Act.24 ダームとの戦い |
鏡の形はしていても、ワープミラーは鏡とは似て非なる物だった。 ぐにゃりと奇妙に目まいがするような感覚はしたが、すぐにオレ達は鏡から出ることができた。 「……?!」 そこは、暗黒の空間に浮かぶ広大なフロアだった。天井も壁もなく、ただ一面の闇が広がる中にぽっかりと浮かぶ、円形の巨大なフロア。 その中央に刻まれているのは、イースの紋章――と思ったが、よく見ると違う。確かに大まかな印象は似てはいるが、よくよく見れば本物の紋章よりも禍々しくデザインに改変されている。 その紋章のせいで、このフロアの印象は悪魔を祭る魔神殿といった趣を醸し出している。 そして、オレ達がフロアに足を踏み入れた途端、魔を思わせる紋章の上に忽然と一人の男が出現した。 黒い甲冑に黒いマントを羽織った、背の高い男。 おそらくは、ヒロユキやアドルも同じことを感じただろう。 「待っていたぞ……しかし、よくここまで来れたものだな。 低い、だがよく響く太い声で呼び掛けられ、オレはびくっと身が竦む思いを味わった。 いかにも戦士然とした猛々しさを感じさせるダームは、細面の美青年だったダルク=ファクトとは、タイプがかなり違っていた。 ダームにはダルク=ファクトの持つ、その場にいるだけで人を惹きつけてしまう、怪しいまでの魅了の力は無い。 武骨な武人だからこそ放つことのできる、圧倒的な覇気とでも言おうか。尊大な言葉や異様なまでの迫力に押されて、つい奴の前にぺこぺこと平伏したくなるような、そんな気迫に満ちている。 「余の帝国には、おまえ達のような強者こそは相応しい。……殺すには、いささか惜しい存在よ。 「断るッ!!」 「そ……っ、そうだ、断るぞ、そんなのっ!!」 間髪いれずにヒロユキが、一歩ばかり遅れた上にちょっと詰まっちまったけど、オレもダームの誘いを拒絶する。 「そうか、それは残念だな」 言って、ダームは大きく腕を動かした。マントが勢いよく広がり、あたかもオレ達を挑発するかのようにはためく。 「ならば、ここで死んでもらおうか!」 「ふざけんな、死ぬのはそっちだッ!!」 奴の挑発にカッとなったオレは、渾身の力を込めて炎の玉を打ち出した。今までの中で最大の火炎は、うなりを上げてダーム目掛けて襲いかかる。 「えっ……?!」 戸惑うオレの耳に、ヒロユキの焦った声が飛んで来る。 「ユーロッ、右だっ!!」 かろうじて右を見たオレは、すぐ近くに壁にようにそびえたつダームの巨体を見て、戦慄する。 「な……っ?!」 どう考えても、奴がここに移動してくる時間なんか無かったし、第一そんな動きなんか見てさえいない。 子供が指で小石を飛ばすような、そんな仕草――だが、その指から生まれたのはオレが全力で放った魔法を軽く上回る大きさの炎の塊だった。 「うわぁあああああっ?!」 絶叫と共にオレは吹っ飛ばされていた。 だが、全身がひりひりするし、炎はともかくとして弾き飛ばされた勢いまでは消せなかったらしい。 数メートル近く飛ばされ、床に投げ出された衝撃に蹲っていると、すぐ目の前にやたらと大きな黒いブーツが見えた。 「ユーロォッ?!」 剣を構えたヒロユキが駆け付けようとするが、間に合う距離じゃない。 「くっ……!!」 必死で跳ね起き、オレは意識を集中して手の平に魔法の力を集中させる。再び飛んできた炎の塊を、オレは手で弾いて逸らし、なんとか避けた。 「うわあっ?!」 咄嗟に身を捻ったから直撃は避けたものの、心の準備もなにもない場所から飛んで来る炎には防御魔法もうまく働かないらしい。 「危ない、ユーロっ、後ろ……いやっ、左斜め前っ! 今度は右っ!!」 ヒロユキが必死になってアドバイスを飛ばしてくるが、正直、それを聞き取る余裕も無い。 弱い奴から仕留めるのが当然とばかりに、連続的に瞬間移動してはオレに魔法を浴びせている。 「フッ、逃げても無意味だ!!」 疲れ果て、動きの鈍ったオレの目前に出現したダームは、ゆっくりとその手を伸ばしてきた。 「さすがはリィブ家の末裔か……、防御魔法だけはたいしたものだな。これだけの魔法を浴びても、まだ生きているとは」 身体が宙に浮いたかと思うと、首に物凄い圧迫感と痛みが走る。 「ぐ……っ」 奴が、オレの首を掴んだ姿勢のまま宙につり上げ、締め上げている――そう気が付いた時は、すでに手遅れだった。 まさに万力のような締め付けが、じわじわとオレの首を締め上げていく。これだけの力を持っているなら、その気になれば一気に首をへし折れるだろうに、まるで奴は楽しんでいるかのように余裕があった。 「だが、余が魔法を使わなければその力も役に立つまい。さて、生身の身体がどのぐらい持つかな?」 「やめろぉおおっ!!」 叫びながら、ヒロユキが剣でダームの腕に突き刺す。 「フ……ッ、それも無駄なことよ。クレリアの剣を持たぬおまえに、勝機は無いと知れ」
「ユーロッ!! ユーロを放せっ!!」 必死に叫ぶヒロユキの声と、あいつが飛び込んでくる気配を感じたが、ダームはその度にオレの首を締めたまま瞬間移動してしまう。 もちろん、その間だってオレが無抵抗だったわけじゃない。なんとか奴の手を振りほどこうと必死になってもがき続けた。だが、オレが動けば動く程、奴の手はがっちりと首に深く食い込んでくる。 駄目だ……気が遠くなっていく……。 「うっ?!」 突然の呻きと共に、オレは床へと投げ出された。いきなり喉からなだれ込んで来た新鮮な空気の本流が、かえって苦しい。激しく咳き込みながら、オレはなんとか周囲を見ようとした。 そして、見た。 ぶつかりあったダメージのせいか、頑丈なはずの盾が壊れかけ、飾りの部分が落ちて転がってきたのが見えた。 「もう一回っ!!」 叫び、ヒロユキは再び姿勢を低く取って、盾で体当たりを仕掛けようとする。 「こしゃくなッ!!」 初めて怒りを露にした声で叫び、ダームはその豪腕でヒロユキを殴りつけた。巨漢と軽量の戦士とのぶつかりあいが、勝負になるはずも無い。 よりによって頭から叩き付けられたせいで額が割れたのか血飛沫が派手に飛び、ヒロユキはそのまま壁沿いに倒れ込む。 「――――っ?!」 その瞬間、叫ばなかったのは幸運だった。 もし、少しでも声を出せる状態だったのなら、オレは衝撃のままに声の限りに叫び、その結果、ダームの目を引いてしまったことだろう。
そう言って、ダームはヒロユキへ向かって悠然と歩いて行く。普段ならともかく、あんな瀕死の状態では、いくらヒロユキやアドルだってなんとかできるはずがない。 く、くそォオッ!! なにか……なにか、手はないのか、すがりつく思いでその辺を見下ろしたオレの目に、銀色の光を跳ね返すかけらが飛び込んできた。 「……っっ!!」 声になりきってない叫びを上げながら、オレは床をバンバンと叩いて音を立てる。もっとも、まだたいして力の出ない今のオレではろくな音にはならなかっただろうが、それでもそれはダームの気を引く役は充分に果たした。 すでに死に体と見捨てていたオレの突然の行動に驚いたのか、ダームが一瞬、こっちの方に顔を向ける。 「…く……ら……えッ!!」 手にしたかけらを、オレは素早く投げ付けた。 奴の喉が、一度、大きく上下するのが見えた。 「うぐぁっ?!」 自らの喉をかきむしり、ダームが苦しみ悶えだした。 「き、貴様ァ、な、何を飲ませたァアア……?!」 怒りに吠えながらもダメージが大きいのか、ダームはその場に蹲り、のたうっている。――思ったとおりだ。クレリアは、魔物にとっては絶対の効果があるとされている聖なる鉱物だ。 盾で殴っても効くぐらいなら、飲み込みでもしたらもっと効き目があると踏んだのは正解だったみたいだ。 心の中で勝ちどきを上げながら、オレはこのチャンスを逃さずにヒロユキの所へと駆け寄った。 「……!!」 間近で見ると、ヒロユキはひどい有様だった。髪の色が黒いから目立ちにくいとはいえ、べったりと濡れた色合いを見せる髪が、流した血の多量さを物語っている。 「……ヒ……ロ、…ユ……キ……!!」 呼び掛けようにも声が思うように出ないことに苛立ちながら、オレはヒロユキの腕輪に手を伸ばした。 六神官の力を引き出すことができ、他人の魂を受け入れさせることのできる力を持つこの腕輪なら、オレの意思をヒロユキやアドルに伝えることができるかもしれないと思ったんだ。 『ヒロユキ、アドル!! 生きているか?!』 最初、なかなか返事は戻らなかった。もしや――と、不吉な予感に駆られ始めた時、ようやく遠くから聞こえるような声が伝わってきた。 『ああ、生きているぜ。ヒロユキも無事と言えば無事だ。ショックのせいで気絶し掛かっているけど、一応意識はあるし。 苦り切ったような響きの感じられるこの心の声は、アドルのものだ。 『無事って、その怪我で……平気なのか?!』 『見た目ほどの怪我じゃない。癒しの魔法で治しているところだし、すぐに動けるようになる。 苛立つアドルの心の声が、痛い程伝わってくる。 なんの枷もなく、存分にその力を発揮できたなら、アドルならダームに勝てる――傍で見ているオレでさえそう思えるだけのものを、アドルは持っている。 『オレに考えがあるんだ。オレの力を……アドルに預けたら、勝ち目は出てはこないか? あのさ、一つ考えがあるんだよ 』 最初、アドルは力だけを貸すか、本人が協力するかを選べと言った。 特に、こんな風に敵の攻撃がオレに集まるぐらいなら、力だけをアドルに預けていた方がよほどましだったと思う。 『駄目だっ!!』 と、突然オレの言葉を遮ったのは、アドルじゃなかった。もう一人の勇者が、復活したらしい。……ホント、厄介なタイミングだぜ。 『そんなことすれば、抜け殻になったユーロの身体が真っ先に殺されちゃうよ! そんなの、絶対に反対だ!!』 自分の命だけでなく、世界の危機がすぐ目の前に迫っているというのに、ヒロユキが真っ先に気にしているのはそんなことらしい。 本当に、呆れた人の良さだ――だが、不思議と悪い気はしない。 『そんな不吉な未来、いきなり決め付けんなよ、失礼な奴だな! |