Act.23 鏡の間

 

 目も眩むような光と、一瞬の浮遊感  すでに何度も経験した魔法による移動の直後、目を開けたオレは思わずすっ頓狂な声を上げていた。

「な、なんだよ、こりゃあっ?!」

 飛んだ先は、立派な広間だった。まあ、そこまでは予測通りだったが、問題なのは部屋がガランとしていて、人っこ一人いないってことだ。
 ダームのあの自信満々の挑戦っぷりから察するに、てっきりここでオレ達を待ち受けていると思ったのに無人の広間にはダームどころか虫一匹見当たらない。

 あるのは、鏡だった。
 それも一枚や二枚なんてものじゃない。それこそ無数と言って数の鏡が、壁を覆い尽くさんばかりにかけられている。

 どんなおしゃれな女がいたとしても、こんな馬鹿げた数の鏡を必要とするとは思えないぐらい奇妙な部屋だ。

「なんなんだよ、これは?! 黒真珠、ちゃんとダームのところへと導けよ!」

 と、思わずアイテムに向かって文句をつけてしまうオレに、ヒロユキは妙に冷静に突っ込んできた。

「いや、君は『鏡の間』へと言ったんだし、黒真珠は間違ってないんじゃないのかなあ?」


「んなことはどーでもいいんだよっ!! 問題なのは、あのダームって野郎がここにいないことだろうがっ!!」

 再度移動しようとしてもなぜか黒真珠の力は発動しないし、おまけにこの部屋には扉もありゃあしねえ!
 あれだけ偉そうに逃げも隠れもしないとか言っておきながら、人を嵌めるとはなんて奴だ!!

 まあ、オレもチャンスがあったら人を騙すのなんてよくやるが、まさか魔王ともあろう者もこんなセコい手を使うだなんて思いもしなかったぜっ。
 憤慨しまくるオレをよそに、ヒロユキは少し目を閉じて唇だけを動かしている。それはどうやら、心の奥にいるアドルと話しているせいらしい。

 よっぽど意外な話なのか、驚いたような顔をしたり、困ったように眉をしかめたりと、目まぐるしく変わる表情が忙しい。

 ……しかし事情を知っているオレでさえ、傍らから見ていると不気味というか、妙な奴にしか見えないな。まだヒロユキは声をだしてないからましとはいえ、これで会話を口にしていたら独り言をいっている危ない奴確定だ。

 オレもヒロユキが中にいる時は、他人からみたらこんな風だったのかと思うと、変に恥ずかしくなっちまうぜ。
 ともかく、少しの間をおいて、ヒロユキは目を開けてオレへ向き直った。

「ユーロ、今、アドルから聞いたんだけど……ぼく達、罠に嵌められたみたいなんだ」

 んなことは言われなくても分かってる!――と、怒鳴りたくなる気持ちを辛うじて抑えて、オレはヒロユキの言葉の続きを待った。

「ここにある鏡……ワープミラーじゃないかって、アドルは言うんだよ」

「ワープミラー? なんじゃそりゃ?」

「えっと、あの鏡の中に入ると、ワープして別の所に行けるっていう仕組みらしいよ。
 鏡と鏡で繋がっている部屋は、魔法上は一つの部屋って概念で括られているから、ここは大広間じゃなくて幾つもの押し入れ……じゃあ、こっちの世界じゃ通じないか、えっと、幾つもの隠しクローゼットがある部屋と思えばいいみたいなんだ」

 言葉を選びながら苦労して説明するヒロユキの話を聞きながら、オレはなんとか話の要点を掴み取った。
 黒真珠は移動と開鍵の効果を持つ、万能の鍵には違いない。

 部屋から部屋に移動するのなら、これ以上便利なアイテムなんてないだろう。だが、鍵が効果を及ぼすのはあくまでも『部屋』に対してだ。
 大きな部屋に複数のクローゼットが隠されているのだとしたら、部屋の扉にしか効果を及ぼさない鍵なんか、何の役にも立つまい。

 オレは改めて、周囲を見回した
 言われてみれば、鏡は大小の差はあれどどれも基本的に大きめで、人がその中に入れそうな大きさだと言う点で共通している。

 しかしざっと見ただけでも、軽く数十個はありやがる。数えきれない量の鏡にうんざりしたものの、他に手がないのならしかたがない。

「よーし、それなら中に入って見ようぜ!」

 オレは手頃な鏡の一つに近付いて手で触れる。だが、中には入れるどころか、ごく普通の鏡の冷たい感触に阻まれただけだ。
 変だなと思った瞬間、いきなり鏡の映像がぐにゃりと歪む。そして、いきなり鏡の中から物凄い数のコウモリが飛び出してきた!

「う、うわぁっ?!」

 あまりの不気味さに、オレは思わず飛びずさった。
 しかも、飛び出てきたのはただのコウモリじゃなさそうだ。妙に大きめだし、目がギラギラと奇妙に光っているわ、むき出した歯は尖っているわと、どう見たって友好的じゃないっ!

「あ、ワープミラーには、見た目だけはそっくりなダミーも多いから注意しろって、アドルが言ってたよ」

「遅いわいっ!! そんな大事なことは、もっと早く言えっ!!」

 呑気なことを言っているヒロユキを怒鳴りつけ、オレは咄嗟に魔法を放つ。炎の塊に焼かれたコウモリが悲鳴を上げて黒焦げになるが、それぐらいでどうにかなるような数じゃない。

「ごめん〜」

 気の抜けた謝罪をしながらも、ヒロユキも剣を抜いてブンブンと振り回している。でたらめに振っているように見えて、ヒロユキの剣は的確にコウモリを捕らえ、次々と落としていく。
 たちまちヒロユキの周囲にコウモリが積み重なって黒い輪ができていく。

 オレも魔法を連発してコウモリを攻撃するが、なにせ数が数だ。しかも、鏡の中から際限なく新しく沸きだしてくるように見える。

「おい、ヒロユキっ、あの鏡を壊せばこのコウモリも止まるのか?!」

「えっと、それは聞いてないや。とりあえず、試してみる?」

 結構ぎりぎりな気分のオレに比べ、ヒロユキはこれぐらいはピンチだと考えていないのか、どこか呑気だ。
 だが、その表情が不意に引き締まった。ヒロユキには似合わないと思える険しい目は、鏡へと向けられている。

 それに釣られて鏡に注目したオレは、コウモリ達の後ろから何かが現れようとしているのに気が付いた。

「いや、試すには及ばぬ。鏡など、いくら壊しても無駄なこと。
 我を倒さぬ限り、可愛い部下達の出現は止まらぬからな」

 見上げるような大きさの甲冑  それだけなら、オレも驚きはしなかった。だが、鎧からはみ出ている蛸のような触手には、目を見張らずにはいられない。

 本来なら目立たないはずの鎧の隙間から、うねうねとはい出す何本もの触手……というよりも、触手が束になって無理やり鎧を着込んでいるような、グロテスクなモンスターが現れた。

「う、うわぁああっ?!」

 あまりの不気味さにドン引くオレとは逆に、ヒロユキは一歩進みでてる。結果、オレ達はほとんど同じ位置で並んで立った。

「そち達がここまできたことは、敵ながら褒めて遣わそう。だが、今までそち達倒した矢からは、所詮は小物」

 不気味な姿を裏切る流暢な言葉遣いはやたらと尊大で、自信に満ちあふれたものだった。なによりも、ヒロユキのいつにない緊張ぶりが、オレに教えてくれる――この敵の、手強さを。

 くそっ、とうとう敵も大幹部を差し向けてきたってわけか。こいつは一筋縄ではいかないぞ……!

「遊びはここまでだ。このザバ様が死を賜ろうぞ!」

 ザバがそう言った途端、コウモリが一斉にオレとヒロユキに向かって襲いかかってきた!


「ひゃああああ――っ?!」

 今までとは比べ物にならない数と勢いに、オレは反撃も忘れて思わず頭を抱えて屈み込む。
 だが、それでも避けきれるはずなく、ずたずたに切り裂かれると思った  だが、その瞬間、オレの身体が光り輝き、ぶつかるコウモリ達の攻撃を跳ね返す。

 確かにオレを引き裂くと思った爪や牙は、まるでよく塗った油で滑るように、オレにかすり傷も与えない。
 どうやら、無意識に防御魔法を使ったらしい……とは分かったが、傷を負う程の攻撃は防げてもコウモリがぶちあたってくる勢いまでは完全に殺せない。

「あうちっ?! あてててっ?!」

 石飛礫を当てられているような痛みに悲鳴を上げちまったが、それでさえも防御魔法に影響したのか、コウモリが見えない壁に弾かれたように遠ざかった。
 それでいくらかでも余裕ができて、オレはヒロユキはどうなったのかと目で追う余裕ができた。

 魔法なんか使えないヒロユキは、ただひたすらに剣を振るっていた。だが、さっきまでのようにコウモリを落とすための剣じゃない。
 邪魔なコウモリを払い落とし、道を切り開くための剣だ。迫ってくるコウモリを強引の正面突破したヒロユキは、傷だらけになりながらもザバの真正面に躍り出た。

「ザバ、覚悟ォッ!!」

 そう叫びながら、真正面から奴に切りかかる。
 だが――ザバは避けさえもしなかった。なのに、丁度、ヒロユキの剣が奴の脳天をたたき割るかと思った瞬間、真っ黒な塊が瞬間的に集まりザバを覆い尽くす。

「……っ?!」

 さすがにこれにはヒロユキも驚いたのか、大きく飛びずさって距離を開ける。
 すると、黒い塊は一斉に霧散して、中から無傷のザバが現れた。

「ハァッハッハッハッ! コウモリがいる限り、そちの剣などわしには通じんわ!」

 勝ち誇った奴の笑い声が、響き渡る。
 奴の真正面に数十匹のコウモリが死体となってボトボトと落ちるのを見て、オレは何が起こったかを悟った。多分、ヒロユキも同じことを理解しただろう。

 あのザバって奴は、コウモリを文字通り手足のように操ることができるんだ。遠くにいる相手に対してはコウモリで攻撃を仕掛け、敵の攻撃はコウモリを自分の周囲に集めることで盾とする。
 くそ、なんてやっかいな敵なんだよ……!

「……おい、大丈夫か、ヒロユキ」

 ヒロユキの側まで近付き、奴には聞かれないようにこっそりと囁きかける。近付いてみると、ヒロユキは傷だらけだった。

 鎧を着ているだけにヤバいところには傷はついていないっぽいし、一つ一つの傷はたいしたこともないかすり傷だ。だが、これだけの傷が重なれば痛みを全く感じないはずもない。
 しかし、オレに背を向けたまま、ヒロユキは軽い口調で答えた。

「うん、平気だよ。……でも、厄介だね。
 剣が通じないなら、魔法で攻撃できないかな?」

「いや……悪いけど、それ、無理だって」

 ヒロユキの攻撃でさえ無効化するほどコウモリの盾を、オレの魔法で突破できるとは思えない。

 ダルク=ファクトの奴もオレの防御魔法はともかくとして、攻撃魔法はけなしまくってくれたしな。
 さっきだって、オレの炎はヒロユキの剣よりも効き目が弱かったんだから。

「そうか……じゃあ、二人がかりでコウモリを先にやるしかないかな?」

 すぐにそう提案したものの、いまいち声に元気がないのは、ヒロユキ自身にもそれが望み薄だと分かっているからだろう。

 さっきから延々コウモリと戦っているというのに、数が一向に減らない。それどころか、むしろ増えているぐらいだ。こんなものを殲滅するためには、相当に時間と体力の消耗を覚悟しなくちゃなんない。

 おそらく、ザバを倒さない限りコウモリは消えないんだろう。だが、コウモリが邪魔をする限り、ザバは倒せない。

 くそっ、なんて忌ま忌ましいんだ。コウモリさえ邪魔しなければ、あっさりと敵を倒せると思えるだけに余計にむかつく。
 何か、あいつを倒す手はないか――そう考えて、ふと閃いたことがあった。

「……おい、ヒロユキ。もう一度、ザバの奴に今の攻撃をしかけられるか?」

「そりゃできることは、できるけど」

 あっさりとした口調は、自信があるからこそ言える言葉だ。おっちょこちょいで間が抜けたところがあるヒロユキだが、こいつはめったにいない程の正直者だ。
 自慢も謙遜もせず、自分のできることだけを口にする。

 だが、あまり乗り気じゃなさそうなのは、攻撃がまた無効化されてしまうだろうと予測しているせいだろう。

「なら、頼むぜ。コウモリは、オレがなんとかするからよ」

 そう囁きかけると、ヒロユキは驚いたように一瞬だけ後ろを見た。が、すぐに視線を敵に戻し、目立たないようにオレに向かって親指を立ててみせる。
 そして、床を強く蹴って飛び出した。

「馬鹿め! また、同じことを!」

 笑うザバがさっき以上の数のコウモリを、ヒロユキに差し向ける。あまりにも数が多すぎてさすがのヒロユキもさばききれないのか、鎧のない部分から少量とはいえ血が飛び散るのが見えた。
 だが、ヒロユキは全く怯まずに、再び敵に向かって切りかかった。

「無駄だと言ったはずだ!」

 さっきと同じように、ザバの周囲に黒い盾が集まる――が、その瞬間を狙って、オレは叫んだ。

「守りの力よ、ザバに加護をっ!」

「なにっ?!」

 驚きの声を上げたのは、ザバだったのか、ヒロユキだったのか。
 いずれにせよ、オレの防御魔法はものの見事にザバにかかった。ザバの周囲に集まったコウモリ達が見えない壁に弾き飛ばされ、驚きに棒立ちになるザバの姿が露になる。

 その脳天にヒロユキの剣が叩き込まれる寸前に、オレは意識の集中を解いた。
 当然、オレの守りもコウモリの守りも失ったザバはヒロユキの剣に一刀両断される。

「ぐぉおおーーっ?!」

 触手を蠢かして苦しむザバが、その場に倒れ込む。

「こ、このわしが  やられるとは……!!」

 その言葉を最後に、ザバの死体はおびただしい数のコウモリの死体へと変化し、さらに砂のように崩れ去っていく。
 ……どうやら、倒すことができたらしい。
 ホッとするよりも早く、力を込めてヒロユキがオレの肩を叩いてきた。

「やったね、ユーロっ! すごいや、あんな風に魔法を使うだなんて、ぼく、考え付きもしなかったよ!
 おかげで敵を倒せたよ、ありがとう!」

「お、おう」

 はしゃぎまくっているヒロユキに、オレはあいまいに頷くのがやっとだった。
 礼を言われたたり、手放しに称賛されるってのは、どうも慣れない。
 それに  どっちかというと、すごいのはヒロユキの方だ。

 前に、アドルからのアドバイスで、防御魔法は他人にもかけることができると聞いていた。
 それさえ知っていれば、敵に防御魔法をかけるのは難しくはなかったし、失敗した場合だってオレには危険はない。

 だが、ヒロユキの奴はオレが説明をする前にはもう、敵に突っ込んでいた。オレの作戦が失敗したら、ヒロユキが危険になるだけだっていうのに、迷う素振りすらみせなかった。 無条件に、他人を信じて行動できる――それがどんなにすごいことなのか、ヒロユキには分かっちゃいないんだろうな。

 なんて、柄にもなくそんなことを考えていた時、ガクンといきなり床が揺れた。

「うわぁっ!」

「わわっ?!」

 地震のような揺れは短かったが、どうにも不吉だった。

「今の……イースの国が下降しだしたみたいだ……!」

 ヒロユキが表情を曇らせて呟く。

「もう、時間がないってわけか」

 急がないと――と思いはするものの、道が分からないんじゃ話にならない。
 数十、いや下手をしたら数百を超える鏡をオレは絶望的な思いで眺める。
 だが、ヒロユキは迷いのない足取りで一つの鏡の前に進んでいった。
 それほど大きいとも言えない目立たない鏡だが、ヒロユキは確信ありげにそれを指差す。


「アドルがトバ家の力を使って、予知してくれた。ダームのいる所に繋がっているのは、この鏡だって」

「そうか……じゃ、行こうぜ」

 武者震いじみた震えが背を震えさせたが、オレは首を強く振ってそれを振り払う。ともすれば逃げたくなる自分を叱咤し、しっかりと鏡に向き直る。
 どうせ、逃げたって助からないんだ。なら、リリアを助けるためにも、ここは先手を打って戦うしかない。

「うん、ぼくが先に行くよ」

 とは言うものの、ヒロユキが先に向かったことをちょっぴり喜ぶ辺りが、オレの器量ってもんだよなー。
 やっぱり勇者には程遠い自分の限界を感じつつ、オレはヒロユキの後を追って鏡の中に入り込んだ――。
                《続く》     
 

24に続く→ 
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