『四界の楔 ー決戦準備 少女達編 3ー』 彼方様作 |
これもまた、神の遺産と呼ばれるものの一つ。 契約が始まると、真白い炎がレオナを包む。全員がギョッとする中、フローラがあれこそが審査なのだと言った。 “成程ね” 通常の契約とは違い、審査するのも力を付与するのも精霊ではなく、神に連なる者だと言う事か。 “随分と苛烈だな” ポップはひどく醒めた目で、それを眺めていた。普通より遥かに上からな感じがしてならない。 だが代理人だか、番人だか知らないが、レオナへの問い掛けと言う形のそれは、今まで―――恐らく他の魔法使いより遥かに多くの魔法契約をしてきたポップが、経験した事のないものだった。 それだけ特別な呪文なのだ。 自分個人の感情に過ぎないけれど、どうにもこうにも神経を逆撫でされる。 “ピリピリ、する…” そんな事が有る筈ないのに、あの白い炎がこちらにも飛び火してきている錯覚が続く。 洞窟の中なのに、眩くさえある契約の間。 この場の空気のせいなのか、自分が過敏になっているだけなのか。 そんな中、レオナの「答え」が聞こえてくる。 それに呼応するように炎は光に変わり、更に明るくその場を照らす。 “成功したんだ” 心の片隅で思う。やはり自分にミナカトールの修得は無理だと。自分にはあんなに混じり気のない「正義」は語れない。 そしてまた喜ぶべき事なのに、ポップはそれを何処か遠い出来事のようにボンヤリとしか受け止められずにいた。 脱出の為に呼びかけるレオナの声さえ、ハウリングがかかっているようにうまく耳に入ってこない。 「ポップさん、お早く」 心ここに在らずなポップに、メルルが声をかける。 特殊な存在である彼女は、この場の「気」に当てられているのかも知れない、とメルルは判断していた。 「ポップ!」 動かない二人に気付いて、マァムが駆け戻ってくる。 もうここに用はないのだから、少しでも早く戻った方がいい。 まるで人形のように突っ立っているポップに戸惑っている風なメルルは、ポップさえ動けば自分から動くだろう。 そう考えて、マァムがポップの手に触れた瞬間。 バシン!と。 強烈な静電気が弾けたかのような衝撃と鋭痛に、マァムは反射的に手を引っ込めた。 「な…何…」 それを少し離れた位置から見ていた、レオナとフローラも瞠目する。 “ポップ君?” メルルと同じく、ポップの特殊性を知るレオナは眉を顰めた。 一体、何が起こっている? その時だった。 ―――ヒメよ――― 先程、レオナを試していたのと同じ声が響いた。 「ヒメ」。 その呼称は、本来この場にいる者の中で使われるのはレオナだけだ。しかし、その声は明らかにレオナではなく、ポップに向かっていた。 by 彼方 「…その名で俺を呼ぶな」 発された言葉は、自分がそう呼ばれる事を知っているもの。 ヴェルザーやキルヒース、或いはキルバーンから呼ばれる事は許容できても、天界に属する者にその呼称を使われるのは、不快極まりない。 だが声は、ポップの反応など気にも留めず先を続ける。 ―――バーンの目的がある以上、戦いに赴く事は止めはせぬ。だがその命、自身のものであって自身のものではない事、努々忘れるな――― 「俺の命は俺のもんだよ。番人風情がほざいてんじゃねぇよ」 会話の内容も驚愕ものだが、ポップの口調にもギョッとする。 久しぶりに聞く、少年に擬態していた頃の口調。 ―――不遜な――― 僅かに苛立ったらしい声の言葉を、ポップは鼻で嘲笑った。 「ハッ。てめぇらの本来の役目すら果たせねぇで、他者にそのツケを押し付けてるような連中が、何故そんなに偉ぶれるのか、そっちの方が理解に苦しむね」 ―――人間如きが知った風な事を――― この時ポップは、怒りに支配されていたと言っていい。常に冷静(クール)であれと言うマトリフの教えも吹き飛んでいた。 ずっとぶつける当てのなかった諸々の感情の矛先が見つかったのだ。当然の反応、と言って良かった。 その中で、ポップはついに決定的な単語を口にしてしまう。 「その人間如きの力を当てにしなきゃなんねぇ程力を失ってる事実をまず認めやがれ。現実から目を逸らして、他者に犠牲を強いて平然として、『神』の名に胡坐をかいてるような連中のことなんざ、知りたいとも思わねぇよ」 怒鳴りつける訳ではなく、氷点下の、淡々とした口調は返って深い怒りを感じさせる。 だがポップのその内なる激情は、明らか過ぎる程に明らかだった。 こんな場所で吹く筈のない風が吹き、ポップのみならず他のメンバーの服までがバタバタとはためき、中心にいるポップの周りでは、蛍程の小さな緑色の光が幾つも現れては弾けて消えている。 呪文と言う形を取らない、純粋な魔法力のみの発露。 それが暴発寸前になっている。 「ポップ君!」 「ポップさん!」 彼女の事情を知る二人が、いち早く我に返る。 今度は、何も起こらなかった。 それにホッとして、マァムはそのまま力尽くでポップをレオナとフローラのいる場所へ、引きずるように連れて行く。メルルも慌てて追いかける。 「声」は、もう聞こえない。 そしてポップが巻き起こしていた風と光も、強制的に体を動かされた事で「声」に対する意識が逸れたせいか、収まっていた。 全員が一カ所に揃ったと同時に、フローラがリレミトを発動させた。 外へ出ると微妙に意識が現実からズレている風に見えるポップに、レオナが彼女にしては遠慮勝ちに声をかける。 「…ポップ、君」 返事は無い。 その瞳には光が全くなく、まるで闇の中の闇を映しているかのよう。 「ポップさん、しっかりして下さい」 「メル…ル…?」 「はい。あの」 先が続かない。 マァムやフローラの前で、下手な事は言えない。 ポップは何度か瞬きして、緩く首を振ると小さく息を吐いた。そして改めて四人の方へ向き直る。 「忘れて欲しい…ってのは、通じない、か」 やや瞳を伏せ、自嘲的な表情を滲ませるポップに、レオナとメルルは瞳を瞬かせた。 確かに今のは誤魔化しが効く範囲を越えている。 しかしあれ程頑なに守ろうとしていた秘密を、「全部」話してくれるのか。 「忘れるのは不可能ね。でも、無理に話す事はないのよ?」 尋常ではないポップの姿を見た後だと言う事もあり、フローラがそっと気遣いを口にする。 だがポップは何度かバンダナを撫でて、ハッキリと首を振った。 レオナ達もそうだろうが、自分もまたこんな中途半端な心理状態で最終決戦に臨むには不安がある。戦闘以外に気を取られる要素は少ない方がいいに決まっている。 ――――何を怖がっている “綺麗事、だったんだ” ヒュンケルに指摘された時、あれ程過剰に反応した理由が今こそ理解る。 結局、自分が本当に怖かったのは、皆を傷付ける事ではなく。 それが高じて、自分が恨まれる事の方だった。 “バカだよな” そんな風に思うような人達ではない、と理解っているのに。 “ダイのこと、言えたもんじゃない” 恨まれたくない、嫌われたくない、距離を置かれたくない。 いや、自覚がなかった分、彼より酷い。 しかも。 “距離を置いてたのは、俺の方だってのに” あれこれ言い訳を並べて理論武装して、自分を誤魔化して。 ”どんだけ臆病になってたんだって話だよな” ポップは顔を上げると、もう一度四人に視線を向けた。どうしたって、誰彼構わず話せる事ではないのだけは事実だ。 「全部、話すよ。俺が『何』で、どうしてそんな存在が必要なのかも」 「本当に?」 「ああ」 何事もはっきり物を言うレオナが遠慮勝ちに尋いてくるのに、罪悪感が刺激される。 疑問を晴らす事も大切だが、もしかしたらこれも自分の心を軽くしたいだけなのかもしれない。 “―――迷うな!” きっとこれが最後のチャンス。 この先は、本当に話をするような時間は取れないだろう。 「一旦、帰りましょう。暫くは休憩と言う名目で大丈夫でしょう」 「フローラ様」 こんな事態になっても全く慌てず騒がず、落ち着いた対応が出来るフローラを、素直に凄いと思う。 「あ…!」 戻ろうとした所で、不意にマァムが声を上げた。 「マァム?」 「ポップ、“しるし”が…」 「え」 言われて胸元を見ると、薄い布を通して緑色の光が輝いているのがハッキリと解る。 「な…んで…」 特に何をした訳でもないのに、どうしていきなり光り始めたのか。魔法力と同じ色に輝く宝石を、ポップは呆然と見つめた。 「もしかして」 「レオナ?」 「あたし、『勇気』はダイ君だと思ってたわ。皆もそうじゃない?」 「え、ええ。そうね」 レオナの問い掛けに、マァムが頷く。一拍遅れてメルルとフローラも。ただポップだけが、有り得ないモノを見るような目でレオナを見返していた。 けれどレオナは確信していた。 自分が辿り着いた答えの正しさと。 ポップもまた、同じ答えに辿り着いた事を。 「『勇気』は―――貴女ね。ポップ君」 彼女の最大の恐怖は自身の秘密を知られる事、もしくはそれに付随する何かだった筈。それを捻じ伏せて全てを話すと決めたから、光ったのだろう。 “―――――先生…っ” レオナの指摘を受けて、ポップはきつく輝聖石を握り締めた。 幾ら彼でも、まさかこんな所まで読めていたとは思えないけれど、もしそうだとするならば何て仕掛けを残して行ったのだ。 “何処までも、貴方は…” 助けてくれる。 救い上げてくれる。 ―――――貴方に出会えた事は、俺の人生最大の幸運でした (続)
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