Act. 7 吸血鬼達の舞踏会

 

「どこへ?」

「もちろん、大広間さ。あの音が聞こえないのか?」

 最初は聞こえなかったけど、リュディガーについて歩くうちにかすかに音が聞こえだした。
 教会のオルガンのように、荘重な音だ。

「ああ、おばあちゃんがひいているな」

「リュディガーのおばあさんって……恐怖のザビーネのこと?」

 会ったことはないけど、名前だけは聞いたことがある。

「うん、うちの一族は音楽好きなんだ。オレは楽器は苦手だけど、独唱ならたまにやることがある」

 リュディガーの歌? なんか想像できないな。
 実際、ぼくの知っている限り、リュディガーがぼくの前で歌ったことなんてないし。
 でもまあそんなことよりも、ずんずん歩くリュディガーのせいで覚悟も決まらないうちに広間へ近付いていく方が、ずっと大きな問題だった。

 暗い廊下やがらんとした部屋を幾つか抜け、ぼく達は一際大きな回廊に入った。
 床一面、石や破片が散った回廊には、割れたガラス越しに月の光が差し込んでいた。
 幾重かに折れた道を進んだ先に、大きな黒い扉が見えた。音楽は、そこから聞こえてくるんだ。

「あの扉の奥さ」

 リュディガーが、囁いた。
 その口調よりも、リュディガーの顔が緊張で引き締まっているのが気にかかった。

「リュディガー? どうかしたの?」

 聞くと、リュディガーは吸血鬼の歯をかちっと噛み合わせた。鋭い、嫌な音が一瞬、響く。

「大広間の前に、見張りがいる」

 聞こえるか聞こえないかの小声――それが終わるのを待っていたかのように、扉の影から黒っぽい姿が現れた。

 それは顔に、長く醜い傷跡のある吸血鬼だった。顔は整っているのに、その傷とガリガリに痩せた身体のせいでずいぶんと化け物じみて見える。
 吸血鬼は、ぎらぎらと光る目でうさん臭そうにぼく達を見た。

「………」

 怖くて、思わずぼくは1、2歩後ろに下がった。心持ちリュディガーの後ろに隠れるようにして、なりゆきを伺う。

「おまえらは何者だ?」

 ガリガリ吸血鬼の声は、地の底から響いているようなゾッとするほど低い声だった。

「オレは、リュディガー=フォン=シュロッターシュタイン」

 リュディガーはマントをひらめかせて、堂々とお辞儀した。それが癪に触るぐらいに、決まっている。
 その名乗りを聞いた途端、ガリガリ吸血鬼の表情が一変した。

「……ああ、おまえがシュロッターシュタイン一族の、強情っぱりのリュディガーか! そう、おまえがねえ――噂には聞いたことがあるぞ。一度、会ってみたいと思っていたんだ」

 ガリガリ吸血鬼が本気で喜んでいるのを見て、ぼくはびっくりした。リュディガーって、吸血鬼の中じゃあ有名なのかな?
 ひとしきりはしゃいだ後、ハンネローレはあらたまって咳払いした。

「ああ、これは失礼――申し遅れたが、オレはベルンディア一族のハンネローレ。
 心配症のハンネローレだ。
 今回の集会の見張り役をおおせつかっているんだ。今日はオレの一族の長老が主催しているんだ、後で挨拶しておいてくれよ。うちの長老はリュディガーの噂をよくしているんだ、それなのに挨拶もしないで素通りされちゃオレまで怒られちまう」

 いかにも心配そうに言うハンネローレに、リュディガーはもったいぶって頷いてみせた。


「ああ、ベルンディア一族の長老は、甘いもの好きのエリザベスだろ? 彼女はオレの大叔母にあたる女性でもあるわけだし、必ず挨拶するよ。50年ほど前に一度会ったっきりだから、また会うのを楽しみにしてたんだ」

 いつもそうだけどリュディガーが年のことを言う時は、いつも変な気がする。外見や中身はぼくとまるっきり変わらないのに、リュディガーはもう100年も生きているんだ。まあ……正確に言えば、生きているとは言い切れないけどさ。
 とにかくリュディガーは、ぼくを指差しながら(この礼儀知らずっ)言った。

「で、これは……オレの友達だ」

「おまえの友達? こいつも吸血鬼か?」

「そうさ、決まってるだろ」

「だけど、見たところえらく人間っぽいぞ」

 ガリガリ吸血鬼は、疑うようにぼくを見る。……そりゃあぼくは人間なんだから、人間っぽく見えて当然だ。
 背筋がゾゾーッとしてきたけど、今更逃げ出すわけにもいかない。

「なにを言いたいんだよ? まさか、オレが人間なんかを吸血鬼の集会に連れてくるとでも?」

 事実その通りなのに、リュディガーはいかにも心外だと言わんばかりにふくれてみせる。


「いや、そんな風に疑っているわけじゃないさ。ただ……、分かるだろ? 人間を入れたとあっちゃあ、オレの立場ってもんがなくなるんだ。
 なんて一族の者だ?」

「一族の名前か?」

 リュディガーは長く引き伸ばして、答えた。

「……ボーンザッキオ。ボーンザッキオ一族だ」

「それで、名前は?」

「アントニオだよ――アントニオ=ボーンザッキオ。無口だから、根暗のアントニオって呼ばれている」

 あだ名までついた紹介に、ぼくは密かにニヤリと笑った。根暗のアントニオ=ボーンザッキオ――こいつはいい。
 とにかく、アントン=ボーンザックなんて平凡な名前よりは。

「ふうむ……」

 と、ハンネローレは決心がつかないような顔をした。

「何ごとにも、念には念を入れて……」

 考え込んだ末、ガリガリ吸血鬼は出しぬけに身をかがめてぼくのマントを摘んだ。何をされるのかビクビクもんだったけど、吸血鬼はマントを指で触って確かめただけだった。
「うむ、間違いなく織り姫の造ったマントだ! しかも、特別注文の極上品だぞ」

 パッと、吸血鬼の顔色が明るくなる。
 そして、もう一度、ぼくの頭の天辺からつまさきまでジロジロ眺めた。でも、今度の視線にはずっと好意がこもっている。

「異常なし、入ってよし」

 ホッとして、ぼくは思わずリュディガーに目をやった。ちびっこ吸血鬼の方も、ホッとした表情でぼくを見ている。あんなに自信満々なハッタリをぶちかましたくせに、やっぱり内心では心配だったのかな? そう思うと、なんだかおかしかった。

「じゃ、強情っぱりのリュディガー! それに根暗のアントニオ! 存分に舞踏会を楽しんでくれ」

 大きくお辞儀をして、ハンネローレは扉を開けてくれた。

 

 

「うわぁ……」

 ぼくは思わず息を飲んだ。
 それは、不思議な光景だった。
 数えきれないぐらいたくさんの吸血鬼が、大広間を埋めつくしていた。

 色鮮やかなドレスを着た女の人達を黒い服で身を固めた男の人達がリードして、軽やかなステップを踏んでいる。それも音楽に併せて緩く身体を動かしているなんてレベルじゃなくて、みんながみんな、ダンサーみたいに見事な踊りを披露していた。
 それは、話にしか聞いたことのない社交界みたいに華やかな風景だった。

 ただ、出席者の半数近くが黒いマントを羽織ったままでいるのが、普通のパーティとは違う。それに踊っている人達の大半が、まるで俳優か女優のように美形だってことも。
 明りがかなり押さえられていて、暗いのが残念と思えるほどだ。

「すごいや……」

 吸血鬼達も凄いけど、大広間にだって驚いた。
 城の他の部分はボロボロだったのに、この部屋だけはめちゃくちゃ豪華だ。
 シャンデリアが幾つも下がり、広間の一角では楽器を生で演奏している。

 まあ、かなり古めかしい気はするけど、でもいかにも由緒ありげでいい感じだ。ろうそくのぼうっとした光の中、ぼくは夢のような舞踏会の光景に本気で見とれていた――。

「おい、こんなとこで止まるなよ」

 小さく舌打ちして、リュディガーがぼくを引っ張る。
 それでも吸血鬼達から目を離せないぼくを、リュディガーは隅っこの目立たない場所へと連れていった。

 広間の端にはテーブルが幾つかあって、半分ぐらいの吸血鬼達が座って休んでいるみたいだった。何かを話しているみたいだったけど、小声すぎてとても聞こえない。
 リュディガーはテーブルの中で、一番他の吸血鬼達から離れた卓を選んだ。

「ほら、座れよ」

 言われるままに、ぼくは立派な椅子に腰を下ろす。その間も、ぼくは踊る吸血鬼から目を離せなかった。
 多分、こんな光景は一生に一度だ。

 いくら見ても見飽きないような美男美女の群れをぼくはぼーっと見物していたけど、その間リュディガーはつまらなそうにアクビを噛み殺していた。

「おまえ、見ているだけなのに楽しそうだな」

「そりゃあ、もう!」

 だって、目の前にいるのはただの美男美女なんかじゃない――吸血鬼だ!
 大好きなもののことは、やっぱり少しでもよく知りたいって思うのが人情だよ。

「あ、そうだ、リュディガー。さっき、気になったんだけど……ねえ、織り姫って誰さ?」


「吸血鬼一族の女性の中で、最も古くから生きている人だよ。吸血鬼ってのは、それぞれが違う力を持っているのさ。それが強い奴もいるし、弱い奴もいる……」

 リュディガーは、目をちょっと遠くに向けた。

「織り姫は、浮力を持ったマントを織るのが得意なんだ。新しく吸血鬼になった者はみんな彼女の所に必ず挨拶に行って、お祝いにマントを一枚もらうんだぜ」

 そう言えば  初めてマントを借りた時、リュディガーは織り姫の作ったマントだって言ってたっけ。あの時は詳しく聞かなかったけど、そういう意味だったのか。

「へえ。じゃあ、リュディガーも会いに行ったんだ」

 こくんと、リュディガーが頷いた。

「最も古くからの吸血鬼、か。
 会ってみたいような気もするな。この集会にも来ているの?」

「まさか! あんな偉い人が、こんなちっぽけな集会に来るはずないだろ」

 『おまえって、バカ?』と言わんばかりの顔で、リュディガーがぼくを見る。ぼくは慌てて話題を変えた。

「そ、そーいえばさ、さっき思ったんだけど吸血鬼ってみんなあだ名があるの? 『歯なしのアンナ』とか『心配証のハンネローレ』みたいに?」

「ああ、そうだ。吸血鬼は普通、あだ名を持っているんだ。オレ達は二つ名っていうけどな――他の吸血鬼と始めて会う時は、それを名乗るのが礼儀さ」

 リュディガーはそう説明してくれたけど、ぼくはちょっと、引っかかりを覚えた。

「でも、リュディガーって今まであだ名……二つ名を名乗ったことなかったじゃないか。さっきだって、言ったのはハンネローレだし。
 どうして今まで名乗らなかったのさ」

 思ったままにしゃべってから、ぼくは『しまった!』と思った。
 だってリュディガーの表情が、露骨にムッとした顔に変わっているんだもん!
 しかも、これは『ちょっと気を悪くした』ってレベルじゃない。それこそ一番始めに会った時、ぼくに襲いかかろうとした時並の険しさだ。

 このちびっこ吸血鬼のご機嫌を損ねると、ロクなことにならない。ましてやこんな吸血鬼だらけの場所じゃ、なおさらだ。

「…………そんなことより、さっき、おまえ、織り姫に会いたいっていったよな? なんなら、今すぐにでも会わせてやろうか?」

 堅い声で言うリュディガーが、赤い目を光らせる。じょっ、冗談じゃないっ!

「……い、いや、やっぱり会いたくはないよ」

「そうか? 遠慮しなくてもいいんだぜ」

 いーやっ、断じて遠慮するっ!
 ぼくはぶんぶん首を横に振った。
 リュディガーはまだ何か言いたそうにぼくを睨んでいたけど  その時、曲が変わった。
 その途端、テーブルの吸血鬼達がさっと立ち上がった。ペアを組んで、次々と大広間の真ん中へと進んでいく。

「え? あれ、どうしたの?」

 思わずそう聞いてしまう。リュディガーはまだ怒っているから答えてくれないかもな、ってちらっと思ったけど、案外素直に返事が返ってきた。

「ワルツだ。簡単な曲に変わったから、みんな、踊りに戻るんだろ」

 リュディガーの言う通りテーブルについていた吸血鬼達は残らず席を立って、残っているのはぼく達だけになった。
 と、リュディガーも、腰を浮かす。

「せっかく来たんだから、おまえも踊るか?」

「えっ、でも、ぼくは踊りなんてできないよ?」

 自満じゃないけど、ぼくは学校で習ったマイムマイムしか踊れないぞ。
 それに、正直、踊りたくないし……。
 だけど、リュディガーは強引だった。

「こんなのちょろいぜ。こいよ、教えてやる」

「ぼ、ぼくはいいってば」

「いいから、こい!」

 どうやら踊りたいと思っているのはぼくじゃなくて、リュディガーの方らしい。
 フロアの真ん中辺りへぼくを引っ張り出し、リュディガーはいたって真顔で言った。

「おまえは娘役だ。オレの肩に手をかけて頭を後ろにそらせて、オレに併せて動けばいい。後はニコニコ笑ってりゃ、格好がつくさ」

「ええっ、ぼくが娘役〜? やだよ、そんなの」

 踊るだけでもヤなのに、それが女の子の役割なんて冗談じゃない! だけどリュディガーってば、一度言い出したら聞かないんだ。

「そんなこと言ったってダンスは男女で踊るんだぜ、どっちかがどっちをやんなきゃ踊れないだろ。大丈夫、しばらく娘役をやってりゃダンスのステップなんて、軽く覚えられるさ」

 いや、問題はステップを覚えるかどうかじゃないんだけど。
 ――だけど、フロアの中央でもめているせいか、さっきからどうも視線を感じる。

 このまま口ゲンカを続けて注目を集めるよりも、リュディガーの言う通り一緒に踊った方が目立たないかもしれない。
 ぼくは、妥協することにした。

「……分かったよ」

 しぶしぶ、ぼくは踊り出した。もっとも、踊りってよく分からないから適当だったけど。
 リュディガーの方は慣れた足取りで、音楽に併せてゆっくりと回るように足を動かす。


「そう、足を滑らせるように、動きをとぎれさせないで。そうそう、なかなか上手いじゃないか。でも、そんな強張った顔をしてちゃ、魅力半減ってもんだぜ、ほら、笑った笑った!」

 ぼくをからかいつつも、リュディガーは意外と真面目にダンスのステップを教えてくれる。
 だけど、何度も何度もくるくる回されているうちに、ぼくはだんだん目が回ってきた。
「リュディガー、もうやめない?」

 そう言ってみたけど、リュディガーはくすくす笑ってますますぼくをしっかり抱きしめただけだった。

「ダンス、上手いじゃないか」

 と、褒められても、今ひとつ実感もないし、嬉しくもない。

「本当?」

「本当だとも。覚えがいいぜ」

 上機嫌のリュディガーが踊りをより、ゆっくりとしたものへ変える。
 むやみにくるくる回されなくなったので、ぼくもようやく余裕ができた。踊りながら辺りを見回すと――吸血鬼達がこっちを注目しているのが見えた。

 踊っている最中なのに、なんだかみんなこっちをちらちら見ているみたいだ。
 見ているのはリュディガーなのか、それともぼくなのか  ?
 なんとなく不安になった時、気取った声が後ろから聞こえてきた。

「これはこれは……! こんな所で出会うなんて驚きだね、リュディガー!」


 黒いタキシードをぱりっと着こなした、お洒落な少年紳士。その吸血鬼にはぼくも見覚えがあった。
 テオだ!!

「よお、テオ」

 不機嫌な顔をしながらも、それでもリュディガーは踊りをやめて挨拶をした。

「珍しいね、集会嫌いの君が舞踏会に顔を出すなんて! 20年……いや、30年ぶりじゃないか?」

 嫌味ったらしく言いながら、テオはこっちに近寄ってきた。

「ひさしぶりすぎて、パートナーも見つからなかったのかい? レディとじゃなくて、男と踊っているなんてね!」

 その嫌味にリュディガーよりもぼくの方がムッとしたけど、テオがぼくの顔を除き込んできたからそれどころじゃなくなった。

「見ない顔だね。君はどこから来たんだい?」

 ぼくは答えるどころじゃなかった。
 もし、ここで正体がバレたら……! そう思うだけで、心臓が破れそうだ。
 だけど、テオはぼくの沈黙を誤解したらしかった。

「ああ、これは失礼。自己紹介が先立ったね ――ぼくはせっかちのテオ。シュロッターシュタイン一族の出身だ」

 意外だけど、テオの二つ名ってあんまりパッとしないものだったらしい。それがおかしくて  ぼくはほんのちょっぴり、落ち着きを取り戻した。
 どうやら、変装は思ったより有効みたいだ。

 リュディガーの方を見ると、彼は腕を組んで横目でテオを睨んでいる。
 ぼくと目が合うと、リュディガーはちょっとだけ肩を竦めてみせた。多分、適当にやれって意味だろう、きっと。

「ぼ……いや、オレはアントニオ。根暗のアントニオだ」

 前に一度会った時に声を聞かれているので、わざとぼくは作り声を出した。

「へえ、アントニオ、ね。一族の名は?」

「ボーンザッキオ」

「……悪いけど、知らない名だね。外国から来たのかい?」

 あーっ、もう根掘り葉掘りと次々とっ。
 作り声に疲れたので、ぼくは黙って頷いた。と、そこにリュディガーが割り込んできた。


「おい、テオ。おまえのパートナーは、誰なんだ?」

 テオはフフンと、得意げに鼻を鳴らして答えた。

「驚くなよ  あのプーフォーゲル一族の一人娘、二枚舌のマグダレーネさ!」

「へぇえ、そりゃあ驚いた」

 皮肉たっぷりに、リュディガーは言ってのけた。

「オレはてっきり、マグダレーネは卑劣なエルケのパートナーかと思ったよ。なんせ、あっちで仲良く踊っているからな!」

「な、なんだって?」

 顔色を変えて、テオがリュディガーが指差した方向を見た。
 ぼくには誰が誰か分からなかったけど、テオには分かったらしい。

「そんなっ、ひどいや、ぼくが誘ったのに!」

 憤慨して、テオはくるっとぼく達に背を向けた。ダンスをしている吸血鬼達の間に、割り込むように姿を消す。
 それを見送ったリュディガーは、おかしそうに笑った。

「へん、二枚舌娘なんか、相手にするからさ。いい気味だ!」

「でも、おかげで助かったじゃないか」

 ぼくとしてはテオから解放してくれたことを、そのマグダレーネさんに感謝したいぐらいだ。
 だけどひとしきり笑った後、急にリュディガーは真顔になった。

「――もう、バレちゃうな」

 ほとんど独り言のように、リュディガーは呟く。

「何が?」

 もしや、ぼくの正体が吸血鬼達にバレたんじゃ……そんな恐ろしい考えがよぎったけど、リュディガーが言ったのは別のことだった。

「うちの家族にさ。テオは、オレがここにいることをみんなにバラしちゃうよ」

 憂鬱そうに、リュディガーは断言した。

「……そんなこと、ないんじゃない?」

 テオはリュディガーの従兄弟で一応は友達……と言えなくはないんだから、黙っていてくれたっておかしくない。ぼくはその希望にすがりつきたかったけど、リュディガーの方がもっとよくテオを知っていた。

「いいや、テオは絶対にバラすね。オレが少しでも困るなら、何がなんでもやりぬく奴だしな」

 ……傍迷惑な話だ。
 他人事ながら、ぼくはなんだか心配になってきた。

「……バレちゃ、まずいんじゃないの?」

「まあ、様子を見よう。なにしろ、オレは勘当されてるからな。でも、勘当とダンス禁止は別だ」

 強情に言い張るとリュディガーはまたぼくの腰に手を回して、ダンスのステップを踏む。
 ……こ、こんなことしている場合じゃないと思うんだけどなあ。
 そう思いながらも、ぼくはリュディガーと一緒になんとなくダンスをし始めた――。
                                    《続く》

 

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