漆章 生存者の少女
 

 

 階段は、思っていたよりも人がいなくて走りやすかった。店内放送で客や販売員はデパート内部ではなく、外に通じる非常階段に誘導しているせいか、驚くほど人はいない。

 と言うより、キョンシーが発生が屋上だったのが幸いしたと言うべきか。実際にキョンシーを見た人達に比べて、店内放送しか聞かなかった人達の反応が薄いのは当然だ。

 事情もよく分からないまま、素直に外に出てくれたお客さんが大半だったのだろう。
 おいらと高虎が一階についた時には、すでに人気はなくがらんとした印象だった。

 それでも、入り口辺りからまだ入ろうとしているのか、あるいは中を気にしているのか覗いてる人達がたかっていたので、高虎は真っ先にそこに行った。
 おいらも、それにもちろん協力する。

「すみません、そこをどいてください。緊急事態につき、ここは一旦シャッターを閉めますんで!」

 そう言いながら、おいらは入り口付近の人を外へ通しだしている間、高虎はなにやら入り口付近の柱の辺りをいじっていた。すぐに、音を立ててシャッターが降り始める。

 だが、その速度はじれったいほどに遅かった。音を立ててシャッターがじりじりと降りる時間が、非常に長く感じられた。

「イン・フー、もっと早くできないのか?」

「無理! 安全のため、シャッターはゆっくり降りるようになってるんだよ」

 ええい、この非常時に!

「ちょっとそこの君、一体何があったんだい!?」

 なまじ、シャッターの速度が遅いだけに、中に入り込もうと身を乗り出してくる好奇心の強い連中もいる。が、警察官はいないようだったので、おいらは少々強引に追い払うことにした。

「危ないから、離れて! ほら、挟まれても知りませんよ!」

 むしろ、野次馬を追い返すおいらの方が、手やら足やらを挟まれそうで冷やしやしたが、それでもなんとか正面入り口を閉めるのには成功した。
 だが、まだホッとするには早い。
 今、閉めたのは正面入り口に過ぎないからだ。

 さすがに巨大デパートだけあって、出入り口は数多くある。客が入る出入り口だけでも複数ある上に、目立たない場所に配置されている関係者用出入り口も多い。全部封鎖するだけでも、かなり骨が折れそうだ。

 おいら達は一階を走り回りながら、一つ一つの出入り口を閉じて回った。高虎がいてくれるおかげで、いちいち出口を探すことなく、また最短距離で場所移動できるのは強みだ。

 だが、必死に走り回る間も、おいらは不吉な予感を拭いきれなかった。
 問題は、こんなことをしている間にキョンシー達がどう動いているか、だ。

 全部がデパート内にとどまってくれればいいのだが、一体でも外へ出ていたら大変なことになる。映画じゃないけど、どんどんバンバンシーが増えていったら、東京が壊滅の危機に見舞われることになる。

 今のところ、一階にはキョンシーもバンバンシーも見当たらない。数人ほどなにも事情を知らずに戸惑っているお客さんを見かけたが、彼らは出入り口を閉める際に外へと逃がしておいた。

 これを、良い兆しと見ていいのか?
 それとも、すでに外へと逃げていってしまった最悪の事態と見ればいいのか ――?

「こ……っ、ここで、さいごだよっ」

 ぜいぜいと息を切らしながら高虎がそう言ったのを聞いて、おいらは一旦足を止めた。
 表通りに面した出入り口はもちろんのこと、裏通りの商品搬入口まで完全に封鎖した。

「ちょっと、待ってて。パパに連絡を入れるから」

 そう言って、高虎は素早く指を動かしてスマホを操作する。それからすぐに、店内放送が響き渡った。

「お知らせします。一階の出入り口は、全面封鎖が完了しました。まだ店内にいるお客様や従業員は、二階の非常口より外へ出てくださるようお願いします」

 どうやら、高虎と支配人の連絡はうまくいっているらしい。

「パパから、メールが来たよ。店内のお客さんは八割方、避難完了したっぽい。今、管理室にいる人達全員で監視カメラを見ながら、キョンシーを探してくれているって。見つかり次第、こっちに連絡をくれるってさ」

 そう言ってすぐ、高虎はまたも画面操作して別の画面を呼び出す。

「うん、今のところ、外でも特に騒ぎは起きてないっぽいね。今、ざっと調べてみたけど、このデパートの周りにいる人達は何が起きたか分かっていないみたいだ」

 スマホをチェックしつつ、高虎が言う。
 それが本当なら、キョンシーもバンバンシーもまだこのデパート外にはでていないようだ。これで、パニックが外に広がることだけは回避することが出来たというわけだ。

 どうやら、ベビキョンの超能力ではそれほど遠くにまではテレポートできなかったらしい。
 後は、中に何体いるのか分からないが全てのキョンシーを始末し、バンバンシーの動きを止めなくてはならない。

「これから、どうする?」

 高虎に聞かれ、おいらは少し考えて決断した。

「先に、生存者を探した方がいいな」

 キョンシー達の中にベビキョンが混じっている以上、下手に彼らを追いかけてもテレポートでどこに逃げるか分からない。さっきみたいな追いかけっこになって、時間を取られるのはごめんだ。

 なにより、この騒動に巻き込まれた人を早く逃がしてあげないと、バンバンシーを増やすだけになるだけだ。
 
 だいたい、今の時点でもバンバンシーが何体いるのか分かったものじゃない。お札もそうたくさんあるわけじゃないし、間に合うだろうか……そう考えた時、脳裏にひらめいたことがあった。

「そうだ……!」

 確か、このデパートの地下一階には食料品売り場があるはずだ。そこに行けば、キョンシーやバンバンシーが苦手とする餅米を手に入れることが出来るだろう。

 それがあるだけでも、これからの戦いが楽になるに違いない。
 少し時間がかかることになるだろうが、もう出入り口を封鎖したのだから、そう悪影響を受けることもないだろう。

 それに、地下には出入り口は他にない。真っ先に生存者の有無を確認しておくには、いい場所だ。

「イン・フー、地下には人がいるかどうか、分かるか?」

 階段に移動しながら、おいらは一応聞いてみた。

「待ってて、今、パパに聞いてみる」

 高虎の返事を待たず、おいら達は移動した。
 一刻も早く餅米を入手して、生存者捜しを始めた方がいい。もちろん、キョンシー達がいる可能性もあるから、おいらは油断しないように気をつけてはいた。

 だが、管理室から支配人が監視カメラで確認を手伝ってくれているのは、大きな強みだった。

「地下の監視カメラには、もう人はいないってさ! だから、後で地下への出入り階段も封鎖してくれって言ってるよ」

 それは、幸先がいい。

「了解! ところで、米売り場って分かるか? 餅米が欲しいんだけど」

 聞くと、高虎はサッと先に立って走り出した。

「こっちだよ」

 売り場に案内されたおいらは、持ち歩いて攻撃に使えるぐらいの量だけ持つことにした。ついでに、高虎にも少し持たせておく。これで、少しは戦いが楽になるだろう。

 代金は……ま、まあ、後で払うから! うん、後できっと!
 米を背負ったおいら達は、生存者を探すために走り始めた。時間はかかるが、この広いデパート内を一回ずつ回って探すしかない。

 店内放送と従業員の誘導により、ほとんどの客達はデパートの外に出たはずだが、全員が無事とは限らない。キョンシー達が暴走し始めてから、もうかなりの時間が流れている。
 被害がゼロということは、まずあるまい。

 また、監視カメラの手助けはありがたいとは言え、絶対に信用できるとは言えないのが辛いところだ。監視カメラには死角になる部分も多いし、トイレや業務員控え室など人道的な意味で監視カメラも置けない場所もある。

 それらの場所を確認するためには、どうしたって自分の目で見るのが一番だ。

 しかし、幸いにも地下には本当に誰もいなかった。
 確認がすんだ後で、地下へ通じるシャッターもしっかり閉め、二階へと向かう。

 それからは、同じ事の繰り返しになった。
 高虎を通じて監視カメラでの情報をもらい、死角になる位置を走り回って確認をする。だが、思っていたよりも人と出会うことがなかった。

 今まで時間がかかりすぎたせいか、生存者もキョンシー達も見つけることが出来ない。
 おいらはだんだんと焦りを感じ始めた。
 その時だった。

「きゃああーーっ!?」

 絹を引き裂かんばかりの女の悲鳴が、耳に飛び込んできた。

「なっ、なに、今の!?」

 高虎が焦ったような声を上げるが、おいらはその声が聞こえてきた方へ神経を集中させるのに忙しく、返事をする余裕はない。

 悲鳴は、今いるフロアの奥の方から聞こえてきた。
 生存者がいたんだ! おいらは、悲鳴の聞こえた方向へと走る。後ろから高虎も追ってきたが、おいらは振り向かずに怒鳴った。

「イン・フーは来るな! 離れたところにいてくれ!!」

 なにか非常事態が起きているのなら、霊幻道士でもない高虎を連れていけば危険が増すだけだ。

「大丈夫か!?」

 叫びながらその場所へ辿り着くと、一人の女の子が三体の人影に襲われそうになっていた。
 顔色の悪さと両手を突き出した独特のポーズが特徴的だが、服装が普通のそいつらはバンバンシーに違いない。

 おそらくは親子なのだろう、おばさんと男の子。それに、店員のなれの果てらしい男が一人だ。

 三体ものバンバンシーに取り囲まれた女の子は、真っ青になっていた。逃げるどころか、その場に座り込んでしまって動けなくなっている。
 年は、多分、おいらと同じぐらいだろうか。

 髪を二つのお団子に結っていて、なかなか可愛い子だった。いや、今はそんなこと気にしている場合じゃないけれど。

 見たところまだ怪我はないようだが、怯えきっている彼女は動ける状態じゃなさそうだ。このまま、三体の攻撃を受けたら、この子もまたバンバンシーの仲間入りをするのには間違いない。

 やっと見つけた生存者の女の子を、助け出さなければならない。おいらはふところから、三枚のお札を取り出した。正直、お札は残り少ないんだけど、女の子を確実に助けるためにもここで出し惜しみしてはいられない!

「てめえらの相手は、このおいらだっ!」

 わざと大声を張り上げたのは、バンバンシー達の気を引くためだ。
 もし、このバンバンシー達がなんらかの使命を帯びていて、おいらを無視して女の子に襲いかかるタイプだったら困ると思ったが、幸いにも彼らは特に目的意識のないバンバンシーのようだ。

 おいらの声を聞いて、単純にこちらへと注意を移す。
 それを見て少しばかり安堵すると同時に、背筋に緊張感が走る。おいらも見習い霊幻道士として訓練は受けてきたし、多少は実戦もこなしてきたが……実はバンバンシーを相手に戦った経験はほとんどない。

 その理由はただ一つ、師匠が禁じていたからだ。
 師匠が言うには、死者であるキョンシー相手なら配慮も遠慮も必要ないが、生き返る可能性を持つバンバンシーが相手なら、注意が必要なのだそうだ。

 攻撃を加えすぎて、蘇生の可能性を奪ってはいけない。だが、手を抜きすぎれば危険なのはこちらなのだ、と。その微妙な手加減は見習いには荷が勝ちすぎると、師匠も兄弟子も口をそろえて言い、おいらはバンバンシーと戦う機会はなかった。

 当時には、馬鹿にされているようで内心腹を立てないでもなかったが、今となっては師匠達の思いやりをしみじみと感じる。
 確かに、これは荷が重い。

 ポンやチー達と戦う時と違って、普通の格好をしたバンバンシー達は、あまりにも普通の人の名残がありすぎて、敵対するのに躊躇いが発生してしまう。特に、子供のバンバンシーには心が痛んだ。

 まだ、おいらよりもずっと小さなその男の子は、身体も一際小さい。そんな子相手に戦うなんて、それだけでも気が滅入りそうだ。

 だが――それでも、おいらは戦わなければならない。
 見習いとは言え、霊幻道士としてこの未曾有の災害を収束させる義務がおいらにはある。

 右手にお札、左手にもお札、そして三枚目を口にくわえ、おいらはバンバンシーに飛びかかった。   《続く》

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