Act.7 墓地と野バラと死の守り人 |
日曜日のお昼の12時から3時。 そりゃご馳走を食べれるのは嬉しいけどさ、ご馳走ってのは作るのも後片付けも手間がかかるもんなんだ。そして、やっとそれが終わったらお昼寝。 そりゃそうしたい大人はいくらでも、そうすりゃいいさ。そんなの、ぼくだって止めやしない。 ぼくの住んでいるマンションの回りには特にそんな保守的な人達が多いのか、子供が道路でサッカーをしたり自転車を乗り回したりしようものなら、大目玉だ! 誰もいない道路を、ぼくは縁石沿いに歩いていった。……手にしたマントいりの袋の、邪魔くさいことったら。でも、上からお父さんとお母さんが見ているかと思うと、置いていくわけにもいかない。 でも、ぼくは意地になって振り返らなかった。 昨日は……もう少しでドロテー叔母さんに見つかるところだったんだっけ。今日は――どうなるっていうんだろう? 真っ昼間に、どうやってマントを共同墓所に持ち込めばいいんだろう? それに、どうやってリュディガーを招待したらいいんだ? もし、共同墓所に入って手紙をリュディガーの棺桶に届けられたとしても、万一、他の吸血鬼達に見つかったら……? ついに墓地にたどり着いた時――ぼくの足はぴたりと止まった。ど……どぉしよお? ただ、ちょっとマントを返してメモを渡して――それだけだ、怖がる必要なんてない! そう自分に言い聞かせながら、ぼくは墓地の入り口をくぐった。 垣根が刈り込まれ、綺麗に手入れされた墓が並んでいる。それに、土と花の匂いもする。静かで、がらんとしていて……落ち着いた公園みたいな雰囲気だ。 その代わり、人もさっぱりいなかった。 礼拝堂は普通の家ぐらいの大きさなのに窓が一つもなく、ものすごく大きな鉄の扉がついている。建物がひどく古くてボロボロなのが、見るからに怖い。 真実を知った今でさえ、礼拝堂の不気味さは少しも変わらない。それを見ているだけで、背筋がぞくぞくしてくる。 綺麗に慣らされた道が無くなり草が膝の辺りまで伸びている中を、ぼくは草や茂みをかきわけつつ進んだ。 同じ礼拝堂の裏側でも、もう少し西の方はそれなりにきちんと整えられている。……どーせなら、あっち側に共同墓所があればよかったのになあ。 あそこに見える墓地の塀、そして、大きなもみの木が目印だ。共同墓所はあの近くにあるに違いない。あの近くをたんねんに探せば、入り口だって見つけられるだろう。 「いったぁ、なんだよ、もう」 石かと思ったけど、それはよく見ると墓石だった。それも、すっごく古い。ハートの形をした古い墓石には、ほとんど読み取れない飾り文字でこう書いてあった。 『ルートヴィッヒ=フォン=シュロッターシュタイン1810〜1850 』 ぼくは驚いた。 リュディガーは家族全部が、吸血鬼だと言った。 『ヒルデガルト=フォン=シュロッターシュタイン1815〜1851 』 この女性は……ひょっとして、リュディガーのお母さん? 年齢は…36歳か。 『ルンピ=フォン=シュロッターシュタイン1836〜1852 』 ルンピ……彼は16歳で死んだんだ。そう言えば、リュディガーは兄貴がいるって言ってたっけ。 『ドロテー=フォン=シュロッターシュタイン 1812〜1834 』 ぼくは何度も生唾を飲み込んだ。 リュディガーが一番多く口にし、ぼくも実際に――棺桶越しとはいえ、声を聞いた吸血鬼だ。 『永遠の愛をこめて……。 そして、彼女の夫であるテオドール叔父さんは……41歳。
リュディガーのおばあさん……60歳。この墓碑銘は……おじいさんが書いたものなのかな? 『ウィルヘルム=フォン=シュロッターシュタイン 1787〜1849 』 62歳だ。 それとも心臓? それだったら、これ以上吸血鬼に相応しい墓もないだろう。 普通だったら家族がこんな風に数年で、しかも順番に全員死ぬなんてありえない。 あいつは言っていた。 だけど、いくら熱心に探しても、リュディガーの墓は見当たらなかった。
「うわっ?!」 びっくりしてそっちに目をやると 男の人がこっちに歩いてくるのが見えた。 だけど――こうやって昼間見ると、ガイヤーマイヤーは吸血鬼以上におっかないっ! あまりに怖い顔つきに、ぼくは目をそらせなかった。 「何をしている?」 「な……何って、は、墓参りに……」 つっかえながら、そう言うのがやっとだった。でも、自分でもものすごくまずい言い訳をしてるのは知っていた。……こんな、百年以上も前の墓しかない場所で、墓参りもへったくれもないっ! 「ほんとかね?」 ガイヤーマイヤーが歯をむき出すようにして笑う。たいていの人は、笑顔になると感じがよくなるものだけど、この墓守りときたら不気味さがアップしただけだった。 「う、うん、でも、ぼく、もう帰るんだ」 とても耐えられなくて、ぼくはガイヤーマイヤーの脇を通り抜けて元きた道へ戻ろうとした。一刻も早く、ここから逃げ出したかったんだ。 「あっ?!」 止めるまもなく、マントが下に落ちた。それももっのすごく間の悪いことに、ぱぁっと広がりながら。 「それは……?」 ガイヤーマイヤーが驚いたようにマントを見、ふいに目をギロリと光らせてぼくにぐっと顔を近づけた。 「それは、おまえの物か?」 顔が間近に迫ると、息が詰まりそうなほど強いにんにくの臭いがする。ぼくには吸血鬼と違ってにんにくなんか何の効き目もないはずなのに、それでも目眩がしてクラクラしてきた。 「ええ? それは、おまえの物か、と聞いているんだよ?」 脅すようなガイヤーマイヤーの言葉が、どんなに恐ろしく聞こえたか……どう説明したら分かってもらえるだろう?! けど、すんでのところで踏みとどまれたのは、ガイヤーマイヤーのコートの内側に、ちらっと杭が見えたからだった。 ぼくがここで白状したら、リュディガーに杭が打ち込まれることになるんだ。それを考えたら、おちおちビビッてなんかいられない! 「あ、お父さん、こっち、こっち!」 それを聞いて、ガイヤーマイヤーは思惑通りそっちに目をやった。だけど、ぼくのお父さんがこんな場所にいるわけないっ! と、言われて、待つ奴はいないっ。 そこでようやく振り返ってみたけど、ガイヤーマイヤーはぼくを追ってはこなかったみたいだ。ホッとしてから、ぼくは手にしたマントをくるくると丸めて持ち直した。 ……今日は、このまま帰ることにしよう。 のろのろと歩きながら、ぼくはため息をついた。 《続く》
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