと、女神がまだ凍り付いたままなのは変わらなかったが、その隣のアドルはすでに氷像ではなかった。

 床に突っ伏すような態勢で倒れているアドルは、どう見ても生身だ。
 奴も今、目が覚めたのか、瞬きしながら身を起こしているところだった。

「ア、アドル? えっと……その、これからどうすりゃいいんだ?」

 おそるおそる問い掛けたオレに、『アドル』はきょとんとした表情で返してきた。

「さあ? そんなの、ぼくにもさっぱり」

 声こそは、アドルのものだ。
 が、その口調や雰囲気は間違いようがない!

「なんだよ、おまえだったのかよっ、ヒロユキッ?!」

「なんだよー、その言い方は? 引っ掛かるなーっ」

 思わずがっくりしたオレの目の前で、『アドル』が妙に子供っぽく頬を膨らませる。それが本物のアドルとはずいぶん違って見えて、オレはますます呆れてしまった。
 実際、夢で見ていた時から、オレはアドルのことをこう評価していた。結構、かっこいい感じでなかなかモテそうな男だと。

 実際に会ってからは、その評価はますます強まった。
 だが、今、ヒロユキが身体を支配するアドルを見て、こう結論せざるを得ない。

「……………………人間、なんだかんだいって中身って大切なんだな」

 しみじみとオレは思わずにはいられない。
 夢や、氷像、それに心の中で見たアドルにあった精悍さなど、今の『アドル』からは微塵も感じられない。

 顔こそは本物のアドルそのものなのに、この口調やら浮かべる表情のせいで、どこかしら間の抜けた感じに見えるのが不思議だ。

「だから、どーゆー意味だよっ、その言い方?! まるで、ぼくじゃダメみたいじゃないかー」

 ああ、その通りだよ  とはさすがに言わなかったものの、このガックリ感は並じゃなかった。
 ……これは、あれだな。
 本物と贋作の絵を、一緒に見比べた時の感覚に似ている。

 単品で贋作だけを見ればそこそこ以上にいいと思っても、本物の良さと比べ物になるはずもない。
 なまじ、アドルの凄さを目の当たりにしただけに、中身がヒロユキだっていうのはえらく力の抜ける展開だった。

「しかし、おまえがアドルの身体にいるってことは……アドルはどこに行っちゃったんだよ?」

 力なく尋ねるオレに、ヒロユキは文句を言っていたのもけろりと忘れて、元気良く答えた。

「アドルなら、ぼくの中にいるよ。……っていうか、ぼくがまたアドルを乗っ取っちゃったっていうか、身体の主導権を握っているだけだって」

「『だけ』って、十分大事だろっ、それっ」

「ぼくだって、ぼくよりアドルが主導権を握っていた方がいいと思ってるよ! だいたい、アドルの方がぼくよりずっと頭も切れるし、剣の腕だって上なんだから」

 情けないことを、何を胸を張って力一杯力説してるんだ、こいつは。

「けど、アドルはダルク=ファクトを抑えるために、心の中にいるんだ。少しでも油断したら、また乗っ取られかねないと言っている……でも、アドルが心の中にいれば抵抗を抑えられるし、ダルク=ファクトの力も使うことができるから、って」

「そんな話……聞いてねーよっ」

 手酷い詐欺に引っ掛かった気分で、オレは思わず頭をかきむしる。
 オレの予定じゃ、アドルが魔王退治とリリア救出をやってくれて、オレの身体の主導権をヒロユキに貸してそれを補助する、という傍観者な立場の冒険予定だったのに、なに、このいきなりの急展開。

 アドルの中身はヒロユキで、オレはヒロユキの補助なしで勇者の片棒を担がなきゃなんないのかよ?!

 正直、最初からこうなると知っていたら、オレはアドルの取り引きにもっと悩んだぞ、絶対!
 だが、ヒロユキは呑気なものだった。

「まあ、前と違って、交替しようと思えばできるし。
 いざって時になったらアドルも代わってくれるみたいだし、アドバイスと援護魔法はかけてくれるみたいだから、大丈夫だよ」

「本当に大丈夫なのかよ、それで……っ?!」

 オレとしては甚だ疑問で仕方がなかったが、ヒロユキは自信たっぷりに請け負った。

「だって、前にダルク=ファクトを倒した時だって、そうだったし。トマ達が魔法っぽい力とかでぼく達を援護してくれて、アドルが判断とアドバイス役、で、ぼくが運動全般担当。
 それで、なんとかなったよ」

 おいおい。いーのか、それで、仮にも勇者ともあろうものが。つーか、魔法っぽい力ってのは、なんだ、それ。
 何やら色々と突っ込みたいことが山ほどあったが、壁から漏れる光が大きくなってきたのを見て、それどころじゃないのを思い出した。

「お、おい、なんかが入ってくるぜ。どうすんだよ?!」

「あ、あれか。
 倒してもいいけど、時間が掛かりそうだね」

 そう言ってから、ヒロユキは少し耳を傾けるような仕草をする。

「……アドルが言ってるよ。すぐ、リリアの所に行きたいって望めって。先に、彼女を助けておけって言っている」

 そう言われてから、オレはついさっきもそう言われたことを思い出した。黒真珠を持つオレは、どの扉も開けることができる、と。
 だが――。

「けど、この女神さんはどうするんだよ?」

 凍りついたままの女神像は、微動だにしないままだ。いくら不信心なオレでも、自分だけ逃げ出して女神が怪物に襲われるままにしておくってのは、ちょっと気が引ける。
 だが、ヒロユキは首を横に振った。

「……このままで、平気だから気にするな、だって。
 レアは仮にも女神なんだし、きっと……大丈夫だよ」

 そう言いながらも、ヒロユキはいかにも気に掛かるように女神の像を見ている。

「そっか……。この娘、レアだったんだ。フィーナじゃなかったんだ……」

 独り言のように呟くヒロユキを見て、オレはなんとなく悟った。
 伝説に謡われる双子の女神。
 髪の色が違う以外はそっくりで、見分けの付かないほど美しい女神だと語られているが、ヒロユキにとっては多分、違うんだろう。

 異世界からやってきた上、女神を友達感覚で名前呼びするヒロユキにとっては、彼女らは女神なんかじゃないらしい。
 しかも、レアよりもフィーナの方が気になるってことは――多分、そういうことなんだなと、見当は付く。

 そんな風に、ヒロユキが氷の女神を見つめていたのはそれ程長い時間じゃなかった。心を決めたように顔を上げ、オレを促す。

「行こう、ユーロ。
 リリアを、助けに行こう」

 そんな風な真顔は、本物のアドルのようにみえた。
 自分の大切な少女の無事を案じながらも、ほとんど他人も同然の少女の救出を優先できる精神――それは勇者のみが持つ共通項なのかもしれない。

 さすがは勇者の相棒だと見直したが、それをそのまま言うのは照れくさい。
だからこそ、オレは意図的に軽く言った。

「……まっ、しょうがねえ、やるしかないよな。
 ったく、勇者様を差し置いて、偽物同士で魔王退治かよ〜。
 先行き、不安だぜ」

「偽物同士ってなんだよ、偽物同士って! 言っておくけど、本物だっているんだから大丈夫だよ!!」

 ムキになって言い返してくるヒロユキは、途端にアドルらしさを失ってなんとなく安心できてしまう。
 オレは笑って、ポケットの中にしまい込んだ黒真珠を握り込んだ。

「へいへい。
 じゃ、行くぜ――黒真珠よ、ランドルフ=リィブの名において、命じる。我らを、リリアの元へと導きたまえ!」

 アドルやダルク=ファクトの唱えた言葉に似せた呪文は、ものの見事に効力を発揮した。ちょうど、壁が大きく壊されてどっと怪物達が入り込んできたのと同時に、オレ達は移送の光に包まれていた――。                      《続く》

 

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